とある新婚家庭の話でござんす。旦那さんが、付き合いの上、キャバクラへ行ったことに、奥さんが、腹を立ててしまったということがありました。何をするでもない、他愛も無いようなことにも思えますが、そこはそれ、男のお方と、女のお方では、考え方も違うもの。まして、新婚すぐちゅうのが、いかんかったんでしょうかなあ。ま、そんなこんなで、その後、いろいろあったわけですけれども、そこは、シークレットということで、今月は、『悋気の独楽』をお届けいたしましょう。なかなか、おもろい話なんですけど、女のお方には、ちょっとねぇ…。
舞台は、とある大店のお店。旦さんのお帰りが遅いとなりますというと、ご寮さんが、そわそわとしております。店へと出てまいりまして、「旦さん、どちらへ、お出かけになったか、知ってやないか?」と。番頭さんは、「存じまへん」一人ずつ聞いてまいりますが、「あんた、旦さん、知ってやないか?」「明け暮れ、旦さんのお顔は、よう存じております。色の浅黒い…。」って、怒られるで。「源助」「存じまへん」て、先に待たれてますがな。「どうせあんたら、旦さん付きでっしゃろ。」同じ穴のキツネやコーンと、皆に、なぶられまして、奥へ入って、泣いてしまいなはる。そこで、針仕事をしておりましたのが、これがまた、落語には、よう出てまいります、一筋縄ではいかんというような、古手の、おなごしさん、お竹どん。「まぁ〜、ご寮さん、どうあそばしたんでございます?」訳を聞き出しますというと、旦さんの帰りが遅いと。今日は、お竹が付いてますので、「おっしゃらなあきまへんで」と、盛んに促しております。「これな、この前、衿屋はんが、持って来てくれたんやけれどもな、あんまりなように思うさかいに、あんた、常のお襦袢にでも。」「何をおっしゃいます、私ら、おなごし風情が…。」ちぇなこと言いながらでも、辞退は、かえって失礼ですのでと、もろてしまいます。お竹どんも、実は、所帯破れ。要するに、バツイチですねて。どんどろ坂の茂左衛門の倅で、茂吉というのと、エエ仲になってしもた。仲人を入れて、祝言いたしましたが、男というのは、悪性なもの、おさよ後家の娘の、おちょねと、エエ仲に。怒鳴り込んでやろうと、途中までまいりますと、向こうから、二人で肩組んで、歩いてくる。「まぁ、たまには、うちに帰って来たらどやねん!」「家で悋気したらいで、ようも、こんなとこまで来て、人に恥かかしやがったな!」と、突き飛ばされた。拍子に、川へ、はまって、這い上がってきたら、鼻からドジョウが三匹出てきたて。親に話したら、“分かれてしまえ”と、別れ話を持ち込むと、手切れよこせと、ゴテつく。青田の軽兵衛という、口の軽い男に、間に入ってもろて、小豆三升と、じんき綿二百匁・ニワトリ三羽で、別れ話が付いたて。今度は、ご寮さんから、かんざしを…。お竹どん、ご寮さんの、喉の下へ入り込んで、エライ商売したはるわ。
旦さんのほうは、お手かけはんの家でございまして、もう、帰んのん、邪魔くそなったとみえまして、今晩は、こちらへお泊り。しかし、お供の定吉っとんが、まだ待ってなはる。『竹内っつぁんへまいりましたところが、小林さんやら、渡辺はんがお見えになってて、えろう碁が弾んでる。碁のお相手を、せんならんので、今晩は、いねん。火の用心に気付けて、先に休むように。』と、言い付けをいたしまして、定吉っとんだけ帰します。「ちょ、ちょっと。帰りしなに、おうどんでも。」と、小遣いをもらいまして、定吉っとんは、お手かけはんの家を出る。小遣いは、よろしいけど、帰ったら、ご寮さんに、旦さんのことを聞かれるし、第一、表の戸を開けてくれへん。旦さんと一緒やったら、すぐに開けてもらえんのに、この前も、なかなか、開けてもらえへんので、横町の赤犬に、かぶりつかれそうになったて。今日は、『旦さんのお帰り』ちゅうて、ウソ付いて、開けさせたろて。お店の衆に、怒られて、二・三発どつかれるけど、犬にかぶられるよりは、ましと、算段を付けながら帰ってまいります。「旦さんのお帰り」「お帰りやす」「お帰りやす」「お帰りやす」「あと、ちゃんと閉めとこぞ」「旦さんは?」「お帰りやおまへんねん。ちょっと、計略に。」そら、どつかれますわ。「そない叩かれたら、約束が違う。」って、誰が約束しましたわいな。「旦さんは?」「お手かけはんとこ」「定吉と違いますのか?」「へ〜い」「あんじょう、言うとかなアカンぞ」お店の方々は、知ってはりますねけどね。
奥に通りますというと、ご寮さんが、お竹どんを横に、お待ちかね。碁打ちで、帰れんという、先ほどの口上を言いますと、「あんた、ウソ付いてなはんな。」「ホンマ付いてます」って、これだけでも、怪しいもん。前に置いてある座布団、まだ、あったか〜いんですけれども、さいぜんまで、竹内っつぁんが、旦さんのお帰りを、待ってなはったて。横手から、お竹どんも言いますが、なかなか、正体を現さん。そこで、お駄賃というので、上用の饅頭を渡します。「寝間の中で呼ばれます」というのを、押し止めまして、ここで食べてしまいと。裏に付いてる、竹の皮を外しまして、喉を詰まらせながら、長いこと食べてないが、お手かけはんとこで…。危ない、危ない。食べてしもた後で、聞きますというと、この饅頭の中には、“熊野の牛王(黄)さん”ちゅうものが、入ったった。『三枚起請』にも、出てまいりますが、これを食べたからには、ウソを付くと、血を吐いて死ぬと。こら、エライもん食わされてしもた。しかし、小遣いに五十銭もろた義理もあるし。「なんだんねん、安い義理やこと。わてやったら、一円あげます。」言えども、なかなか、くれへん。「どこへ、お供したんや?」「正直に、言うてしまいますわ。お手かけはんとこだす。」やっぱり、手かけを置いてござる。「はよ、一円おくなはれ。五十銭と一円で、万年筆買いまんねん。」「万年筆ぐらい、別に、買うてあげます。どこやね?はよ、言いなはれ。」「心斎橋大宝寺町、南入ったとこだんねん。」「まあ、にぎやかなとこ。そこに、手かけが居るのかいな?」「万年筆売ってまんねん」万年筆の話、違いまんがな。お手かけはんの居所ですがな。「鰻谷中橋、東へ入った北側、はりもん屋の一間路地だんねん。」「何かいな、一人で居てんのか?」「おなごしさんと、二人暮しです。向こうの、おなごしさんも、お竹どん言いまんねん。向こうの、お竹どん、べっぴんさんですけど、うちのお竹どん、おもろい顔や。」「おもろい顔で、悪かったなあ!」「知らんがな。ウソ付いたら、血吐いて死ぬがな。」って、そらそうですわ。しかし、さいぜんから、定吉っとんの、袂で、なんじゃ、カチャカチャ音がしてる。出してみると、三つのコマ。単なる遊びのコマではない。ご寮さんのコマを回して、お手かけはんのコマを回して、真ん中に、旦さんのコマを回す。この旦さんのコマが、当たったほうへ、今日は泊まるという仕掛け。いっぺんやってみますと、旦さんのコマは、お手かけはんのコマに当たる。ご寮さんは怒って、もういっぺん、やらせてみます。旦さんのコマを、なるべく、ご寮さんのコマの近くへ回しますが、旦さんのコマは、お手かけはんのほうへ。ご寮さんのコマは、追いかけますが、旦さんのコマは逃げて、お手かけはんのコマに当たる。なんで、こないなんねやろうと、見てみますと、こら、どうしてもあきまへんわ。「何でやねん?」「肝心の、心棒が、狂うてます。」と、これがサゲになりますな。そうそう、心根から、違いまんねんな。ホント、我々、男のほうから申しますと、お耳の痛いお話で。よくできたサゲでございますわ。
上演時間は、二十五分前後ぐらいですかね。短くも出来ますが、ちょっと間を持たして、ゆっくりめに聞きたい話でもございます。といえども、そない、長い長いこと、おまへんけど。案外、お笑いも、多うございますので、楽しんでは、いただけるかも分かりません。しかし、内容が、内容だけにね。冒頭は、ご寮さんが、旦さんのお帰りが遅いと、そわそわする場面。お店の衆は、分かっておりますけれども、そんなもん、言えますかいな。といえども、こんなもん、すぐに、どこかしらから、バレるもんなんですけどね。“同じ穴のキツネや”“コーン”と言われて、ご寮さんは、奥へ入ってしまう。慰めるのが、おなごしのお竹どん。これも、おもしろい所です。特に、田舎での話は。場面変わりまして、お手かけはんの家。邪魔くそなったので、旦さんはお泊り。それに連れまして、定吉っとんを帰します。こういう場面は、『禍は下』とか『足上がり』なんか、趣きは一緒ですな。そして、いよいよ、お店に帰ってまいりまして、奥へ通って、結末を迎えます。お店の衆に、どつかれるぐらいやったら、まだしも、ご寮さんとお竹どんの詰問には、ちょっと、ツライですわなあ。しかも、子供でっさかいに、まんじゅうで、すぐ、つらされるて。万年筆売ってる場所と、お手かけはんの家の場所を間違えるあたりも、おもろいですわな。お竹どんを、おもろい顔やという所も。そして、袂からコマが出てきて、サゲになると。なかなか、よう考えたありますわ。
東京では、あまり聞きませんので、やはり、上方のものなのかと思います。所有音源は、故・三代目林家染丸氏、故・五代目桂文枝氏、桂きん枝氏、桂文太氏などのものがあります。染丸氏は、得意にしたはったんでしょうなあ。あまり、詳しくは、知らないのですが、おもろいもんでした。やはり、定吉っとんの、子供の描写がウマくて。文枝氏も、吉本の、その染丸氏の流れか、得意にしてはりました。こちらのほうは、どちらかと申しますと、ご寮さん、そして、お竹どんの、女の方側の描写が、実にウマくて。きん氏は、長い時間の熱演で、これはまたこれで、ほんに、おもしろかった。文太氏も、ご寮さんの演出が良く、やはり、おもろい中にも、感情のよく分かるものでした。
しかし、女のお方には、ちょっと、聞いてて、抵抗みたいなもんが、あるんでしょうかなあ?実際問題としては、いまだ、よく分かりません。ほんに、女心は…。
<24.10.1 記>
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