三月十九日、桂米朝氏が亡くなられました。ご冥福をお祈り申し上げます。言いたいことは、たくさんございますれど、語ったところで仕方の無い、単なる個人的な思い入れだけの話ですので、多くは語りますまい。ただ、上方落語には、欠かせない方でした。そこで、米朝氏の復活ネタから、今月は、『風の神送り』をお届けいたしましょう。冬の話ですし、逸品というほどのものでも無いかも分かりませんが、もうだいぶ出ておりますので、取り上げるネタのほうが、少なくて…。

 町内の若いもんが集まりまして、おやっさんのところへ。だいぶと、風邪引いてるもんが居る。その割りに、おやっさんは平気。若い頃から、鍛え方が違う。“弱みに付け込む風の神”ですが、付け込む隙が無いぐらいのもん。しかし、どうも、風邪が流行っておりますので、風の神送りをしようという相談。よその町内もやってる。実際に、私も知りませんが、張りぼてのようなもんをこしらえまして、これに町内の風邪を集めて、川に流したり、また、燃やしたりするというもん。虫送りと同様ですが、虫送りなんかは、今でも、ちょっと郊外へ行きますというと、残っております行事ですな。こんなんが、昔はあったそうで、流行病の時なんかも、そうですな。そこで、何をするにも、先立つものは…、ですわ。これの相談に。要するに、銭の算段。

 おかしげなことをするわけでもないので、町内回って、なんぼか集めようということ。半紙を折って、帳面を作る。ここへ、字を書けと言いますが、これがなかなか。若いもん、無筆が多い。字がよう書けんというのも、珍しいもない時代ですのでね。カナしか、よう書かんもんしか、居りませんがな。まずは、『覚え帳』と。『おぼえちょう』の“お”は、“おくやま”の“お”。“おくやま”と書いてもた。って、破ったら、紙がもったいない。“おほえちや”で、裏へ“う”。大きな字書くさかいに、全部が書けん。おかしなもんだっせ。

 とりあえず、皆を引き連れまして、黒田屋はんから。「風の神送りをいたしますので、どうぞ、お志を。」「帳面を。あぁ、こらアカン。私とこが初筆じゃ。」言いながらも、天保銭を五枚。「黒田屋様 天保十枚」って、最初は、多い目に書いといたら、後の人は、これを見て、多い目に出すと。ここら、世慣れた、おやっさんですな。さすがは、年の功。隣りの家で、「黒田屋様天保十枚」「ホンマは五枚」「ほな、三枚にしときまひょか。」って、見破られるがな。ちぇなこと言うておりますと、おやっさんへ、家から使い。帰って来て欲しいというので、後は、若いもんだけで回ることとなりますわ。

 ここは、やめとこ、タケノコ医者。藪にまでならんというような、下手な医者。最近、風邪が流行り出したんで、そのおかげで、どうにかこうにか、食べてるというような家。「こんにちは。近ごろ、悪い風邪が…。」「どれどれ、診てしんぜましょう。」「風の神送りを」「要らざることを」って、そらそうでしょうなあ。それでも、波銭三枚・十二文出してくれた。ここは空家?ではない、物静かな、お手かけはんの家。元は、北の新地から出てた芸妓はん。そら、キレイな人やと。こないだ、朝湯で、バッタリと会うた。手拭い取って、脱衣の箱を拭いてから、帯をほどく。細紐をほどく、着物脱ぐ。襦袢の紐をほどく、いまきの紐ほどく、しらみ紐ほどく…。って、そんな人、しらみ紐なんか、せえへん。後ろから、女中さんが、浴衣を掛ける。まさか、浴衣着たまま、湯船に入るわけでなく、その前に、浴衣を脱ぐのと、手拭いで前を押さえるのが、七分三分の兼ね合い。って、軽業やがな。掛かり湯でも、チンチロリン、チンチロリン、コロリ〜ンシャン。お琴やがな。

 『おはようさんです。お背中流しまひょか?』『この子に流させますで。』『そら、お女中では、力が入りまへん。』『さよか。それでは、お願いいたします。』なんと、背中流させてもろた。抜けるような白いお肌にも、アザがある。じっと見てると、これが動く。こらどうも、アザや無い。前の晩に、しっぽく食べたんやないかと。椎茸が、あばらの三枚目あたりに、引っ掛かって、これが、色が白いさかいに透けて見えて、アザと間違えた。レントゲンやないにゃさかいに。とりあえず、家の中に、入らせてもろうて、風の神送りの話。勝手が分からんと言いながらも、出してもろたんが、なんと一分!こら、上々吉ですがな。

 浮かれ勇んで、やって参りましたのは、ケチで有名な十一屋さん。通り過ぎるかどうか迷いますが、そこは、大きな家でっさかいに、なんぼケチでも、いくばくかは出すやろうと、中へ入ります。「風の神送りを」「うちは、誰も、風邪引いてません。」て、こら、どう考えても、アカンで。もろたんが二文。タケノコ医者でも十二文出したのに。ここに戻って参りましたのが、先ほど家から呼ばれて、帰っていた、おやっさん。怒鳴り込んで、怒ってやりますわ。二文の銭でも、銭は銭。それでも、若い連中は、遊びで、寄せ集めるわけや無い。町内のためを思いましての、風の神送り。これだけの身代の十一屋さんから、二文だけでは、町内でお困りの方から、いただいたお金にも、申し訳が無い。預けておきますと。と同時に、ケンカも、預けておきます。この大きな身代に傷が付くのも、お忘れなくと。なんじゃかんじゃ言いながら、いろんなことして帰って来る。猫のヒゲ、みな、抜いてやったて。火消し壺へ、ババしてきた。井戸の中へ、油徳利放り込んできた。って、案外、えげつない仕返しでっせ。

 とりあえず、空家へ集まりまして、竹やワラで、土台を作って、紙を貼って、張りぼての人形を作る。酒や餅をお供えしまして、祭壇を作る。風の神さんの退散を祈願いたしまして、日が暮れに、鉦や太鼓で囃し立てて、川へ流しに行く。「風の神送ろっ」っと、下座からは、ガンガラガンと。橋の欄干から、川の中へ、この人形を放り込みますと、後は、連中で、引き返す。っと、川下のほうで、四つ手網で、魚を捕っていた方がある。「船頭はん、ちょっと、手貸して。ごもくでも、引っ掛かったんかいなぁ?」引き上げてみますと、張りぼての人形。性根が入りましたものか、網の中から、風の神さんが、スーッと。「あんたは?」「風の神じゃ」「ああ、それで、夜網に付け込んだんやな。」と、これがサゲになりますわ。弱み(弱身)と夜網ですな。

 上演時間は、二十五分ぐらいでしょうか。お金を集めて回るところで、時間の伸縮は出来ますでしょうが、そこは、ほどほどに。長すぎたら、筋が無くなりますし、短すぎると、おもんないん。なかなか、珍しいお話で、そう滅多には聞けません。冒頭は、風の神送りをしようという相談。こういうものは、やはり、お金が要りますし、ちょっと世慣れた、年寄りに相談するのが一番。終わった後で、一杯飲むのも、楽しいもんですけどな。帳面・奉加帳を作るあたり、字が書けんちゅうのも、おもろいとこなんですけれども、今の時代では、おもしろさも半減してしまっているのでしょう。中盤、お金を集めに回る件り、ここは、おもしろい場面です。『軒付け』なんかでも、そうですが、いろんなお家があって。最初は、黒田屋さん。物分りのエエお方と見込んでの、初筆ですが、多い目に書いとくのも、心得たもん。後の人は、誰が、どんなぐらいずつ出すか、当然、見ますもんな。医者は、やめといたれちゅうのも、おもろいですがな。風邪が流行って、それで飯喰うてるて。ヤマ場は、お手かけはん。こら、今も昔も、変わりまへん。週刊誌ネタですもんな。しかし、朝湯の件りなんか、誰が考えはったんでしょうなあ?よう出来てますけれども、しっぽくの椎茸が、あばらに引っ掛かってるて。そこで、一分の大金が出たところで、ケチの十一屋さんで二文。二文て。医者でも十二文出してますのにね。しかし、こんなお家、町内回ったら、必ず一軒ぐらいありまんねん。そして、肝心の風邪の神送りをいたしまして、最後に、サゲになると。噺だけを聞いておりますと、送りぐらいのところで、サゲになるかいなあと思いきや、案外、もうちょっと先までありますのよ。

 東京では、あまり聞きません。おそらく、上方のものでしょう。小噺程度の『風邪の神送り』、要するに、風の神送りをしている横手から、お名残惜しいなんて言うてる医者のいる話は、あるみたいですけどね。やはり、米朝氏の復活ネタなんでしょう。それなりに、創作部分も、あるかも分かりませんけれども、一つの型として、残っておりますな。なかなか、おもしろいものでした。そんなに、やってはれへんとは、思いますけれども。ま、とりあえず、偉大な方といえば、偉大な方でしたんでね。私も、ちょいちょい聞きに寄せていただいておりましたし、また、上方の落語で、米朝氏が出てこられるのは、当たり前のようにしておりましたんで、そんなに気負いがあるわけでもないんですが、寂しいといやあ、寂しいですわな。


<27.5.1 記>


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