これという理由がありませんが、出ていないものを探しておりまして、今月は、『辻占茶屋』をお届けいたしましょう。ちょっと難しい噺です。演じ手も、現代人であろう、お客のほうも。でも、特殊な噺ですので、お楽しみください。多分、実際に聞かないと、おもしろくないと思いますにゃけどね。
甚兵衛さんのところへ、源兵衛さん、この方が主人公ですが、やってくるところから、話が始まります。座布団触ってみてみて。お母はんが来て、どうも、おかしげなことしてんのやないかと。『三枚起請』と一緒で、これは、どうも、女の話。一緒になろうと、誓い合うた子が居るて。しかも玄人。難波新地の神崎屋で、出てると。甚兵衛はん、神崎屋は、よう知ってて、向こうに居てる妓やったら、たいがいは知ってるのでと、名前を聞くと、梅乃。それやったら、だまされてる。「梅乃には、兄が居てるやろ。実は、それが本当の男。」エエ人ですねやと。そういやあ、兄に小遣い渡すさかいにと言うて、金取られてるて。しかし、源やんは、惚れてるだけに、そんなもん、ウソやと。呼び出して、聞いてくれて。そら、好きや、惚れてると言うに違いおまへんがな。商売でっさかいにな。
そもそもは、ミナミへ遊びに行った帰り、雨が降ってきたので、泊まろうとして上がったんが、事の始まり。来たんが、梅乃。長ギセルにタバコ詰めて、火つけて一服吸うて、出してくれる。吸口を拭かんでもエエとかなんとか、イチャイチャしながら、二階へ。それから、馴染みになってしもた。お母はんが、甚兵衛さんに預けてる金を出して欲しい、身請けしてくるて。そやけど、相手の梅乃が、ホンマに惚れてるかどうかは、分からへん。そこで一計を案じまして、気を引いて来いと。要するに、試しまんねやな。向こうへ行って、心配そうな顔付きで、仕事場でケンカして、人を殺してしもたと告白。生きてられへんので、いっそ死んでしまおうと思うてるが、死んでしもたら、線香の一本も上げてくれと。そこで、『ああ、さよか』ぐらいやったら、夫婦になんのは、やめとけて。『一緒に死のう』と言うのなら、四ツ橋へ連れて行って、橋の上から、一緒に身投げ。っと、いうところで、“心底見えた女房どの”と、連れて帰って来いと。どんなことがあっても、夫婦にさしたるて。こら、エライ計略や。
「一旦、言うたら、後へは引かんぞ!」「そら引けん。後ろ壁や。」って、真剣なところで。とりあえず、辻占見徳(けんとく)で、最初に聞いた言葉、見たものなんか、全てを辻占にして、幸先がエエようやったら、会うて、悪そうやったら、会わんと帰って来いやて。言うだけあって、甚兵衛さんもエライもん、源やんに小遣いをやりまして、どうなるもんかと思案いたします。源やんのほうは、宵になりますと、足をミナミへ。戎橋を渡りますと、難波新地。にぎやかに、下座から茶屋入りでございます。いつもの店へまいりますと、梅乃さんを呼びますわ。二階座敷、お客さんが帰らはったとこで、まだ、掃除してないのでと、下で待ってるうちに、用意が出来たもんとみえまして、呼ばれて二階へ。しかし、ここの女将は気のエエ人。『一晩泊めて』『はぁ、エエでぇ』、『小遣い貸して』『はぁ、エエでぇ…』とは、言わんわなあ。
よう見ますと、座敷に、辻占が落ちてる。人が見た後ですが、甚兵衛はんの言葉を頼りに、読んでみます。“見れば見るほど”“けつたいな顔”やて。新しいのも落ちてた。“好き好き好きは”“他にある”って、悪い辻占や。というところで、隣り座敷から、三味線の音。これが、何を弾くかを、辻占に取ったろうと。『かわ〜い男に〜逢坂の〜』と『ゆかりの月』。芝居の、『廓文章・吉田屋』で、「人の心は飛鳥川、変わるは勤めの習いじゃもの。変わらいで何としょう。」というセリフが、このもうちょっと後に続きます。ということは、梅乃の心は変わってしもうて、もう好きではないのか…。「いっそ、会わんと往んでしまおうか。」『またしゃんせ』って、隣りの三味線ですがな。『お前といたい、こうなったは並大抵のことじゃない』って、そら、並大抵のことではございませんわいな。お母はんや、甚兵衛さんに意見され、借金までして、こうなった仲でっさかいになあ。こら、梶原源太ですな。源やんが、鍛冶屋の源兵衛で、相手が神崎屋の梅乃、梶原源太に神崎の梅が枝で、名前も合うたある。さすがに、辻占も、当たりますねやね。
しかし、梅乃が遅い。こら、他の座敷に呼ばれてるに違いない。もらいが掛かってるのも、そのお客、分かったとみえて、『好きな男が居てんねやろ』『わての好きなんは、あんた一人』とかなんとか言うて、イチャついてんのと違うかいな。っと、また隣りから、『世話やかしゃんすな お前さんのお世話にゃなりゃしょまい』そんなことは無い。着物買うてくれ、芝居連れて行ってくれと、世話焼いたある。『からけつの空財布 財布はカンカンいかのぼり』て、隣りの三味線。そら、今は無い。今は無いけど、前は、あったんや。それを、入れあげたがために、無くなった。そこまでいうなら、甚兵衛さんに言うて、もっとエエ嫁はんもろて、嫁はんの手引いて、家の前を、ひけらかして歩いたろうか。『こちゃ〜かまやせぬ こちゃ〜かまやせぬ』っと、三味線まで、バカにしとおる。三味線と唄が、下座から聞こえますが、これが、話の登場人物と掛け合いになっておりまして、なかなか、おもしろい場面です。
というところで、梅乃はん登場。下で、しゃべってるのを聞きながら、どんどんと声が近づいて来て、二階座敷へ。今日は、いつになく心配顔の源やんに、訳を聞いてみますと、はずみのケンカから、人を殺してしもたんで、自分も死ぬと。「線香の一本でも、手向けてくれ。」「まあ、今晩で、お別れだすか?」って、そら連れない。いつも、源やんとなら、一緒に死にますと言うてる手前、一緒に死のうと言われると、ツライ話。「今日は、都合悪い。」って、んな、アホな。「一緒に死んでくれ」「まあ、落ち着きなはれ。死にます。一緒に死にます。」「死んでくれるか?」「死にますけれども、ゆっくり飲んでから死にます。」「先、死のう。」って、これも、よう分からん言い草ですがな。「おかあちゃんには、どない言うて、出してもらうの?」「夜店でも行く言うて、はよ行こ。」
嫌がってる梅乃はんを無理矢理に引っ張り出しまして、やってまいりましたのが、四ツ橋。夜にもなりますと、昔は、寂しい所やったそうで、そこへトボトボ。「南無阿弥陀仏で、梅乃、お前、はまって死に。」って、そんな具合エエようには、いけしまへんがな。それでは、一緒にはまって死に。って、他人事みたいに言うてなはる。「一緒に死んだら、あの世で添えんちぇなこといいまっさかいに、わて、向かい側へ渡って、そっから、はまりますわ。」って、要するに、川が交差いたしておりまして、橋が井の字のように、四つ掛かっておりますので、反対側の橋から、身を投げるということですわ。源やんのほうは、横手で、飛び込むところを助ける手筈ですが、これでは、助けられへん。反対の梅乃はん、こんな情けない男と、何で死なんならんのかと、エエ加減な石放り込んで、音さして、死んだように見せかけたろうという算段。
それでは、いよいよ、「南無阿弥陀仏、ひいふのみっつ」で、ドボーンと。梅乃はんが石放り込む。「ああ、ホンマにはまりよった。はまるフリなとしたら、助けたんのに、かわいそうなことした。」と、これでは寂しいので、川の中で、音でも聞かしたろうと、こちらも、石を放り込む。ドボーンと。「源やん、ホンマに、はまりよった。こんなとこにいたら、係わり合いになったらかなん、はよ往のう。」と梅乃はん。源やんも、済んだことはしゃあないと、帰りかける。二人が引き返して、ちょうど出会いましたのが、さっきのお茶屋の前。「梅乃か!」「源やん。まあ、ご機嫌さん。」「何がご機嫌さんや。」「娑婆で会うたなりやがな」っと、これがサゲになりますな。要するに、あの世での会話、両方とも、いっぺん死んだということで。
上演時間は、二十五分か三十分前後ですかなあ。筋のある噺ですので、そこそこ時間の余裕を持って語られます。まあ、特殊な噺で、何か特別な会ぐらいでしか出ないと思います。というのも、後半に掛かってまいります、お三味線・唄との掛け合いが、必要ですのでね。前半部分は、梅乃はんと一緒になりたいという源やんの話を、甚兵衛さんが聞いてやるところから。しかし、おやま・娼妓と看板上げて、商売してまんねやさかいに、そこはそれ、遊びの程度にしとかんとねえ。これは、いつの時代でも変わりません。今でも、十分、ある話ですわいな。そこで、一計を案じまして、気を引いて来いと。心中するマネをしまんねやな。ここだけでは、この噺、スッキリし過ぎます。辻占を見ながら行けと。そして、後半部分、ミナミのお茶屋へ上がってから、この辻占が試されます。隣りから聞こえます三味線、よく考えてありますよなあ。廓文章に、梶原源太と梅が枝て。まあ、先人達の知恵が積み重なって、このような形になったのでござりましょう。そして、四ツ橋で心中。この四ツ橋で、反対側の橋から飛び込むちゅうのも、ミソですな。暗がりでっさかいに、音だけで、よろしいしね。最後に、サゲになると。場面が変わっていきますので、ちょっと整理しながら聞きますと、よくお分かりいただけると思います。
東京では、『辰巳の辻占』。ちょいちょい、演じ手もございますので、たまに聞きますな。趣向は一緒ですが、趣きが、ちょっと違いまして、なぜか、シュットした、そんなにアクの無いような噺に思えるんですな。『辻占茶屋』は、もっと、もっちゃ〜りしてまんにゃわ。ダメ男さんみたいで。所有音源は、故・桂小文治氏、故・五代目桂文枝氏のものがあります。小文治氏のものは、梅乃はんが、かわいらしいというか、いかにもの感じで、昔の廓遊びの雰囲気も良く出ておりました。文枝氏のものは、前半の甚兵衛さんも、年かさの風が出ておりまして、後半だけではない、話全体を、うまく一つにまとめておられました。サゲは、「風邪引かなんだか?」と、お互い、はまったフリで、終えられておりました。また、下座集成の録音でしたか、故・六代目笑福亭松鶴氏のものも、下座との掛け合いの部分のみ、聞いたことがございます。これは、おもしろかったし、ウマイこと、合うておりましたというか、合わしてありましたというか。実際に、話全体で聞いたものではございませんので、是非、聞いてみたかったことと思います。
<28.5.1 記>
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