とある芝居行きに、折り詰め・弁当を作らせていただく機会がありまして、これがまた、不躾で失礼ですが、ご法事の弁当も一緒に作らせていただきましたので、中身が、ほとんど、一緒やったわけです。最近は、そんなことございませんけれども、出来るだけ古風に作りますというと、ご法事の際には、めでたい物は、入れませんねね。例えば、エビとか、タイとかタコとか。そんなことを思いながら、作らせていただきまして、思い浮かびましたのが、このネタです。『蛸芝居』。おもろいですわな。

 舞台は、船場へんの商家でございます。ここの家の方が、総じての芝居好き。朝、起きるのでも、一通りのことでは、起きません。旦さんが、三番叟(さんばそう)で起こしてやれというので、砂糖の紙袋をかぶりますと、これが烏帽子(えぼし)。一反風呂敷をまといますと、これが素袍(すほう)。「お〜そい、遅い。夜が明けたりや、夜が明けたりや。丁稚・おなごし、起きよ。おんば。」っと、三番叟踏んで、起こしてなはる。エライ旦さんや。また、奉公人も、奉公人やわ。「さんばはじまり〜」って。朝起きると、今度は、丁稚の亀吉と定吉が、表の掃除。でも、タダでは、掃除しぃひん。屋敷の幕開き、水まき奴で、亀内・定内ですて。「なんと亀内」「なんじゃ定内」っと、掃除をしながら、「掃除が済んだら、いつものように、お清どんの目を盗み、つまみ食いと出かけよか。」「それがこっちの、楽しみじゃ。」「おれについて、こう来いやい。」っと、路地を花道に見立てまして、走って行ってしもた。何をするや、分かりまへんな。

 二人で居ると、芝居のマネをするので、今度は、別々に、用事を言い付けます。定吉は、お仏壇の掃除、亀吉は、中庭の掃除。お仏壇も、そこそこのお家ですので、大きくて、立派なもの。お位牌も、ぎょうさんございます。親旦さんは、エエ人で、天王寺参りのお供に、まむし食べさしてくれはった。お家はんは、憎たらしい婆で、頭痛患うように、逆さ向けといたろ。って、バチ当たるで。こういう場面も、芝居の中にある。忠義な侍が、宿屋の二階か何ぞで、主人の位牌取り出して、拝んでるところ。「先年、天保山御幸(みゆき)の折、何者とも知れぬ者の手に掛かり、あえない御最期。おのれやれとは思いますれど、まだ前髪の分際。ようやく、この家に入り込みしが、合点の行かぬは、この家のハゲちゃん。今に、ハゲちゃん素っ首打ち落とし、修羅の御無念、晴らして…。」って、ハゲちゃん、横で聞いてるがな。

 今度は、お乳母はんが、用事というので、代わりに、ボンのおもり。よう泣く子やと、あやしておりますが、こういう場面も、芝居には、ございます。忠義な奴が、主人の子たちを抱えて、落ちて行くところ。セリフと共に、下座の子守唄が、ウマイこと合いまして、一芝居しております。こういうところには、えてして、討手・追っ手の掛かるもんでございまして、掃除をしておりました亀吉が、ほうきを持ちまして、追っ手に掛かります。立ち回りになったところで、ボンを、放り出してしまう。こら、エライこっちゃ。なんぼなんでも、旦さん、怒ってしまいます。今度は、芝居をしたら、店放り出すと、エライ剣幕で、二人とも、店番に回されます。

 自分らが、芝居をするわけにまいりませんので、今度は、魚屋・魚輝に、芝居をさせようという魂胆。これまた、芝居好きでんねんな。暖簾をくぐるところで、大向・声を掛けますというと、芝居をするに違いない。「魚輝、よろ〜し」「魚屋。さかなや。」「今日は、何ぞ、御用は、ござりませぬか?豊島屋ゴザを跳ね除けて、市川エビ十郎・尾上タコ助。」って、案の定、芝居してまんがな。とりあえず、タコは、酢ダコにするので、すり鉢で、伏せといてもろうて、タイは、三枚に卸して、片身は造り、片身は焼きもんにと。「タイ・タコ両人、キリキリ歩め。」て、罪人みたいやがな。魚輝、台所へやってまいりまして、タコは、すり鉢で伏せまして、タイの料理に掛かります。井戸の横手で、ウロコを取り、はらわたを出しますと、エライ血や。これを見て思い出しましたのが、『忠臣蔵』の六段目、勘平の腹切り。「勘平、血判。」「血判確かに…」っと、パッと、手を振った拍子に、井戸側に置いてあった釣瓶に、手が当たる。釣瓶空回りして、井戸の中へ、ザブ〜ン。それ見るなり、魚輝、井戸側へ片足掛けよって、「はて、怪しや〜な。」丁稚が走ってきよって、「いぶかしやな〜」二人で、芝居をしておりますと、旦さんが怒りますけれども、そんなアホなことしてられへん。魚輝が、表に置いている盤台から、横町の赤犬が、ブリをくわえて逃げて行ったて。「遠くへ行くまい。後を追うて。」と、見得を切りながら、魚輝は、追いかけて行く。定吉も、加勢にと走りますが、旦さんが、止めてしまいます。それよりも、酢ダコにする、酢が切れておりますので、買いに行って来いて。

 騒がしさが一段落いたしまして、やれやれと、旦さんが、長火鉢の前で、一服しておりますと、さいぜんから、様子を窺っておりましたのは、すり鉢の中のタコでございます。「うまいお方じゃ、タコなと上がれ。食べられてたまるかい。ようし、この間に、逃げてこましたれ。」すり鉢の下へ、手を掛けますと、ぼちぼち、持ち上げ出しよった。っと、ここが見ものです。扇子をすり鉢代わりにして、横へよけたところが、タコの見得を切る場面。前足を二本結んで、これが、丸ぐけの帯。れんげ・すりこぎを腰へ差しますと、一本刀。ふきんを顔へ巻いて、目ばかり頭巾。体にスミを吹いて、黒装束・黒四天(くろよてん)でございます。出刃包丁を持ちまして、台所の壁の、柔らかそうな所から、切り破る。ゴトゴト音がするので、旦さんが見てみますと、家内じゅうが芝居好きなりゃ、買うたタコまで、芝居しとおる。逃げられては、かなわんと、そのまま、捕まえりゃ、良かったんですけれども、そこは、芝居好きなお方、後ろへ回って、れんげ・刀のこじりを、掴みますと、トーン・トーン・ト−ンと、三足下がる。タコが、これを払いのけて、旦さんの顔へ、プーッとスミを吹く。これから、だんまりになりまして、暗闇の中、旦さんは、タコを羽交い絞め。タコのほうは、当て身を食らわしまして、「口ほどにもない、もろい奴。この間に、ちっとも早ぅ、明石の浦へ。おーそうじゃ。」っと、六方踏んで、出て行ってしもた。定吉が、使いから帰ってまいりますと、旦さんが倒れてる。「旦那様いのぅ〜」「定吉か、遅かった。」「どないしなはってん?」「黒豆三粒持って来てくれ。タコに当てられた。」と、これが、元来のサゲになってございます。要するに、タコに当たったら、黒豆三粒飲んだら治ると、昔のまじない・言い伝えから来ております。中毒の当たると、当て身の当たるが、掛けてございます。単に、「毒消し持って来てくれ」だけでも、十分、通じますので、そのように、変えられておりますね。

 上演時間は、二十分から二十五分程度、長い長いものではございません。ハメモノ・お囃子が、下座から、ふんだんに入りますので、賑やかな話ですな。お座が明るくなります。キッカケが、いくつかありますし、また、子守唄の、掛け合いになる場面もあり、見応え、聞き応えが、十分ございますね。要するに、芝居噺です。一家じゅうが、芝居好きてなもん、落語の、しかも、上方落語には、持って来いの条件やおまへんか。これまた、ウマイこと、順序が考えてございまして、最初が、三番叟から始まるて。残念ながら、わたしゃ、現物知りませんねやけれども、砂糖の紙袋ちゅうのは、ちょうど、烏帽子の形に、なりまんにゃろかねぇ?塩の、お塩のJTの5キロの袋は、縦長ですので、あれ、烏帽子みたいになりますわ。あの形やったんでしょうなあ。一反風呂敷、あれ、ちょっと前やったら、月光仮面とか、戦隊モノでも、子供が使うて、遊んでましたな。水まき奴の場面も、ようある所で、塀が左右に引かれて、本題に入るというような。それから、仇討ちもんで、忠義な奴が出てきたり、主人の子供を抱いて、落ちのびる場面。ウマイこと、子守唄が、合いますなあ。この後に、雰囲気が、ちょっと変わりまして、今度は、外部からの侵入者が、役者はんになります。魚屋の魚輝。これも芝居好きで、台所で、芝居の真似をする。ツケが入る場面が多くなりまして、だんだんと、賑やかになってまいります。その隙に、赤犬が、ブリをくわえて行ってしまうので、魚輝が追いかける。定吉は、酢を買いに出る。辺りが、シーンと静まったところで、いよいよ、大真打の登場です。タコ。すり鉢を持ち上げまして、見得を切るところなんか、よく考えてありますよねえ。それから、衣装・道具立ても。スミを吹いて、暗転になって、だんまりを見せるて。芝居好きには、たまらん話です。タコが逃げてしまいまして、最期に、サゲになると。ホンマ、昔の人は、考えが違いますな。

 東京にも、あるのでしょうか?勉強不足で、よく分かりませんが、上方のネタです。所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、林家染丸氏、故・桂吉朝氏などのものがあります。松鶴氏のものは、その時の体調のせいでしょうか、ものすごく、力の入った、まさに熱演というような音源で、要するに、きばってやったはります。古風な言い回しもございまして、おもしろいものでした。染丸氏のものは、これまた、細かい描写まで、念の入ったもので、よく出来た、考えられたものでございます。お芝居、お好きですにゃろねぇ。吉朝氏のものも、熱演で、笑いも多く、がんばったはりました。惜しいですわいな。

 やはり、上方落語ファンといたしましては、もちろん、好きなネタの一つでございますので、そう再々とは、行かないでしょうけれども、聞かせていただきたい話でございますね。


<23.6.1 記>


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