
やっと三月になりまして、暖かくなる…。まだまだ、寒い日がありますな。例年のことで。しかし、“やっと”言いながら、ホンマは、“もう”なんですけどね。正月過ぎたとこですのに。歳と共に、歳月の流れるのは、早いもので。ちぇな、年寄りじみたこと言うほどの、歳でもございませんねやが、親孝行というものは、して余りあるものではございません。大いに歓迎でございます。今月は、お珍しい『孝行糖』で、ご機嫌を伺います。
ここにございましたのは、播磨屋貫六さんの長屋に住んでおります、店子(たなこ)の吉兵衛というお方。職業は、大工さんでございます。といえども、何にも出来ん、おかゆ大工というやつ。棚も糊付けするて。エライこっちゃ。しかしながら、気のエエお方と見えまして、近所では気さくに、声を掛けてもらう。それにも増して、親孝行なお方でございまして、お母さんを大事にいたしております。今日しも、播磨屋さんのほうへ、お上からの差し紙。中を見ますと、明日・正巳ノ刻、町役同道の上、大工・吉兵衛を連れて、奉行所まで出頭するようにやて。
こら、また何ぞやらかしたに違いないと、吉兵衛さんの家に来てみますと、ちょうど幸い、お母はんは留守。心配掛けると、具合悪いですしね。奉行所から、差し紙が来ているというと言うと、何で呼び出されたかを考えてみます。いくつかあるように思うて、思い直しますが、なかなか、罪になるようなことはしていない。おかしいなあと考えますが、なんぼしても、行ってみんことには、皆目検討がつかん。お母はんには、黙ってるようにして、とりあえず、明日に出頭することといたします。明くる日、町役一同も共々に、奉行所へ。行ってみますと、親孝行の徳により、青ざし五貫文の褒美を取らせるとのこと。お仕置きと思いのほか、ご褒美でございましたので、そこは大喜び。
帰って参りましたが、皆が寄って相談するには、大工では、この先、どうも身を立てることがでけんのは、確かな話。要するに、この五貫文を、そのまま貰うただけでは、どうしようもない。これを元手に、何ぞ、商売をしては、どうかと。昔、嵐璃寛(りかん)に中村芝翫(しかん)という役者はんが、エライ人気があったことがあると。その時、芝翫茶に璃寛茶なんて色が流行ったり、芝翫糖に璃寛糖という飴が、よく売れたことがあったと。太鼓を叩きながら、飴を売り歩くんですなあ。「芝翫糖に璃寛糖。テン・スケテン・スケテンテン。芝翫糖の本来は、うるうのこ米の寒ざらし、かやに銀杏、ニッキに丁子、ほら食べてみな、おいしいで。また売れた。うれしいな。テン・テレツク・スッテンテン。」という売り声やったということ。そこで、吉兵衛さんを、飴売りに仕立てまして、その名も、孝行糖で売り歩くと。「孝行糖・孝行糖。孝行糖の本来は、昔々、その昔、二十四孝の、そのうちで、老莱子という人が、親を長生きさせよとて、こしらえはじめの孝行糖。」という売り声で。こら、おもろい。
ということで、装束も仕立てまして、早速に、明くる日から、孝行糖を売り歩く。珍しいと見えまして、これが、なかなかに、よう売れる。しかし、これがホンマの、親孝行かも分かりまへんな。商売が出来る・身を立てることが出来るという。今日しも、吉兵衛さん、やって参りましたのは、中之島。ご承知の通り、その時分には、ぎょうさんの蔵屋敷が建ち並んでおります。とある、お屋敷、ご不幸があったと見えまして、表には、クジラ幕が見え、中は、静まり返った様子。表には、棒を持った門番が立っております。普通なら、避けて通りそうなところを、この吉兵衛さん、つい、いつもの調子で、声張り上げて、表へ差し掛かる。しかも、“長生き”て。「こりゃこりゃ」と、門番は止めますが、お構い無しに、いつもの売り声。たまりかねて、「無礼者!」と棒で打ち据えられてしまいます。
通りかかった方が、これを見て、一緒に詫びてくれたので、何とかこの場は、収まりました。立ち去ろうと促しますが、痛うて、立ち上がれません。お許しの出た間に、立ち去りませんと、また怒られる。「痛い・痛いて、一体、どこが痛いねん?」「こうこうと、こうこうと。」と、これがサゲになっております。孝行糖の売り声の節で、孝行糖と、“ここと”が掛けてあるんですな。ま、バカバカしいものですが、分かりやすいといえば、分かりやすいものです。
上演時間は、二十分前後でしょうか。そんなに長いものではありません。話自体ですと、もっと短いですか。笑いが少ないせいか、あまり寄席でも落語会でも、演じられる機会がございません。というか、知らない方も、多いかも分かりません。派手さもございませんしね。前半は、主人公が、お上から、ご褒美をもらう場面。差し紙が来たところで、何で呼ばれたかと想像するあたり、演者によっても、多少違いますし、他のネタとかぶる恐れのあるものもございますので、笑いは取れるかも分かりませんが、そんなに重要視されて、演じられてはおりません。落語によくある手法ですのでね。でも、うまいこと創作したりすると、もっと、お笑いの多いネタになるかもしれませんね。後半は、飴売りになる場面。でも、よく考えると、扇雀飴さんも、中村扇雀さんが、大流行したために、出来たんですから、芝翫糖に璃寛糖、孝行糖も、まんざらではございませんわね。人気とは、エライもんです。そして、ちょっとかわいそうですが、棒で叩かれてから、サゲになると。
東京では、故・三代目三遊亭金馬氏のものが有名でしたね。それでも、あまり聞きませんでしたし、今でも、そんなに演じられては、おられないと思います。原点は、上方のものみたいですけど。所有音源は、桂きん枝氏、桂九雀氏のものがあります。一時、きん枝氏でしか、聞けなかった時代があったようにも思えますがね。わたしゃ、案外、好きでした。こんな珍しいネタを、きん枝氏が、やったはりましたから。九雀氏も、時折、やったはるみたいです。おもしろい味わいがあるんですけどね。
何とはない噺ですんでねぇ…。
<26.3.1 記>
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