先月、二月八日の木曜日、定休日を利用して、久々に伊勢神宮、お伊勢さんにお参りしました。いつ訪れてもよいところで、心があらわれるような気がしますわなあ。そこで、今月は、東の旅より、発端・奈良名所・野辺・煮売屋(にうりや)をお届けしたいと思います。そして、来月はその続きで、七度狐をお送り致します。

 東の旅という演題は通称でありまして、正式には、“伊勢参宮神乃賑(いせさんぐうかみのにぎわい)”という七文字の、芝居のような外題がついています。これは、大阪の喜六・清八という二人が、道を東にとって、お伊勢さんへ参宮し、帰りは北へ向いて、大津・京都から大阪へ帰ってくるという、一連の長い長いネタの総称で、本当にこまごまと分けると、全部で三十前後の話があるといわれています。もっとも、現存するのは、だいたい三分の二ぐらいで、後は廃れてしまったようであります。いわゆる“前座ネタ”といわれるもので、“旅ネタ”の一つであります。他に旅ネタとしては、北の旅に先月御紹介致しました“池田の猪買い”、南の旅に“紀州飛脚”、西の旅に“兵庫舟”、などなどがありますが、この東の旅ほど順序が決まっていて、数の多いものはありませんねえ。

 まず、発端の前に、だいたい前口上のようなものがありますが、これがなかなかおもしろいものですな。見台(けんだい)と膝隠し(ひざかくし)を前に置いて、右手に“叩き”といわれる張扇(はりおうぎ)、左手に“小拍子(こびょうし)”といわれる二本の小さな拍子木を持って、七・五・三に叩き分けながらしゃべり出すという、何ともリズミカルなものであります。これは上方落語特有のもので、東京にはありません。というのは、上方落語は、神社やお寺の境内なんかで、むしろ掛けの小屋で始まったため、歩いている人をお客さんに引っ張り込むために、ガチャガチャと音を立てて話し始めたのであります。現に、戦前なんかでは、大阪のあの法善寺の狭い路地なんかを歩いていると、小屋の中からこの音が結構聞こえたらしいですな。この叩き分けが昔の噺家の一番最初の修行であったんですな。

 “ようようと上がりました私が、初席(しょせき)一番叟(いちばんそう)でございまして…”という一連の前口上、別に笑いがあるというわけではありませんが、よく考えてありますねえ。“宵の口は旅のお話を…、お客様の足どおりがええように縁起を担ぎまして…”という理由で、さて旅ネタが始まります。

 喜六・清八という中のええ二人連れ、時候もよいので、お伊勢参りをしようということになり、大阪を東へ東、くらがり峠を超えます。このあたりまでが『発端』でありますな。ここから南都・奈良へ入りまして、演者が奈良の名所を述べていきます。これが『奈良名所』ですわ。この部分は、『猿後家』にも出てきますねえ。そこで、この奈良で一泊し、次の日は早立ちすることに致しますが、ここから、とある村はずれのお社へ参詣となると、『もぎとり』から『軽業』という順序になります。しかし、桂小文治氏なんかに言わせると、『軽業』から『野辺』や『煮売屋』に入る型なんかもありますので、一概にれっきとした正しい順序でなければいけないということも、ないみたいであります。ちなみに、『もぎとり』や『軽業』は、また別の機会にお話することと致しましょう。

 ぶらっと野辺へ出てまいりますと、向こうからやってくるのは、お伊勢さんからの帰りの連中と見えて、人数が百名ほど。そろいの笠をかぶって、囃子ながらやってきます。“その道中の陽気なこと〜”で、下座から『伊勢音頭』が入ります。そこで、演者がこの道中の人達の様子をいろいろと演じ分けますな。火打ち石でたばこに火をつけて、きせるでたばこを吸う人、団子を食べる人なんかですな。ここら辺が前座修行によいんでしょうなあ。“わいらも賑やかにやりたいなあ”と言い出す喜六につらされ、清八が後付け(あとづけ)を始めます。いわゆる、しりとり遊びですわ。“そもそも妹背の始まりは”で下座から『吉兆廻し』が入ります。しかし、この後付けの文句、もともとあったもんなんでしょうか、それとも、昔の噺家が作ったもんなんでしょうか、今ではちょっと意味合いの判別しがたいものもありますけど、よく考えてありますわなあ。この後、喜六はお腹が減ったと言い出しますが、大阪の若いもんが“腹減った”なんか言うのはみっともない、“ラハが北山、底でも入れよか”てなこと言わんかいと清八に怒られます。“はら”をひっくり返して“ラハ”、北山はかすんで、すいて見えるので、“ラハが北山”で“腹がすいた”、“底でも入れよか”で“飯でも食おか”ということなんですなあ。一番最初に聞いたときは、私も何のこっちゃ分かりませんでしたわ。そこで、ラハの逆さ言葉に注目し、体の部分の逆さ言葉の言い合いになります。清八が“何でもひっくり返る”というので、“目・手”次に“耳・乳・頬(ほほ)・股(もも)”なんかを言って、喜六は清八を困らせます。この辺までが『野辺』の件りですな。

 ここで、煮売屋(茶店のようで、ちょっとした軽食のできる所ですわ)を見つけて、中へ入って行きます。そこで、“口上をくれ”やとか、“くしらけ〜”をくれやとか、“高野豆腐がかすつく…、ごんぼは屁が出る…”なんかのやりとりがありますが、このおやっさんもなかなか負けてまへん。“これから熊野へくじらを買いに行く”やとか、婆さんに“町まで味噌を買いに行こい”やとか言ってのけますなあ。また、酒はというと、“村さめ”に“庭さめ”に“じきさめ”。それぞれ、村を出る頃に酔いがさめる、庭へ出たらさめる、飲んでる尻からじきにさめるというもの。この酒の件りが、このあたりでは一番の笑わし所でしょうなあ。

 そこで、すり鉢にイカの木の芽和えがあるのを見つけますが、これは村の若いもんの仲直りの手打ちに出すもんやさかいにと断られ、食べられません。注文したものをなんやかんやと食べ、お金を払い、“犬が棒鱈(ぼうだら)か何かをくわえて逃げて行った”と言って、おやっさんの気をそっちに向けているすきに、先ほどのすり鉢に笠をかぶせて、これを持って大急ぎで走り出します。ここで『韋駄天(いだてん)囃子』が入りますわなあ。まあ、この辺までが煮売屋ですわ。ある程度来たところで、笠を取って、二人で木の芽和えを食べ、空のすり鉢を草むらに投げます。これが寝ていた狐の頭に当たるという、ここからが『七度狐』で、これは来月のネタにしたいと思います。また、この部分の所有音源等のの記述も、来月に…。

<13.3.1 記>
<以降加筆修正>


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