
随分と、エエ時候になってまいりましたけれども、もう十月ですわ。シルバーウィークも、何とか終わりまして、一段落したわけでございますけれども、芸術の秋ということで、こじつけで、今月は、『本能寺』を出してまいりました。
純粋な芝居噺でございます。芝居の噺でも、お話の中に、お芝居の場面が出て来るというものは、ちょいちょいございます。しかし、この手の芝居噺は、また違いまして、芝居を一幕、丸々見せるというもので、どちらかと申しますというと、お話よりも、芝居見物と言ったほうが、イイかも分かりませんね。『三日太平記』とされてもおりますが、元来の芝居の外題は、何なんでしょうか?とりあえず、明智光秀・武智光秀が、謀反を起こして、織田信長・小田春永を討ち取るという、有名な本能寺の変を題材にしたお芝居の一幕でございます。
芝居ですから、下座からは、始終、お囃子が入ってまいります。まずは、幕開き。演者が、手拭いをシャクッて、幕が開く場面。この手の芝居噺では、常套手段でございますね。場面は、塀外。二人のおぼんさんが、掃除をしながらの立ち話。春永公がお泊りになってからは、何かと忙しいと。掃除が済んだら、部屋へ戻って、一休みしようと、ほうきを持って、中へ入ってしまう。入ってしまうと、生涯、出てきまへんという役。芝居の筋立てには、関係ございませんねやが、幕開きは、ザワザワしておりますので、これを、ちょっと静めるがための、それだけの場面なんですな。しかし、これも、芝居には、案外、要るもんやったりするんですね。
チョンという音と共に、土塀が左右に引かれますと、今度は、本能寺の奥書院。高い二重の造りになってございまして、御殿のような感じ。四人ずつ、左右で八人の侍が並んでおりますが、お成りの声と共に、小田春永が出てまいります。茶筅の髷に、鬼衣(おにごろも)という衣装。森蘭丸・力丸の小姓が従いまして、正面の金襖から出てまいりますなあ。ここで、八人の侍が渡りセリフ。交互に、セリフを言うていくという、歌舞伎によくある手法。お見せ出来ないのが、残念ですが、それぞれに、抑揚があり、演者一人でやると、これがなかなか、おもしろいものでございます。最後の侍なんか、「存じ」しか、セリフございませんねけどね。春永公が申しますのには、毛利の三家が、なかなか降伏しないので、加勢の人数を評議せよとの、お言葉。
そこへ、花道から出てまいります、申し上げますちゅうやつ。ツケ入りで、バタバタですな。「申し上げます」「慌しい。何事じゃ。」「え〜、申し上げます。あのな。」って、セリフ忘れはったん。この役の役者はんが、腹痛起こして、この人、代役ですにゃね。楽屋で、弁当食べてたとこを、急に出てくれちゅうことで…。ああ、書いたもんもろてたと、読み出します。「武智日向守光秀殿、わが君様に、お願いの儀、これありとて、お次に控えおられますが…。」「いかが、取り計らいましょうや?」だけが、まともですがな。「かねて蟄居(ちっきょ)申し付けたる武智光秀、身へ直々の願いとな。仔細ぞあらん。これへと申せ。」帰りかけますと、花道の両側のお客さん、「ご苦労はん。はよ、弁当の続き食べや。」て。
本舞台から、一人の侍が花道へ。つけ際のところで、「お次に控えし光秀殿。君のお召し、急いでこれへ。」まだ、花道の揚幕(あげまく)の中で、「光秀それへ、通るでござる。」と、これで、光秀の出でございます。看板役者でっさかいに、花道の両側から声が掛かる。中には、弁当食べながら、声掛けるもんでっさかいに、前の人は、飯粒だらけ。烏帽子大紋長袴、本舞台へと掛かってまいります。「たとえ、この身は犬猫に、劣りたりとも忠義の一念、誰にや劣らん。何とぞ、中国討手の人数に、おん加えくださりょうならば、かたじけのう存じまする。」「言うな光秀。もはや用無き汝なれば、下がりおろう。」「待ちゃれ、わが君。猛(たけ)きばかりが武士(もののふ)ならず。」「言わせておけば、舌長(したなが)なる一言。光秀を打て。」と、春永は、蘭丸に鉄扇を差し出します。これで、打ち据えろという意味ですな。蘭丸は、光秀の眉間のところを、鉄扇で打ち据えます。何度か叩きまして、これで終わりかいなあと、顔を上げたところを、烏帽子を跳ねのけまして、今度は、鉄扇の要(かなめ)のほうで、最後の一打ち。
額(ひたい)を懐紙で拭いて、これを見て、血を見て吹くのが、型でございますが、間違うて吸うと、具合が悪い。「すりゃ、いかほどお願い申しても。」「くどいことじゃ」「是非に及ばん。時は今、天がした知る五月かな。」「何がなんと」上手に忠孝と書いた額がある。そこへ、手裏剣を投げる。これがキッカケで、貝鐘太鼓の音。敵か見方か、分かりませんので、蘭丸に物見に行かせる。諸士の面々も、皆次々と、花道から、入り込んでしまう。残った光秀、「物見に及ばん、寄せ手の軍勢、謀反でござる。」「してその頭領は?」「誰でも無い。かく申す、武智十兵衛光秀なるわ。」と、壇上を駆け上がりまして、春永を下へ蹴落とす。衣装が、ぶっ返りになりまして、髪の毛が、はじける。「ものども、光秀を討って取れ!」と、左右から討手が掛かるのを、押さえ付けまして、演者が回ります。って、要するに、ここで、回り舞台が回るんですな。
舞台が回りますと、一面、黒の藪畳。これを切り破って、手負いになった蘭丸が出てまいります。暗がりで、役者はんケガしたらいかんので、小声で合図しながら、槍を入れたりいたしております。と、客席の一番前で見ておりましたのが、田舎から出て来た、おばあさん。孫への土産というので、紙袋にイナゴを捕まえて、持っておりましたが、芝居に夢中になってるうちに、袋の口がゆるんで、イナゴが舞台へ上がってきた。そんなことは知りません、舞台は、大立ち回りの真っ最中。エエ型のところで、イナゴが飛んできてかなわん。「何で、イナゴが出るんやな?」「おおかた、前のお客が、青田らしい。」と、これがサゲになりますな。昔、興行もんなんかの、タダ見を、青田と言うたんやそうですな。一昔前の、就職活動・就活なんかで、『青田買い』ちぇな言葉、使われておりましたけどね。
上演時間は、三十分前後でしょうか。噺自体は、長いものではございませんが、ゆっくりと説明しながらでないと、今のお客さんでは、分からないと思います。下座の人数も必要ですので、何かの会でないと、なかなか出来ない演目ですな。昔は、一般常識としての歌舞伎芝居がポピュラーでしたんで、説明も、もっと少なかったと思われます。今は、歌舞伎自体をご覧になったことが無いという状況で、噺の中の芝居を見るということが、多々あると思いますので、なかなか、演じるのも、難しいでしょうなあ。特に、この手の、丸々の芝居噺では。お話の中に、芝居が出てくるのであれば、だいたいのニュアンスで分かりますが、これは、そういうわけにはまいりませんのでね。しかも、元になった芝居が、これまた、ハッキリとしていないとなれば、なおさらですな。上方の芝居噺て、こんなん、多いんですわ。でも、ほとんど、滅んでしまったんでしょうなあ。とりあえず、特殊な噺ですわな。おもしろみは…、やはり、見ていただくに、越したことはございません。幕から出たり引っ込んだり、花道の出とか、回り舞台が回ったり。立ち回りのチャンチャンバラバラなんか、昔の子供は、好きでしたけどね。物差しで、よく遊んだりしてましたが、今は…。
東京では、やはり、この手の型は、無いみたいですな。故・桂小文治氏なんかは、やったはったみたいですが。所有音源は、故・桂米朝氏、故・露の五郎兵衛氏のものがあります。米朝氏は、分かりやすく説明しながら、やったはりましたな。最初に、全編通しての場面の説明を、一通りザッとしゃべってから、その後、ネタに入ったはりました。たっぷりと、時間を取って、芝居の話とか、青田の話とかを、マクラでしゃべってね。しかし、このネタとても、ちょっと以前の音源ですと、もっと、説明が少ないものなんかもあり、時代と共に、変わっていったものと思われますね。お客さんのほうが、知らん人、増えてるんですから。五郎兵衛氏は、しゃべりながら、説明しながら、やったはりました。なかなか、型が決まっておりまして、見映えがいたしますわな。
一つの型として、残ってはおりますれど、今のお客さんには、果たしてウケるのかどうなのかは、難しい限りでございます。個人的には、好きなんですけどね。
<27.10.1 記>
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