
先月、京都では、東山花灯路が行なわれておりまして、東山一帯に、行灯が置かれておりました。私も、久々に、行く用事が…、あったんですけど、結局、やめになりましてな。そこで、何となく思い浮かびました、『天狗さし』で、ご機嫌を伺います。あれ、大谷さんあたりの、竹薮から切ってきた竹で、念仏尺やとか、伊吹さんの念仏塔婆の、念仏尺やとか、いうらしいですな。詳しい話は、ご専門の方に委ねるといたしまして、とりあえず、五条の念仏さしというものが、有名やったらしいですね。要するに、物差しです。竹の物差し・定規。
毎度おなじみ、おもろい男が飛び込んでまいりますというと、お話の始まりでございまして。甚兵衛さんに、銭儲けの相談。こないだ、餅屋の前を通ったら、杵と臼で、餅をついてる。あの杵を振り下ろす時には、かなりの力が掛かる。振り上げる時にも、力が掛かる。その、振り上げる力が無駄やて。そやさかいに、振り上げる場所に、もう一つ、臼を置いといたら、その振り上げる力で、餅がつけるて。不思議な考えですな。ほな、その上の臼は、どないして、止めときまんねやろ?「それをあんたに、相談に来た。」って、んな、アホな。そういやあ、去年も、銭儲けの話で、甚兵衛さんに、相談に来た。十円札を、九円で仕入れて、十一円で売ったら、儲かりまっしゃろて。額面通りの、十円で売ったかて、一円の儲け。そやけど、その十円札を、どないして九円で仕入れまんにゃろ?それを相談に来たやて。ぎょうさん買うたら、安うなりましゃろ。って、そんなもん、値引きありますかいな。
今日の眼目は、どうやら、食べもん商売を始めようとしてるて。場所は、堺筋八幡筋、西へ入った北側で、間口が二間半、奥もあって、すでに手金・手付け打ったある。気の早い話。食べもん屋いうても、すき焼き屋。牛肉に鶏肉かいなあと思いきや、「てんすき」やて。「てんすき?」「大きな声出しな。どこで、誰が聞いてるか、分からん。先にマネされたら、どないしまんねん。」て。ほなら、てんすきて?天狗のすき焼き。天狗て、あの天狗さんですわ。羽うちわ持った、鼻の高い。それは大天狗で、カラス天狗も、すき焼きにするて。そら、どこにも無い。おもろいこと考えよった。二間半間口の一間を、金網張って、鳥屋(とや)にして、そこへ、天狗を生かしとく。注文が入ったら、板場が、これを捕まえて、さばいて、すき焼きにするて。こら、流行りますわ。しかし、その天狗、どっから、仕入れまんねん?「それをあんたに、相談に来た。」って、んな、アホな。
手金も打って、明後日から大工が造作に掛かる。甚兵衛さんが、知らんでは、具合が悪い。それ以前に、この世の中に、天狗ちぇなもんが、ホンマに、居りますのかえ?だいたい、有名なんは、京都の鞍馬。鞍馬天狗の名前があるぐらいでっさかいになあ。鞍馬でも、奥僧正が谷とかいう、奥の院まで行くと、大杉という、大きな杉の木があって、一晩にいっぺん、天狗が舞い降りて来て、そこで羽を休めるてな話がある。また、剣術の稽古をする音が、聞こえるとかもいうて。そやけど、とりもち付けた竿かなんぞで、捕りまんにゃろか?好物・エサは、何でっしゃろ?って、そんなもん、知りますかいな。「どうぞこのことは、誰にも、おっしゃらんように。」って、誰に言いますねん。気違い扱いされまっせ。
とりあえず、この男、手頃な青竹に、とりもち、縄なんかを用意いたしまして、大阪から京へ。京でも、街なかから、鞍馬へとやってまいります。その鞍馬山でも、奥の院までまいりました頃には、もうとっぷりと、日も暮れて真っ暗。大杉を見つけまして、天狗の出を待っておりますうちに、昼の疲れが出たもんとみえまして、ウトウトと寝てしまいます。と、奥の院では、その日に、深夜の行がございまして、お勤めを終えた、ぼんさんが、ギィーと扉を開けて、下の宿坊へ帰ろうと、階段を、トントンと降りて来た。その、扉の開く音で、目を覚ましました、この男、ヒョイと見ますると、奥の院から、ぼんさんが降りて来る。風が吹いて、緋(ひ)の衣、朱色の衣が、フワーッと、ひるがえった。これが天狗の羽、しかも、大天狗に違いないと、この男、青竹で、ぼんさんの足を払いますというと、捕まえてしもた。災難なんは、このぼんさんですな。天狗と間違われてまんねやがな。手拭いで、猿ぐつわ、縄で巻いて、竹に縛り付けて、もう、用は無いと、担いで下山。
京の街なかへ掛かります頃には、東がジワーッと白んでまいります。朝の早い京の街、表に居る人は、驚いておりますな。なんぞ、悪いことして、ぼんさんが、縛られてるて。本山かなんぞへ、突き出すにゃろかと。迂闊なことは、しゃべったら、マネされると、無視しながら、ズンズン、ズンズン、道をとってまいります。と、向こうからやってまいりましたのは、青竹を十本ほど担いでいる男。こらどうも、甚兵衛さんに聞いて、すでに、商売敵(しょうばいがたき)が、欲どしい、青竹十本ほど持って、天狗を捕まえに行くに違いないと思いまして、声を掛けます。「お前も、鞍馬の天狗さしか?」「いや、わしは、五条の念仏さしじゃ。」と、これがサゲになっておりますな。“鞍馬の天狗さし”と“五条の念仏さし”で、ゴロが合いますね。ただ、マクラで、念仏さしの説明をしておかないと、今では全く分かりませんので、このぼんさんを、大阪の甚兵衛さんの家まで、担げてまいりまして、「どないすんねん?」「それをあんたに、相談に来ましたんや。」などとサゲられても、おります。
上演時間は、二十分前後でしょうか。前半に、『商売根問』を引っ付けておきますと、もっと長くなります。どう考えても、荒唐無稽な、突拍子も無い話ですが、おもろい。この、商売に結びつけるところが、いかにも、上方らしい部分ですかな。全編通して、笑いのある話です。前半は、鞍馬へ行くまでの、甚兵衛さんの家での会話。この噺自体、桂米朝氏によります、復活ネタでございますけれども、この前半の、おもろい部分なんかは、どうも米朝氏の創作であるみたいです。詳しくは知りませんが、話を持って行く、筋道を付けられているようですな。十円札を九円で仕入れる所、私も知りたい。大金持ちに、なれまっしゃろか?そして、本題は、てんすきですて。てんすき。天狗のすき焼きで、てんすき。不思議な考えですわ。しかし、実際にあっても、何か、味のほうは…。後半は、甚兵衛さんの話を、真に受けました、主人公が、実際に、鞍馬山へ。災難なんは、ホンマ、このぼんさん。天狗と間違われはって。しかも、グルグル巻きにされて、山から担いで降ろされる。そして、念仏さしと会って、サゲになると。不思議な噺です。
東京に、あるんでしょうか?故・桂小南氏は、やったはったみたいですけど。所有音源は、桂南光氏、笑福亭三喬氏のものがあります。やはり、それぞれに、味があって、おもしろいもんでございます。主人公の、商売人根性と申しますか、他に無いもので、大当たりを狙おうという、いかにも、上方らしい感じが、十分に出ておりまして、もっちゃ〜りした感じが、よろしいなあ。珍しいネタでございますけれども、現代でも、楽しめまっせ。
<25.4.1 記>
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