
今年は、桜の開花も、随分と、遅れております。やはり、春先のお話は、陽気で、よろしゅうございますけれども、これは、そうでもございませんかな?とりあえず、長いお話ですので、前置きも短くしておきましょう。大ネタでございます。『百年目』。
船場へんの、大きな商家・ご大家のお話でございます。主人公は、ここの、ご番頭さん。奉公人を見ながら、ひとわたりの小言。定吉に、こよりを百本よれえと言い渡したのは、よっぽど前のこと。「もう九十四本でんねん。」そろそろ終わりかいなあと思いますというと、そやないんでんねん。六本しか、まだ、でけてませんねん。こよりで馬をこしらえまして、それを畳の上へ並べて、トントン叩いて、動かして遊んでる。「番頭さん、これ、馬と違いまっせ。鹿でっせ。角がありまっしゃろ。鹿を馬やなんて、そんな馬鹿な…。」って、シャレ言うてる場合ちゃいまっせ。藤七っとんは、本を読んでる。店先で、本読んでるちゅうのも、あんまりエエもんやないん。久七っとんは、岡山のお得意様に、手紙書いてなはる。しかし、一昨日やったか、四国へ出す手紙が、まだ、引き出しに入ってた。それでは、何にもならん。「つい、子供の手が、あきまへんでしたんで。」って、子供て、この久七っとんこそ、肩揚げを下ろして、名前を変えたとこ。何で、自分で、出しに行かんて。体が大きくなるので、肩揚げしてたんでは、みっともないと、この番頭さんが、旦さんに、お願いして、下ろしてもろたとこ。町内の葬式に立つのと、ご親類への年回の知らせの他に、何ぞ、一人前に、できることはあるのかと問いますと、「向かいのお店まで、三足半で飛んで行けます。」って、自慢にも何にも、なりませんがな。横手で、鼻の先で笑う、せせら笑いをしたのは、利助どん。最近は、蔵の横手で、浄瑠璃の稽古。奉公人がするこっちゃおまへんでと。「喜助どん」「そうら来た」「待たれてのやったら、言わしてもらいまひょ。」ゆうべ、風呂へ行って、帰って来てから、着物を着替えて、また、出て行った。帰りが遅いので、二階で、うつうつしていると、十二時も、よっぽど回った時分に、ガラガラっと俥の音。離れた所で、梶棒がコトンと下りて、若い女の声で、『また、お近いうちに』『シッ』っと、猫を追うような声がして、表の戸がトントン。誰ぞが、言い付けられてたんやろ、『お帰りやす』『シッ』ちゅう、また猫追う声。事情を聞くと、風呂で、伊勢屋のご番頭さんに会いますと、旦さんが、お謡の会ですので、呼ばれたと。しかし、それなら、そんなには、遅くならんはず。その後、気分直しに、ミナミへ誘われたて。「堺か和歌山」「南地まで」「南地てなとこへ、なんちにおいなはってん?」「やちゃへ上がって」「やちゃて、なんじゃい?」「茶屋ひっくり返して、やちゃ。」「エライ、といとこまで、お茶買いに行きなはったんやな。」「いや、その、娼妓買うて。」「床机というたら、腰掛けのこと。」「はよ言うたら、姫買い。」「コレ。それぐらいのこと、心得てるつもりです。私はなぁ、芸者という紗は、夏着るもんか、冬着るもんか、太鼓持ちという餅は、焼いて食たらウマイのか、煮て食たらウマイのか、舞妓という粉は、一升なんぼすんのんか、知りません。その私の前で、ようヌケヌケと。」「誠に、私の、デケ、デケド…。」物も言われへん。このお店の帳場の鍵は、このご番頭さんが、のれん分けの後は、この人が、預からんならん。いつまでも、ご厄介になってるのは、しっかりしてくれへんから。「立ちなはれ。私が、『立てえ』と言うてる間に、あんた、立たなんだら、いよいよ、立つ潮がなくなりまっせ。」って、しびれが切れて、よう立てまへんのやて。これでは、お得意さんが、どないなってることやら。と、ご番頭さん、得意先回りへ。「毛虫が出て行く」って、エライこと言いなはったな。「旦さんがお尋ねになったら、夕方までに帰りますと、伝えるように。」「お早うお帰り」「定吉、今、舌出したな。」「いいえ」「前のガラス障子に、写ったある。」「世間覗かしたっただけです。舌出すちゅうのは、ダーッ。」っと、ホンマ、どうしょうもない奉公人達。
表へ出まして、小半町も歩いたところで、どっから見ても、太鼓持ちという格好で、「申し、次さん、こっちだっせ。」「これは、これは、田中屋のご隠居でございますかいな。」「申し、次さん、わたいだっしゃないかいな。」「こっちへ入れ。」て、船場へんの街中に、不釣り合いな、どっから見ても、色街の太鼓持ちが、親しげに話し掛けてくるんですから、そら、往来では、目立ちますわいな。皆に言われて、呼びに行ったが、お店の中へ入るわけに行かず、派手な格好で、ウロウロするのも何かと、羅宇(らお)仕替え屋に十銭やって、荷借りて、店の前をウロウロ。しかし、それがアホやいいますねん。派手な着物の羅宇仕替え屋でっさかいに、余計に、不釣り合いで、目立つ。お店の子供にも、気付かれたて。それは、エエといたしまして、すぐにこれから行くと、「舟は?」「辻梅の姉貴が、皆に、しゃべったもんだっさかいに、『わても行く。わても行く。』言うて、いつもの升屋の連中が、茶舟やのうて、大屋形で。」「そら手荒い。」「東横堀の砥石屋の浜に。」「あそこにな、ご親戚が一軒あんねん。顔見られたら騒動や。高麗橋のたもとにでも、つなぎ代えといて。」と、太鼓持ちを先にやりまして、自分は、辻を曲がりまして、とある駄菓子屋へ。「おばん、邪魔するで。」ギシギシギシと、階段を上りますと、二階に、箪笥が預けてございまして、着物を着替える。お店の押し着せとは違いまして、結城の着物に、粋な長襦袢、羽織の紐から帯や、持ち物まで、一分の隙もございません。履物も、細鼻緒の雪駄に変わりまして、高麗橋へ。どういうこと?
皆が待っております船へと、乗り込んでまいりますと、すぐにも、船を出してしまいます。要するに、この番頭さん、今日は、花見へ行く予定やったんですな。いつものご連中さん、遊び仲間と。これが、ぎょうさんの人数になってしもたんで、屋形船で、一散財。まあ、しかし、さいぜんの、お店の小言とは、エライ違いだすなあ。隠れて、こんなことしてはるとは。春先のこってすさかいに、陽気もエエ、しかし、障子は開けるなと、閉めさします。歩いてる人に、顔を見られては、どんならんちゅうことですわ。夜と違いまして、今日は、昼間の遊びでっさかいに。「大川へ出たら」て、それでも、すれ違う船で、誰と会うか分からんて。障子に穴開けて、花見せえと。のぞきからくりやがな。「家へ帰って、『花咲いてたか?』て、たんねられたら、『はあ、咲いてるカザがしてました。』て、そんなアホなこと、言えますかいな。」色街の人でっさかいに、さすがに、おもろいもんどすなあ。「皆で、陸へ上がって、花見してきたらエエがな。わしは、ここで飲んでるさかいに。」と、世間を憚っての、花見で、チビチビとやっておりますが、何せ、陽気もエエことでございます、船の揺れと、昼酒ちゅうのも、相まって、船足の遅い大屋形で、大川までが、かなりの時間、だいぶと、エエご機嫌になってきはりましたで。「暑いなぁ。暑いと思うたら、こない障子を閉め切って。」って、この人が、『閉め閉め』言いなはったんですがな。「ほな、開けまひょか。」障子を開けますというと、桜の宮が、一目に見渡せます。あちらこちらで、お花見風景。
岸に船をつけますが、番頭さんは、上へ上がらない様子。それでは、おもしろないのでと、太鼓持ちの繁八が、扇子を少し広げまして、お顔の前へ。これを、しごきで括りますと、誰か分からん。要するに、鬼ごっこの要領で、前が、よく見えませんので、捕まったら、罰ゲームで、お酒を飲まそうという算段。『親子茶屋』の『狐つり』みたいなもんですわ。「高島屋!」の掛け声と共に、下座から、長唄の『越後獅子』“なんたら愚痴だぇ〜”のところが入ってまいります。賑やかにやっておりますけれども、中には、静かに花を見ておられる方も、いはります。どこぞの大旦那と見えまして、お医者はんの玄伯さんと共に、桜見物。そろそろ帰ろかいなあと、歩いておりますうちに、玄伯老がヒョイと見ますと、どうも、ここのお店の番頭さんに、良く似た人が、片肌脱いで、踊っている模様。しかし、旦さんも、今しがた、出掛けに、店のもんに小言を言うてた様子を、奥で聞いておりましたので、そら人違いじゃと。玄伯さんが、あんまり言うので、眼鏡を取り出して、見てみますというと、これが番頭の次兵衛。どうも、芸者も太鼓持ちも、丸呑みの模様。しかし、後戻りするわけにもいかず、バッタリ出くわすのも、かわいそうなので、横のほうをスリ抜けて、分からんように、帰ってしまおうといたします。ただ、酒飲みちゅうのは、自然と、人の気配が分かってしまうものか、右へ寄ると右へ、左へ寄ると左へ。「人違いじゃ」と言うてなさるのも、気にも留めずに、「さあ、捕まえたぞ。繁か一八か?」っと、扇子を外して、見てみますというと、これがお店の旦那さん。これまた、エライとこで、エライ人に遭うてもた。「これはこれは、旦さんでございますかいな。ご無沙汰をいたしております。お店も日夜、ご繁盛で…。」って、何言うてなはんね。自分とこの店の旦さんですがな。「年寄りに、ニワカの相手さすのは、殺生じゃがな。皆さん方、これは、うちの大事な番頭どんじゃでな、ケガささんように、遊ばしとくなされや。夕方には、またちょっと、小早ぅ帰してもらいますように。」と言いながら、旦さんは、行ってしまいます。後に残りましたのは、番頭さん。こら、どエライことになってしもた。他の連中には、エエようにしといたらエエと、自分は、酔いも何も、吹っ飛んでしまいまして、真っ青になって、帰ってまいります。
また、駄菓子屋の二階で、着物を着替えて、店へ。「お帰りやす」「旦さんは?」「あの後、お医者はんの玄伯さんが来はって、桜の宮へ花見に出掛けはりました。」「やっぱり。わしな、気分が悪いので、二階に床とってんか。水を一杯持って来て。」ホンマやったんですな。一方、旦さんのほうは、玄伯さんと別れまして、家へ。「番頭どんは?」「気分が悪いいうので、二階で休んだはります。」「それはいかん。お医者はん呼ばんでも、エエんかいな?」って、理由は、重々、分かってはんのに。二階の番頭はん、そらもう、生きた心地しませんわいな。いつ呼ばれて、クビになるや分からん。あんな散財してるとこを、見られたんですからな。どんな風に言い渡されて、ヒマ出されんねやろ、ヘビの生殺しはかなんと、ビクビク、ビクビクしております。下では、いっぺん、ワーッと、騒ぎ声がしたかと思いますと、シーンと静まり返ってしまう。どうやら、皆、寝てしもた具合。こらどうも、明日になる様子。請け人を呼んで、保証人を呼びつけて、いっぺんに、話を付けてしまおうという段取りやろか?そうなったら、イヤな話を聞かんならんだけ、時間のムダ。早いこと、逃げたろて。エエ着物だけ、風呂敷に包みますが、しかし、この夜中、風呂敷包み背たろうて、歩いてて、盗人と間違われたんでは、かなん。自分の持ちもんですからな。そこで考えまして、着るだけ着て、持つだけ持って行たろと。しかし、クビになると、決まったわけではない。初めてのこっちゃさかいに、以後は慎めで、終わるかも分からん。そこで、請け人に、部屋に呼びに行かせると、もぬけの殻。ああ、やっぱり、前から、おいどが座ってなかったんやなあと思われて、一生、お店へ出入りが禁止。となると、居てたほうがエエ。着物脱ぎますわ。でも、逃げたほうが…。こんなアホなこと考えながら、夜通し寝られまへん。そら、当たり前ですわな。疲れてきまして、トロトロしてまいりますと、夢を見る。警察で、どつかれてるかと思うと、今度は、お詫びが叶うて、働いてる。けったいな夢ばっかりになりますわいな。
寝てもいられませんので、東の空が白んでまいりますと、下へ降りてまいりまして、大戸を開けて掃除をしだした。ビックリしたんは、丁稚連中。放心状態で、朝の行事を済ませまして、結界の内へ座りましたが、何から手をつけてエエもんやら、皆目、分からん。奥のほうでは、旦さんが、神前仏前のお勤めが済み、日の当たる所へ出て、タバコを一服。その煙草盆の、灰吹きへ、キセルの音が、カツーンと。その音が、番頭さんの胸へ、コツーン。こんなもん、どないしてもあきまへんで。「これ、子供。番頭どんにな、お手間は取らせません、ちょっとこれまでとな。」それを、番頭さんに伝えますと、いよいよ来たかてなもん。「今行くちゅうとけ。」と、いつもにも無い、返事してしもた。それをまた、定吉が、そのまま旦さんへ。「よしんば、そう言うたとしても、なぜに、ただいま、お越しになりますぐらいのことが、言えんのか。」という小言が、この定吉を通り越して、後ろに控えております、番頭どんのところへ。「あぁ、こっちお入り。おざぶ当てなはれ。遠慮せいでもエエ。遠慮は、よそでするもんや。」と、じわじわと来まっせ。これからが、旦さんの含蓄のある、お言葉。今も、子供に、ちょっと小言を言うと、すぐに膨れる。甘やかすと、増長する。番頭どんのおかげで、大幅帳は、毎年、一冊ずつ汚れていく。ありがたいことですわな。ところで、一家の主を、“旦那”と称するようになったのは、なぜか知ってるかと。これは、寺方から出た言葉やそうな。この前、ご法談で聞きかじってきたて。天竺、いうても五天竺あるそうなが、南天竺という所に、見る人褒めざる無しといわれる、赤栴檀(しゃくせんだん)という立派な木があるらしい。この根元に、難筵草(なんえんそう)という、誠に、見苦しい草が生えてる。あまりに汚いので、難筵草を刈り取ってしまうと、赤栴檀が枯れる。難筵草が栄えては枯れ、栄えては枯れして、赤栴檀に、またとない、エエ肥やしになるんですな。また、赤栴檀が下ろす露が、難筵草に取っては、エエ肥やしになる。お寺さんと、檀家は、こんな関係にあるので、赤栴檀の“だん”と、難筵草の“なん”を取って、“だんなん・旦那”と、こないなったて。まあ、この家に例えてみると、赤栴檀は旦さんで、難筵草は、番頭さん。また、店へ出ると、赤栴檀が番頭さんで、他の連中が、難筵草。しかし、店の難筵草が、ちょっとグンニャリしてるように思う。なるべく、店の難筵草にも、露をおろしてやってもらいたいと。誠に、エエ話でございます。
「ところで、昨日は、お楽しみやったな。」だんだん、本題へ入ってまいりますで。「つい、お得意さんのお供で。」「使い負けしてはならんで。昨日の調子では、そんなこともない様子やったが…。」『越後獅子』で、器用な手付きやったが、この家へ来た時は、ほんに、不細工な子やったのにて。猪飼野の甚兵衛さんの世話で、やって来たのが十あまり。痩せた、色の黒い子で、寝小便をするので、死んだ、ご寮さんが、“いなす”・帰らすというのを引きとめ、寝小便を直す、やいとを教えてもろて、灸点の印を付けようとしたが、あまりに黒いので、どこか分からんようになってしまう。おしろいで灸点下ろしたん、覚えてるかて。二つ用事言い付けたら、必ず、一つは忘れる。買い物に行かしたら、なんじゃを落として、泣いて帰って来る。二桁の寄せ算覚えるのに、一年半ほど掛かった。世にも不器用な子やったが、昨日の手付きの、器用なことと。孫の太鼓があるので、これで、踊ってみぃて。ま、それは冗談として、今度の戎講まで、預けとこと。ま、重大な話は、これから。あんなとこを見ましたので、旦さんも、昨日、家へ帰って来てから、夜通し、帳面繰って、調べてみたて。要するに、使い込みしてんのやないかと、一応、調べてみはったんですなあ。ここらが、さすがは、大家の旦那さん。しかし、帳面には、全くのムリが無い。番頭さん個人の、自分のお金で、遊んでなはったんですな。そら、この番頭さんも、エライお方。「わしもまた、誘うてや。」て、おもろいもんですなあ。「しかし昨日は、妙な挨拶をしたな。ご無沙汰いたしておりますとか、長らくお目にかかりませんとか。あら、酔うてたんか?」「いや、酔いも何も、もう、醒めてしまいまして、ああ申すより、しょうがおまへなんだ。」「なんでじゃ?」「あんなところを見られたんでは、こらもう百年目やと思いました。」これがサゲですな。演題で、先に出ておりますけれども。要するに、ここで会うたが百年目の、百年目と同じ使い方ですな。雌雄を決するとでも申しましょうか、ここ一番とか、どうしょうもないと申しましょうか。
上演時間は、小一時間ほど、40・50分程度は、掛かります。ちょっと特殊な会とかでなければ、なかなか演じられない話でございます。やはり大ネタですな。登場人物も多いですし、場面転換も、時間の経過もあり、なかなかに難しい話とされております。冒頭は、番頭さんが、小言を一渡り言う場面。聞いておりますと、誠に、当たり前のことで、しかも、きっちりしたはる、番頭さんの性格も、よく現れております。それに引き換え、店のご連中さん、おもろいもんばっかりで。これだけでも、一席できそうなぐらい、手厳しいものでございます。得意先回りへと、表へ出てから、なんで、太鼓持ちが?ぼちぼち、正体が分かってまいります。花見に行く約束をしてはったんですなあ。しかし、昼の日なかに、奉公人が自由には、出にくいん。そこで、十二分に、小言を与えておいてから、外へ出て来たというところなんか、憎い演出でございます。茶舟かなんぞを、思うてなはったんですが、大屋形になりまして、エライ派手に。砥石屋の浜には、ご親類が一軒あるので、高麗橋へ繋ぎ変えるなんぞは、隠れ遊びそのもの。しかも、駄菓子屋の二階で、わざわざ、着替えるて。そら、身なりで、案外、変わりますもんな。船に乗りますと、いっぺんに、賑やかになりますな。でも、顔を見られては、具合悪いので、障子は閉めたまま。大川へ、桜の宮へ着きましてからは、酔いも手伝うてか、気分が大きくなりまして、開け放って、顔を隠して、陸へ上がると。周りで見ておりますというと、ほんに、楽しそうな花見なんでしょうなあ。そこへ、拍子の悪い、出くわしましたんが、ここの旦那。それでも、顔を見ないように、スリ抜けて通ろうとしますが、運悪く、捕まえてしまいます。扇子を取ると、これがまた、旦さん。遊んでる場合や無い。バレてもた。真っ青になって、また着替えて、店へ帰って二階で寝込む。さいぜんからの賑やかさは、一変いたしまして、今度は、ヒマが出るに決まったあると、ドキドキしながら、待っております。この間の、心の葛藤も、おもしろい場面です。明くる日には、一番に起きて、大戸を開けて、掃除をするて。丁稚やがな。落ち着いたところで、旦さんの“ちょっとこれまで”や。とうとう、来るべき時が来た。まずは、天竺の赤栴檀と難筵草の話から、ジワリジワリと。旦さんも、お歳だけに、ゆっくりと、間を持って、しゃべられる。ほんに、じれったいと申しますか、チクリチクリと。演者のほうに取りましては、難しい所でございますな。そして、帳面も、やっぱり、調べてなはったんですなあ。すぐに、ヒマ出さへんかったんも、こういう事情があったから。そしてサゲになると。
東京でも、同じ題で、最近は、あんまり聞きませんけどね。やはり長いので。故・六代目三遊亭圓生氏なんか、やったはりましたなあ。あの最後の、ジワジワ追い詰めるあたりなんか、映像でしか知りませんが、思い出しますわ。所有音源は、桂米朝氏、故・桂文枝氏のものなどがあります。米朝氏が、かねてから、難しい話と、言われておりましたが、何ぞの時には、やったはりましたなあ。特に、お年を召してからは、終盤の、旦さんのお言葉、ウマイものでした。しかし、これとても、最初に、奉公人達を、うんと締め付けておきまして、それから、色街の連中さんと、パーッと華やかになりまして、そして、最後にまた、締まるという、メリハリが、あるからんでございましょう。文枝氏のものも、おもしろうございました。そう再々は、やっておられませんでしたが、米朝型とは、ちょっと違う感じも出まして、この型も、案外、好きでした。他に、あんまり出ませんのでね。
難しい話とされておりますし、機会が無いと、なかなか、聞くこともございませんが、なかなかに、よく出来た話でございます。番頭さんが、使い込みしてはれへんかった、また、それを、調べたはった、旦さんちゅうのが、当たり前といえば、当たり前、世の中の、生きて行くすべを、今でも、十分に、教えられるような気がいたします。身の程を考えて。
<24.4.1 記>
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