
今年は、寒い冬が続きまして、ホンマに、春が来んのかいなあと思いきや、やはり、季節というものは、エライもんで、巡ってまいります。エエ時候に差し掛かります。春は、ご陽気で、結構でございますねやが、個人的には、一年でもっとも、イヤな時期なのでございます。理由は、申し憚られますので、割愛させていただきますが、とりあえず、世間一般では、歓迎されますな。そこで、今月は、『口合根問』という、至極、お珍しい話でございます。へぇ、何でて?“花が見たくば、吉野へござれ”でやんす。
毎度おなじみ、おもろい男が、甚兵衛はんの家を訪ねるところから、話は始まります。一杯飲みまひょか?って、珍しい、おごってくれんのかいなあと思いきや、ここの家でやて。何ぞ言うとか、持って来んのんかいなあと思いきや、そうでもない。ここの家の押入れには、一升びんが四本入ってるて。そら、入ってまんねけどね。アテは、するめ。しかも、剣先するめが二十枚ほど。台所の天井から吊ったある、カゴの中に入ってるて。よう知ってるなあ。酒といい、するめといい。というのも、ここの家へ来る途中、乾物屋のおやっさんに会うたて。どこ行きやとたんねると、ここの家に配達やて。猫が来たらいかんちゅうので、カゴに入れて、天井に吊ったはったて。しかも、酒は、押入れに、四本ほど並んでましたと。先に聞いて、知ってますねやがな。ひょっとして、ホンマは、ここの家に来る予定無かったんかも、知れませんけどね。酒があるというので。
「一杯飲ますか?」って、それでは、可愛げが無いので、飲ます気にもならんて。もうちょっと、粋な人間にでもなったら、よろしいのにね。舞でも三味線でも、出来ひんにゃさかいに、誰でも出来るもんで、ダジャレの一つでも、飛ばしたら、口合いの一つでも出来たら、皆に可愛がってもらえるて。「へぇ、けったいなことやりまんねんなあ。傘の柄飛ばして回りまんのんか?」って、違いますがな。ダシャレ・洒落言葉ですな。「“口合い”で、“くちゃいもんには蓋”という風に。」“臭いもんには蓋”のシャレですわな。目に付くもん、手に触れるもんの一つでも、何でもエエて。ここの入口、入る時に、簾戸(すど)があった。“すどを見たら泥棒と思え。開くれば雨。”と。“人を見たら泥棒と思え。明日は雨と思え。”のシャレですわな。なかなか、おもろいもん。下駄箱で、“下駄箱ご遠慮願います”“おタバコご遠慮願います”のシャレ。「壁は?」“壁を慕いて…”やて。「柱は?」“柱が回らにゃ、尾が回らん”と。上へ上がってまいりまして、水屋を開けると、砂糖が入ってる。“さとへさとへと、草木もなびく”“佐渡”ですけどね。言いながら、砂糖を舐めてしまう。汚いな。「お茶が吹いてるわ」“おちゃふくこけても、鼻打たん”「あんたとこの、嫁はんの顔や。」て、怒られるで。
「障子があったら?」“東海林太郎の子守唄”「障子が何で、うた歌う。」って。庭のほうへ回りまして、うちわがあったので、「うちばん星見つけた」“一番星見つけた”と。ちりとりがあったので、この男も、「ちりとり星見つけた」って、シャレになってませんがな。でも、この前、「“ほうき星見つけた”言うてましたで。」って、ほうき星あっても、ちりとり星ございませんがな。犬が小便しておりますと、「犬シシの奈良の都の八重桜今日ここの家の庭濡るるかな」こら、ウマイことでけました。流しへ回りまして、れんげ・すりこぎで、「れんげ応変に」“臨機応変”に。一升びんに酒が残っておりまして、「一生貧乏は避けられぬ」って、この男のことですがな。菜とカブラで、「なかぶら雁治郎」“中村雁治郎”と。
いろいろと教えてもらいましたので、今度は、岡本はんの家へ行って、これをやってきたろうと言い出します。というのは、岡本はん、こないだうちから、おなかが痛いいうて、仕事休んでたみたいですので、お見舞いに。それやったらと、エエことを教えてもらいます。腹が痛いで、「腹が痛くば吉野へござれと」“花が見たくば吉野へござれ。今は桜の花盛り。”のシャレですねんて。これやったら、歯や鼻でも、“歯は痛くば”、“鼻が痛くば”で、いくつか代用が出来る。見舞いに行こうと、家を出ましたが、覚えてる間に、先に、吉川さんの家へ、行って来たろと。いつも、高慢ちきやさかいに、ちょっと、ビックリさせたろうて。「こんにちは。わたいも、近ごろ、シャレを勉強してまんねやけどな。」「まあ、やってみなシャレ。シャレた文句でも、シャレてみなシャレ。」って、この人のほうがウマイがな。「さいなら」言うて、出てきてしもた。「これこれ、待ちなシャレ。」
今度は、いよいよ、岡本はんの家へ。「まずは、表回りから。」って、大掃除の手伝いですがな。「あんたとこ、簾戸無いなあ。」「うちは、昔から、ガラス戸や。」って、いきなり、つまづいてますがな。とりあえず、簾戸がある態で。「簾戸は開けて入る。開けっ放しは、雨が降り込む。」って、なんじゃ、分からん。「壁は、シミ付いてまっせ。いっぺん、塗り替えしなはれ。」て、なんのこっちゃ。「柱が回らなんだら、家ぐち回せ。」家つぶれまっせ。「畳を、ほうきで掃きまひょか。衝立、ぞっきんで拭きまひょか。」って、いよいよ大掃除や。水屋の砂糖を舐めると…。これが塩。「ところで、ご病気は、どんな具合です?」けったいな病気見舞いや。「おかげで、昨日ぐらいから、随分、良うなった。」それでは、見舞いがでけん。「どっか、悪いとこおまへんか?」病気探してんのかいな。歯も鼻も、悪いことない。「ほな、ひとつ、この鼻を…。」叩いたら、そら、鼻痛いわ。「どこが痛い?」「鼻が痛い」「鼻が痛くば、吉野へござれ。さいなら。」なんじゃ、訳分からん。往来でも、誰ぞの鼻叩いてる。
もう今度からは、向こうから来る人の、鼻を叩いて、吉野へござれにしたろうという算段。やってまいりましたのが、タバコ屋のご隠居はん。「どっこも、悪いとこ、おまへんか?」「おかげさんで、悪いとこは無い。しかし、毎年、木の芽立ちになるとな、脚気が出て、具合悪い。」「なるほど。脚気は、歯が痛いねやろ。」「脚気は、歯じゃありゃせんで。」「鼻が痛いねやろ。」「鼻が痛いのは、脚気とは言わん。」「分かった。腹が痛いねやろ。」「これ、昔から、脚気が腹へ上ったら、騒動じゃいうぐらいやがな。脚気というのはな、足が痛いねや。」「足が痛くば…、どっこも行けんわ。」と、これがサゲになりますわ。ほんに、足が痛かったら、吉野どころか、どこへも行けませんわいな。なかなか、おもろいサゲですな。
上演時間は、二十分前後でしょうか。そんなに長いものではなく、昔の寄席なんかでは、ちょいちょい聞けたんでしょう。というのも、あんまり出る演題ではございませんねやわ。おもしろいんですけどね。根掘り葉掘り聞く、“根問い物”の一つらしいんです。よくあるパターンの、お笑い種ですが、今となっては、かえって、新鮮な感じもいたしますね。日常、ありふれたお笑いて、案外、こんなところに、隠れているかも分かりません。前半は、主人公が、甚兵衛さんの家に訪ねてくるという、オーソドックスなパターン。何を教えてもらいますかというと、今日はシャレ・口合いですわ。日用品や、日常に溢れている物で、シャレを作ると。どこぞのテレビ番組で、今でも、ようやったはるような。これを教わりまして、病気見舞いに出かけるのが後半。病気が治ったというので、今度は、無理矢理にでも鼻を叩く作戦に変更。こらどうも、具合が悪い。そして、ご隠居はんで、サゲになると。このシャレですが、もっと現代風に作り変えられても、また、おもしろいもんが、でけるかも分かりませんね。
東京では、『吉野』の演題ですか。こちらも、あんまり、最近は、聞きませんねけどね。サゲが違うとされておりますが、どうでしょう?やっぱり、“吉野へござれ”は、東京では、馴染みが薄くなるんでしょうかね。関西やったら、桜の名所は吉野山で、十分、通じるんですが。所有音源は、故・三代目林家染語楼氏のものがあります。軽い感じのおしゃべりで、これがまた、実に、心地良く、おもろいもんですわ。そんなに、しつこい笑いも無く。実は、私は、この音源でしか、この噺を聞いたことがございませんので、誠に、勉強不足で、申し訳ございませんが、上記のものは、これを参考に、書かせていただきました。ただいまは、お若い方でも、演じられる方が、ちょいちょい、おられるみたいですけどな。なぜに、あんまり演じられないのか?やっぱり、現代人には、おもんないにゃろか?しかし、この音源、わたしゃ、大好きですよ。
<26.4.1 記>
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