あけまして、おめでとうございます。どうぞ本年も、上方落語のネタを、よろしくお願い申し上げます。
今年は、酉歳でございまして、商売のほうは、結構なんですが、個人的には、厄年となりますので、戦々恐々としているわけでございますけれども、鳥に因みまして、こんな話が残っておりました。お届けいたしましょう、『べかこ』でございます。桂南光氏の前名が『べかこ』でございましたな。本来は、漢字で『米歌子』。米團治系統の名前です。また、べかこ自体は、関西弁で、アカンベーの意味。ベッカンコーですな。
これは、御難(ごなん)と申しまして、噺家がエライ難儀をするというような、珍しい噺です。主人公は、泥丹坊堅丸(どろたんぼうかたまる)という噺家。巡業が不入りで、帰りの旅費も無く、肥前の武雄という温泉場、大黒屋市兵衛という宿屋さんに、世話になっております。ところへ、やってまいりましたのが、菅沼軍十郎というお侍。どうも、姫君が気鬱(うつ)というような病で、気分が塞いでいると。何か、おもしろい催しでもないかと考えていたところ、上方の芸人が、ここへ逗留しているという話を聞いた。そこで、今晩、お城へ、その芸人を連れて来て、何か一席やって欲しいて。大黒屋さんは承知をいたしまして、堅丸先生を呼びますと、話をいたします。もとより承知のこととて、紋付と、袴も借りまして、ちょっと身ギレイにいたします。さて、なんじゃ、起こりそうですな…。
夕景になりますというと、大黒屋さん、堅丸先生を連れまして、お城へ。菅沼の旦さんが、話を通しておいてくれたものとみえまして、上へとあげてもらいます。大黒屋さんは、後で、用事もあるので、この辺で帰ってしまいます。菅沼の旦さんが言うのには、姫の御前であるから、みだらな話はならず、というて、おもしろくないでは、具合が悪いので、そこは、ほどほどに。また、ご病気であるから、あまりに大きな声はならず、というて、小さい声では聞こえず、これも、ほどほどに。「用意いたす物は無いか?」ということで、燭台一対と座布団、見台に、土瓶と白湯を注文いたします。
と、襖が、細目に開いておりまして、そこから、お姫様の飼っておられる、チンが、犬が入って来て、堅丸先生の額をペロペロ。「たらいを持って来てやれ。」って、額を洗うのん、違いまんねん。チンの舌を洗うやて…。郷への土産と、菅沼の旦さんに、城中を案内してもらいます。「これが松の間である」「どなたがお描きになりました?」「狩野法眼光定(かのうほうげんみつさだ)殿じゃ」次が梅の間で、桜の間。三光ですな。花札やがな。後は、牡丹に唐獅子、紅葉で菊…。休息の間、鶏の描かれている部屋へと通されまして、ここで待つようにと。お茶とお菓子が出まして、座っておりますというと、隣のほうから、なんじゃ、ザワザワと声が聞こえる。腰元連中ですな。この前、上方から、役者がまいりましたが、エエ男やった。定めて、今度も、エエ男であろうと、隙間から覗いて見て、ビックリ!こんなおもろい顔した男は、見たこと無い。
私も見たい、私も見たいと、吹き出しながら見るものですから、堅丸先生のほうも、ビックリさしてやろうと、襖のそばまでやってまいりまして、片手で眼を下げ、もう片方で、鼻を上げて、「べかこ〜」。「きゃ〜」っと、大騒ぎ。なおも、「べかこ」と追い回すものですから、そこはお城うちのこと、諸侍が討ち取りにやって来る。ここで、大立ち回りと、立派な見得…、となるところですが、そこはそれ、土台、噺家のこと、すぐにも捕まりまして、高手小手に戒められる。姫様の御前など、もっての他と、明朝、一番鶏の鳴くまで、柱に括り付けられる。鶏が鳴いたら、放免してやろうと。
えらいアホなことしてしもたと悔やみますが、そこは後の祭り。ボーっとしておりましたが、思い出したことがある。昔、唐土(もろこし)、孟嘗君(もうしょうくん)といえる人、鶏の鳴き真似でもって、函谷関(かんこくかん)を抜けたといわれる。狩野探幽(たんゆう)という名人の筆になる鶏、どうぞ東天紅(とうてんこう)と鳴いてくれと、頼みますというと、願いが通じたものか、絵の鶏が抜け出まして、バタバタバタ。「コカコと鳴いてくれ。東天紅と鳴いてくれ。」「べかこ」と、これがサゲになりますな。実に、バカバカしい話なんですが…。
上演時間は、十五分から二十分前後、決して長いものではございません。それなりに、筋もあって、おもしろい話なんですが、イマイチ嫌がられますな。ま、演じるのが、不幸に見舞われる、噺家さんのほうですから。昔から、売れないとか、ヒドイ目に遭うとか、いわれるんでね。冒頭は、堅丸先生が、温泉場の宿屋さんに居るところから。菅沼の旦さんのお召しで、姫君が気鬱なので、気慰みに、何か披露せよとの仰せ。早速、身支度を整えまして、宿屋の主と共に、お城へ。案外、説明の部分も多いのですが、そこかしこに、おもしろさがございますね。我々、庶民が、滅多に、目にすることの出来ない場所ですので。花札に例えながらの、お部屋の案内も、よくでけております。ありそうですもんな。お女中方が覗くので、イタズラに『べかこ』と。これが騒動の発端。大捕り物となりますわ。そして、縛られまして、述懐の所から、鶏がホンマに抜け出まして、サゲになると。ホント、バカバカしいですね。
東京では…、どうなんでしょう?移植されるほどのネタでも、無いのかも分かりません。私も、故・桂米朝氏のものしか、聞いたことがございません。故・文の家かしく(笑福亭福松)氏からのものと聞いておりますが、詳しくは存じません。立ち回りの場面で、もっと、見せ場があったらしいといわれておりますが、これも、実際を、知りませんのでね。とりあえず、珍しいネタとして、ごく稀に、何かの会で、やったはりました。土台、噺家さんが、災難に遭うというネタですので、あんまり、演じておられなかったのでしょう。ひょっとして、形を変えて、何かの物語としてやると、案外、現代でも、受け入れられるかも分かりませんね。
<29.1.1 記>
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