暑中お見舞い申し上げます。やはり、暑い夏でございます。わたしゃ、あんまり、好きやおへんねけどね。この、暑いさなかに、『ちしゃ医者』をお届けいたしましょう。汚い話です。このまた、暑い夏に。いかにも、ニオイしてきそうな話でございまして、近ごろは、あんまり聞きませんな。

 夜中、ドンドンと表の戸を叩く音。こちら、お医者さんの家でございます。「この先の村のもんです。手前どもの主に、変がまいりまして、先生さまに診てもらいたい。」と。応対に出ましたのは、下男の久助。「先に聞きますが、その主さんというのは、どうしても治らん病人かえ?」って、おかしな質問。治したほうがエエような病人なら、他の先生に診てもらいなさいと。どうでもエエ病人でないと、具合悪い。というのも、こちら、病人を治した試しが無いような、藪医者。しかも、先生の耳に入らんうちに、早うどっかへ…。

 「久助、どうした?」って、やかましいもんでっさかいに、起きてきましたがな。病家先から、往診の願いであろうと、表の戸を開けて、入れてしまいます。聞いてみますと、来て欲しいのは、来て欲しいみたいですが、もう、歳も歳で、危ないのも分かっているが、形だけでも、枕元へ、医者を置いておきたいとのこと。そこで、藪医者とは重々承知で、村から出て来たと。ま、何はともあれ、行かねばなるまいと、用意をいたします。「駕籠を出せ」って、天井に吊ってある駕籠は、底が抜けてまっせ。そこへ、割り木を何本か渡して、止まって行くて。まさに、雀医者ですがな。藪に飛んで行こうとするね。割り木の上から、布団を四つ折りにしといたら、何とか座れるて。

 「棒の者、棒の者」って、駕籠かきなんて、とうにおりませんがな。それでは、担ぐ者がいないので、久助と…。今、呼びに来ている、病家先の、若いもんに、駕籠を担いで欲しいと。先棒を、この男に、後棒を久助さんにして、道案内しながら、村までということですな。どっこいしょ、っと、エライ、駕籠がガタつきます。「エライすんまへん。出る時、慌ててたもんで、高下駄と草履と履いてきましたんやわ。」どうもしょうがないので、道を進むと、今度は、もっと揺れる。何かいなあと思いきや、歩きにくうてしょうがないので、片っぽ脱いだて。「どっち脱ぎなさった?」「草履脱いだ」って、んな、アホな。

 やいやい言いながら、なおも進んでまいりますというと、向こうからも、三人連れがやって来た。「お〜い、よっさん。何しとるんじゃ?」「先生連れて来たぞ〜!」「先生間に合わん。主さん、死んでもた。われら、これから、親戚じゅう、知らせて回るんじゃ。お前も一緒に、付いて来い。」って、お聞きの通りでございます、この使いの者も、一緒に、どっか行ってしまう。後に残りましたのは、駕籠に乗った先生と、久助さんの二人連れ。真っ暗な中、残されてしもた。帰るよりも仕方が無い。というて、駕籠かきがおらんので、先生が担がな、どもしょうがない。医者が駕籠担ぐちゅうのも、おかしな話ですが、そうするよりも、手立てがございませんので、とぼとぽと元来た道へ。「割り合い、軽いもんじゃ。」って、そら、中身空っぽですからな。

 言うておりますうちに、だんだんと、東の空が白んでくる。人に見られては恥ずかしいので、早いこと家へ帰りたいんですが、そこへ出てまいりましたのは、肥え汲み屋はん。近所のお百姓さんが、オシッコを、下肥えを集めに回ったはったんですな。「先生さまやございませんか?」って、見つかってしもたがな。どうも、周りに体裁が悪いので、この人が、片方の棒を担いであげようと。要するに、肥え汲み屋はんと、久助さんで担いで、先生は、中に乗ってなはれということ。そらありがたいと、先生が乗りますが、ちょっと、隅のほうへと。片方へは、カラのタンゴの桶をねじ込みまして、もう一つ、七分ほど入っております、タンゴの桶を、先生の股の間に…、チャッポン。エライこっちゃ。小便タンゴと相乗りだっせ。

 動くたんびに、チャッポン、チャッポン。こらかなわん。「久助さん、ちょっと降ろしとくなはれ。ここで、もう一軒、オシッコもろてきます。」中では、先生、エエ具合に、寝てしもたらしく、動きもない。臭いのに。っと、この家から出てまいりました、おばあさん、「たまには、大根やら菜やら、持って来てや。」と、ふっと見ますると、今日は、いつもの桶だけやのうて、何か担いでる様子。「何か、持って来てくれたんか?」「ああ、ありゃ医者じゃ。」「ちしゃか。ほな、置いといてや。」「ちしゃじゃない、医者じゃ。」おばあさん、ちしゃと医者を聞き間違えたもんとみえまして、ちしゃは、どこかいなあと、駕籠の中へ手を入れる。まだ薄暗い明け方のこと、何じゃ分からんもんの中へ手を入れまして、ベチャベチャと。これが、寝ている先生の鼻先へ、ニューっと。

 「何をすんのじゃ」と、先生、足を出しますと、これがおばあさんの胸へ。蹴ってもた。「うーん」と倒れた、おばあさんの声を聞いて、ビックリして、家の中から息子が飛び出して来る。医者を引きずり出しまして、殴る蹴る。久助さんが、間に入りまして、「兄さん、そないに、怒りないな。」「これが黙っていられるかいな。うちのおばんを、足で蹴りよったんじゃ。」「足で良かった。手に掛かってみなはれ、命の無いとこや。」これがサゲになりますな。藪医者だけに、手に掛かったら、危ないとこやちゅうわけですわ。

 上演時間は、二十分か二十五分ぐらいですか。おもしろいのはおもしろいんですが、噺が噺だけに、なかなか放送等では、聞けないかも分かりません。といえども、故・初代桂春團治氏のレコードは有名で、実に、おもろいんですけどね。冒頭は、夜中に、急患の出て来るところから始まります。深刻な話と思いきや、もう手遅れで、誰でもエエので、お飾りもんに先生を呼びに来たと。使いの方も、重々承知の上ですねやね。駕籠はあれども、底は抜けてるし、駕籠かきはおらん。そこで、久助さんと、この使いの人で、藪医者を乗せて出発。話は、佳境に入ると思いきや、向こうから、知り合いの姿。どうも、主人が亡くなったので、それを知らせて回る一行やったんですな。使いの人も参加してしまうと、後は、先生と久助さんで、空の駕籠を担がなしょうがない。このまま帰れると思いきや、それが、肥え汲み屋はんに見つかってしまいます。実は、ここからが、おもしろいんですけどな。担いでたタンゴと、先生が相乗りで、チャッポン、チャッポン。ここらが、いかにも上方的ですな。関西人、こんなん好きですねん。そして、一軒、肥え汲みに行って、サゲになると。昔は、下肥えの代償として、畑でとれた大根とか、菜っ葉とかを、お礼で、くれはったんですな。『夏の医者』にも出てまいりますが、ちしゃは、日本のレタスですか、ちしゃ菜のことですわ。焼肉屋さんなんかでは、ちょいちょい見かけますけどね。これと、医者を間違えると。

 東京でも、演じられているみたいですが、やはり、こういう汚い噺は、上方ネタが元のほうが、多いみたいですな。所有音源は、故・桂枝雀氏、笑福亭福笑氏などのものがございます。枝雀氏は、あんまり汚さを感じませんし、そこに、笑いの焦点がなかったようにも思えますね。でも、全体としては、おもしろいんですよ。福笑氏のものは、さいぜんの、春團治氏もそうですが、こんなもん、公言してもエエんかちゅうぐらい…、の内容でしたし、また、それが、とてつもなく、おもしろいんですけどね。まあ、いっぺん、聞いてみとくれやす。誰が作らはったんやろ?


<27.8.1 記>


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