今月は七月、夏に合わせまして、『遊山船(ゆさんぶね)』を選びました。この“船”の字は、“舟”と書かれる時もありますし、どっちでもエエみたいですな。浪速橋の夕涼みの風景、たっぷりと想像して頂きたいと思います。

 主人公は、おなじみの喜六・清八という二人。夕景ともなりますと、二人が揃いまして、浪速橋へと夕涼みにやってまいります。橋の上にはたくさんの物売り店が出ておりまして、橋の下、大川にはまた、たくさんの夕涼みの船が出ております。“そのまた陽気なこと…”、で『吹けば…』と下座からにぎやかにお囃子が入りますなあ。“割ったあ、割ったあ、カチワリや、カチワリや…。”とこれが氷屋はんですな。『次の御用日』なんかにも出てきます。今でも夏の高校野球の甲子園で売ったはりますわ。“新田(しんでん)ずいかはどうじゃ。種まで赤いで…。”とこれがスイカ屋はんですな。『長たん息子』の物売り声の中にも出てきます。“烏丸(からすまる)枇杷(びわ)湯とう…”と、これはびわ湯を売ったはったんですな。そして最後が“玉屋〜。花火上げてや〜。”と花火の描写。にぎやかでんなあ〜。これこそ夏の夕涼みでんなあ〜。

 さて、二人が橋の上から下を見ると、たくさんの船。“大水が出て、家が流れてきた。”“違う、違う。あれは大屋形(おおやかた)やがな。”“はあ、はあ、いつもお前が金借りに行く。”“そら、親方やがな。”こんな細かいギャグが、このネタの特徴なんですわ。“この辺まで来ると、障子を開け始める”と言うので見ていると、ほんに、障子が開きますなあ。そこで、ある一艘の大屋形に目を付けます。そこに乗っている芸妓(げいこ)はんを見て、“あの人は何やねん。”“出てる妓や。”“中に入ったはんで。”“いや、つま取る妓や。”“何も取ってはらへんで。”“玄人(くろうと)や。”“色白いで。”“いや、芸衆や。”“ああ、広島のおなごかいな。”安芸の芸州と間違うてまんねんな。“大阪の粋(すい)言葉・洒落(しゃれ)言葉で、下に“衆”の字を付けると、粋(いき)に聞こえる”と清やんは言いますな。“あれは?”“舞妓やがな。”“親、心配してるやろなあ。”“そら、迷子やがな。違う、違う。舞を舞うさかいに、舞妓や。”“何も舞うてはらへんで。”“舞わんでも舞妓や。”“ほな、ま〜衆てなもんやなあ。”“あれは?”“仲居やがな。”“短いで。”“短うても、仲居や。”“ほな、な〜衆てなもんやなあ。”“あれは?”“板場やがな。”“風呂場で物盗む。”“そら、板場稼ぎやがな。”“ほな、い〜衆てなもんやなあ。”“あれは?”“太鼓持ちや。”“ほな、た〜衆てなもんやなあ。”“あれは?”“あれがこの船のきゃ〜やがな。“きゃ〜て、なんや?”“客のことやがな。これも大阪の粋言葉・洒落言葉で、客のことをきゃ〜と言うねや。”“ほんなら、芸妓がげ〜やないかい。舞妓がま〜で、仲居がな〜、板場がい〜で、太鼓持ちがた〜、あの人があ〜で、お前がほ〜。”“アホを分けて言う奴があるかいな。”と、この一連の掛け合い、あもろいでんなあ。

 “これぐらいの遊びやったら、今日び安ないで。しかし、これ、皆で割り前やったら、そないに高ないわなあ。”“アホか。これは、きゃ〜が一人で払いよんねや。”“エッ、あのきゃ〜て、何したはる人。”て、そんなもん知らんがな。“どれぐらいかかるやろ?”“さあ、一本はかかるやろ。”“ラムネが。”て、ラムネ一本持ってきたぐらいで、何して遊べいいまんねんな。そのうちにきゃ〜の手が芸妓の胸へ。“財布盗まれる〜。”て、何でやねん。今度は、きゃ〜に卵の巻き焼き、だし巻きが運ばれてきます。付け合せの生姜だけ食べるきゃ〜を見て、“はよ卵を食え。さめたら、への臭いがする。”て、ほっといたり〜な。確かに、だし巻きさめたら、への臭いすることあるけどやねえ…。次は、うなぎ。“暑い時分は、毎日食べてるけど、うちのうなぎとちょっと違う。丸こいのんと違うて、細長い。”“お前の言うてんのんは、はんすけちゃうか。”“いや、源助はんとこで買うねん。”“いや、うなぎの頭のことやがな…。”次は舞妓に巻き寿司が運ばれてきますが、切ってないので、なかなか食べられない。“それは、海苔が上等やから、なかなか食べられへんねん。え〜い、こっち見い。これを…。この巻き寿司エライ砂や。”て、自分の雪駄(せった)を噛んでまんねん。

 そのうちに、向こうの方から一艘やって参りましたのが、どこぞの稽古屋の船と見えまして、皆が揃いのイカリの模様の浴衣を着ています。これも、陽気なこと…、と下座から『竜田川には紅葉を散らし…』と、『野崎詣り』の稽古屋の船と同趣向で出てきますなあ。これを見た清やん、この船に向かって、“さってもきれいないかりの模様”と言いますと、“風が吹いても流れんように”と下の句が返ってきます。“稽古事の一つもするおなごや、なかなか粋やなあ。お前のとこのカカも、おなごやろ。同じおなごでもエライ違いや。”“うちのカカでも、それぐらいのこと、よう言うわ。”と、喜六は、それから家に帰って、嫁はんにこのことを言うと、嫁はんも、“それぐらいのこと、何やねん。”と言いますわなあ。この辺は、『青菜』と同趣向でんな。そこで、行水(ぎょうずい)していたタライの湯をほかして、そのタライに、押入れの隅に入れていた真っ黒けのイカリの模様の浴衣を着た嫁はんを、屋根に上って、天窓(てんまど)から見下ろした喜六。つまり、橋の上から下を見たように見立ててるんですわ。上から見ると、嫁はんのハゲも見えて、いっそう汚い。お世辞にもキレイとは言えないもんで、正直に、“さっても汚いいかりの模様”と言いますと、嫁はんも粋なもんで、“質に置いても流れんように”と、これがサゲになります。汚い浴衣みたいなもん、質に置いたかて、流れませんわなあ。それにしても、言葉遊びとはいえ、我々庶民にとっては、何とも粋なサゲやおまへんか。

 上演時間は、だいたい二十五分ぐらいから三十分ぐらいはかかると思います。とにかく、最初から最後まで笑いの多い、爆笑できるネタだと思います。前半部分の喜六が清八に船の中のことを聞くあたり、多くの笑いがありますが、ここは本当に“間”の勝負でしょうなあ。ピタッとはまると、大爆笑できますけど、一つ間をはずすと、おもろいことも何ともなくなりまっせ。中には、ちょっと時代を感じさせる言い草もありますが、それがまた古きよき昔の夕涼みの雰囲気を十二分に醸し出していて、夏にはピッタリのネタですね。

 所有音源は、故・笑福亭松鶴氏、桂ざこば氏、桂雀三郎氏、笑福亭鶴志氏、故・桂吉朝氏、他に林家小染氏のものを聞いたことがあります。松鶴氏のものは、やはり最高でしたな。我々からすると、ちょっと一世代前のような雰囲気の夕涼みでありましたが、これがまたイイんですよねえ。夏になると、結構得意ネタとして、よく演じられておられたようでありますな。晩年になってからのものも聞いたことがありますが、それでも、最初の物売りの声の大きさ、最後のタライの中の嫁はんが天窓の亭主を見るしぐさなんか、最高でしたな。ざこば氏も、得意ネタとして、よく夏に演じられていますねえ。舞妓の振袖を見て、“あんなとこに南京豆入れたら、食いにくいやろなあ。”から、喜六と清八が言い合いになる所や、“太鼓持ちや。幇間(ほうかん)やがな。“ああ、駿河屋の…。“そら、羊羹(ようかん)やがな。”なんてギャグの所、おもろいでんなあ。雀三郎氏のものは、ちょっと新しい言い回しなんかが入っていて、これもなかなかイイですな。鶴志氏のものも、あの大きな声が、橋の上下を身近に感じられ、おもろいもんです。吉朝氏のものは、我々聞き手が、本当に浪速橋の橋の上から下を見ているように感じられて、涼しさを演出していますよねえ。たしか、吉朝氏は稽古屋の連中の歌が、“さってもきれいないかりの浴衣川に落ちても流れんように”になっていたと思います。小染氏のものは、やはり、最後の喜六の嫁はんの描写がウマイですなあ。もう、長屋の嫁はん描かしたら、ピカ一でっせ。

 とにかく、夏にはピッタリの爆笑ネタ、ひと夏に一回は聞かなあきまへんで〜。

<13.7.1 記>
<17.12.1 最終加筆>


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