暑中お見舞い申し上げます。また、暑い夏がやってまいりました。今年は、梅雨明けが早かったせいか、特に暑いような気がしまんな。その梅雨明けを待ってか、待たずか、七月十六日、京都では、祇園祭の宵山の日やったんですが、桂三枝さんが、いよいよ、六代目桂文枝を襲名されました。桂派に取りましては、大名跡ですからな。襲名以前、ABCラジオ・日曜落語なみはや亭で、久々に、先代の五代目文枝さんの、この『花色木綿』が掛かっておりました。よくウケておりましたんやが、この音源が、昭和四十年代のもの。着るもんでも、まだまだ、こんなもんが、身近やったんですなあ。というのも、先月も申しました、プチ改装いたしました、我が家のタンスの中には、四十六年に亡くなりました、祖父の黒紋付やら大島やら。もちろん、裄が合えしまへんので、私らには、着られしまへんけどね。

 怪しい男がウロつきだしますというと、泥棒の始まりで。コソ泥、しかも、空き巣狙いちゅうやつ。「お留守ですかぁ?用心が悪ぅおまっせ。留守なら、上げてもらいまっせ。」と、入ってまいりましたのは、なんにも無い家。しかし、生活しているような、雰囲気はある。柳行李がありますので、開けてみますと、新聞紙。洗濯もんやらなんやらで、盗るもん、いっこもあれへん。不景気な家ですわ。無かったら無いで、そのまま帰ってしもたら、良かったんですけれども、一旦入った家、なんにも盗らずに出るちゅうのも、盗人に入ったかいが無いというので、そこらウロウロ。ここは、やもめの家でございまして、これが、風呂へ行ってる間の出来事。「今、帰って来ました。えらい、すんまへん。」という声聞くなり、盗人も、逃げようといたしましたが、裏長屋のこと、一方口しかありません。台所の縁の下へ、コソコソっと、入ってしもた。

 戸は、細目に開けといたはずやのに、閉まってる。しかも、畳の上には、泥足の型が付いてる。柳行李が、引っくり返ってる。こらどうも、盗人が入った様子。しかし、盗るもんが無いので、逃げたような具合。黙ってるわけにもいかんので、表へ出て、騒いでこましたろと。「盗人が入ったぁ!」近所じゅうは、大騒ぎ。やもめの家に盗人が入った。騒いでおりますうちに、やもめが盗人に入りやがったやて。あべこべですがな。とりあえず、家主さんに報告を。しかし、一応、警察に、届けを出さないかん。何もかも盗られたちゅうのでね。家主さんが、紙に書いて、提出することにいたします。「まず、着類からいこ。」「木類は、四分板が二枚に、五分板が一枚。」って、その木違いますがな。着るもんですがな。「綿入れが一枚」「縞は?」「淡路島」って、何の縞ですねん。「細かい線の入った柄ですねん。」「千筋と。裏は、何を付けたん?」て、分かれしまへんねやがな。「裏は強いようにと、こういうものには、花色の木綿を付けるもんやがな。」「そうそう、花色の木綿ですねん。」「それから、何を盗られたん?」「黒羽二重の袷が一枚」エライ上等のもん、持ってはったんやね。「こら何か、五つ紋か、三つ紋か?」「おまへんねん」「たいがい、紋付やけどなぁ。ほな、無紋やな。」「いいえ、十文三分。」て、足袋の文数違いまんがな。「裏は?」「花色の木綿でんねん」紋付の裏に、木綿ちゅうのも、あんまり、聞けしまへんけどなあ。「それから?」「モーニングが一枚」「一着と言いなはれ。これには、ちゃんと、紋が、おまんねんで。」って、黒羽二重に紋がのうて、紋付のモーニングですて。始めは、黒羽二重に紋があって、モーニングと重ねてしもたったんで、その紋が、湿気で、モーニングに移ったて。んな、アホな。「どんな紋や?」「あっさりした紋でんねん。丸の中に、六角がおまんねん。その中に四角があって、またその中に、稲荷さんの鳥居があって、その下で、キツネとタヌキが相撲取ってる。」ややこしい紋ですなあ。書けまへんで。「裏は?」「裏は、花色の木綿。」って、これも、聞いたことない。

 「それから?」「布団が一枚」「一流れと言いなはれ。表の柄は?」「唐草」風呂敷やおまへんで。「裏は花色の木綿」何でも、花色の木綿や。「それから?」「蚊帳(かや)が一枚」「一張りと言いなはれ。五六か八六か?」「弥七っつぁんで買いましてん。」って、人の名前違いますがな。寸法ですがな。「色は萌葱(もよぎ)で、裏は花色の木綿。」裏付きの蚊帳ちぇなもん、見たことおまへんで。風通らへんし、暑うおっせ。暑い時分に、震えが来てしょうがないので、特別に、付けてもろたて。「それから?」「刀が一本」「一振りと言いなはれ。短剣か長剣か?」「ちょろけんで」違いますがな、長い刀か、短い刀か。「道中差しと。銘は、あるか?」「姪は、おまへんけど、天下茶屋に、いとこが一人。」その姪違いまっせ。「無銘なりと」「裏は花色の木綿」って、刀に裏がありますかいな。刀の入ってた袋の裏ですて。「表は?」「表は八百屋」長屋の表違いますがな。袋の表ですがな。「表が更紗(さらさ)、裏が花色の木綿。」

 アホが、口から、でまかせしゃべってたん。ところが、一部始終を聞いておりましたのは、縁の下の盗人、何も盗ってないのに、“盗った盗った”言われるのんが、腹立ったとみえまして、そこへ飛び出してきよった。「コラッ!おのれは!!」「あんた、誰でんねん。」「盗人じゃ」「あんたが出て来たら、わたしゃこれ、面目ない。」「さあ、逃げも隠れもせんぞ、片っ端から、かかって来い!俺が出て来たら、ガタガタ震えてるやつばっかりか。ここの裏のやつは、弱いやつばっかりやな。」「裏が弱かったら、花色の木綿付けときなはれ。」と、これがサゲになりますな。裏長屋の裏ですわ。ちなみに、花色木綿とは、花柄の木綿ではございませんで、薄い青と申しますか、緑がかったと申しますか、浅黄みたいな感じの色の木綿生地です。

 上演時間は、十五分から二十分前後、ネタだけですと、もうちょっと短いものですので、寄席向きと申しますか、昔は、寄席でよく出ておりましたネタでございます。趣向といたしましては、『盗人の仲裁』とか『書割盗人』みたいなものと、似ている部分がございますね。よく、うけるネタで、おもしろいものでございました。と、過去形にいたしましたのは、やはり、今では、生活様式の違いで、分からなくなってきているものも、ちょいちょい、含まれているからだと思います。そやけど、分からんでも、分からんなりに、また、おもしろいし、だんだん、分かるように、なってきますねけどね。冒頭は、盗人が、やもめの家に入るところ。入ったはエエもんの、なんにも無い。そら、今ドキの独身男性と違いまして、昔のやもめですからな。早いこと、出たらエエのに、何ぞと物色しておりますうちに、やもめが帰って来た。盗人を言いふらしまして、家主さんに、届けを書いてもらいます。ここからが、やはり、おもろいところ。会話の妙ですな。最初の綿入れの裏が、花色の木綿にしたところから、何でも、裏が花色木綿と。蚊帳の裏や、刀の袋の裏地まで。最後は、盗人が出てまいりまして、出たら出たで、案外、怖いもんですので、手出しできずに、サゲになると。

 東京では、『出来心』。これも、よく寄席で出ておりました。最近でもですかね?同じ噺といえば、同じ噺なんですが、ちょっと、趣きが違います。所有音源は、冒頭の文枝氏、笑福亭三喬氏のものなどがあります。だいたい、笑福亭の方が、よく演じておられましたが、その流れからか、文枝氏も、やったはりました。晩年は、あんまり、聞きませんでしたけどね。やもめと、家主さんの、掛け合いと申しますか、やりとりが、おもろいもんでしたな。三喬氏、現代でも、分かりやすい感じで、ちょいちょいギャグも、入れたはりました。よくウケますな。

 徐々に、内容を変えつつですが、残ってきているようにも思えますね、この噺。好きですねんけどね。


<24.8.1 記>


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