
先月の続きでございます。と申しますか、本題は、このほうでございますかね、『お玉牛』。昔から、早くから、こちらだけを独立させて、演じられるほうが多かったようですのでね。
で、美人のお玉さんは、たちまち、村の若いもんの評判になる。アババの茂兵衛、釣鐘のイボイボ、半鐘のチャン吉、いろんな名前の、おもろい顔が寄り集まりますというと、玉ちゃんの噂で持ちきり。しかし、玉ちゃんを『うん』と言わした男がいる。この前のこと、野良仕事をしていると、玉ちゃんが手拭いで姉さんかぶりをして、弁当提げて、堤の上を歩いている。そこで、下から声を掛けると、お父さんに、お弁当を持って行くとこやと。しかし、昼にはまだ、時間があるので、一服して行ったら、どないやと声を掛けると、『ほな、お言葉に甘えて、そうさしてもらいます。』と、堤を降りて来る。降りて来ぅへんと思うていたので、予想外、三尺下がって、土下座したて。大名のお通りやがな。
この男の隣りに座って、『一服、よんどくなはれ。』と。そこで、煙草入れとキセルを出すと、おいしそうに二服吸うて、三服目、きざみを付けて、火つけて、吸口を袂で拭いて、『どうぞ』と。『わたい、煙草嫌いでんねん。』『まあ、煙草嫌いなお方が、煙草入れやキセル、持ったりしますかいな。』『そこでんがな。あんたが、親切で付けた煙草なら、吸口は、拭かいでもエエやないか。』と、また、意地悪いこと言いますな。そら、汚いと思やこそでっさかいに、今度は、拭かずに、そのまま出してもろた。これを押し頂いて、なめたら、甘露の味がした。って、お釈迦さんやおまへんで。
これを灰になるまで吸うて、『玉ちゃん、聞けば、京都のお屋敷へ、奉公してたそやなあ。こんな田舎へ帰って来たら、土臭う思うやろな。』『なんぼ京がエエというたかて、“住めば都”というて、わが土地ほどエエとこおへんぇ。』と、京言葉で返事されたて。『そんなとこを見ると、誰ぞ、この村に、好きな男でも、いてんのかいな?』『そら私かて、好きなお方の一人は、居てますわいな。ただ、辛気に暮らしてますわ。』佳境に入って来ましたな。『及ばずながら、お取り持ちさせていただきます。誰でんねん?』『それやったら、まあ、鼻の先でおますわ。』『松の木か?』『松の木なんかに、惚れたりしますかいな。』『お弁当か?』『これだけ言うたら、あんたも、推量してくれたら…。』こうなると、この男も、大胆になって、自分の手を、玉ちゃんの懐へ。その手を玉ちゃんが握って、奥のほうへ…。卒倒しますがな。
「そんなこと、ホンマに、玉ちゃんが言うたん?」「言うた思うたら、夢やがな。」って、そらそやろ。そんな、はしたないマネしまへんわな。そこへさして、研ぎたての鎌を持ちながら、やってまりました、一人の男。「どうせ、皆が集まったら、玉ちゃんの話やろ。玉ちゃんやったら、俺が、『うん』と言わした。」と、また、こんな奴が出て来る。今、土橋の上で、『うん』と言わして来たとこやて。「玉ちゃん、あれほど手紙を書いても、色良い返事をしてくれぬ。ここで『うん』と言やあエエが、『いやや』と言やあ、この鎌が、お前のドン腹へ、お見舞い申すんじゃ!」って、命懸けやがな。
仕方が無いので、玉ちゃんも、「うん」と言うてしもた。竹薮まで連れて行こうとしたら、「昼日なかから、そんないやらしいことせんかて、今晩、裏の切り戸を開けときまっさかいに、忍んで来てくれたら、その時に、『うん』と言おうやおまへんか。」と、最もな話。しかし、『忍んで来てくれたら』ちゃなこと言うぐらいでっさかいに、まんざらでもない様子と、この男、踊りながら、皆の輪から離れて行く。
さあ、災難なんは、お玉ちゃんのほう。家へ帰りますと、泣きじゃくる。心配して、お母さんが聞くと、これこれと。これをお父さんに話すと、そら、怒り心頭。何かエエ思案は…。そうそう、日が暮れたら、お父さんが、外へ回って、家の中の様子を見る。お父さんの部屋に、お玉ちゃんを寝かせる。玉ちゃんの部屋に、気の荒い牛を寝かして置くと。そこで、アホが、牛を玉ちゃんと間違えるさかいに、角で突かれる。こら、エエ考えやと、日が暮れると、玉ちゃんの部屋へ、牛を連れてきて寝かす。布団をかぶせて、おやすみ。
そんなこととは、つゆ知らず、右の男、手拭いで、ほう被りをして鼻歌を歌いながら、玉ちゃんの家へとやって来る。あんなこと言うてたけど、ホンマに、切り戸が開いてんのかいなあと、軽く押してみますと、開いてる開いてる!っと、下座からお囃子も入りますが、真っ暗で、家の中の様子が、よう分からん。柱にぶつかったりしながらも、玉ちゃんの部屋の前へ。障子を開けまして、さらに中へ。核心部分ですな。エライ鼻息ですがな。っと、大きなかたまり。これこれと、まずは、布団をめくる。生身と思いきや、これが、毛だらけ。どうも毛布を着せてもろてる様子。この毛布も…。って、端無いがな。そら、牛の毛並みでっさかいにな。とりあえず、頭がどこか分からん。っと、探しますと、どうも、昼間と髪型変えて、おさげになってる様子。このおさげで、顔をしばかれる。こら、牛の尻尾ですわ。なんじゃ、モヤモヤする部分がある。こら、鬢付けやと、いっぺん臭いでみると、エライ臭いや。そら、牛の糞ですがな。
こら間違いと、今度は、反対方向へ手を探る。手に当たる堅い物。かんざしで、ウニコールの一本笄(こうがい)。こら、高いエエもん。困った時に、質屋へ持って行っても、五両の値打ちはある。しかし、もう一本?二本笄で、十両。って、これ、牛の角ですわ。いったい、頭は、どっちやねん?っと、角を掴んで、振り回す。なんぼ牛かて、起き上がりまして、「モウ〜」「あぁ、ビックリした。」「どいつや!」「あっ、玉ちゃんの、お父っつぁん。」ほうほうのていで、逃げて帰り、友達から、「どうじゃ、玉ちゃんを、『うん』と言わしたんか?」「『モウ』言わした」と、これがサゲになりますな。また、「お玉の代わりに、牛を寝かしておいたんじゃ。これでもまだ、忍んで来るか?」「相手が牛だけに、モウ来まへん。」と、これもサゲに使われます。要するに、“もう来ない”の“もう”と、牛の鳴き声の“モウ”が掛けてあるんですね。
上演時間は、二十分前後ですか。マクラが長いと、もうちょっと出来ますね。『堀越村』から入れると、三十分前後ですか。やはり、後半部分に、お笑いが多いので、自然と、後半重視となりますわな。『お玉牛』だけですと、前半の、夢の部分も、なかなかおもしろい。想像を掻き立てられまして、周りの若いもんも、勢い立つ。誰しも、経験のあるものでございますけどね。そんな中、『うん』と言わしたと、暴力で、無理矢理に、やり込めた奴が登場。これも、鎌で『うん』と言わすて、ここら、農村らしいやおまへんか。どないなんのんかいなあと思いきや、玉ちゃんのほうは、お父っつぁんが知恵を出しまして、牛を寝かせて、いよいよ、クライマックスへ。忍んで行くところがおもろいですな。人間やのうて、牛でっさかいに。ここらは、お話よりも、見たほうが、おもろい部分。いろんな仕草が出てまいります。そして、サゲになると。
東京では、先月も申しましたが、故・桂小南氏が、やったはりました。やはり、上方のものだと思われますが、故・三代目桂春團治氏や、桂ざこば氏なんかが、よくやったはります。小南氏のものは、『堀越村』もそうですが、お玉ちゃんが、かわいらしく演じられておりますね。春團治氏は、布団を探ってからが、、非常に細かい描写で、なかなかマネできないぐらいに、美しい姿でした。でも、夜這いなんですけどね。ざこば氏も、笑いをたくさん取ったはりますね。玉ちゃんのお父っつぁんも、よく感じが出ておりまして。なかなか、見応えのあるネタでございますので、春團治氏のご冥福をお祈りしながら、夜這いの様子を…。
<28.3.1 記>
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