お盆を過ぎると、正月の早いものでございますけれども、近ごろの夏は、暑くて、長いものでございますので、ついつい、九月に入りましても、前半は、まだ汗をかきますな。朝晩が涼しくなってまいりますっというと、これまた、空気が乾燥してまいりまして、お酒がおいしい季節となりますわな。てなこと言いながら、何のネタがエエかいなあと、探り探りですねけれども、全く関係のない、今月は、『天災』をお届けいたしましょう。東京もんですけどな。

 主人公の男というのが、どうも喧嘩っ早くて、短気な人。昔は、よくおられましたが、近ごろの、草食系では、なかなか見つけるほうが、難しいてなもん。いつも、お世話になっております、甚兵衛さんの家へと、上がり込んでまいります。離縁状・三行半(みくだりはん)を二本・二つ書いて欲しいて。離縁状てなもん、嫁はんに対するもんでっさかいに、一つでエエはずですのにね。もう一つは、ババ・お母はんにやて。しかも、奥さんのお母さん違いまっせ。自分の母親だっせ。姑に。仕事ウマイこといって、一杯飲んで、エエ機嫌で帰って来ますというと、『こんな時間まで、どこ行ってたん!』って、これが、喧嘩の原因ですわ。奥から、お母はんが出て来て、『あんたは、何ぞいうたら、この子に手をかける。』って、嫁はんをかばう。世間は、嫁と姑、仲の悪いもんと、相場は決まったある話ですけれども、亭主がこんなんですから、女同士で、かえって、仲良うなりまんねんな。離縁状は、何ぼでも書くけれども、その前に、ちょっと、落ち着いて、物考えたらどないやと、甚兵衛さんに諭されまして、横町の、紅羅坊名丸先生を紹介してもらいます。その先生の話を聞いて、それでも、納得がいかんようなら、もういっぺん、来たらエエと。その上で、改めて、離縁状を買いたるということですな。さすがに、世話好きのエエ人でございます。

 手紙を持って、先生のお家へ。「便所にはまるちゅうのは、お前かい?」って、紅羅坊名丸ですがな。手紙を見ながら、この主人公ん顔を見て、せせら笑い。「やんのか!」って、また短気過ぎますがな。孝行のしたい時分に、親は無し。さればとて、石に布団も着せられずと。こんなこと言うただけで、分かりますかいな。堪忍の袋を首から下げて、破れたら縫え、破れたら縫え。って、この程度で、分かるのであれば、甚兵衛さんとこで、終ってますがな。もっと、分かりやすく。往来を歩いていると、どこぞのお店の丁稚さんが水をまいている。その水が、主人公に掛かる。さてどうする?お店へ怒鳴り込んで入るて。ごもっとも。この人のやりそうなこと。今度は、長屋。歩いていると、上から瓦が落ちてくる。さてどうする?家主に文句を言うて。これも、やりそうなこと。今度は、広〜い広〜い野原。ここを歩いていると、突然のにわか雨。さてどうする?隠れる軒や、雨宿りする場所も無い。「しょうがない。あきらめるがな。」「あきらめる!そこです!」「どこです?」って、場所を、たんねたはんの、違いまんがな。丁稚さんが水をまいた、瓦が落ちてきた。これを、全て、天から雨が降ってきたという、天の災い、天災と思いなさいということ。何ごとも、天災とあきらめますというと、考えがまた、違ってくると。こら、なかなかエエ話でございますな。

 納得をいたしまして、先生の家を辞去します。「あなた、戸をピシャット、閉めましょうか?」「天が閉めなんだと思え!」って、ムチャクチャやがな。家へ帰ってまいりますというと、嫁はんが、梅やんの話。同じ長屋の梅やんとこ、別れ話がウマイこと行ってへんかったままに、新しい奥さんをもろた。そこへ前の嫁はんがやってきて、エライ騒ぎやったということ。主人公が居てなかって、ちょうど良かったと、長屋のもんが、皆、引き上げたとこやと。「行て来る。」って、そんなもん、わざわざ行かんでもエエのにからに。梅やんとこの家にやってまいりまして、「いやいや、そうではござらん。お手紙によりますと、あなたは、実の母親にまで、手を掛けると言いなさる。これはいかん。」って、それは、主人公のことですがな。「こうこうの、漬けたい時分に、ナスは無し。」なんのこっちゃ、分かりまへんがな。「「広〜い広〜い野原。にわか雨が降ると、丁稚が水をまく。」って、雨降ってんのに、どこぞの世界に、水まく人がおますかいな。「すると、丁稚が屋根から落ちてくる。」危ないなあ。「分からんか?」て、分かりますかいな。「前の嫁はんが、飛び込んで来たんと違うて、天が飛び込んできたと思えと。これすなわち、天の災い、天災じゃ。」「なんかしやがんねん。うちは、先妻で、もめてるんじゃ。」と、これがサゲになりますな。前の奥さん・先妻と、天の災い・天災が掛けてございますねやね。分かりやすいサゲですので、お分かりになっていただけましょう。

 上演時間は、二十分から二十五分前後でしょうか。本題だけですと、もっと早くも終われます。寄席でも、落語会でも、案外、よくウケますね。そんなに、ドタバタと、場面は変わりませんけれども、身近な話題のせいか、笑いも多いです。冒頭は、甚兵衛さんと、主人公とのやりとり。いきなり、離縁状を書くというのも、穏やかな話ではない。しかも、おかしなことに、二通て。嫁と母に。喧嘩っ早くて、短気な主人公に、心学の先生を紹介いたします。中盤は、この先生と、主人公のやりとり。おもろいですわな。甚兵衛さんと、同じようでいて、それがまた、心学の先生ですから、ちょっと違う。例え話を出しながら、分かりやすく、主人公に、天災の話をいたします。要するに、何もかも、天の災い・天災と思えば、腹が立たなくなると。ちょっと、理解したところもありまして、主人公も帰ります。戸が閉められないも、おもしろい例えですな。しかしながら、みなさん、笑っても、おられないんですよ。今の若い人、戸や襖一つ、よう閉められまへんねやで。家へ帰りまして、すぐまた、梅やんの家へ。これが、いよいよ終盤になりますが、ところどころ、断片的に間違うあたり、お笑い草ですよねぇ。そして、サゲになると。

 これは、やはり、東京ネタですな。東京から、上方に移植されたものです。いろんな方が、得意にしてやられておりまして、寄席でも、人気の演目でございます。所有音源は、桂ざこば氏、故・桂吉朝氏のものがあります。ざこば氏は、得意ネタで、一時、よくやったはりましたよねえ。この主人公の描き方が、おもしろくて、お笑いの多い、ホント、楽しめる、ウマイ話でございます。甚兵衛さんが、東京式に、ご隠居で、しかも、“中川のご隠居”と。おそらく、清さんのことなんでしょおうなあ。吉朝氏のものも、お笑いの多い、楽しめるネタでございました。なかなか、関西では、普及とまで行かないかも分かりませんけれども、こんなイラチな関西人、案外、東京より、多かったりして。


<23.9.1 記>


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