押し詰まりました。もう十二月でっせ。ほんに、一年一年が早ぅございますけれども、これも、歳いったせいでございます。子供の頃の、一年の、長かったこと、長かったこと。私、小学校三年生終えまして、まだ、三年行かんならんのかいなあ思うたら、ゾーッとした思い出がございますけれども。ほんに早い一年になってしまいました。今月は、『世帯念仏』で、ご機嫌を伺います。大意は、ございません。

 物事、何にでも、陰陽というものがあるのやそうで、ひょっと出した、この手にも、陰陽というものがございます。表と裏で、この、陰と陽とがございます。まあ、こんなマクラ、よう使われます。近ごろ、またちょっと、すけのうなりましたか、それでも、時代によりまして、サイクルというものがございますので、また、よく使われる時代も、出てきまっしゃろ。おテテのシワとシワを合わせて幸せ、ナム…。の、コマーシャルにもございますとおり、やはり、この手を合わせて拝むとなりますと、こらやっぱり、陽と陽とを封じ込めまして、陰を出しての、陰な場でございますな。

 この陰の中でも、ご宗旨によりましては、これまた、陰陽がございます。南無阿弥陀仏となりますと、こらどうしても、陰に聞こえます。お題目、南無妙法蓮華経となりますと、こらまた賑やかで、何となく陽に聞こえますな。天理教は、もひとつ賑やかでございますけれども。ただ、これも言い方一つで、“なむあみだぶつ”言うてると、陰なようでも、リズムに乗りまして、“なまんだぶ”言うてると、陽気に聞こえる場合もある。唱えてる人によって、聞こえ方が違うてなことも、ようあるもんで。

 毎朝のお勤め、お仏壇に、お念仏唱える、お経唱えるという風習も、すけのなってまいりました。第一、お仏壇の無い家のほうが、多いらしい。うちはまだ、母親が、毎朝、拝んでおりますし、夕方には、また拝んで、閉めておりますわ。話のほうでは、「なむあみだぶ、なむあみだぶ」言いながら、観音さん殺したはる。要するに、シラミですわ。この、お念仏を唱えながら、「なむあみだぶ」の合間合間に、おもろいことを言うちゅうのが、この落語。「花替えたり」て、しおれてまんねやな。それに、ホコリだらけ。もうちょっと掃除しときやて。

 「なむあみだぶ」言いながら、なんじゃ、けったいな風がする。飯が焦げてる。朝のお勤めでっさかいに、朝御飯炊いてる途中ですねね。今度は、両手に鍋持って、ウロウロするなて。引っくり返ったら、エライ目に遭わんならん。「娘起こせ」て、寝てまんのやがな。恥さらしですがな。嫁入り前の、エエ歳した娘が、遅うまで寝てて、布団蹴立てて起きるて。「今朝のおかずは?」て、別に、念仏唱えながら、おかず聞かいでもエエのに。やっぱり、味噌汁。どこの家かて、そうですわいな。豆腐の味噌汁で、昼は、おから。「お前、豆腐屋のおっさんと、怪しいで。」て、おもろい発想でっせ。

 表を、どじょう屋が通っておりますので、これを呼び止めまして、汁の実にしようという魂胆。一合で、山盛り計れて。それが二杯で二合。いやらしいですがな。生きてるもんでっさかいに、飛び出して落ちたんも、入れろやて。ようようのことで、買い求めまして、おかみさんが、腹を割こうといたしますが、そこは、生きてるもんで、扱いづらい。当たり前の話ですが、お酒で、酔わせまして、入れもんに蓋して、暴れる、どじょうを殺してから…。「なむあみだぶつ」て、そら、えげつない話でっせ。と、ここらで切って、サゲと申しますか、一席で終わりと。特に、サゲらしいサゲが無いと言えば、無いみたいですが。

 上演時間は、十五分から二十分ぐらいでしょうか。長いものではありません。寄席向きですし、演題が出ますが、これとても、演題としてエエものや、悪いものか、という程度の噺ではあります。一席物といえば、一席ですが、マクラといえば、マクラの長いもの程度で。そのマクラのマクラも、十二分に使われます、陰陽の話。そして、本題ですが、ここで、文章で書くだけでは、何のおもしろみも無いかも分かりません。「なむあみだぶ」の念仏の間に、他の言葉が入るので、おもしろいんですな。しかも、この「なむあみだぶ」の声の抑揚と申しますか、高低や大きさも含めまして。そして、扇子や貼扇で、木魚を叩く音を出されますが、これも効果音でございます。他愛の無いと申せば、その通りなのですが、それでいて、なかなかに、笑いを取るのは難しい。

 東京では、『小言念仏』の名で、知れ渡っております。言うても、東京でも、近ごろ、あんまり聞きませんけどね。故・三代目三遊亭金馬氏が、十八番で、録音が残っておりますが、おもしろいもんですなあ。所有音源は、桂米朝氏、笑福亭福笑氏のものがあります。上記の記述は、米朝氏のものを元に、述べさせていただきましたが、その当時でも、まだ、十分に、よく分かった、通じたものだったのでしょう。というのも、福笑氏のものは、現代版とでも言いましょうか、今で通じるもので、内容は、違う物が多かったためであります。朝御飯でも、今、ご飯食べはるとこ、少ないんちゃいます?パン多いしねえ。どじょうも、よう食べんかも分かりませんし。ですから、今の現状を笑いにするというのも、手ですな。ま、なかなか、小品ながら、おもしろいもんです。今年も、こんなこと言いながら、暮れてまいります。また来年も、よろしくお願い申し上げます。どうぞ、良い、お年を。「なむあみだぶ」


<25.12.1 記>


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