三月三日は、お雛さんでございます。女の子の、お節句。いろいろと、催し物もございますが、一応、我が家でも、お雛さん出してます。でも、まだまだ、寒い日も、ございますねけどね。そこで、今月は、『雛鍔(ひなつば)』をお届けいたしましょう。ご存知無い方も、多いかも分かりません。これは、正真正銘、純然たる江戸落語・東京落語のネタでございまして、上方には、ございません。物の本によりますと、『お太刀の鍔』として、上方で、演じられたことがあるみたいですが、私は知りません。勉強不足で、誠に申し訳ございません。ただ、東京で、故・桂小南氏が、やったはりました。故・三代目三遊亭金馬氏のものからとは思いますが、最近は、出すネタも、少なくなってまいりましたので、無理を承知の、お雛さんに合わせましての、登場でございます。

 とあるご主人、仕事から帰ってまいりまして、女将さんとの、いつもの会話。お風呂にするか、ご飯にするか。しかし、今日に限って、どうも様子がおかしい。ボーっといたしまして、すぐに床取ってくれて。疲れたんかいなあと思いきや、そうでは無い。もう、人間辞めたいて。この方、植木屋さんですねね。とあるお店へ、いつものように、庭の手入れに出向いた。そこへ、その家の子たちが、チョコチョコチョコと出て来た。一人の子供に、お守のような人間が、何人か付いてる。これでさえ、ご大家の跡取りですわな。池のほとりで、何かを見つけて拾うた様子。金属で、丸くて、真ん中に穴が開いてる。要するに、文銭・銭・お金ですわな。拾い上げてみて、不思議そうな顔してる。「これ何?」って、お金知りませんねやね。小首を傾げて、考えた末、「お雛様の刀の鍔だ!」と。後で聞いてみると、五歳ですて。しかし、大したもんですわ。金持ちのお坊ちゃんは、その年まで、お金を知らんということですわ。

 こんなことがあったと、話している最中から、ここの家の子供、「遊びに行くから、お足をくれ。」て。大きな違いや。同じ人間でも、育て方で、こないも違うものかと、呆れてしまいます。また、この子供が、こましゃくれたガキですねね。「お前に、こんなことが言えるか?」「ちゃんちゃらおかしい」てな返事。こんな奴に、相手になっても、仕方が無いので、お父っつぁんは、放っておきますが、そこは、母親のこと、何がしかのお金を持たせると、子供は、遊びに行ってしまいます。もうすぐ、ご飯ですので、そこは、呼んだら、帰って来るぐらいの距離で。

 入れ替わりで、やってまいりましたのは、どこぞの大店の、ご主人の模様。謝りに来たて。この前、店の前で、悪態を付いていたので、何かいなあと、番頭さんに尋ねてみると、様子が分かったので、謝りに来たと。要するに、このお店の、植木の手入れを頼まれていたのですが、他に、やりかけの仕事があるので、それを済ませてからと、待ってもらった。その間に、間に合わせに、番頭さんが、知り合いの植木屋さんに、仕事をさした。これが分かったので、店の前で、大きな声を出してしまったという理由。今回のことは、これで済ましてもらって、また次回からは、植木の手入れに来て欲しいと、頼みにやってきはったんやね。話が済んだところで、女将さんに、お茶と、羊羹の用意をさせますわ。ここも、おもろい場面。普段、切りなれてないせいか、なかなか、うまいこと、羊羹が切れませんわいな。ようようのことで、出そうとしたところ、さいぜんの子供が帰って来る。

 お客さんが召し上がる前に、羊羹を食べられては、具合が悪いと、隠そうとしているところで、「こんなもん拾うた!こんなもん拾うた!」て、大きな声で、穴開き銭を、差し出します。「僕が考えるに、お雛さんの刀の鍔だと思うな。」って、さっきの通りに演じてしまいます。「これ、親方の、子供さん?大したもんやなあ。」と、この旦那は、感心しますわ。氏より育ち、これだけに育て上げるには、並大抵のことではなかったであろうと、大絶賛。おこづかいを、あげようとしますが、銭を知らんのでは、仕方が無い。そこで、手習いの道具を、一式揃えて、持って来てあげようと、約束をしてしまいます。「これ、そんな汚いものは、捨ててしまいなさい。」「いやだよ。これで、焼き芋買って来るんだ。」と、これがサゲになりますな。ホンマは、知ってるということですわ。

 上演時間は、本来ですと、三十分弱ぐらいございます。小南氏は、もっと短くやったはりました。途中の、植木の仕事の場面を、もっと分かりやすく、したはりましたかね。個人的には、私も、二十分そこそこぐらいのほうが、イイとは思うのですが。そして、上記のものは、小南氏のあらすじでありますが、本来の江戸・東京版ですと、最初に、お坊っちゃんがお金を拾うのは、大店の商家ではなくって、さるお屋敷・大名屋敷というような、お侍さんのお屋敷での、お話なんですな。冒頭の『お太刀の鍔』では、鴻池さんの話として残っているみたいです。笑いどころは、結構、たくさんあるんですが、東京でも、現在は、あんまり演じられていないようにも、思えますね。私が、聞かないだけかもしれませんが。あまり、場面転換があり、ストーリーがあるという類の噺ではございませんので、下手をすると、上すべりになるかも分かりません。冒頭は、植木屋さんが、ボーっとして、帰って来るところ。世の中には、金持ちもたくさんいるが、子供がお金を知らないとはという話。小判や札束やったら、知ってたかも…。そこで、フッと見ますと、我が家の子供は、始終、お足くれと言う。仕方なく、母親が渡しまして、今度は、また違う、大店のご主人がお越し。仕事の話で、謝りに来たと。当たり前の話かも分かりませんが、他人の仕事は、後が続けて、やりにくいですからな。そこで、羊羹を切りますが、手際よくは行きません。しかし、最近、羊羹・練り羊羹て、あんまり、売れへんらしいですな。多様化したのか、我々が、ぜいたくになったのか。そんなところへ、倅が帰って来て、「お雛さんの刀の鍔だ!」と。誰しも、驚きますわいな。お客さんも、驚いたところで、サゲになると。よく出来た話ではありますな。

 所有音源は、その小南氏のものがあります。結構、笑いを取ったはりましたな。現在、上方では…。演じられているんでしょうかねえ?あんまり、聞きませんけれども。案外、ウケるかも分かりませんね。


<27.3.1 記>


トップページ