正月に、訃報でございました。三代目の桂春團治氏がお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。持ちネタは、決まったものしかございませんでしたが、キレイな高座姿でございました。出囃子の『野崎』に、羽織を脱ぐのが特徴的で、独特の落語がございましたね。私も、よく拝見させていただきました。そこで、今月は、その春團治氏のネタの中から、『お玉牛』をお送りしようと思ったのですが、『お玉牛』単独の前に、実は、『堀越村』という、前半部分がくっ付いて、本来の噺となっておりますので、今月は、説明だけになるかも分かりませんが、前半部分を『堀越村』として、お届けしたいと思います。要するに、『貝野村』と『手水廻し』の関係みたいなもんどすわ。

 お所は、紀州と大和の国境、山また山の中にございます、堀越村という農村でございます。ここのお庄屋さんが、柿ノ坂徳右衛門というお方で、慈悲深い親切な方。村で、みなしごになりました、お塁さんという子を引き取って、大切に育てます。そのうち、エエ加減な年頃・十八歳になりましたが、これが、“鬼も恥らう番茶も出花”どころか、鬼も逃げ出すぐらい、えげつない顔。不細工なんですな。しかし、気立ては、至って、よろしい。ちょうど作男の与治兵衛が真面目でよかろうと、村はずれで、世帯を持たせてやります。

 夫婦仲は、これも至って、よろしい。仲のエエ夫婦。ところが、どういうものか、子宝に恵まれませんで、二人暮し。頃しも、お正月前、といやあ、年末ですわな。朝から、鉛色の雲が広がっておりましたかと思いますと、そのうちに、白いものがチラチラ。夕方にもなりますと、あたり一面の銀世界。与治兵衛さんは、土間か何かで、藁打ちをいたしておりましたが、お塁さんの言葉に従いまして、囲炉裏のそばへ。夜なべの仕事を二人でしておりますと、表の戸を叩く音。しかし、風も雪も強いので、風の音と思いのほか、「お頼みいたします」と人の声。驚いて、戸を開けてみますと、人が立ってる。聞いてみますと、旅の方で、道に迷って、泊めて欲しいと。

 ところが、ここは紀州領で、三年前に、旅の人を泊めて、騒動が起こったとかで、泊めてはならんという、お触れが出てる。もうちょっと行くと、宿屋ではないが、親切なお庄屋さんがおられるので、そこで頼んでみて欲しいと言い渡します。しかし、この雪で、もう一歩も、前へは進めん。というのも、足弱を連れてるて。そらやっぱり、かわいそうなので、囲炉裏で温めてから、また、外へ出たらどうであろうと、お塁さんがすすめますので、とりあえず、戸を開けて中へ。

 足弱とは、この方の、娘さんやったんですなあ。しかも、誰もが驚くほどキレイな子。べっぴんさんですねや。同じ女でも、お塁さんとは、エライ違い。先に案内に立った、お父さんも、お武家様のよう。そこで、何ぞ仔細があるに違いないと、聞いてみますと、この方は、北面の武士で、丹下雪之丞という方。娘さんは、玉菊といいますが、母親とは、すぐに死に別れて、乳母が養育をしたと。成長の後、お仕えするお殿様の目にとまりまして、奉公することとなりました。これが、事のほかのご寵愛。周りのものが憎んで、“謀反者”と言いふらされて、そのために、父親の家屋敷もお取り上げ。育ててくれた乳母が、紀州の加太にいるとの話なので、行ってみましたが、もうこの世の者ではなく、あても無く帰る道すがら、道に迷ったということ。雪も降って、気の毒な話ですわいな。

 そこを、また出て行ってくれというのも、かわいそうな話なので、誰も聞いていないのを幸い、一晩、泊めてあげることといたします。「時に、おなかの具合は?」「夕餉は、食まず(はまず)にございます。」「夕方は、どこもはまってないんじゃと。」って、違いますがな。食べてないちゅうことですわ。藁やら赤土やら入ったあるような、雑炊の残りを出しまして、奥の部屋に布団を敷いてもろうて、寝ることと相成ります。与治兵衛さん夫婦は、代わりに、囲炉裏のそばで、夜を明かすことといたしました。

 真夜中、奥の部屋で、なんじゃ、ガサガサ音がする。ふっと目を覚ました、お塁さんが、声を掛けてみますと、娘さんが、厠から帰って来たところ、お父さんのほうが、冷とう硬うなってるて。どうも騒動になりそうなので、与治兵衛さんを起こしますと、「火事か?」って、違うがな。灯りがございませんので、とりあえず、火をつけようとしますが、暗がりで、火打ち石も見つからん。ようようのことで、行灯に火を入れますというと、こら、ただ事で無い様子。お侍さんに、水を飲ませようとしますが、「飲んでもた」って、それでは意味が無い。何度も呼びかけますが、これも無反応。要するに、もう、この世の人ではないということですわ。

 さあ、大変。旅人を泊めてはならんお触れが出ているのに、泊めてしもて、その上、死んでしもたんでは、大騒動。夜が明けるのを待ちまして、こっそりと、お庄屋さんに届けます。もちろん、悪気でしたことではないので、内々で野辺の送りをいたしまして、事は丸く収めてもらいます。と、残りましたのが、娘の玉菊さん。本人さんに聞いてみますと、身寄り頼りのある体ではございませんので、何分、よろしくお願いしたいとのこと。そこで、このお塁さんの、妹さんということに仕立てます。生まれるとすぐに、京へやっていたのですが、今度、わけあって、戻ってきた。名前も、玉・お玉さんといたしまして、村じゅうへ届け出る。

 さあ、こんな山の中の田舎のことですから、べっぴんさんがやってきたというので、この噂は持ちきり。“掃き溜めに鶴”ですもんな。若い連中は、仕事も手に付かんというような具合。寄り集まりますというと、玉ちゃんの話…。っと、この辺から、皆様方、よくご存知の、『お玉牛』へ入ります。前半部分は、ほとんど、説明と申しますか、導入部分ですな。笑いも、そんなにございませんし、昔から、後半だけを独立させて、演じられる型は、よくあったみたいです。ちなみに、前半部分だけで、十分そこそこかと思われます。ただ、やったはる方が、少ないのでね。私も、故・二代目桂小南氏のものしか、聞いたことがございません。小南氏自身も、そんなに、多くは、演じておられなかったと思いますのでね。とりあえず、また、来月に。

<28.2.1 記>


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