けったいな噺です。これを取り上げること自体も、私自身、躊躇しなければならないような、落語としても、エエもんかどうなのか?落語なんでございます。この前、ある方と、お話しながら、ふと、豆炭の話が出たんです。うちの家は、まだ、練炭・練炭火鉢も、使うてまんのでね。豆炭は、使うてしまへんけど。在所のホームセンターなどにまいりますと、結構、まだ売ってございます。今月は、お寒いさなかで、そのお珍しい、『豆炭』で失礼させていただきます。

 主人公というのが、これが、けったいな男ですわいな。友達の所へ訪ねてまいります。どうも、怒っている様子。なぜかと申しますというと、仲がエエのに、嫁はんもろたのに、報告してくれへんかったということなんですな。しかし、ホンマに嫁はんもろたわけではない。家へ引き入れた、内縁みたいなもん。それでも、隠さんでも、エエやないかて。そら、もっともな話ですわいな。隣りの人が言うには、毎晩、遅い時間まで、楽しそうに、話し声が聞こえてるとのこと。それすなわち、おなごやと。しかし、本人さんに言わせると、おなごでは無い。かというて、男でも無い。ほな、いったい?友達やさかいというて、思い切って言うてしまいますが、これすなわち、豆炭。豆狸(まめだ)ではございません、豆炭。燃料に使う豆炭。

 豆炭と、所帯を持とう。って、んな、アホな。しかし、『三十三間堂』の芝居の中で、柳のお柳(りゅう)は、平太郎と夫婦になって、子供が出来る。そやさかいに、豆炭と、夫婦になっても、不思議ではない。これにも、訳がある。この男が、いつものように、風呂屋へ行くと、帰りがけ、隣りの、砂糖屋との間に、豆炭が一つ、落ちてる。けったいなとこにと、一応、警察へ届けた。これも、放っといたらエエ話やのに、わざわざね。すると、署長はんという人が出て来はって、正直は認めるけれども、落とし主の出てくる可能性が低いと。保管のために、書類も書かないかんし、そんなことに、手を焼いてるヒマはない。他にすることが、ぎょうさんある。署長の権限で、君にあげるから、持って帰りなさいと言われたて。仕方がないので、懐へ入れて、表へ出た。雨が降ってきた。走ったら、鼻緒が切れた。歩いてると、頭も着物も濡れる。イヤやけれども、あんまり、そんなこと思わへん。懐の豆炭が、濡れたら、かわいそうやと思うて、歩いて、家へ帰って来た。どうも、豆炭に、情が移ってしもたらしい。

 “不思議な縁で、別れることが、出来んようになってしもたみたいや。こんな家やけど、ここに居てくれるか?”言うたら、顔赤うして、袖口で口押さえて…。って、豆炭の、どこが袖口で、どこが口元でんねん。“うれしゅうございます。末永う、よろしゅうお願いいたします。”という返事。主人公も、変わってますが、しかし、豆炭に恋するとはねぇ。それで、今日は、家に置いてきたんかというと、そうでもない。一人で置いとくのん、かなんというので、懐へ入れたあると。聞いてみますと、今すぐに、お会いするのは、恥ずかしい。いずれまた、日を改めてやと。豆炭が。「イヤやてか。お前、オレの言うことが聞けんのか?一人でいに。」と言うたかて、一人では、よう帰りまへんがな。懐覗いては、会話するもんでっさかいに、どう考えたって、おかしいん。「まあ、そうポンポン、ポンポン言うたりな。機嫌のエエ日にでもまた、会うたるがな。」「いやもう、お前、そないに、豆炭のこと、気ィ使うて要らんねん。心配要らん。」「何でや?」「今日びの豆炭や」「角が取れてるか?」「いや、すぐに、おこらんわ。」というのが、サゲになりますな。火をつけて“おこる”と、“怒る”を掛けてあるんですな。

 上演時間は、十分から十五分ほど。短いもので、寄席向きでは、ありますな。おもしろいのか、おもしろくないのか、よく分からん、不思議な落語です。人間が、豆炭に恋をするて。どういう発想なんでしょうなあ。演題を先に出してありますが、話の途中で、嫁はんもろたという、その相手が、豆炭ちゅうので、驚きもし、おもしろい所でもあります。しかも、風呂屋の横手に、落ちてたやつて。これを、主人公も、律儀に、警察へ届けて、結局は、自分が、もらうと。雨が降って来るところもポイントで、濡れると、火がつきませんからな。それから、大事そうに、嫁はんにいたしまして、友達にお披露目を、恥ずかしいと断る。あきれて、また今度ですが、丸いものですので、“角が取れてるか?”は、友達も、粋なもんですけれども、サゲが、“すぐには、おこらんわ”て。マッチで、火つけただけでは、すぐに、火おこるもんと、ちゃいまっさかいになあ。

 東京では、おそらく、無いと思います。こんな、けったいな噺。故・三代目笑福亭枝鶴・桂花柳の作った、新作落語とされておりますが、私も、初代・先代の故・森乃福郎氏のものしか、聞いたことがございません。今でも、どなたかが、やったはりまっしゃろねえ。しかし、内容が無いと申しますか、どうにもならんと申しますか。ここら、一時、福郎さんしか、出来ん芸当のような部分も、ありましたな。この手のものは。しかし、案外、豆炭が、かわいらしいんですよね。何でも、持って行きようで、こんなにもなりますにゃなあ。ホント、不思議な噺です。

<24.2.1 記>


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