先月、『軽業講釈』を書きながら、ふと、先代の文枝師匠を思い出しまして、もう一席。『喧嘩長屋』でございます。他愛も無いといやあ、他愛も無いネタなんですが、文枝氏ぐらいしか、やってはれへんかったんでね。花月の出番なんかで、やったはったんでしょうか?詳しくは、存じまへんねやが、とりあえず、珍しいネタで。

 夫婦の会話ちぇなもん、他愛も無い、些細なところから、喧嘩が始まるというのは、今も昔も、変わりがございませんようで。「今帰った」「今時分まで、どこほっつき歩いてんねん、このあんけらそ。」っと、ついつい、亭主のほうは、手の出てしまうもん。ここで、「エライすんまへん。堪忍しとうや。」と言やあ、物事は丸う収まりますけれども、そんな嫁はんと、嫁はんが違います。「叩きやがったな。叩きたけりゃ、叩きやがれ。いっそのこと、殺しやがれ!」「殺したらぁ!」っと、聞こえてまいりますと、近所が災難。放っとくわけにいかん。そこへ通りかかりましたのは、家主さんで、「待て待て」と。

 聞いてみると、おなじみの夫婦喧嘩ですけれども、亭主の帰りが遅いと。どこぞで、女遊びでもしてたに違いない、甲斐性無しやて。甲斐性があったら、嫁はんを遊びに連れて行ってくれるもんやと。そんなこともでけんと、嫁はん働かして、家賃の足しにしてるて。それを、女遊びの金にしてんのちゅかというような喧嘩ですわな。「うちは、気持ちよう喧嘩してんのじゃ。放っといてくれ、この家主!」って、エライところへ、飛び火してきた。風向きが変わってきましたで。

 「仲裁は、時の氏神言うのやで。」「何をぬかしてけつかんねん!仲裁いうたら、喧嘩を五分と五分に分けるもんや。それを、嫁はんの肩ばっかり持ちやがって。ははあ、おのれ、カカ一膳よばれるつもりやな。」「アホぬかせ。そんなこと言える顔か?」って、これまた、エライ話になってきた。ここの夫婦が引っ越して来た当座、この長屋、誰も、夜に出歩くもんは、おらなんだ。嫁はんの顔が怖いから。ちぇな顔でっせ。

 どうもこら、夫婦喧嘩の筋書きを作っといて、家主を仲裁にして、どさくさ紛れに、溜まってる家賃、踏み倒したろうという算段やなと、家主さんは、あたりを付けまして、「先に、家賃払うてから、物ぬかせ!」「喧嘩の仲裁に来たんか、家賃の催促に来たんか、どっちじゃ?いてこましたろか!」っと、喧嘩が、大きなってきた。っと、他の長屋の連中も、見物にまいりまして、どうもこらあ、この間に入ったら、家主さんに、家賃棒引きにしてもらえるかも分からん、ようやったと、褒めてもらえるかも分からんと、間に入ってまいります。「丸う収めるさかいに、うんちゅうて。」「お前、家主に気に入られて、家賃棒引きにしてもらうつもりやな。」「お前とこの、鬼瓦みたいな顔した嫁はん、なんぼハゲ親爺の家主でも、相手にせえへんで。」っと、こらまた、一段と火種が起こるがな。

 周りで見ているもんが、みんなで入って行って、喧嘩を二つに分けたらどないやと、一斉に、ワーっと入ってまいりますというと、中からは、嫁はんが一人出てまいりまして、玄関先へ、なんじゃ貼りよった。よう見てみますと、『満員につき、場所ございません』。っと、これがサゲになりますな。

 上演時間は、十五分程度でしょうか。マクラにもよりますが、寄席向きでしょうなあ。上記のものは、一つの例でありまして、喧嘩の内容は、もっと、膨らまそうと思えば、膨らませますし、おもしろくしようと思えば、おもしろくなるものやと思います。ま、バカバカしい話ですけれども、何気なしに、おもろいもんどすな。夫婦喧嘩は、些細なものですしね。

 東京でも、演じられているみたいですが、どうも上方ネタが元らしいです。それよりも何よりも、あんまり、聞いたことがございませんのでね。所有音源は、その文枝氏のものがございます。NHKラジオの『上方演芸会』でしたかね?よくウケておりましたが、こういう雰囲気のものには、合っていたのでござりましょう。大ネタを聞くという風な、会では無かったみたいですし。しかし、他愛もない物で、笑わせるちゅうのも、なかなか難しいものでござります。


<27.7.1 記>


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