近ごろは、もう、お珍しい話しか、残ってまいりませんで、これも、もう、めったに出ません、『いもりの黒焼』でございます。と言うたかって、私も、桂米朝氏のものしか、聞いたことが無いのですが…。
おもしろそうな男が、表から入ってまいりますというと、お話の始まりでございます。女が惚れる工夫はないかと。そら、誰しも、男なら、思いますもんな。昔から、一見得、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七セリフ、八力、九肝、十評判てなこというたあると。要するに、『色事根問』の部分。一見得…、と行きたいところですが、来月にしましょか。というのも、他のネタと、かぶる部分もありますので、来月に、『色事根問』で、一席物として、取り上げることといたしましょう。
とりあえず、十まで行っても、どれも、とりえのない主人公ですわいな。しかし、どうしても、一緒になりたい女が居ると。これが、横町の米屋の娘。こら、近所界隈でも、今小町と評判の、べっぴんの娘はん。それが、この男と…。天地が引っくり返っても、無いような話ですわいな。でも、惚れてしもたもん、どうもしょうがないん。この人の言うのには、いもりの黒焼、やってみたらどないやと。黒焼屋へ行ったら、売ってますけれども、それが、惚れ薬になんのかいなあ?これが、普通の、いもりの黒焼やのうて、ホンマの、正真正銘の、いもりの黒焼でないと、あかんと。これは、交尾をしている、いもりを捕まえて、オスとメス、引き離して、別々の素焼きの壺へ入れて、蒸し焼きにする。焼き上がったところで、蓋を取ったら、その立ちのぼった煙が、山を隔ててでも、一つになろうかというぐらいの、結び付きの強いもん。ですから、片方を、自分の肌身に付けて、もう片方を、相手の女に振り掛ける。すると、惚れ薬になると。こら、エエこと聞いた。わたいらでも…。
この男、金を段取りいたしまして、高津の黒焼屋、落語へ、ちょいちょい出てまいります、有名なもんやったそうですが、そこへ行って、ホンマもんの、いもりの黒焼を買うてまいります。一方を、自分の体へ付けまして、もう一方を、相手の娘はんへ、振り掛けかけようと、米屋の表をウロウロ、ウロウロ。ストーカーですがな。お店のほうでは、けったいな男が、店の前をウロウロしてるもんだっさかいに、心配なもん。店のもんが、娘はんを呼びまして、どんな、おもしろい顔をした男が、いんのんかいなあと、奥から出て来た。これ幸いと、前へ出まして、黒焼きの粉を、パーッと、降り掛けたんは、降り掛けたんですけれども、横から風が吹きまして、この粉が、横手に積み上げてあった、米俵へと掛かった。
薬の威力というのは、恐ろしいもんでございまして、米俵が、ゴトゴトゴトと下へ落ちると、表へ、ヒョコヒョコヒョコ。エライこっちゃ。米俵に、つかれてしまいましたんやがな。男は逃げますが、米俵は付いて来る。路地でも付いて来るし、どうしようもなく、家へ帰って来た。表の閂を掛けますが、そんなもん、お構いない。ドン、バリバリと、戸を破って入って来る。しょうがないので、教えてもろた、甚兵衛さんの家へ。しかし、ここも、家壊されてはたまらんと、追い出されてしまいます。どこまでも付いて来る。「おい、喜ィ公。何を走ってんねん?」「苦しい。助けてくれ。」「どないしたんや?」「飯米に追われてんねや。」と、これがサゲになりますな。昔は、よく使われておりました。飯米に追われる。生活が苦しいとでも、申しましょうか。米俵に、追い掛けられているのですからね。
上演時間は、二十分前後でしょうか。来月申します、『色事根問』の部分で、長さは調節できますので、何とも言えませんが。珍しい話ですので、何ぞの落語会でしか出ませんが、寄席でも、やりやすいと思います。前半は、『色事根問』の部分。根問い物の一種ですが、わたしゃ、案外、好きなんですけどね。お笑いの部分が多くて。後半は、いもりの黒焼の話へ。今でも、惚れ薬に、なるんでしょうか?それやったら、一番に、私が…。これが、米俵に掛かって、米俵に追われるちゅうところがまた、おもろいんですわ。ドン、バリバリいうて。一度、見ていただけると、おかしさが引き立ちます。
東京では、無いようですね。『薬違い』が、『いもりの黒焼』のように扱われておりますが、この話とは、別物と言って、イイでしょう。所有音源は、先にも述べました、米朝氏のものだけです。大笑いは出来ないかもしれませんが、おかしさ抜群です。たまには、聞きたいものですな。
<26.6.1 記>
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