
新年、あけまして、おめでとうございます。どうぞ本年も、この上方落語のネタを、よろしくお願い申し上げる次第でございます。今年は、巳歳でございますけれども、干支に因みましたお話…、もうだいぶ、出尽くしましたさかいになぁ。お正月らしく、『土橋万歳』でご機嫌を伺います。万歳・萬歳・漫才、お正月らしいといえども、もっとも、このお話は、そんな感じも、ございませずですが…。
舞台は、船場へんの、とある大店。若旦那の見張りに、定吉が、部屋の前に、割り木を持って、へたっております。要するに、極道な若旦那を、部屋から一歩も出さんように、番させられてまんねんな。今日も今日とて、親旦那の意見がキツかったとみえて、閉じ込め。ようあるパターンですわいな。しかし、今日は、大梅に、いつもの連中集まって、一方亭へ、ご飯食べに行こうと、約束したある。若旦那が居らずでは、具合が悪い。定吉っとんを、懐柔策に追い詰めますな。ほうきと座布団を、布団の中に入れて、昼寝をしているという体で、目を覚ましたら、怒られるとしておいて、外へ出さして欲しいて。薮入りには、両親にお土産、今日は、帰りに、笹巻きの寿司を買うてきたるさかいに、ちょっと、2時間ほど…。って、そら、丁稚さん、やられてしまいますわいな。若旦那は、裏口から、外へ出て行ってしまいます。
このお店の、ご番頭さん、今日は旦さんの代わりで、若狭屋はんのお葬式へ、葬礼の行列に立たんならん。亀吉に、様子を見てきてもらいますと、ボツボツと出んならん。着替えをして、お供に、上下挟みを持たさんならんが、亀吉では、カラがちっちゃい。挟み箱のことでっしゃろか?勉強不足で、すんません。不釣り合いになるので、若旦那の番をしている、定吉と、入れ替わって来いと。若旦那は昼寝中で、起こしたらいかんぞと、部屋の前で、定吉と亀吉が、入れ替わり。途中でバレたら、亀吉が逃がしたことに出来るので、定吉っとんは、大喜び。番頭さんは、麻の裃、白い裃に着替えまして、葬礼の行列に加わります。野辺の送りの風習ですな。ゲンが悪いので、白でも、“葬礼の色”と言いましたそうで。一同が、阿倍野まで行列をいたしまして、送りを済ませる。終わった後は、上下挟みから平服を取り出して、普通の着物に着替える。
道を北へ取りまして、お店へ帰る。「忘れもんしてはれしまへんか?」と、定吉っとんは聞きますが、一向に、応えん様子。いつもは、この辺で、丸万に寄って、小田巻き食べさしてくれはって、店へ帰ったら、きつねうどん食べた言うとくねんで、番頭はんは、一杯飲んで…。それが無い。普通のうどんでもエエのにて。まき・小田巻き・小田巻き蒸して、うどんの茶碗蒸しですな。今、あんまり見まへんけれども、昔は、卵が高かったのと、子供の好きなもんやったんで、御馳走でもあったんですわな。しかし、今日は、「辛抱しとき」と。お店が気掛かり。というのも、亀吉は、居眠りのクセがあるので、若旦那が、逃げ出しでもしてたら、大変なこと。親旦那に、申し訳が無いと。それなら心配は要らん。「急いで帰っても、若旦那、居てはれしまへんで。」「そやさかいに、心配になって、早う帰るのや。」「亀吉っとんが、居眠りして、若旦那出してしもた時分でっせ。」「けったいな時分があるもんや。」「わて、請け合いますがな。」「定、お前、出したな?」あっ、バレてもた。「二十銭もろて、亀吉っとんが出してしもたと思うわ。」「若旦那が出はったら、どこへ行かはったと思う?それが当たったら、寿司と茶碗蒸し言うたるがな。」まさに、誘導尋問ですがな。「中筋の大梅ちゅうお茶屋はんへ行て、芸者はんやらと、難波の一方亭へ行かはったに違いおまへん。」「そんなら、わしが、ホンマかどうか、見てこう。先に、帰りなはれ。ホンマやったら、両方とも言うたるさかいに。」
定吉っとんを、店へ帰しまして、番頭一人、難波の一方亭へとやってまいります。二階では、賑やかな音が聞こえておりますが、そこは、一人でっさかいに、入りにくい。入口で、中の様子を、うかがっております。といえども、ここまで来て、帰るわけにもいかず、ちょっと、尋ねてみます。ところが、店の者は、口止めをされているらしく、播磨屋の若旦那は、お越しやないと。それでは、「灰屋の常次郎が来たと、お取り次ぎを。」と、友達の名前をかたって、聞いてもらいますと、一八に繁八の太鼓持ち両名、使者の役目で、迎えに降りてまいります。皆が陽気に、騒いでいる場で、意見をするというのも、お座がしらけるというので、番頭さんは、若旦那を下へ降ろして欲しいと頼みますが、そこはそれ、ご陽気な場面でっさかいに、両人に連れられまして、二階の座敷へ。「これは、これは、灰常はん。番頭!」「申し訳ございません。ちょっと、次の間まで。」と、心得たもんで、横手で、分からんように、意見をしようとしますが、お酒の酔いもございますので、聞いてもらえません。「盃持て」と、遊びの輪の中へ…。入れますかいな。やはり、お堅い、ご意見でございます。「いにさらせ!」そら、そうなりますわ。賑やかに、遊んではる、ご連中さんばっかりの中へですもんな。若旦那の怒りに触れまして、詰め寄られますと、とうとう番頭さん、梯子段を踏み外して、二階から落ちてしまいます。それでも、お店の人に、不器用者で、ケガもいたしませんと、謙遜しながら、「親旦那の手前もございますので、今日は、なるべく早う、帰していただきますように。お邪魔をいたしました。」と、退散をいたします。それにしても、忠義なお方。「お若いよってに、ムリも無いが。あんなもんやないと思うがなあ…。」
二階では、一騒動の後でっさかいに、すっかり、お座がしらけてしもた。「こうなったら、帰らんぞ。」「おたくの身代、皆で、飲みつぶしまひょ。」てな調子のエエこと言われながら、店を変えることにいたします。もうちょっと北へ移動。お酒も入っておりますので、ご連中さん、賑やかに歩いております。と、難波の土橋へ掛かりましたところで、暗がりから出てまいりましたのは、手拭いで頬かむり、尻をからげて、手に長いものを提げた男。「おいはぎじゃ〜」と、時の鐘も入りまして、なんじゃ、物騒な様子。みんなビックリいたしまして、我先にと逃げてしまいます。若旦那みたいなもん、放ったらかし。後に残りましたのは、若旦那ただ一人。「どうぞ命ばかりは、お助けを。」「命や金は、いらんわい。今日限り、茶屋遊びを止めてもらいたい。」って、なんじゃ、けったいな盗人。頬かむりを取りますというと、さいぜんの番頭。そら、考えたら、どこぞの世界に、おいはぎが、『おいはぎじゃ』言うて、出てきます。しかし、今のは、連中さんの本心でっしゃろ。常平生は、チヤホヤいたしておりますが、いざとなったら、誰も心配してくれん。そんなもんばっかり集めても、何の意味も無い。
「分かった、今日限り、茶屋遊びは止める…。と、言うたら気に入るか知らんが、イヤじゃわい!」て、また若旦那、だだっ子みたいに。用心のために連れてるんやったら、相撲取りや、剣術使いでも連れて歩くと。命あっての物種で、逃げるのは当たり前。お金受け取って、品もんを渡す上に、命まで添えるかという理屈。また、屁理屈にも聞こえそうですがね。「お前みたいなやつは」と、とうとう手に掛けてどつく。手ではもったいないというので、南地五花街を踏み荒らした雪駄でて。眉間割りさながらに、跡が残るのも構わんと、叩き続ける。と、そら何ぼなんでもねぇ、主家の若旦那といえども、腹が立つ。思わず、刀の柄に手が伸びる。葬礼の帰りで、葬礼差しを差しておりますのでね。「子飼いの番頭に斬られたら、わしも本望や。さあ、斬ってくれ。」と、かりそめにも刀を抜いて、自分のほうへ切っ先を向ける。「ああ、斬った。人殺し。」と騒ぎ立てる。商家といえども、主殺しは大罪でございますし、第一、人の道に外れた行為。斬るつもりとてございませなんだが、こう騒ぎ立てられて、斬ってしもたもん、そらしゃあない。毒食らわば、皿までの例え通り、お家のためには、ならん、お方でっさかいに、若旦那を殺して、その後で、自分も死のうと、斬り付ける。
「人殺し!んー!!」「若旦那、もし、若旦那。えらい、うなされてはりますけど。」?ん??そうでんねん、これ、離れで寝てはった、若旦那の夢やったんですなあ。「土橋は?」「そんなもん、あらしまへん。」「番頭どんは?」「帳場で帳合いしたはります。」「じきに来るように、言うて。」定吉が、お店へと出てまいりますと、番頭どんも、居眠りの末に、うなされてる。「土橋は?」て、これも、おかしな話。慌てて離れへとやってまいりまして、夢の話を言いますと、これが、若旦那の夢と、ピッタリ一緒!「番頭、堪忍してや。今こそ、あんたの思いが、しみじみと分かった。これから、わしは真面目になるぞ。」と、うれしいお言葉やおまへんかいな。「わしみたいな極道もん、いつ死んでもエエけど、お前みたいな忠義人を、主殺しの重罪にささんならんで。」昔は、親殺しや主殺し、重罪で、死刑でしたさかいになぁ。これを横手で聞いておりました、定吉っとんが、突然、泣き出す。そら怖い夢でっさかいに。と思いきや、そんなことで泣いてるわけや、なさそう。「なんで泣いてんねん?」「今聞いてたら、重罪で、命が無いと言うてはりましたが、それやったら、うちの、おとっつぁんは、どないなるやろ思うて。」「お前の、おとっつぁんは?」「重罪どころか、大和の万歳だす。」と、これがサゲになりますな。演題にもなっておりますが。“十”より上の“万”でっさかいに。万歳て、正月に回ってくる、門付けの芸人で、大夫と才蔵の二人組み、鼓を持っておりますな。大和万歳・三河万歳、有名なもんがございます。ただいまの、漫才のルーツでもあるんですが、なかなか、今、お見かけするのは、ございませんな。ちょっと変わった、御殿万歳やとか、三曲万歳なんかもありますな。
上演時間は、三十五分・四十分ぐらいでしょうか。長いものですし、大ネタとされております。何かの落語会でないと、なかなか聞けない、珍しい噺です。というのも、大曲の割りに、ものすごくウケるわけでもなく、演者は難しい。場面も、よく変わりますし、お客のほうは、なかなか付いて行けない。一番の理由は、主殺し・主家殺しや、親殺しが、大罪・重罪で、してはならないという感覚が、現在人に通じるかどうかですからな。土橋の場面は、先般、亡くなられました、中村勘三郎さんも、人気を取りました、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』の長町裏の場・泥場から、取られておりまして、立ち回りの見得(みえ)も、ソックリに演じられます。芝居のほうは、団七が、嫁の男親、つまり、舅(しゅうと)の義兵衛次を、斬るとはなしに、斬り付けて、殺してしまうという、本水使用の、陰惨(いんさん)な場面です。落語では、水飛んできまへんけどね。しかし、この芝居でも、自分の舅とはいえ、親殺しが大罪になるというのが、今日びの人間にとって、そこまでの、罪の意識が薄れているようにも思えますので、この『土橋万歳』のほうは、なおさらかも分かりません。とりあえず、難しい話です。
冒頭は、極道を意見されて、離れに閉じ込めの若旦那が、見張りの定吉を丸め込んで、外に出ようとする場面。ようあるパターンですがな。昼寝中としてある所にも、ポイントがあるんでしょうなあ。特に、最後の場面の。番頭さんが、葬礼の送りに立つので、荷物持ちに、定吉と亀吉が交代。居眠りのクセがある亀吉ちゅうのも、話が合わせてありますな。そして、番頭さんは、定吉をお供に、阿倍野まで。なぜに、こんな設定になったのかは、ムリの無い話で、葬礼差し、刀を差せるからみたいですね。いくらなんでも、昔の商人・町人ですから、刀を差せるのは、葬礼か、もうちょっと前は、旅仕度の時ぐらいですもんな。野辺の送りを終えまして、帰り道、戎橋を渡ったあたりで、定吉は、小田巻きの無心。ここら、丁稚さんらしく、おもろいもんでんな。ところが、些細な言い草から、若旦那が、すでに家から出ていることが発覚!さすがは、番頭さん、どこへ行ったかまでも、探り出してしまいます。この辺までは、ニコニコして、聞いてられまんねけどなあ。後半は、番頭さんが、若旦那の居る、一方亭へとやってくるところから。そこそこのお店でっさかいに、なかなか、一人では、入りにくい。まして、奉公人の身ではね。そこは、灰常の名をかたって、若旦那だけ、コッソリ呼び出して、意見をして、連れ戻そうという算段。しかし、まんまと二階の、賑やかな座敷へ。次の間へというのも聞かず、番頭さんも、丸め込もうといたしますが、正直に意見をする。そら、しらけますわいな。挙句の果てに、階段から落ちて、すごすごと帰る。しかし、ここらが、この番頭さんのエライ所。「早いこと帰してもらいますように」と。『百年目』の旦さんも、そうですけどな。そして、表へ出てからの独り言。これがまた、この噺の、案外、重要な眼目のような気がして、ならんのですけどね。自分が、言われているようで…。こうなりますと、前以上に頑固になって、遊びまくってやろうと、場所を変えて、連中さんは北へ。土橋へ掛かりますところで、おいはぎの番頭さんが登場。皆が逃げたのが現実ならば、開き直った若旦那も現実。いや、ホンマは夢なんですけどね。しかし、だだっ子同然ですな。眉間割りで、葬礼差しに手が掛かったのを幸い、もみ合ううちに、斬ってしまいます。ほんに泥場ですわ。これが夢と分かって、番頭さん・若旦那共に、同じ夢で、改心してサゲになると。
東京には、あるのかどうか知りません。ただ、所有音源には、故・桂小南氏のものがあります。丁稚さんが、定吉っとんが、かわいらしいですな。また、桂米朝氏のものも、聞いたことがございます。それでも、ご両所とも、そんなに回数、やってはれへんと思いますけどね。それと、多分、時間の制限のあるものしか、私が聞いてないせいだと思いますが、案外、場面転換が早く、コロコロ移り変わります。それと、たしか、故・六代目笑福亭松鶴氏も、やったはったと思うのですが。登場人物も多く、心情を描き出すのも、並大抵ではございませんので、なんべんも言いますが、やはり、難しおすなぁ。
<25.1.1 記>
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