近所のお噂をば、聞いていただきましょう。お珍しい、『大丸屋騒動』でございます。滅多に出ません。笑いもございません。しかし、難しい大作といえば、大作のような噺です。

 お所は、京都は伏見、商売はお酒の問屋さんで、大丸屋さんという、立派なお家。長男の惣兵衛さんのところへ、八幡(やわた)の八幡さんの娘さんがお輿入れ。この際に、身を守るために、妖刀・村正を持って来られました。ご承知の通り、身を守るためですが、一旦抜くて、血を見るまでは、収まらんといわれるような、一方では、恐ろしい邪剣。次男の惣三郎さん、これを見るなり、欲しくなってしまいまして、兄さんに頼んで、譲り受ける。

 一方、この惣三郎さんのほうは、祇園町の芸妓で、お時さんという方に惚れましたが、そこは芸妓はんのこと、お堅い家に嫁入りさすわけにはいかんと、親戚が反対をいたします。しかし、一向に、熱が冷めんと見えますので、調べてみますと、このお時さんも、賤しい身の上ではない。そこで、兄の惣兵衛さんは、折を見て、一緒にさせてやろうと、一旦、落籍(ひか)せまして、芸妓を辞めさせて、祇園・富永町で、おなごしさんを一人付けて、住まわせる。惣三郎さんのほうは、三条木屋町上がるの小宅で、番頭を付けて、出養生。時期が来れば、一緒にさせてやろうと、今は、両者、会わないようにとの、惣兵衛さんの訓え。

 木屋町の家では、夏の暑い時期、戸を開け放しまして、鴨川の風を入れて夕涼み。惣三郎さん、番頭の喜助を相手に、冷たい柳蔭で、一杯やっておりますな。「あの白い塀は何やいな?」「あれが、だん王の法林寺さんですがな。」「あれは?」「大日山」と、鴨川沿いの窓から、聞いておりますと、どこからともなく、『京の四季』。「八坂の塔から祇園…。こら、禁句でおましたな。」また、いらんことを思い出さしてしもた。「若旦那、わたい、さっきから、お手水へ、行きとうおまんねやが。」「行ってきたらエエがな」しかし、この話の流れから行くと、どうも危ない。若旦那、逃げ出さへんかいなと。「どっこも行かへんがな」という言葉を頼りに、番頭さんも、生理現象は仕方が無い、お手水へ。

 ちぇなこと言われると、逆に、出てくれ言うてるようなもんで、表から出ようとしますが、下駄の音が、カチャカチャッ。気付かれてしもた。慌てて、便所から、番頭さんが出てきて止める。「誰か、来たんかいなあと、表出ただけやがな。はよ、行といで。中途やろ。」と、便所へ催促しまして、今度は、見つからんようにと、雪駄を懐へ入れまして、守り刀の代わりに、この村正を隠し持つ。見つかったら、これ見せて、脅してやろうという魂胆。玄関からではなく、鴨川の河原のほうへ、窓のほうから飛び降りますわ。履物を履きまして、河原伝いに、三条大橋から、縄手、祇園・富永町へ。

 今も昔も、きらびやかな場所ですわ。「お時、居てるか?」「あっ、若旦那」女中のお松さんが見て、ビックリ。奥へ報告いたしますが、兄の惣兵衛さんから、会うことならんと言われているだけに、追い返して欲しいて。「留守やと言うて」というので、「今、出はりました。」と居留守を使いますが、しかし、二人しか居てない、小さい家、奥で、聞いてから出て来たんでは、そら、バレますわな。「待たしてもらおう」でも、留守中に、上げてはいかん、若旦那を上げたんでは、お松さんの立場も無い。帰ってもらおうとしますが、そこは、押し問答。「時呼べ、時呼べ、お時よべ〜」

 大声を出すものですから、近所の手前もありまして、仕方無しに、お時さんが出てまいります。こっちも、会いたいのは、会いたいんですが、そこは、一緒になるための我慢ですからな。「一本つけて」と言いますが、女二人の世帯で、お酒の買い置きがあるはずも無い。ぶぶ漬けでも、って、さっき二人で、ごはん食べたとこで、ごはんも残ってない。お茶や水も出すことならんて。それは、兄の惣兵衛さんから、言われてることなんで、仕方が無いですわな。「今日は、こんなん持ってんねんぞ。斬ってしまうぞ!」と、刀を見せますが、お時さんも、度胸の据わったもん。「このお時を、斬れますか?」って、そらそうですわ。惣三郎さんと一緒になるお膳立てまでしてあって、しばらくの間の辛抱で、会わずに居てるのに、いきなり来て、酒飲ませ。言うこと聞かなんだら、斬るて。

 「さあ、斬っとくれやす。喜んで、斬られます。」若旦那のほうも、頭にはきますが、形だけでも、鞘ぐち、抜かずに、刀を、お時さんの肩口へ。とたんに、鞘が割れまして、本身で、ズバッと!やってもた!ほぼ即死。「わっ、若旦那」っと、お松さんまで斬ってしまう。一方、番頭の喜助、手水を出ますと、若旦那の姿が無い。こら、富永町やなと、走って来ますと、この惨劇。「若旦那!」と、これも斬られてしまう。さすがに、村正ですな。フラフラしながら、惣三郎さん、表へ出ますと、狂人のように歩き出す。返り血を浴びて、血刀を提げた人ですから、どっからどう見ても、目立ちますわな。東へと道を取りまして、祇園さん・八坂神社のほうへ。二軒茶屋までやってまいります。今でもございますな。

 折りも折り、祇園町の芸妓や舞妓が、手に手に団扇を持ちまして、総踊りの真っ最中。そこへ、惣三郎がフラフラと迷い込んでまいります。ズバズバと、無惨にも、斬り殺してしまいまんねやな。そして、祇園さんの境内へ。その頃には、もう、噂が噂を呼んで、所司代のお役人・捕り方が出張ってまいります。虫が知らすのか、兄の惣兵衛さんも、富永町の家を訪れたところが、この惨劇。しかも、祇園さんの中で、いまだ、狂人が刀を振り回しているという知らせ。慌てて行ってみますると、捕り方が、遠巻きに、惣三郎を見守るばかり。「どうぞお通しを」と、訳を申しまして、兄でございますと、傍へ駆け寄る。羽交い絞めにいたしまして、「やめてくれ」と。刀で突けども、斬れども、血ひとつ出ません。不思議に思って、お役人のほうが、「突けども斬れども、血ひとつ出んとは…。」「へえ、斬っても斬れん、伏見(不死身)の兄でございます。」と、これが、サゲになりますな。伏見と、不死身を掛けたものでございます。

 上演時間は、三十分前後ですか。案外、壮大な噺です。もうちょっと長くても、良いぐらいの、筋のあるものですな。その代わり、笑いは、少ないですけれども。と申しますか、ほとんどございません。ですから、何か、特別な会ぐらいでしか、滅多に出ません。落語と申しますか、講釈というか、単なる噺というか。『大丸』と付きますから、百貨店・デパートの、大丸さんと思いきや、あんまり、関係は無いみたいですな。同じ、伏見ですにゃけど。冒頭は、惣三郎さんが、村正を持つようになった経緯と、お時さんと、エエ仲になって、それぞれが、別住まいになっている説明。ここは、話の中でも、重要ですので、お客には、分かるようにしておかなければなりません。案外、難しいんですな。そして、会話も混じる、木屋町の、惣三郎さんの、出養生の家から。『京の四季』が、下座から入りますと、何となく、京都の雰囲気が出ますな。鴨川沿いというのも、夏の京都らしく。そして、中盤は、富永町の、お時さんの家へ。落籍したといえども、色街の真ん中ですので、何となく、雰囲気がありますな。お茶屋さんは、少なくなりましたが、それでも、今も、夜は、にぎやかな場所で。バーやスナック、クラブが多いです。お時さんは、しぶしぶ、惣三郎さんに会いますが、それでも、すぐに帰すつもり。しかし、相手は、村正をチラつかせながら、何とかしようとしますが、そこは妖刀・村正、お時さんを、斬ってしまいますねやね。一番、ツライと申しますか、エッとなる場面です。次々に人をあやめまして、終盤は、二軒茶屋・祇園社へ。要するに、芝居の『伊勢音頭』並みですな。『籠釣瓶』とも。大立ち回りがあって、サゲになると。笑いが無いだけに、難しいですわなあ。芝居の知識がありますと、昔の人でしたら、ご理解いただけたかも分かりません。

 東京では、聞いたことがございません。と申しましても、私も故・五代目桂文枝氏、故・露ノ五郎兵衛氏のものしか聞いたことが無いのですが。他に、故・森乃福郎氏も、やったはったとは聞いておりますれど。文枝氏は、話の運び良く、分かりやすいようには、してはりましたね。五郎兵衛氏は、克明に、忠実な説明を入れながら、やったはりましたわ。でも、やはり、笑いのほうは、両者共に、取りづらかったのではないでしょうか。


<29.3.1 記>


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