今年も恒例の、とある落語会に行ってまいりました。たまたま、休みの日でしたので、家族揃っての総見をいたしたのでございますけれども、今回は、『百人坊主』でございました。なかなか出ない、珍しいネタでございます。
大阪近郊の農村が舞台です。若いもんが寄り集まりまして、お庄屋はんのところへ。「伊勢詣りの話やったら、お断りやで。」って、先に言われます。その伊勢詣りですわいな。上の村が、こないだ帰って来て、下の村が二・三日前に出発した。ここだけが行かんのは、カッコ悪い。しかし、行くと、毎年ケンカ沙汰。一昨年、もう金輪際、伊勢詣りの世話はせんと言うたが、昨年、どうしてもというので、行ってみると、いつも以上のケンカ。行きたけりゃ、勝手に行ったらエエと言いますが、そこは、皆で一緒に行ったほうが、間違いが無い。道案内や、宿の手配、参拝順路なんかね。第一、行ったことの無い若いもんが可愛そう。そこで、申し合わせをしてから、やってきたて。『腹立てん講』ちゅうやつで、わらじを履いて、わらじを脱ぐまで、腹立てたり、ケンカしたりすると、村一統に五貫文の侘び料を払い、所は阿呆払いにされても、文句は言えんということ。村放り出されますんで、人別なくなって、無宿もんになりますねけどね。こら、エライこっちゃ。
そこまでしてでも、伊勢詣りがしたいという話。皆が承知でしたら、今回ばかりはと、お庄屋はんも、やっと重い腰を上げる。来月の三日がエエ日なんで、その日を旅立ちにしよやないかということ。あんまり日にちもございませんねやが、何か揃いを作ろうやないかと。傘や紐、いろんな揃えがございますが、銭も掛からんほうがエエやろうと、着物の揃い。って、一番高う付くがな。と思いきや、これが掛からん。白木綿買うてきて、これに、絵を描いてもらおうと。ずく念寺のおっさん、絵が上手で、好きなんで、頼んだら、描いてくれはりまっしゃろて。こら、おもろい道中。とりあえず、お庄屋はんは、先達かたがた、宿の手配なんかに、人を走らせまして、村のもんも、家へ帰って、用意を始める。
めいめいに、白木綿を準備いたしますと、お寺へやってまいります。順番に並んで、墨やら絵具やらで、絵を描いてもらう。富士山とか、二見の日ノ出とか。「松に日ノ出」「梅にウグイス」桜に幔幕」って、花札やがな。闇夜にカラスや、ちりめんに見える絵やとか…。とりあえず、出発の日の前日、お寺の本堂に集まりまして、皆がご飯を食べて、布団を敷いて寝ます。明くる朝、仕度をいたしまして、サラのわらじを履く。鎮守のお社へと参詣いたしまして、お払いをしてもらう。村に残るもんとは、村外れまで行きまして、お別れ。さて、道中の始まり。腹立てん講の旗を、一番危ない奴に持たしたらエエやろということで、フカの源太・源やんに持たせますわ。エエ考えですな。
『東の旅』にもあります通り、定法ですと、くらがり峠から奈良・伊勢、帰りが京から三十石で、大阪へというのですけれども、この一行は、山越えの無い、京から伊勢へという、平坦な道、道のエエ方を取ってまいります。大阪から京都、三十石の夜船へと乗り込みますが、やはり、よく眠れるように、酒の一つも飲みたいん。しかし、酒飲んだら、きっちりケンカ。これも困るので、とりあえず、一人一合ずつの勘定で、人数分を買いまして、船の中へ。早速に飲もうとしますが、一合となりますというと、湯のみに二杯ぐらい。そう思うと、そないガブガブ飲めん。舐めるようにして、皆が飲み始めますが、さて、二杯目のお替りが…。って、徳利カラですがな。入ってへん。よう見まするというと、フカの源太が、真っ赤っか。「二杯」って、んな、アホな。ケンカの始まり…、と思いきや、これが腹立てん講ですから、怒るわけにいかん。「ほな笑え」って、無茶ですがな。
笑い声を耳にしながら、源太は、エエあんばいで寝てしまう。しかし、おとなしく寝られへんのは、他の講中さん。なんかしてやらんと、腹の虫が収まらん。カミソリで、髪の毛剃って、坊主にしたろと。江戸時代の話で、頭にまだ、髷が乗っておりますので、結構な髪の量を、川の中へ。徳利の中の酒の残りで、湿らせますというと、そっくり坊主にしてしもた。しかも、船べりへ体をもたげて、酒を吹き掛ける。蚊に刺されて、頭腫れ上がるて。夜が明けますというと、伏見へ。一行は、源太を船の中に残したままで、道を取ってまいります。船の中では、一人残って寝ておりますので、船頭さんが起こしますが、アレ、ぼんさん?とりあえず、源太は起きますと、ちょっと寒い。触ってみると、髪の毛ない。「誰か、頭間違うた奴がおるで。」って、んなアホな。やっと気付いて、足早に一行に追い付く。「誰が、こんなことを!」って、怒りますが、そこは、腹立てん講のこと、怒れへん。「ほな笑え」仕返しですがな。
こうなりますというと、源やんは、もうお伊勢さん行くのん、アホらしなってきた。中の一人に、お金を渡しまして、お祓い・お札や子供の土産を頼んで、村へ戻ることにいたします。どこで日にちを稼ぎましたが、二日ほど姿をくらましてから、一人で村へ帰って来る。もちろん手拭いで、ほう被りをして、家へ。嫁はんに、伊勢詣りの連中の嫁はんを、お寺の本堂へ集めて欲しいと言い出します。ちょっと話があるて。お庄屋はんとこも。皆が集まるというと、ぼちぼち話を始める。伊勢詣りのついでに、近江八景を見物しようやないかということになり、一艘、船を仕立てる。皆は乗り込みましたが、源やんは、おなかの具合が悪かったんで、宿屋で一服してた。すると、急に嵐というような空模様となり、船がひっくり返ったと。助けにも行けんぐらいの天候ですが、船頭さん一人が、ようよう泳ぎ抜いて、帰って来た。聞いてみると、皆死んでしもたて。波打ち際まで行くと、死骸が上がって来る。一人だけ残って、村へ帰れるかと、飛び込んで死のうと思いましたが、土地の人に止められ、とりあえず、このことを村へ知らせに帰りなはれと諭されて、頭だけは丸めて帰って来たて。もちろん大ウソでっせ。
嫁はん連中ビックリして、気の早い人なんて、井戸へ身投げて死のうとしますが、そこは押しとどめまして、髪を下ろして、尼はんに。気の変わらんうちにと、用意を始めますと、皆が、次々に、尼はんになると言い出す。すっくり坊主頭になりまして、泣きながら、大きな数珠を本堂に持ち出しまして、南無阿弥陀仏の百万遍。一方、伊勢詣りの連中は、日にちからいうても、今日帰るのが、分かるぐらいですのに、誰も迎えに出てない。おかしいなあと思いながら、村の中へ。お寺の本堂から、念仏聞こえたある。誰か、死んだんかいなあと、コッソリ中の様子を窺うと、「尼はんの大会や」。んな、アホな。しかし、尼はんばっかり居てる。でも、子供に乳やってる尼はんも居る。よう見ますちゅうと、竹やんのカカ。自分の嫁はんも居る。真ん中で、木魚叩いてんのは、フカの源太。「こら源公!」「おお、亡者が迷うて出た。」皆が怒って入ってまいりますが、しかしそこはまだ、わらじ履いたまま。ここで怒ると、腹立てん講の意味が無い。「ほな笑え」って、これが計略やったんですな。
まあまあと、ほんにケガ(毛が)がのうて、結構結構と、お庄屋はんがなだめまして、一件落着に。でも、よう見てみると、自分の嫁はんが坊主頭ちゅうのも、おもろいもん。「何がおかしいねん!」っと、嫁はん連中、カミソリを持って来て、自分の亭主も坊主頭にしてしまう。そうなりますというと、伊勢詣りに行かなかった、関係の無い人までも、付き合いにと、頭を丸める。村のもんが、みんな、坊主頭になりましたところで、一人だけ、髪の毛の残っている人が、向こうからやって来る。誰かいなあと見まするちゅうと、旦那寺の和尚さんでございました。と、これがサゲですな。
上演時間は、三十分は、越えますかな。結構、長いん。滅多に出ませんが、やはり、何か特別な会向きですな。全体的に、説明の、地の部分が長いと申しますか、筋が長いと申しますか。しかし、これがなけりゃ、分かりませんのでね。冒頭は、今年も伊勢詣りに行きたいという所から。ケンカが付きもんなんで、庄屋はんは断りますが、今年こそは、腹立てん講ということで。罰金も結構ですが、江戸時代の話で、人別外されるて。こらあ、たいへんなことですからな。それからすぐに、仕度に掛かる。白木綿に絵描いてもらうちゅうのも、変わった趣向で、おもろいですわな。そして、前の晩に泊まりまして、出発と。ここまでの説明でも、随分長いですよ。そして、三十石の船の中で、一つの間違いが起こる。『三十石』の落語の反対、夜船でも、大阪から伏見へ、上りでございます。一人一合ずつの酒を、源やんが飲み過ぎて、酔っ払うが、腹立てん講ですから、誰も怒れへん。仕返しは坊主にて。おもろいですわな。しかも、髷の乗ってる時代の話ですから、なおさらに。伏見に着きまして、船頭さんに起こされ、一行に追いつきますが、そこはまた、怒れへん。ですから、最大の仕返しを思い付いて、一人で先に村へ帰る。どないなんのんかいなあと思うておりますと、伊勢詣りに行った一行の嫁はん連中を集めて、全員死んでもたて。一人だけ帰って来て、バツが悪いので、頭丸めて。そこで、嫁はん連中も、尼はんになる。そこへ、一行が帰って来て、大騒動。この日取りを、途中で、調整してはったんやね。関係無いもんまでが、村じゅうで坊主になって、一人だけ、反対に、髪の毛伸ばしたんが、旦那寺の和尚さんて。
東京では、有名な『大山詣り』。しかし、これが全く一緒かと申しますというと、そうでもない。違うといやあ、違うし、しかし、根本は一緒。でも、『大山詣り』のほうが、ちょっと噺の筋が、シュッとしてますわな。分かりやすい。上方式の『百人坊主』は、なんじゃいろんなもんが引っ付いてるようで。ま、その分、おもしろさはあるんですけれども。そして、サゲは、「ケガ(毛が)なくて、めでたい。」と。これも、元来から、『百人坊主』でも、ここで終わることも、よくあったらしいんですがね。このネタは、故・桂米朝氏が、時折やったはりました。それでも、機会は少なかったと思います。最後まで、ダレることなく。やっぱり、お客さんが、途中で、付いて行けなくなる感じが、どうしてもいたしますのでね。
内容自体は、おもしろいんですが、なかなかに、持って行きようが、今の時代では、通じないかも分かりません。『大山詣り』のほうが、良いといわれるかも分かりませんわな…。
<29.7.1 記>
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