今月は珍しいネタで、しびんの花活けをお届けしたいと思います。先月、四月に、私の一番上の姉がデパートで開かれた生け花の展覧会に二回出品致しまして、弟子である私も活け込みを手伝いました。そんなことで、今月は、何か生け花に関するネタと思い、珍しいながら、このネタを選びました。

 因州は鳥取の在の立派なお侍、大阪は日本橋・長町のある一軒の道具屋の前で足を留めました。日本橋・長町、今は電気屋さんの建ち並ぶ、にぎやかな一等地ですけど、昔は、エライとこやったらしいですなあ。『貧乏花見』、『ほうきや娘』なんかにも出てきますけどねえ。さて、その道具屋のおやっさんがお侍に聞くと、花活けを探しているとのこと。いくつかを見たが、思ったようなものがない。ふと庭の隅を見ると、変わった形をした花活け。“お手に触るのは、汚のうございます。”とおやっさんは言いますが、“汚れたら、洗えば済むではないか。”と、お侍はこの花活けを五両で買い求め、逗留している宿屋へと帰ってきます。留守中に花屋が花を置いていったというので、早速、活けているところへ、知り合いの本屋がやってきます。本屋がそれを見て、ビックリ、クリクリ、クリックリ…。お侍が花を活けているのは、使い古しの“しびん”やったんですな。

 ここで、本屋がしびんの説明をします。“尿瓶”と書くのは、普通ですが、“口”へんに“虎”も、“しびん”と読むとのこと。これは、インドにおいて、トラがゾウにじゃれかかってくると、最初はゾウも相手にしますが、しだいに嫌がって、ゾウはトラを踏みつけようとします。そこで、トラは踏まれてはかなわんと、死んだふりをします。そのトラが、本当に死んでいるのかどうかを確かめるため、ゾウは鼻をまたぐらに持っていき、自分の尿を鼻にためて、それを一気にトラにかけます。そこで、この字を“しびん”と読むようになったとのこと。しびんは、病人が小便をするものであると説明します。この説明、“はあ、はあ”と、よくうなづけますよねえ。私も、このネタを聞くまで、しびんのいわれなんか知りませんでしたわ。

 そんなこととはつゆ知らず、花活けだと思って買ったお侍、恥をかかされたと大いに怒り、早速駆け出して、しびんを買った道具屋へとやってきます。刀を抜いて、道具屋のおやっさんを斬り捨てようとした、まさにその瞬間、“お待ち下さい。訳をお聞き下さい。”と道具屋のおやっさんに言われて、理由を聞くことにします。この道具屋のおやっさんには、病気の母があり、人参という薬の代金に、五両のお金が必要でありました。そんな折に、“しびんを五両で買おう”とおっしゃったので、何も言わずに売ってしまったとのこと。“一時、五両のお金をお借りして、またそのお金ができたらお侍さんに返しに参り、謝れば済む。洗えば済む。これだけのことを言ってしまうと、もう後はどうして頂いても結構でございます。全部言ってしまって、ゆうゆうと地獄へ行けます。”と、おやっさんは言います。すると、このお侍は踏みとどまります。このお侍にも母親があり、常々、“そなたは短気なゆえ、刀のつかに手をかけるようなことができた時には、必ず、はは、はは、はは、と三度唱えて、自分を戒めよ”と言われているとのこと。“そなたも母親が大事なゆえ、このようなことをしたのであろう。以後は慎め。”とお侍は道具屋のおやっさんを斬らずに帰って行ってしまいます。このあたりのやりとり、何かジ〜ンとくるものがありますよねえ。誰しもに母親はいるのですから。

 この様子を見ていた近所の徳さん、道具屋のおやっさんに、“危なかったなあ”と言うと、“あれはみんなウソの話や。”“エッ、ウソ。ようあんなウソついて、どうにもならなんだなあ。しかし、あのお侍はエライなあ。五両返せ、と言わなんだ。”“そらそうや。小便はできん。しびんは向こうにある。”と、これがサゲになりますなあ。道具屋の符丁で“小便をする”、つまり、“見るだけで、値をつけるだけで、買わないで帰る”、“五両返せ”なんてことは言えないはず、小便をする容器のしびんは、お侍が持っているから、ということなんですわ。

 上演時間は十五分から二十分前後、あんまり長くならないほうが良いと思います。笑いが非常に少ないので、おもしろいという部類のネタではありません。しかし、道具屋のおやっさんがお侍に命乞いをするところ、母親の件り、本当はウソなのではありますが、非常に心を引かれますなあ。ここで十分にお客さんの心を引きつけるだけ引きつけて、“ああ、良かったなあ”と思わせたところが、これがウソ。そこでサゲになるという、何とも意表を付かれるところが、このネタの話自体のおもしろいところでありますな。そこへもってきて、また、サゲが粋なもんですなあ。しびんという物自体は、汚いもんなんですけどねえ…。

 上方のネタには、東京ほどお侍の出てくるネタはあんまりありませんし、また、出てきても、頼りないお侍が多い中、このネタに出てくるお侍は、立派な人として描かれています。そうして描かれているだけに、しびんという、お世辞にもきれいとはいえないものと、このお侍が対比して、何ともいえんおもしろさというよりも、おかしみというものが、非常に良く出ていると思います。また、桂米朝氏によりますと、この道具屋、立派な一軒の店構えを持ったものではなくて、夜店・露店の類のような雰囲気で描かれているらしいんですが、その辺の詳しいことは、ちょっと私には…。

 所有音源は、故・橘ノ圓都氏というか、この方以外で、このネタを聞いたことはありません。東京ではちょくちょく演じられる方もいるのですが、上方では、このネタはあまり演じられていません。それは、前述のように、笑いが乏しいからでありましょう。しかしながら、圓都氏は、淡々とした語り口調で、十分にこのネタの良いところを引き出しておられたと思います。本屋のしびんの説明や、お侍と道具屋のおやっさんとの母親のやりとりの部分なんか、やっぱりウマイですよねえ。笑いは少ないですけど、いいネタですよ。

<13.5.1 記>
<以降加筆修正>


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