寒ぅおした。今年の冬は。と申しますか、当たり前なんですけどね。だんだんと、暖かくなってまいりますのが、うれしくもあり、寂しくもありですが。わたしゃ、寒いの、得意なんでね。しかし、春の息吹を感じますというと、どことなしに、生命力とも申しますか、生きている力というものも、感じるわけでございますけれども、まあ、そんな難しい話は、置いときまして、春先のお噂で、『愛宕山』をお届けいたしましょう。本来なれば、もうちょっと、後の季節なんですけどね。

 大阪は、ミナミの幇間(ほうかん)・太鼓持ちでございます、一八に繁八、両名共に、ミナミのお茶屋をしくじりまして、祇園町で働いております。時候が良うなってまいりましたので、室町へんの旦那が、一つ、野がけ・ピクニックでもしようやないかと、芸妓・舞妓、お茶屋のおかみさんから仲居さん、そして、この一八・繁八も連れまして、祇園町から西へ西へと、やってまいります。郊外の野辺へ出てまいりますというと、空には、ヒバリがさえずっていようか、下には、レンゲ・タンポポの花盛りというような本陽気。その中を、やかましゅう言うて、やってまいります。その道中の、陽気なこと…。『おうぎちょう〜』と下座から、にぎやかに、お囃子が入りますな。いかにも、春らしい感じ。舞妓ちゃんは、一八に、ちょうちょ捕まえて欲しいと、せがみますが、そんなもん、どこに居てるかて。菜種の花に混ざって、分かりまへんのやがな。黄色いもん同士でっさかいに。よ〜く見ますと、そこら、ちょうちょだらけ。「蝶が菜種か、菜種が蝶か。」と芝居気取りで捕まえますが、なかなか捕まえられへん。しまいに、犬のババ掴むって…。ま、それはそうと、この太鼓持ち両名、今日の趣向が、分かってない。愛宕山へ登って、愛宕さん、愛宕神社へお参りするて。京の人間は、山登りに慣れてるが、大阪の人間は、慣れてないと、旦さんが言い出しますので、「山ありまっせ。天保山に真田山。」って、山言えますかいな。「これが、京名所の一つ、愛宕山や。」「こんなもん、二つ重ねて、ケンケンで上がったりますわ。」って、実際、愛宕山て、結構、登らなあきまへんさかいになあ。それは、おもしろいと、旦さんは、みんなの荷物を、この両名に持たしまして、先に登ってまいります。二人は、後から、差を付けて、登るということですな。

 しかし、えらそうなこと言いましたけれども、ほんに、京の人間は、山登りに慣れてる。うまいこと、登って行かはりますわいな。しかし、お茶屋で散財したら、高ぅ付くさかいにと、しょうむないこと考えよる。大阪に居てたら、こんな仕事無かったのに。おまけに、荷物まで、背負わされるて。ぼやきながら、ぼつぼつと登ってまいります。唄でも、唄うたら、登りやすかろうと、『梅にも春』って、スローテンポすぎて、山行きには、合えしまへんがな。いくつか、唄を唄っておりますうちに、息切れして、声も出ん…。って、ここら、見どころですな。背たらうた荷物が、ズリ落ちてくるのと同時に。へたってしまいましたところで、旦さんが、尻突きで上がって来いと。要するに、相手の尻をポンポンと突いて、弾みで、上がってくると。片方が、荷物を持ちまして、もう片方が、尻を突く。景気ように、『竜田川』に乗りまして、みんなと合流。そこで、弁当を食べようと。しかし、両名は、神さん参りしてから、その後でやて。「本殿は?」「もう二十五丁上や。」って、今までのは、清滝試みの坂で、まだ半分しか来てへん。となりますと、そら、弁当食べますわいな。お重を開けますと、エライことになったある。高野豆腐と、握り飯が一緒に、引っ付いて…。て、今の尻突きで、中身が、ムチャクチャになってしもた。

 横手に、茶店がございますので、何ぞ、食べるもんがあるかいなあと、聞いてみますと、「うどん」。ちょっと、もっさりしてますので、前の畑に生えてるもんを、お浸しで。「そら、タバコじゃ。」タバコの葉は、食べられませんわな。かわらけが置いてございますので、酒があんのんかいなあと思いきや、これは、かわらけ投げの、素焼きのかわらけ。大阪のもんは、知らんやろうと、旦さんが、まず、見本を見せますわ。的がありまして、谷に向かって投げますねね。風切りを作って、風の具合を調べる。まずは、天人の舞い。天人が舞いを舞っておりますように、ほれ、入りました。次は、お染久松比翼投げと、二枚。これも入った。獅子の洞入りで、真っ直ぐに、ほら、入ったと。負けじと、一八が投げますが、そうウマイことは、いきませんわいな。天人、舞舞わず。お染久松、別れ別れで、しまいに、かわらけ、茶店へ入って。って、おばん、ケガするで。「京の人間は、一枚一厘のかわらけ。大阪では、金貨や銀貨を放りまんねん。」と、競争意欲を掻き立てることを、言ってしまいましたなあ、一八っつぁん。旦さん、今日は趣向で、小判を持って来たはったんですわ。おばん違いまっせ。小判二十枚。ゑべっさんの小判でもあらしまへん。て、『封印切』やがな。昔の小判が二十枚。これを、谷へ投げまして、一散財。言うてるうちに、パッと投げますと、松の緑に、光が差しまして、山吹色の小判が、キラキラと、きらめいております。こらぁ、なかなか見られん、エエ景色。

 「さあ、行こ。」て、そんなもん、行けますかいな。一八が、拾いに行くて。拾うたら、拾うたもんのもん。小判二十枚ですからな。茶店のおばんに聞きますと、道はあると。さいぜんの的を、年に一度、仕替えに行ったりするので、梅ヶ畑から回らっしゃれて。山越の八里半で、ころころコケル、こけ道。おまけに、クマやオオカミが出ると。それでは、何してるこっちゃ分からんので、何か無いかと見ますると、傘がある。清水の舞台飛びで、傘をさして飛んだら、何とか、いけるやろうと考えます。しかし、いざ、傘を掴んで、飛ぼうとしますが、なかなか飛べるもんやない。旦さんも、おもろいお方で、繁八に、後ろから突かせまして、一八は、谷底へ。ふっと目を覚ましますと、体は、どうもないので、小判を拾い集めます。枝に引っ掛かってるのも、含めてね。「金はあるか〜」「ありました〜」「どないして上がる〜?」って、上がる段取り忘れてましたがな。何を思いましたか、着物を脱ぎまして、着物・長襦袢、横糸を抜いて、裂き出し、長い長い縄を作りよった。その端に、手頃な石を括り付けまして、振り回す。崖に生えております、嵯峨竹、その先に、見当付けて、これを投げ付けまして、十分に、手元へと引っ張ります。要するに、竹の、しなりを利用するわけですなあ。ここらでよかろうと、ポンと一つ蹴りますと、元へと戻ってまいりました。「へぇ、旦さん、ただいま。」「エライな。上がってきよった。それで金は?」「あっ、忘れて来た。」と、これがサゲになりますな。着物を脱いだのと、上がってくるのに、一生懸命なので、集めた金を忘れてしまったということですわ。おもしろいサゲでっしゃろ。

 上演時間は、三十分前後。やはり、そこそこに、余裕を持って、聞き応えのあるネタでございますので、どちらかと申しますというと、落語会向きでは、ありますな。トリとしても、十分に、通用いたします。おもしろい話ですし、サゲも、分かりやすいですしね。ただ、しぐさや、ハメモノも多いですので、見る落語ではあるんですが、そこを、音源だけで、聞くだけでも、十分に、理解が出来るようになりますというと、もう、名人芸の粋ですな。あえての話なんですが。大阪と京都の比較、あるようでないのが、このちょっとした壁でございまして、なかなかに、おもしろうございます。ミナミをしくじった、太鼓持ち両名だけが、大阪もんで、後は、京都のもんと。冒頭から、ちょいちょいと違いがございますが、二人が、荷物を持って、後から登ることになります。鼻唄を唄いながらちゅうのも、おもろいもんどすなあ。替え唄も出てまいりまして。だんだん、しんどなってきたところも、見どころで、それからは、鈴鹿の山にある、尻突きで、上がってまいります。そら、弁当も、引っくり返りますわいな。茶店に、かわらけがあって、かわらけ投げを始めます。下座から、入った音をチンで、鳴らされる方も、おられますね。おもしろい演出でございます。そこで、大阪では、金貨・銀貨を投げると聞かされたのを幸い、ちょうど用意をしておりました、昔の小判を投げることにいたします。ホンマの散財ですわな。そら、誰かて欲しい。そこを、太鼓持ちのサガでもございましょうか、一八が、拾いに行くて。おばんとのやりとりも、おもしろいんですが、傘をさして飛ぶて。また、後ろから、突いてやれちゅうのも、おもろい所です。金を拾い集めた所で、上がれへん。ここで終わりかいなあと思いのほか、これが、竹の反動を利用いたしまして、上がってくる。それで、金は忘れたと。非常に、落語らしい発想ですな。

 東京でも、有名で、よく演じられておりますが、やはり、上方の噺です。東京の愛宕山ちゃいまっせ。所有音源は、桂米朝氏、故・五代目桂文枝氏、故・桂枝雀氏、桂ざこば氏、故・桂吉朝氏、桂雀々氏のものなど、たくさんの方のものを、聞かせていただいております。米朝氏のものは、やはり、想像が出来やすい、思い浮かびやすいもので、笑いも風情もございました。文枝氏のものは、ちょうちょの件りなんかがなく、二人の太鼓持ちも、大阪から来ていることになっておりますが、スッキリしておりまして、話の筋があるというもので、わたしゃ、好きやったんですけどね。大ネタという感じではなく、やってはったので、そこがまた、良かったんでしょう。枝雀氏のものは、こらやはり、爆笑に持って行かれる所でしたな。太鼓持ちも、かわいく描かれておりました。いやらしさは、あんまりございませんでね。ざこば氏のものも、情景が良く浮かびまして、おもしろいものでした。吉朝氏も、得意にしてはったと思うんですけどねえ。どうなんでしょう?楽しんで、やったはったように思えます。雀々氏のものも、お笑い本位で、おもしろかった。

 こういうのは、テレビで取り扱いやすいネタやと思うんですけれども。どうでしょう?って、芸者遊び自体が、古いてか?

<24.3.1 記>


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