九月になりましても、まだお暑うございます。というのが、もう例年のことになってしまいまして、やはり温暖化しているのでしょうなあ。と申しますか、春と秋の期間が短いような、夏と冬だけの気候になりそうな感じがいたしますな。そこで…、全く関係ございません、今月は、『辻八卦』で失礼いたします。“つじばっけ”でございますな。お珍しいネタで。
『八卦』と申します以上、易者はん、大道易者のお話。八卦見の先生ですな。近ごろ、あんまり見かけんようになりましたけれども、昔は、よく居てはりました。最初の部分は、『近江八景』とえろう変わりません。「師匠の三十三回忌で見料は半額、手の筋はタダ。」「去年、天王寺さんでも言うてたがな。年じゅう、そんなこと言うてんねやろ。」「いや、それは別の仁じゃ。」「隠したかてアカン。このホクロ。」「易者の人相を、そっちから見るな!」おなじみかも分かりませんけれども、よう考えたら、考えるだけ、おかしい。「お前は泉州堺の人間、包丁鍛冶の職人と見た。」「当たった!」「デボチンが出て、軒が深い。口元が、上が出刃で、下が薄刃。」
まあまあ、ここらから本題へ。いうても、本題いうほどの話ちゃいまんねんけどね。「ちょっと見てもらいたい」と前へ出て来た人がいる。この人、今日、道頓堀へ行った。角の芝居の前まで来たら、看板が忠臣蔵の通し。知り合いが居てんので、ちょっと入れてもろて、中の様子を見る。「財布でも落として、それがどこにあるかを見て欲しいか?」って、まだまだですがな。後ろから立ち見で居ると、五段目の幕が開いたとこ。山崎街道に、花道から与市兵衛が出て来る。財布を出して、五十両の金を確認した所で、後ろから、ズバッと斬って出て来るのが、定九郎。向こうのほうから、イノシシが出て来るので、逃げようとしたところで、ズドーンと一発、鉄砲に当たって、定九郎が死んでしまう。花道からイノシシ、続いて、勘平の出。イノシシを撃ち止めたと思いきや、これが人間で、定九郎。懐中を探ると、五十両の金が出てきて、これを掴んで逃げてしまうという。そう、紛れも無く五段目。
で、「何が見て欲しいのじゃ?」「あの定九郎、悪い奴ですけれども、あいつ、何に生まれ変わってまっしゃろ?」って、これまた、なんとも言えん相談ですな。易者の先生も困って、「牛に生まれ変わっておる」て。「しかも、大津の車牛。いまだに、シイシイに追われてる。」って、んな、アホな。『シイシイ』言うて、牛追うのと、イノシシの『シシ』がかけたある。「ほな勘平は?」「風呂屋の釜焚き。いまだ、鉄砲の縁を離れん。」って、鉄砲風呂ですがな。下から焚くやつ違うて、銅の部分に、割り木入れるやつね。「ほんなら力弥は?」「相撲取りに生まれ変わっておる。いまだ前髪の縁を離れん。」ちょっと苦しいですかな。相撲取りも、月代(さかやき)剃りまへんさかいになあ。これは聞き捨てならんと、出てまいりましたのが、お侍さん。「しからば、大星由良助殿は、何に生まれ変わっておるな?」「いや、これは…」「どうした易者。易者易者、由良助は…?」「いまだ誕生仕りませぬ」と、これがサゲになりますな。四段目の、「力弥力弥、由良助は」「いまだ参上仕りませぬ」のセリフを借りておりまして、いまだに生まれ変わってない、誕生していないという意味でございます。
上演時間は、十分か、十五分程度でしょうか。寄席向きですな。昔は、芝居の知識が豊富ですから、こんなもん、誰でも分かった噺であったはずです。今となりましては、これすらも、説明が要るかも分かりません。たわいもない内容ではあるんですが、できるだけ、五段目の話を引っ張って、長く長くしておいてから、で、何に生まれ変わってる?って、ねえ。これがポイントですわな。それと、エエ加減なことばっかり言うておりますところで、最後に、お侍さんが登場して、いかにも丁寧な物言いで、由良助を聞くなんて、この辺もポイントですわな。
東京でも、故・八代目桂文治氏なんか、やったはった寄席の録音が残っておりますね。元は、上方の噺らしいんですが。私も、故・桂米朝氏のものぐらいしか聞いたことがございません。実にバカバカしい、どないもならん噺ですわいな。おもろいもんですけれども、昔の寄席なんかでは、よくウケたことでしょうなあ。
<29.9.1 記>
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