秋の夜長に、こんな長いお話を思い出してしまいました。お珍しい『紺田屋』でございます。『誉田屋』かも分かりません。とりあえず、お珍しい噺でございます。
おところは、京都は三条室町。ご商売が、ちりめんの問屋さん。いうて、水戸黄門違いまっせ。京都でも指折りの、大きな問屋さん。ご夫婦には、一人娘のお花さんがございまして、今年十八という、べっぴんさんでございます。かわいがって育てられたのでございますけれども、どういうわけか、病の床。もう二・三日が危ないとまでなって来た。本人も、よう分かっているのか、最期のごあいさつ。今まで、「ありがとうございました」と。そこで、「何ぞ、心残りはないか?」と尋ねますというと、髪の毛おろさんと、長いままで、一番好きな着物着せて、土葬にして欲しいと。それに、三百両も一緒に入れて欲しいて。閻魔さんにお願いして、両親が、いつまでも達者で暮らせるように、進呈するつもりである。なかなか、言えたことやごいざいません。そしてもう一つ、四条新町新粉屋新兵衛の新粉が食べたいと。ここらまだ、娘さんですな。
しばらくいたしますと、丁稚さんに買いに行かせたもんとみえまして、新粉が出て来る。座らせてもろうて、ゆっくりと食べ始める。ついつい、もう一つもう一つと食べておりますうちに、ウッーっと。慌ててお医者さんを呼びますが、この世の人ではなくなってる。親類を呼びましてのお通夜。そして、明くる日がお葬式。キレイにお化粧もいたしまして、エエ着物着せて、三百両も一緒に、棺桶の中へ。これを土葬にいたします。
一日じゅう、お店の人は葬式に働いておりましたが、その夜中、ふと目を覚ましましたのが、番頭の久七。よう考えてみると、ご大家のお嬢さんとはいえ、もったいないことをしたもんやと。エエ着物に、櫛笄(くしこうがい)、そして、なんというても三百両。三百両もあったら、店一軒持てるでと。暖簾分けしてもろうたところで、百両の金も貰われへんで。となりますというと、一時、あの三百両拝借して、出世したら、改めて、謝って返そうかいなあと。エライ考えがまとまりまして、墓荒らしへ。どうせ帰って来られへん家でっさかいに、荷物は皆、置いたままで、番頭がドロン。
さあ、明くる日からが大変ですわいな。娘さんは亡くすは、番頭は、どっか行ってしまうわ。ご主人の忠兵衛さんは、つくづく世の中イヤになりまして、お店は親類にと、娘の冥福を祈りますがため、夫婦で西国巡礼に出る。西国に四国、今度は、坂東のほうを巡礼に回ろうと、やってまいりましたのが江戸でございます。巡礼をいたしておりますので、木賃宿のような、汚い宿屋で毎日泊まっております。娘さんのことを思い出しますというと、汚いせんべい布団の中で、なかなか寝付けへん。明くる日は、浅草の観音さんへお参りをいたしまして、出てまいりましたのが、並木道。世の中には、同じ屋号のお店も、ままあるものでございまして、『紺田屋』という暖簾が出てる。しかも、商売も、ちりめんの問屋さんらしい。何かの縁と、ここで、休ませてもらおうといたします。
軒の一つでも、お借りして、弁当を使わせてもらおうといたしますというと、丁稚さんが、「京都のお方では?」と。隠すことも無いので、そうですと返事をいたしますと、奥へ入って行く。入れ替わりに、奥から出てまいりましたのが、ここのご主人のよう。「私の顔を、お見忘れでございますか?」と。そう、番頭の久七さんでございます。エライこっちゃとなりますが、訳は後ほどで、どうぞ、奥へお上がりくださいと。「ぜひ、お目に掛けたいものが…」。
奥へ通りますというと、大層なもてなし。巡礼姿から、普通の着物に着替えさせられまして、奥の間に座って待っておりますというと、紋付に袴を付けました久七が、改めてのごあいさつ。それから、呼び入れましたのが、見せたいものの正体。「お父さん、お母さん、お久しゅうございます。」なんと、お花さんですがな!死んだと思うてた、わが娘ですからね。久七が言うのには、あの晩、店を飛び出して、悪いこととは知りながら、三百両のお金を、一時、拝借して、商売の後に、出世して返そうと、お墓を掘り起こしに行ったと。すると、棺桶の中から、「誰や?」という声。ビックリして、「久七でおます」「何で、わて、こんなとこに居てんねん?」と。こういう訳で、三百両掘り起こしにと、素直に白状する。どうやら、三つ目の新粉が、喉に詰まってたんやが、抱き起こされた拍子に、通ったらしい。「はよう、お店帰りましょ。」と言うたんやが、一旦、こんな姿になったもんを、世間の物笑いにされるだけやと。そやさかいに、連れて逃げて欲しいて。
そこで、三百両を元手に、江戸へ出て来て、同じ屋号で、同じ商売をさしてもろてますということ。奉公人も置けるようになり、無断で悪いですけれども、こうして夫婦となりまして、子供も二人できましたて。孫ですわなあ。久七さん夫婦は謝りますが、紺田屋忠兵衛さん夫婦は、大喜び。そらそうですわな。孫に会いたいが、寝ておりますので、ひとまずは、明日のことと、離れに案内をされます。入りますというと、立派な絹の夜具。お布団には入りますが、やっぱり寝られん。昨日まで、汚いせんべい布団で寝てましたのに、一夜にして、絹のお布団に変わるとは。これも、観音さんのおかげ。「ホンマやなあ、お父さん。夕べまでは、お布団は薄いし、臭いし、おまけに、なんじゃモゾモゾ・ムズムズと、かゆうて、寝られなんだ。あれ何ででしたやろ?」「さあ、それも観音さんのおかげやがな。」と、これがサゲになりますな。シラミを観音さんと言いますので、これが掛けてございますねやね。
上演時間は、三十分は掛かります。四十分ぐらいになるかも分かりません。長い話で、お所も変わりますので、話の筋からいたしますと、結構、壮大な噺ですな。医学の未発達な時代ですと…、って、それでも、こんな話、実際にはね。でも、ハッピーエンドで、物事全て解決して終わるという、気持ちのエエもんですな。やはり、何か、特別な会向きです。前半は、京都の紺田屋さんの話。若い娘さんが病気で、しかも、亡くなる直前。あんまりエエ話の予感がしませんねやが、これが、最後にはねえ…。キレイなまま死にたいというのと、三百両ちゅうのは、地獄の沙汰も何とやらと、思いもしますが、新粉食べたいちゅうのが、いかにも、まだ子供というか、娘さんというか、おもろいところで、これがキーポイントなんですな。そして、それが元で死んでしもうて、葬式を出す。ちょっと悪い考えが出たのか、その晩に、番頭が掘り起こしに行くと。『片袖』の場合は、本物の悪者なんですけどね。これを苦にして、忠兵衛ご夫妻が、巡礼に出る。後半は、江戸の紺田屋での話。そのご夫婦が、浅草の観音さんをお参りいたしまして、ふと見つけたのが、ちりめん問屋の紺田屋。馴染みの名前なので、休ませてもらおうとしますと、これが、番頭の久七の店。これだけでも驚くのに、奥で、お花さんとご対面。死んだと思うてたのに、ビックリする話ですわいな。おまけに夫婦になって、店持って、子供も居るて。夢のようなですわな。どっちにしろ、ご養子さん貰わんならんかったんですから。そして、サゲになると。ほんに観音霊験記・観音さんのおかげでございます。
東京では、故・三代目三遊亭金馬氏なんか、やったはりました。しかし、元来は、どうも上方の噺らしいです。所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏のものがあります。松鶴氏でも、そないに、やってはれへんと思います。じっくりとした語り口で、その中でも、案外、笑いも取ってはって、大変、結構な、感動するものでありました。四代目桂文我氏も、やったはるみたいですな。とりあえず、会話の、地の部分も多いので、難しいかも分かりません。私は、好きなんですけどね。
<29.11.1 記>
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