
今年の夏も、お暑ぅございました。ホンマに、どないしょうかいなあちゅうぐらい、暑かった。雨も少ない。といえども、降ったらまた、ダーッと降りまんねんな。近ごろの言葉で申します、“ゲリラ豪雨”というやつ。そこで、早く、涼しくなってもらう意味も込めまして、今月は、『五光』でございます。お珍しい話ではありますが、おもんないいやあ、おもんない話ですので、ご注意のほどを…。
このご時世になりまして、日本国じゅう、深山幽谷・未開の地てなもん、ございませんけれども、そこは昔の話、地図もエエ加減なもん、乗りもんも無い、昼なお暗きてな山奥で、道に迷いますというと、どエライこと。日も暮れてまいりますというと、なお一層、心細いん。山は越えまして、水の流れを頼りに、里へと降りてきたようですが、いまだに、なんじゃ分からん。どっかに泊まる所は、ないかいなあと旅人が、探しておりますと、辻堂のようなものがある。そこへでも休ませてもらおうかと、ひょっと見ますと、縁側には、誰か座ってなはる。バサバサの髪の毛に、ヒゲも伸び放題で、ボロボロのねずみ色の衣を着てる。汚い袈裟を掛けまして、数珠を持ってる。ぼんさんであることは間違いないが、なんじゃ、薄気味悪い。しかも、前にある、松の木をジーッと睨んだまま。「ちょっともし、道を尋ねますがな。」話し掛けてみますが、応答が無い。大きな声を出しますが、それでも黙って、松の木を睨んでいる。ぼんさんには、無言の行というものがあって、しゃべれへんのかいなあと、ひときわ大きな声を出しますと、ジロッと、いっぺんは、こっちを見ましたが、視線はまた、元の松の木へ。しかし、ちょっとだけ見たその、目元の、怖かったこと、怖かったこと。
係わり合いになると、かなんので、とりあえず、放っといて、どんどんと道を進みます。一里もせんうちに、どうやら、人里に入れたよう。灯がついておりますので、とある一軒の家へ。一夜の宿を請いますが、取り込みがあるので、泊まらすわけにはいかんと。しかし、断られると、他に、泊めてもらえそうな所が無いので、雨露しのぐだけでもと、頼んでみますと、ようやく、入れてもらえることに。井戸で手足を洗わしてもらいまして、囲炉裏に掛かってる鍋から、雑炊をいただきます。食べながら見ておりますと、どうも、取り込みちゅうのは、ご病人さんが、居てなはるような具合。しかも、おきれいな娘さん。医者に見せたが、手に負えん病気なそうな。ただ、死ぬのを待ってる。この村も、以前は、普通に生活している人があったが、大きな飢饉に日照りと、不作が続いて、皆、村を捨ててしもた。この人も、三里ほど離れたところに、別に家はあるが、どういうわけか、この娘さんを、ここから移そうとすると、急な苦しみようで、動かすことがでけん。仕方が無いので、ここで、居たままであると。
とりあえず、旅人は、夜具を出してまいりまして、隅のほうで寝さしてもらう。疲れてるはずですのに、なかなか眠りにつけません。呻き声に目を覚ましますと、父親ではなくて、娘さんのほう。ようよう覗き込んでみますと、隅のほうが、ちょっと明るい。何やしらんと、なおも注目しておりますというと、頭はバサバサ、ヒゲは伸び放題の男が、娘さんを睨み付けてる。“あの坊主や!”と思いましたが、身がすくんで、体が動きません。そのうち、呻き声も収まり、ジーッと見ましても、あのぼんさんの姿は無い。
翌朝、父親に聞かれまして、「見た」と。あの魔物が、娘に取りついて、離れんとのこと。この旅人、一宿の恩義に、娘さんを助け出せるかも分からん、思い付いたことがあると、家を飛び出しまして、昨日の辻堂へ。縁側では、やっぱり、あの坊主が、松の木を睨んでいる。「こら坊主!何の恨みがあって、娘さんを付け狙う。とうとう、娘さんは、死んでしもたぞ。」「何、死にましたか。」言うが早いか、ぼんさんの体は、ガラガラ崩れてしもた。松の根元で、骨と皮の残骸だけになってる。どうも、あの娘さんに、惚れてたんやないかいなあと思っておりますと、サァーという秋の時雨というやつで、雨が降ってきた。こらかなわんと、お堂の軒下へ入りますと、隙間だらけの中からは、光が溢れてる。まばゆいばかりの、後光が差しております。何じゃしらんと、扉を開けますというと、正面の祭壇の上には、桐に鳳凰の立派な彫刻。両側の襖には、満開の桜。一面に光が満ちております。表を見ると、松に坊主、雨…。後光が差すのは、当たり前でございます。というのが、サゲでございます。お分かりですか?花札の五光でございます。松に桜、坊主に雨と桐で、五光です。
上演時間は、十分か十五分程度でしょうか。マクラが長ければ、長くもできますが、そんなに引っ張るものでは、ございませんでしょう。やっぱり、寄席向きですな。怪談噺と、言えるのでしょうか?怖いといえば、怖い話です。主人公の旅人が、道に迷い、やっとのことで出て来たところに、お堂がある。休もうか知らんと思えども、汚〜いぼんさんが、松の木を睨んで、座ってる。声を掛けるが返事が無い。とりあえず、薄気味悪い。ここで、何か一騒動、と思えども、とりあえず、何も起こりません。伏線ですな。うち捨てて、今度は、民家へ泊めてもらう。娘さんが病気なそうなが、とりあえず、寝さしてもらう。夜中に出てまいりますのが、さいぜんの、ぼんさん。これが取りついてまんねやな。明くる朝に、お堂に戻って、娘が死んだと言えば、ぼんさんも、骨と皮になってしまう。恐ろしい話ですわ。にわか雨で、雨宿りと、お堂の中へ入って、サゲになると。おもろいことも、なんともございません。要するに、花札から先に、サゲから先に、考えられた話なんでしょうなあ。
東京に、あるものかどうかも、ちょっと勉強不足で、存じ上げません。申し訳ございません。ただ、上方でも、桂米朝氏のものしか、聞いたことがございません。といえども、米朝氏でも、数回ぐらいしか、やったはらへんかも知れません。話としたら、話ですが、やはり、おもしろいということはございません。なかなか、この手の噺は、難しいですなあ。
<25.9.1 記>
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