先月、久々に、落語会に寄せていただきましたが、その日のトリと申しますか、メインは、夏らしい『舟弁慶』でございました。そこで、今月は、『舟弁慶』でご機嫌を伺います。お能・歌舞伎にもあります通り、表記は、『船弁慶』のほうが、正しいんでしょうけどね。詳しくは、私も存じません。ゴメンチャイ。要するに、この『船弁慶』のパロディーでございますけれども、似ても似つかん、強烈なキャラの、あの方が…。
真夏のことでございます、暑い暑い昼間に、毎度おなじみ、仕事をしております喜六・喜ィさんの所へ、清八・清やんが訪ねて来るというところから、話は始まります。暑いけれども、じっとしててもしょうがない、手なと動かして、仕事しているとのこと。エライですわなあ。しかし、いつもと違うて、家の中が、静かですにゃね。そうですねん、あの方・嫁はんが留守。上町のおっさんが病気で、昨日、見舞いに行って、まだ帰って来てないんですなあ。そらここの嫁はん、ようしゃべる、ようしゃべる。口の横にホクロがあって、そのホクロから、毛が三本出てる、しゃべりボクロの持ち主。一名、雀のお松・雷のお松と、二ツ名が付いてますにゃさかいにな。居てないのが、ちょうど幸い、実は、この前、皆が集まった時に、船に乗ってでも散財しょうか、飲みに行こうかという話が出てたが、それが、今日に決まって、喜ィやんを仲間に呼びに来たて。友達ばっかりのメンバーで、畳屋のイ〜公に、牛屋のウシ公、金物屋のテツに、風呂屋のユ〜公、花屋のマツ公に、喜ィやんと清やん。「かまぼこ三枚ほど持って行くわ。」って、また、もっちゃりした話ですなあ。今日は、そんな飲み会やのうて、コモかぶり一丁、ド〜ンと据えて、飲み次第の食い次第。それに、男ばっかりでは、おもろないちゅうので、ミナミから芸妓はんが知らしたある。大松に小松、唐松に荒神松、おちょねに、こちょねやて。「それ、誰のオゴリか知らんけど、お前のほうから、あんじょう、礼言うといてや。」って、んなアホな。
割り前、割り勘ですがな。喜ィやんの声の調子が、変わって来た。要するに、三円ずつ出しての散財。三円儲けんのに、何日かかるて。しかも、三円で塩買うて、ねぶってたら、何日持つと。飲みに行くちゅうのと、エライ違いや。とれたての鯛の造りかなんぞで、灘の生一本キュ〜ッと飲んで、芸妓に背中の一つも、叩かれてこうと、清やんは帰りかけます。「そう気ィ短ぅせんと、ちょとお戻りやす。また、いかようにでも、ご相談にお乗り申します。」って、古手屋の店先やがな。喜ィやんは、行こうか、やめとこかと、迷っている様子。しかし、清水の舞台から、ポーンと飛んだつもりで。「やめとこか」って、んな、アホな。清やんには、ボロクソに、友達仲間省くとまで言われます。聞いてみると、三円の金が惜しいわけではなく、生きた金が使いたい、死に金使いとう無いということ。なじみの芸妓ばっかりやけれども、自分の金で、なじみになったわけでは無い。人のオゴリで、知り合いになったもんばっかりでっさかいに、『弁慶はん』と呼ばれる。義経さんの尻にへばり付いて、弁慶はんですわ。このごろは、弁慶をひっくり返して、『ケベンさん』やて。三円の金払うて、弁慶やケベンと言われるのが、死に金やと。しかし、相手は玄人、今日は弁慶か、自前かぐらいのこと、分かったはる。ほな、今日は、弁慶やケベンと言いよったら、喜ィさんから、割り前を取らんことにしようという算段が決まります。そやけど、今、ちょっと、持ち合わせが無いので、後日払う、立て替えてもらうということで、着物を着替えます。
早いこと出てたら、良かったんですが、この際になりまして、帰ってまいりましたのが、ここの嫁はん。お松っつぁんだっせ。大きな声張り上げまして、「お〜、あつやの〜」っと、この声聞くなり、ビックリして、清やんは、段ばしごの隅に隠れまして、喜ィやんは、仕事場に、へたばってしもた。近所の嫁はんに、しゃべり出しますわ。上町のおっさんが呼びに来たんで、行ったところが、ほんの風邪引き。スイカの冷えたんがあるさかいに、食べへんかやて。ベラベラしゃべって、晩御飯よばれて帰ろうと思うたら、いつもの息子自慢。とうとう夜が更けてしもうて、夜道の一人歩きは、危ないさかいにと、泊めてもらう。朝御飯食べて帰ろうと思うたら、お医者はんが来はって、薬もろて来るさかいに、店番しといて言われる。店番してたら、次から次へとお客さんが来はって、昼御飯よばれて帰ろうと思うたら、日ざかりやさかいに、昼寝でもして行きて。ついぞ昼寝てしたこと無いわ言うてるうちに、ウツウツッとしてしもて、目が開いたら、三時や。ビックリして帰ろうと思うたら、目が覚めたら、食べさそうと思うて、そうめんが湯がいたあんね。っと、お茶碗に三杯もよばれて、ゆっくりして行きいうのを、振り切るようにして、帰って来たて。そら、雀のお松と、言われますわいな。「また、日が暮れたら、夕涼みにでも行きましょなぁ。」と、家へ帰ってまいりまして、喜ィやんにも、おんなじ話を、しますわいな。しかし、フッと見ますというと、着物を着替えてる。「ちょっと目を離したら、これやねんさかいに。どこ行くねん?ガラガラ、ガラガラ。」って、ホンマに、雷やがな。「ちょっと、やって。」「どこ行くねん?」「浄瑠璃の会」って、また、豚が喘息患うたように、オガオガちゅうやつですわ。この前、いっぺん見に行ったら、隣りで聞いてはった人が、『あんな声出す奴の、嫁はんの顔が見てみたい。』言うもんやさかいに、『横に座ってるさかい、見たってくれ。』って、顔から火が出たて。清やんが誘うてるとのこと。清八ちゅうのは、これちゅう仕事も無いのに、昼の日なかに、大きな風呂敷包み背たろうて、あんな奴に限って、ド盗人しよんねやて。もうちょっと早う帰って来て、清八が居やがったら、向こう脛かぶり付いたんねやさかいにと、エライ剣幕。
「かぶり付いたり。お前の後ろに立ってはるわ。」って、もっと、早いこと言うたげんと。おもろいですけども。「まぁ〜、清やん、暑いやないかいな。この暑いのに、他人行儀に着物着て。清やんは、甲斐性もんや言うてんねんで。」って、エライ違いや。ベンチャラは、もうエエて。そやけど、盗人ちゅうのだけは、堪忍してやと。今日来たんは、話がある。この前、この町内の風呂屋が休みなんで、裏町の風呂屋へ行った。そこで、喜ィさんと出会うて、話をしながらの帰りがけ、エライ人だかりなんで、のぞいて見ると、畳屋のイ〜公と牛屋のウシ公の大喧嘩。友達同士なんで、二人が間に入って、その場は収めたんやが、今日、ミナミの小料理屋で、仲直りの会がある。それに、仲裁役として、二人で行こうと、誘いに来たというわけ。長い時間やない、ほんの二・三時間だけでエエさかいに、喜ィ公を貸して欲しい。お松っつぁんも、清やんに預けるさかいにと、お許しが出ますわいな。「空いたら、返しとなはれな。」って、釘抜きやがな。「カカ、やってもらうわ。」「はよ帰ってくんねんで!」「へ〜い」丁稚やがな。ウマイこと言うて、出て来はりましたな。
道々、話をしながら、歩いております。お松っつぁんほど、怖いもんは無い。この前のことを思い出しただけでも、ゾーッとする。晩のおかずにするさかいに、焼き豆腐買うて来てと、いかき・ザル持って、買いに行って、こんにゃく買うて帰って来た。いかきの中見るなり、顔の色が変わったんで、こら間違うたと、今度は、根ぶか・ねぎ買うて帰って来たと。これ見て、ホンマに使いは、あんたに限ると、ズルズルッと、奥の間へ引っ張って行かれた。今日は、ド性っ骨の入るようにしたるさかいにと、着物グルグルッと脱がされたて。どないなんのんかいなあと思うてると、線香と、もぐさ持って来て、大きな、やいとを据えられた。『カカ、熱いわ〜い。』『熱けりゃ、熱ぅないようにしたるわい。』と、井戸端へ連れて行て、水かぶせよる。『冷たいわ〜い』でやいと、『熱いわ〜い』で水。そこで、フッと、焼き豆腐思い出したて。おもろいもんですな。この騒動で、奥の、おさきさんが出て来て、煎餅二枚くれはった。子供やがな。
しかし、喜ィさんも男、嫁はんを、どついたこともある。ちょっと前やけれども、友達と酒飲んで、ケンカして家に帰って来た。『今時分まで、どこウロウロしてけつかんねん!』言いよるさかいに、腹立って、金づち振り上げたて。それは、いかんことで、傷付けたら、医者や薬で、何なと掛かる。しかし、その振り上げた手に、嫁はんが、しがみ付いて、『まあ、今のは、わてが言い過ぎたんやないか。』てなこと言われたら、また、どつけんもんやと。「夫婦喧嘩ちゅうのは、おもろいもんでんな。」って、氷屋が、付いて来てまんがな。今度は、上から馬乗りになって、涙ボロボロッと流しよったて。『何も、泣かいでも、エエやないか。』『泣いてしまへんがな。』『流した涙が口に入って、ねぶったら、塩辛かったがな。』『あれは、私の水ばなや。』「水ばなは、塩辛ぅおますか?」って、まだ、氷屋が付いて来てまんがな。「今日は、仕事休んで、この続き聞く。」んな、アホな。
ゴジャゴジャ言うてるうちに、難波橋・大川へとやってまいります。「通い舟の〜」と、ちっちゃい舟を呼びまして、これで、河市丸という屋形船へと、渡してもらいます。だんだんと、賑やかになりますな。降りしなに、船頭さんに、船賃の一円を渡しまして、割り前のうちでっさかいに、喜ィやんにも、礼を言うてもろうて、今度は、大船へ。「まぁ〜、喜ィやんの、弁慶…。」が具合悪いので、「もっつぁん、もっつぁん」と。トリモチいや、金持ちやと。割り前で、先に、皆が飲んでるもんでっさかいに、喜ィさん、負けじと、飲んで食べ始めます。あんまり、割り前・割り前言うもんでっさかいに、皆が、順々に飲ませまして、終いには、後から来た喜ィさんが、一番先に、酔うてしもた。夏場のことでっさかいに、なかなか酔いが発散出来ません。清やんが、着物を脱がせますと、何のまじないか、喜ィやんは、赤いふんどしを締めております。こら、おもろい。清やんが、白いふんどしで、船の舳先(へさき)へ出て、二人で源平の裸踊りというのを始めます。賑やかに、『負けない節』でございますな。
一方、雀のお松っつぁん、家に居てても、暑いもんだっさかいに、近所の嫁はん・お徳さんを誘いまして、夕涼みにやって来た。これが、ちょう〜ど拍子の悪い、難波橋。あっちこっちで、ドンチャン騒ぎと、散財の様子を見ておりました、お徳さん、エライもんを見付けてしもた。どうも踊っているのが、喜ィやんと、ちょいちょい出入りしている清やん。お松っつぁんに言いますと、今日は、ミナミの小料理屋へ行ってると。よ〜く見ますというと、喜ィやんですがな。さ〜て、エライことなりまっせ。普段、始末せぇやの何やの言いながら、自分は、派手に遊んでる。こらぁ、このままで終わりますかいな。船へ乗り込んで、喜ィやんの顔を、かきむしったると、勢い込んでおります。お徳さんも加勢して、清やんの、向こう脛かぶり付いたるて。慌てて川岸へと降りてまいりまして、通い舟を呼びます。この後を予感するように、下座のお囃子も、変わることもありますし、そのままのこともありますけれども、とりあえず、本船へと乗り込んでまいりまして、「この親父がっ!」っと、復讐に出ますわいな。
しかし、喜ィやんも、皆の手前がありますので、「何をさらすねん!」と、ボーンと突く。お松っつぁんのほうは、気が逆立ってるもんだっさかいに、足元がお留守。突かれた拍子に、川の中へ、ドボーンと。幸いにして、川は浅瀬でございまして、水は腰切り、白地の浴衣は、水に塗れてビッショリ。元結(もっとい)は切れて、さんばら髪、顔は真っ青。上手から流れて来ました竹の棒をば拾いまして、川の真ん中へ、すっくと立って。「そもそも我は、桓武天皇九代の後胤(こういん)、平知盛(たいらのとももり)、亡霊なり〜。」粋なもんで、喜ィやんは、ちょねやんに、しごきを借りまして、これを数珠の代わりにいたしまして、「その時、喜六は、少しも騒がず、数珠サラサラと押し揉んで〜。」っと。お松っつぁんが知盛、喜ィやんが弁慶になってまんねんな。これを見ておりました、橋の上の人は、「あれ、派手な夫婦喧嘩ですなぁ。」「あれを夫婦喧嘩と見るのは、かわいそうだっせ。川の中のは、仲居だんな。船の上のは、太鼓持ちかなんぞでんな。夫婦喧嘩と見せかけて、知盛と弁慶の、祈りをやってまんねんな。こういうのを褒めたらな、褒めるもんおまへんわ。」「よぅよぅ、よぅよぅ、本日の秀逸・秀逸!川の中の知盛さんもエエけども、船の中の、や〜れ弁慶はん、弁慶はん!」「なんかしてけつかんねん!弁慶やあるかい。今日は、三円の割り前じゃ。」と、これがサゲになりますな。お分かりの通り、いつものオゴリではなく、割り前ですのでね。誠に、よく考えられたサゲでございます。
上演時間は、三十五分ぐらい、掛かりますか?たっぷりと聞き応えのある噺でございまして、落語会、それも、お時間の余裕のある、重みのある際には、よろしいな。全編通して、笑いも多く、十分に楽しめる一席でございます。場面は、ちょいちょい変わりますけれども、筋のある噺ですなあ。前半部分は、喜ィやんの家ですわいな。清やんが、船の上での散財を誘いに来て、幸いに、お松っつぁんが居てないので、連れ出しやすい。しかし、割り前・割り勘ですので、これが、なかなか、ウンと言い渋ってる。そう素直に、行くことにならない場面が、また、後半の楽しみを倍増させますよねぇ。この部分、案外、時間取ってありますにゃで。『弁慶』と言われたら、割り前取らんという、おもしろい約束がでけまして、用意をしております所へ、帰ってまいりますのが、お松っつぁんですわいな。タイミングのエエことで。しかし、帰って来たら、すぐ分かりますな。このベラベラとしゃべるあたりなんか、おもしろいです。二回目は、早い目なんですけどね。昼寝の、ウツウツッとする所も、笑えますよ。喧嘩の仲裁と、これもまた、小料理屋ということにいたしまして、外へ出る。というか、出してもらうですな。ブラブラ歩きながらの中盤、焼き豆腐の話、おもろいでっしゃろ。こんな話、滅多に、あれしまへんで。夫婦して、遊んでんのちゃうかいなあと思うぐらい。やいとと水から、焼き豆腐て。そして、もう一つが、水ばな。氷屋はんの氷も、溶けまっせ。大川へやって来たところで、いよいよ終盤へと。ここからがまた、下座から、ふんだんにお囃子が入りまして、誠に、上方らしい噺となっております。大船では、遅れたらかなんと、喜ィやんが、どんどんと飲んで、一番先に酔うてしまう。鯛の頭と炊くのが、これまた、焼き豆腐て。酔い醒ましの源平踊りとなりまして、にぎやかになったところで、今度は、お松っつぁんの登場。やってまいりますのが、これまた、ちょ〜ど難波橋。えてして、こういうものは、見つかるもんどすなあ。そこで、お徳さんを加勢に頼みまして、通い舟から、本船へ。突かれた拍子に、川に落ちまして、知盛に変身と。なかなか教養のある方達やね。夫婦して。呼応いたしまして、喜ィやんが、弁慶に成り済ましまして、橋の上からの声で、サゲになると。ここで、初めて、演題の『舟弁慶』の正体が現れますねやね。お能・歌舞伎、共に、内容は、何ら、似ておりませんが、ホンマに、落語らしい発想ですな。
東京でも、演じられているでしょうね。でも、やはり、上方の噺です。所有音源は、故・四代目桂文團治氏、故・三遊亭百生氏、故・五代目桂文枝氏、故・桂枝雀氏、桂文珍氏、桂塩鯛氏、桂雀々氏、四代目桂文我氏などのものがあります。文團治氏のものは、うまいこと省略してあるという、いつもの型で、ラストにヤマ場があって、いかにも、筋のある運びとなっておりました。百生氏のものも、東京での、省略型のものもありますし、そのままのものもありますけれども、お笑い本位の、おもしろいものでござりましたね。ただ、やはり、『舟弁慶』と申しますというと、文枝師匠の思い出が、一番に残っておりますな。十八番でした。本来は、五代目の笑福亭松鶴氏が、得意にしてはったらしいですし、六代目も、やったはったんですけどね。近年では、文枝氏で、よく聞かせていただきました。暑い夏には、ピッタリですにゃわ。お松っつぁんも、おもしろいですし、登場人物、それぞれに、おかしみがありましてね。最後にヤマ場が作ってあるという、エエもんでございます。枝雀氏のものは、これまた、この型とは、一線を画する、おもしろさがありまして、爆笑できますね。サゲも、変えたはる時も、ございましたよね。文珍氏も、いかにも恐妻家の、お松っつぁんと、怖がる喜ィやんの対比が、おもしろく出ておりました。塩鯛氏は、途中の大笑いだけではなく、ラストまで、盛り上げが持続するという、噺の流れがございまして、これまた、十分に楽しませていただけます。雀々氏のものも、おもろいですよねえ。焼き豆腐が忘れられませんわいな。文我氏は、お松っつぁんもおもろいですし、喜ィやんの、いかにも頼りなげな所が、おかしいですよねえ。それが、ラストに逆転するて。
こってりしたネタではございますけれども、やはり、たっぷりと、夏場には、聞かせていただきたいネタでございますな。大変でしょうけどね。
<23.7.1 記>
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