とりあえず、まだ暑い。九月の初めは、暑いんですわ。でも、何の関係も無く、今月は、『お文さん』をお届けいたしましょう。ちょっと、おもしろい演題ですけれども、人の名前のようでいて、はてさて…。

 おところは、中船場、万両という、酒屋さんが舞台でございます。本家は、兵庫の灘で、醸造元でございますが、ここは、お酒を売る商売。ここへおいでになりましたのが、歳の頃四十そこそこの、立派な、なりをされたお方。しかし、おもしろい点があるというのは、生まれて、三・四ヶ月というような、赤ちゃんを手に抱いております。また、赤ちゃんの着物も、立派なもん。入ってこられまして、上等の清酒を、一升お買い上げ。祝いもんに使うとみえまして、角樽(つのだる)に入れてくれと。これこれと、お金を払いまして、実は、このお酒を、運んで欲しいと。赤ん坊を抱いておりまして、手がふさがるので、持てへんのですな。近所ですので、一緒に付いて来て、届けて欲しいということですわ。早速、手の空いております、丁稚さんに、この角樽を持たせて、先方さんへ。

 お駄賃を渡しますが、さて、この万両というお店、残念ながら、跡継ぎの、お子さんが無い。『孫が欲しい』と、常々、親旦さんがこぼしておりますが、ご寮さんに、子供が出来ません。ちぇな話をしながら、先方さんの家へ。路地を入って、二軒目の家やが、先方さんが留守では、具合が悪い。先に様子を見てくるのでと、丁稚さんを路地口で待たせます。もちろん、お酒と、抱いておりました、赤ん坊を預けまして。ところが、一時間ほど経ちましたが、何の音沙汰も無い。しかも、赤ちゃんが泣き出す。どないなってんのかいなあと、丁稚の定吉っとんが、先方さんの家で聞くと、そんな人知らん。入っても来てへん。しかも、この路地が、抜け路地。「そら、捨て子とちゃうか?」こら、エライこっちゃと、とりあえず、角樽と赤ん坊を抱きまして、泣きながら、お店へと帰ってまいります。

 泣きじゃくっておりますので、様子を聞いてみますと、捨て子をされたと。大変な話ですので、赤ん坊の身に付けているものを探ると、手紙が出て来た。これによりますと、武家であったところが、明治の維新後、士族の商法で失敗し、妻も子供を産んで、すぐに他界。慈悲深い、お方と見込んで、養育してくれとのこと。形見に短刀と、引き出物に、清酒一升…。って、ここの酒やがな。これをちょうど幸い、うちの跡取りにしてはと、親旦さんは言い出します。ご寮さんも、異存の無い様子。若旦那には、有無を言わせず、とりあえず、子供を育てるには、おんばはんが要るので、手伝いの又兵衛に探させようと。定吉に言うて、今日じゅうに、おんばはんを世話せえ、でけんなら、出入り差し止めで、貸したある金返せと、呼びにやらせます。

 さあ、又兵衛、困るやろうと思いながら、定吉が、又はんの家へ行きますというと、「おお、定吉っとんか?おんばはんやろ。」って、なんじゃ、知ってたかの様子。「立ち聞きしてたんか?」と聞き返しますが、そうではございません。「定吉っとん、ごきげんさん。」って、こら、鰻谷のご寮さん。こら、どないなってまんにゃろ?定吉っとんだけには、本当のことを打ち明けますわ。この鰻谷のご寮さん・お文さんは、元は、北の新地・梶川から出てた、一流の芸妓はん。それを、若旦那が落籍(ひか)して、鰻谷に囲うてはった。お腹が大きなって、ぼんぼんが産まれたんやが、本妻に子が無いだけに、一緒に暮らしたい。しかも、お手かけはんも一緒にと。そこで、この又兵衛が、狂言を書き下ろしたと。

 要するに、芝居ですわ。最初に、捨て子に行ったんは、こころやすい八卦見の先生。衣装借って、ウマイことやらした。しかし、おんばはんが、キレイすぎでは?「鍋墨でも、塗っときなはれや。」って、ムチャクチャやがな。とりあえず、すぐに連れて行くさかいに、誰にも、内緒にしとくねんでと言い聞かせて、定吉っとんが店へ帰る。しばらくいたしますと、又はんが、お文さん連れて店へ。又はんの奥さんの姪で、亭主と別れましたが、子供も出来てたんですが、コロッと死んでしもた。そこで、乳の出もあるので、おんばはんにと。「ふつつか者でござりますが、よろしくお願いいたします。」「えらいキレイな人やないか?」って、そらそうですわいな。早速、お乳をやりますが、まるで、ホンマの親子のように、なつきます。って、親子でんねけどね…。

 そんなこんなで、おもしろい生活が始まりますが、ある日のこと、若旦那が、蔵の横手で、定吉っとんに、お小遣い。というのも、たまに、定吉っとん、おんばはんのことを、『お文さん』と言うてしまう。他の者は皆、『おんばはん』と言うのに、どうもバレてしまう気がしてならん。ですから、今後一切、『お文』に『さん』付けてはならんと。そらそうですわ。ヒマ出して、追い出してしまうさかいにと、言い含められまして、定吉っとんも、納得をいたします。が、しかしですな、こんなカラクリ、隠しおおせるわけがございません。このお店の台所を預かっております、女中頭の、お松というのが、どうも怪しいと、最初から、睨んでいた様子で…。

 「ご寮さん、何しておいでになりますの?」「ぼんの帽子編んでるの。」「まあ、ご自分の足元に、火が付いてるのん知らんと。」って、なんじゃ、おかしげな物の言いよう。「あの、おんばはん、どうお思いになりますのん?着物やら持ち物、ご寮さんよりも上でっせ。あれ一体、誰に買うてもろたもんと、お思いになります?」「わて知らん」「今日という今日は、私が、知らしめて御覧入れます。」っと、どうも怪しい糸口の、定吉っとんを呼び付けます。「ご寮さん、お呼びでございますか?」っと、入ってきたところを、お松っつぁんが尋問。饅頭を一つ、食べさします。上等の、おまん、竹の皮が敷いてあって、割ったら中から、小豆の餡が。「前にもな、鰻谷のご寮さんとこで…。」って、なんじゃ、おかしな具合ですぞ。「あんた、お饅頭の中に、何が入ってたか知ってるか?熊野の午王(ごおう)さんが入ってたんやし。ウソ付いたら、血吐いて死ぬし。」こら、エライことになってきた。

 「ホンマのこと言うてしまいなはれ!若旦那と、おんばはんのこと、言うてしまいんはれ!」って詰問されると、そこは子供のこと、言うてしまいますわなあ。これで、お松どんと、ご寮さんは納得。ホンマの親子ですにゃさかいに。で、若旦那と、おんばはんは、どこで会うたはるかといえば、家から後先に出て、外で密会。おんばはんは、『日陰の身は、はかないもん。』ちゃなこと言いますと、若旦那が、『辛抱し。あいつを、早う放り出して、と言いたいが、本家から来てるもんやさかいに、そうすぐには、具合悪い。そのうちに、落度を見つけて、帰らしてしまうさかいに。で、後へお前を本妻にするがな。』ちぇな相談。「まあ〜、ひどいこと。で、若旦さん、今、何したはりますの?」「奥の離れで、文読んだはります。」ひとつ屋根の下で、文のやり取りなんて、腹立つ話。普段は、おとなしい、ご寮さんですけれども、そこは、女ですから、悋気(りんき)の一つもする。足音高く、離れまで来ますが、教養のあるお方、襖をスッと開けずに、中の様子を窺う。この離れが、ちょうど仏間になってございまして、お仏壇の前で、若旦那が「それ女人の身は…」。思いとどまって帰って来た、ご寮さん、「まあ、ビックリした。定吉っとん、何を言うのやいな。あれは、『白骨の御文章・お文さん』やないか。“文を読んだはる”やなんて。部屋へ飛び込んでみなはれ、“はしたない”と、それを落度に、私がこっから、追い出されるやないか。『お文さん』なら『お文さん』と、言いんかいな!」「いいえ、滅相な。『文』に『さん』付けたら、わてが追い出されまんねん。」っと、これがサゲになりますな。親鸞上人の『御文章・お文さん』と、鰻谷のご寮さん『お文さん』が掛けてございますねやね。

 上演時間は、三十分前後、そこそこ長い噺で、短くやるものでは無いでしょうなあ。というのも、頭の体操で、我々、お客のほうに、分かるように説明しないと、おもしろくもなんともございませんからな。今では、分かりにくくなってしまったかも分かりませんが、しかし、それだけに、また話として、かえって、おもしろみが出るかも分かりません。お手かけはん、二号はんて、今、そないに聞けしまへんやろ。前半は、鰻谷のご寮さんが、おんばはんとして、お家へ入り込む話。しかし、なかなか手の込んだ物語で、おもしろいし、聞くに十分、書くに十分な、芝居でござりますな。立派な紳士が赤ん坊を抱いて、お酒を買いに来る所から話は始まります。どこか、妙ちくりんな感じは、いたしますけどね。そして、定吉っとんがお届けに付いて行って、捨て子に遭うと。お店で育てることとなって、又兵衛に、おんばはんを世話にやる。ここまでは話ですが、これが全部、芝居なんですわなあ。アッと驚くところです。そして、肝心の、おんばはん・鰻谷のご寮さんの登場。ちょっとキレイすぎません?後半は、だんだんとボロが出てくるという話。そらそうですわ、なんぼ広い家いうたかて、それなりに、気付きそうなもんですからな。お松どんの尋問に合いますが、ここら、『悋気の独楽』なんか、いくつかと、重複する部分のようにも思えますね。そして、最後に、演題の『お文さん』のサゲ。門徒の方でしたら、なおいっそう、よく分かっていただけると思います。

 東京でも、『お文さま』の題があるらしいのですが、私は、聞いたことがございません。あんまり、よく知りませんにゃわ。所有音源は、故・三代目林家染丸氏、故・笑福亭松喬氏、桂文珍氏などのものがあります。昔は、染丸氏ぐらいしか、やったはれへんかったと思いますし、それでも、何かの会ぐらいでしか、演じておられなかったことと思います。おもしろいですよなあ。登場人物それぞれに、性格が出ておりまして。案外、女のお方も、おしとやかで。松喬氏のものは、最後に盛り上がりがあって、これも聞き応えが、十分にございました。文珍氏は、『万両』の題で、出したはりましたかなあ。これも、登場人物が多いのに、個性豊かで、おもしろいものでありました。案外、難しい噺では、あるとおもうんですがね。

<28.9.1 記>


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