今年も、押し詰まりました。例年のごとくでは、ございますれど、南座では、顔見世が行なわれております。夜の部の最後に、『らくだ』が出ておりまして、お楽しみいただけるわけでございますけれども、本家・本元の、落語の『らくだ』で、今年も、年を終えたいと思います。しかも、もっちゃ〜りした、いかにも上方らしい型の、『らくだ』で。
主人公を、“らくだ”としても、良いのでしょうか?こら、疑問でやすけれども、らくだの卯之助はんちゅう、威勢のエエ方がございます。何をしてるかといいますと、遊び人と申しますか、これという仕事もせずといいますか。こういう人の家には、また、おんなじような人が、寄って来るもんでございまして、らくだの家にやってまいりましたのは、らくだの兄貴分・脳天の熊五郎という、こらまた、威勢のエエお方。長屋のことでございますので、鍵も何も、掛かってない。留守かいなあと、中を覗き込みますというと、らくだが寝てる。というか、倒れてる。周りは、フグのアラだらけ。そういやあ、前の日、日本橋で会うと、大きなフグを提げてた。あれに当たって、死んだんでやすな。兄弟分とか何とかいうてる手前、葬式の一つも、出したらないかんが、この熊はんも、出ては取られるミョウガの子で、不運続き、金持って無い。どうしょうかいなあと、思うておりますところへ、表から、「くず〜、かみくず〜。たまってまへんか。」という、屑屋・紙屑屋の建て前の声。「屑屋!」「へい」と、うっかり返事してしもた。ここは、通り過ぎないかんとこですねや。欠けた皿やなんかでも、らくだに脅されて、いっつも、引き取らされるはめになりますのでね。しかし、返事してしもたもん、ども、しょうがないん。中の様子を見ますというと、らくだはんではございません。呼び止めたんは、熊はん。らくだが宿替えして、熊はんが入ってきはったんかいなあと思いのほか、そやないん。らくだは、寝てる。しかし、よく見ると、寝てるは寝てる、死んではりますねや。「人間、何なと、死にようも、あるもんでんな。あの人だけは、ぶち殺しても、死なんお方やとばっかり、思うてましたわ。」って、エライ言いよう。一応、何ぼか包んで、香典に渡しますわ。と、同様に、長屋にも、つなぎというものがあるので、月番に知らせて、持って来てもらうようにと、熊五郎は、屑屋はんに言います。そやけど、これだけの人でっさかいに、付き合いしてはれへんのちゃうやろか?とりあえず、そのまま出ようとしますが、ジキ(はかり)を置いて行けて。ちょっと寄って知らせて、それから帰ったらエエんですが、さすがは、熊五郎はん、そこは見逃さん。商売道具を押さえて、葬礼の手伝いをさせようという算段。
札の掛かってある、月番の家にやってまいりまして、らくだが死んだことを報告いたしますと、「良かったなあ」って、そらそうでっしゃろ。つなぎを話しますと、向こうの家だけ、別になったあると。宿替え早々、祝い事があったんで、向こうへ取りに行くと、後で届けると。祝いのことで、おためが返って来て、それを持って行くと、ためだけは受け取って、割り前を払わん。『おのれ、わずかな銭で!』と脅させてからというもの、付き合い無しになったある。しかし、屑屋はんが言うのには、らくだよりも、まだ二枚方ほど、上手の極道人が来て、葬式出すのに、何ぼか持って来いということ。えげつない事が起こりそうなので、らくだが死んで、赤飯炊くような家もあるやろう、盗人に取られたとでも思うて、寄るだけ寄せて、持って行くと。帰ってまいりまして、熊はんに報告いたしますと、次は、家主の家へ行けと。香典と、今晩、夜伽せんならんので、鉢に二杯の煮しめと、酒を持って来るようにやて。そやけど、ここの家主さんちゅうのは、ケチで有名、因業とあだ名の付く人でっさかいに、おそらく無理でっしゃろなあと、屑屋はん。「そちらへ、らくだの死骸をお届けいたします。ついでに、しぶと(死人)のカンカン踊りを、ご覧に入れます。」と、こない言え。って、エライことになって来ましたで。
家主さんの家に、屑屋はんがやってまいりまして、らくだが死んだことを報告いたします。ここでも、「良かったなあ」ですわ。香典と、酒・肴の話をいたしますと、そら、家主さん、ご立腹。どんな悪い奴でも、入った月の家賃は、払うもん。しかし、らくだだけは、ベタ銭一文、もろたことが無いて。始めのうち、催促に行ったら、後から持って行く・ついでに持って行く。しびれが切れて、『家賃を貰うまでは、ここを動かん』と、向こうの家で居座ってやったら、『ホンマに動くな』ちゅうて、長い奴を抜いてきたて。慌てて帰って来るところで、追い付かれて、『今後、家賃の催促は…』ちぇなこと言われたさかいに、『せえへん』と、ほうほうの態で、逃げて来たて。慌てた拍子に、買いたてのサラの下駄を、向こうに忘れて来た。また、憎たらしい、明くる日、その下駄履いて歩いてたやて。そんな男のために、香典や酒てなもん、出せますかいな。「しぶとのカンカン踊り。おもしろい。初もんや。初もん見て、七十五日、寿命を延ばしてもらおう。」やて。なかなかの家主さんですわ。熊はんに報告いたしますと、「そっちゃ向け」と。何かいなあと思いますと、らくだはんの死骸を、おんぶすることになりますわ。向こうで、カンカン踊りを見せるさかいに、カンカンノウ唄うて、足をバタバタさせえと。エライことになってきましたわ。家主さんの家へと、やってまいりまして、「ごめんなはれや。こちらさんでは、しぶとのカンカン踊りが、ご所望なそうな。みんごと踊らしてみせるさかいに、初もん見て、七十五日寿命を縮めえよ!」っと、ホンマに、らくだのカンカン踊りが始まります。死人でっせ。さすがの家主も、ビックリいたしまして、「出す出す、出す!」となりますわいな。
また、らくだの家に戻ってまいりますと、今度は、熊はんが、屑屋はんに、漬けもん屋に行けえと。四斗樽の空いたんがあったら、もろてきてくれて。要するに、棺桶にしまんにゃな。空いたら、すぐに、返しに行くさかい。って、死人入れた後の棺桶みたいなもん、もういっぺん、使えますかいな。漬けもん屋へやってまいりまして、らくだが死んだことを報告いたしまして、四斗樽を貸して欲しいと言いますが、そら、ここでも、お断り。らくだはん、生きてる間に、ここでも、ぎょうさん、漬けもん買うたはったけれども、銭払うた試しが無いにゃて。催促すると、大きな声で、『ここの漬けもんには、ウジがわいてるぞ!』と言いふらす始末。しょうがないので、屑屋はんも、カンカン踊りを見せると言いますが、これも、いっぺん、見てみたいて。しかし、今、現に、家主さんとこの家でやってきたことを話しますと、ビックリいたしまして、醤油樽をわけてもらいます。「こら、カンカン踊りで、うちへ、米二斗ほど、届けさしたろか。」てなこと言いながら、樽を持ちまして、らくだの家に帰ってまいりますと、熊はんが、すでに、一杯やってる様子。長屋のつなぎに、家主の酒・肴が到着したようですなあ。屑屋はんも、早う帰りたいと申し入れますが、折角なので、一杯飲んでから、商いに行けと。「また来て、よばれます。」「ほな、お前が戻って来るのん、待ってないかんのか!」という具合。屑屋はんも、酒は、嫌いやないみたいですので、一杯だけよばれますわ。っと、釣り込まれて、二・三杯になりますわなあ。
屑屋はんも、元々は、こんな商売してる人ではない、立派な、店構えた商人さん。それが、酒飲みで、店一軒飲みつぶしてしもた。裏長屋へと逼塞(ひっそく)いたしますと、慣れん生活で、嫁はんが病気になって、死んでしまう。世話をしてもろうて、もろたんが、今のカカ。こら、長屋生活に慣れてる。雨の降る晩なんかでも、酒が飲みたいさかいに、酒買うて来いとなりますと、嫁はんが、もうエエやないかと止めますわ。それでも、量りが多いので、橋向こうの、遠い酒屋はんまで、買いに行かせようとすると、前の奥さんとの間の子供ですが、娘はんが、『わて、行て来る。』と、徳利を持って駆け出す。小さい子に、そんなことまでさして、酒が…。やっぱり飲みたいんですなあ。と、世間話をしておりますうちに、すっかり、屑屋はん、エエ按配になってしもた。しかも、熊五郎と立場が逆転。「兄弟分になろ。」「しかし、らくだを湯棺せんならん。」「兄貴頼むと、こない言わんかい!」と、屑屋さんのほうが、兄貴分。汚い頭ですので、丸坊主にしようといたしますが、カミソリが無い。「突き当たりの家が、女三人兄弟、カミソリぐらいあるやろう。行って、借りて来い。すぐに返しますと。」立場が逆転で、熊五郎に、カミソリを借りに行かせます。そのカミソリで、屑屋はんが、頭を丸めますわ。「切れたかて、痛いこともなんともあるかい。」って、そらそうですわな。棺桶に入れるのも、逆さま。「頭で、地獄へ、飛んで行きやがったらエエねや。」
さあ、ありったけの残りの酒を、二人でキレイに飲んでしまいまして、差し荷いにいたしまして、千日前の火葬場・焼き場へ。もう、明くる日まで、待ってんのん、邪魔くさいですのでね。「や〜とこせ〜のよ〜いやな」って、伊勢音頭やがな。無言で出るのも、おもろない。そこはひとつ、景気ように、「そ〜れんやそうれんや らく〜だ〜のそうれんや」「めで〜た〜いこっちゃ」んな、アホな。裏長屋を出まして、堺筋を南へ。とある砂糖屋はんの表で、丁稚さんがこれを見まして、「定吉っとん、見てみなはれ。汚い葬礼が通りまっせ。」と。これを聞き逃しません二人、「こらどうやら、もう一杯飲めそうや。」ここのお店に、棺桶を持ったまま入り込みますわ。「汚い葬礼で、悪かったな。キレイなんと、おたくとこで、替えてもらおか。」エライ言いがかりでっせ。「これはどうも、あいすまんこって。」と、紙包みのお金を、ゆすり取りまして、再び往来へ。日本橋の北詰へと掛かりましたところで、屑屋はんは、いつも、重たいものを持って、歩いておりますが、熊はんのほうは、慣れてない。橋の欄干に当たりまして、急に、棺桶が軽うなった。要するに、中身が、出てしもたんですな。南詰には、乞食同様の願人坊主が、裸で寝ておりまして、これと、らくだはんを間違える。「いつ落ちたんや?」「あれはたしか、十三年前。」って、この坊主も、グデングデンに酔うております。とりあえず、これを棺桶に入れ直しまして、千日前の焼き場へ。
火葬場では、番人のおっさんが、もうエエ時間ですので、仕事も終わりと、ここでも、一杯やっております。そこへ、汚い棺桶を持ち込まれて、明日にしてくれと言いますが、待ってるのん邪魔くさい。「明日朝一番で、骨拾いに来いよ。」「そんなもん、いらんわい。」て、ムチャクチャやがな。酔いながらでも、最後の一仕事と、棺桶を火の中へ。さすがに酔うてる願人坊主でも、これは正気になりまして、「熱い、熱い!」「熱うのうてかい。」「出してくれ、出してくれ!」「今さら何を。往生際の悪い奴なあ。」「一体、ここはどこや?」「千日の火屋じゃ」「ひや?ひやでもエエさかい、もう一杯くれ。」と、これがサゲになりますわ。お酒の“ひや”と、焼き場の“火屋”がかけてございます。
上演時間は、最後まで行きますと、やはり1時間、超える場合もございますね。ただし、たいがい、カミソリを借りに行く、出棺のあたりまでで切られることが多いです。それは、長編落語の割りに、割り合い、サゲが、軽いと申しますか、尻すぼみになると申しましょうか。ちょっと、放送なんかでは、放送しづらい部分もあるというのも、理由の一つかも分かりません。わたしゃ、案外、後半部分も、好きなんですが。変わってまっしゃろ。やはり、落語会、しかも、ちょっと大きい舞台向きですかな。そうそう、どこでもやれるものでは、無いかも分かりません。題名に、『らくだ』と付いているのですが、冒頭から、らくだはんは、死んでおります。これも不思議な話ですな。江戸時代には、すでに、ラクダは、日本に来ているのやそうで、絵にも残っているのでしょうなあ。そのらくだはんを、兄弟分が訪ねて来て、死んでいることに気付き、屑屋はんを呼び止めるところから、お話が始まります。商売道具を押さえて、屑屋はんに、使いをさせるというのも、やはり、熊はんの、悪知恵の働くところ。まずは、月番に香典。しかし、最近、香典取らはるとこ、すけのなってきましたさかいに、この話も、過去のことになって行くのでしょうかなあ?そして、家主さんに、酒・肴。因業という話なので、死人のカンカン踊りを躍らせると。江戸時代・幕末ぐらいには、よく流行ったんやそうですな。長崎ぶらぶら節と、節は一緒ですが、カンカンノウぐらいやったら、ちょっと前まで、ホンマに、皆、知ったはりましたけどね。本当に、踊らせまして、今度は、漬けもん屋はんに、樽の要求。屑屋はんが、らくだの家に帰って来て、さあ、これから一杯飲み始めます。これまでも、おもしろいんですが、やはり、これから、だんだんと、屑屋はんと熊五郎の立場が逆転する所が、聞きどころでございますなあ。演者によりまして、いろんな型がございますが、飲んで、グダグダいう件りは、笑いあり、涙ありですなあ。最終的に、屑屋はんの立場が上になりまして、今度は、熊はんにカミソリを借りに行かせて、らくだの頭を丸める。棺桶に放り込んで、家を出る頃には、二人とも、エエ加減、出来上がっております。砂糖屋をゆする場面も、ホンマは、あんまりエエこっちゃおへんけれども、おもろいですわなあ。日本橋で、らくだを落として、これまた、姿かたちが、よう似たある、願人坊主を入れてしまうて。“十三年前”と、返事するとこなんか、これまた、おもろい。そして、いよいよラストの、千日前の焼き場へ。ここでも、日が傾いておりますので、番人のおっさんも、エエ按配。登場人物、皆、酔うておりますちゅうやつですわ。最後は、“ひや”のサゲと。後半は、筋の運びだけになりがちですので、やはり、説明しすぎになるんでしょうかねえ。
東京でも、同じように演じられております。といいますか、東京落語・江戸落語で、代表作にもなっておりますが、本来は、上方の、こんなもっちゃ〜りした、ゴテゴテした話なのでございます。冒頭に申しました、歌舞伎や喜劇、各種の演劇にも、取り入れられておりますね。有名な話の一つでございますな。所有音源は、故・四代目桂文團治氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、桂米朝氏、笑福亭松之助氏のものなど、たくさんの方のものを、聞かせていただいております。文團治氏は、もちろん、録音のものですが、例によりまして、短くまとめられて、おもしろい演出で、やはり、屑屋さんに、おかしみがありました。家主さんも、憎々しげで。松鶴氏は、十八番で、おもしろかった。いくつか録音もございますが、ウダウダとしたところが、なんとも言えん味でございます。熊五郎の脅迫が、真に迫っておりますね。米朝氏は、やはり、屑屋はんの話の部分が、いかにも酒飲みを思わすところで、良かったですな。松之助氏は、下座からカンカンノウを、入れたはりました。白目むいて、踊ったはりましたが、案外、毒々しい所が少なく、おもしろいものでしたね。
このお話は、落語の代表作にもなっておりますが、葬式の習慣が、変わりつつある今を思いますと、やはり、いちいち説明しなくては、通じなくなるような時代が、来るのかも分かりませんな。そうならんうちに、私も…。って、エエっ〜。どうぞ、良いお年を、お迎えくださりませ。迎えられへんわ!って。
<23.12.1 記>
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