暑中お見舞い申し上げます。暑い夏でんなあ〜。で、先月と同様に、やっぱり夏にあわせまして、今月は『蛇含草(じゃがんそう)』をお届けしたいと思います。別に聞いて涼しなるという話ではありませんけど、代表的な夏の上方ネタですわなあ。

 まずは主人公の男が、ある人の家に入ってくる所から話が始まるという、落語としてはいたってオーソドックスな型から、この話が始まります。この主人公と“ある人”、別に名前は特定されて出てきませんけど、まあ、仮に徳さんと甚兵衛はんとしときましょうか。そら、外から入ってきたんでっさかいに暑いはずの主人公。あまりの暑さに、ふんどしの上に麻の甚平(じんべい)を羽織っているだけという格好。これを見て、“たとえ薄物(うすもの)の一枚でも着たほうがエエで。かえってそんな格好のほうが暑いねやがな。”と甚兵衛はん。こんなん、身に覚えありますわなあ。上半身が裸の上に直接に半袖のシャツ着るより、中にTシャツ着たほうが、かえって暑うないことて…。

 “そやけど、ここの家は涼しいてエエわ。涼しいようにしたある。格子戸がカラカラカラ〜ッと開けられて、履物はきちっと揃えたある。お家へ上がると、籐(とう)むしろがひいたって、夏座布団が出たある。簾(すだれ)がつってあって、風鈴がぶら下がってるし、庭には水が打ったある。その点、うちらアカンわ。うちの家て、そら暑いでっせ〜。”と徳さんは、自分の家の様子を語り出しますなあ。“うちの路地(ろうじ)て、風も嫌がって入ってきまへんやろ。横手のゴミ箱にはスイカの皮かなんぞが放ってあって、けったいな臭いして、ハエがたかってますわ。うちの戸をガタピシガタピシいわせながら開けると、履物がひっくり返ったある。家へ上がると、砂埃で足の裏ザラザラや。夏座布団てな結構なもんあらへん。うちら年中綿の出たあるような座布団や。また座ったら、座布団にひっついてるごはん粒が足の毛を引っ張りよるわ。西日(にしび)はカンカン照るわ、ガキはギャ〜ギャ〜ほえるわ、そら暑いの暑ないの。”て、聞いてるだけで暑いわ。ここらなかなか我々庶民の生活の様子が出てきて、おもろいでんなあ〜。“そこへいくと、あんたとこはええわ。床の間には山水(さんすい)の墨絵の掛軸…。ほめたらほめ損ないや。なんや、あの汚い草。”と主人公。“あれは、蛇を含む草と書いて、蛇含草(じゃがんそう)というねや。山奥に住んでる、人間をのみ込むようなうわばみ、大蛇(だいじゃ)が、その人間をのんだ後に、腹がふくれて苦しいので、この蛇含草をペロペロとなめると、また腹がすいて元に戻るというもんや。”と甚兵衛はん。“はあ、ほな、それはうわばみの胃腸薬みたいなもんでんなあ。一つおくなはれ。”と、徳さんはこの蛇含草をもらいますが、甚平さんしか着ていないので、入れるところがない。前の紐(ひも)にくくっておきますなあ。

 と、そうこうしていると、甚兵衛はんが火鉢を引き寄せて、餅を焼こうとします。聞くと、親類に祝いごとがあって、餅箱にいっぱい餅をもらったので、焼いて食べようとしていたところやったんですな。で、甚兵衛はんが餅を焼きだします。徳さんは“餅は好きでんねん。”と言い出すと、甚兵衛はんは、“おまはん、酒もよう飲むなあ。それやったら、雨風(あめかぜ)やなあ。”と言います。つまり、お酒も甘い物もイケることを、雨風と言ったみたいですな。私は、この落語ではじめて知りましたけど…。そうこうしているうちに、徳さんは、“ああ、もうエエ。ああ、焦げる。”と、甚兵衛はんが焼いている間に、一つ食べてしまいます。この行儀の悪さに怒った甚兵衛はん、徳さんと言い合いになり、“この餅、皆食うたろかい。”と言う徳さんの相手になって、“それやったら、食べてもらいましょ。”と甚兵衛はん。徳さんも、“餅箱ぐち、焼いて食うたろかい。”と、相手になります。で、甚兵衛はんは次々と餅を焼きだします。普通に食べて見せるのではおもしろくないと、徳さんは“曲食い(きょくぐい)”を始めます。“放り受け”やら“時計”、“お染久松夫婦食い”に“箕面(みのお)の滝食い”、この辺の食べ技が演者の腕の見せ所ですな。なかなか口では表現できませんので、ぜひとも一度御覧下さいね。

 どんどん食べていく徳さん、とうとう喉まで餅が詰まって、動けんようになりますわ。あと二つと餅箱。ど〜しても食べられへんと、悔しいながら帰ろうとします。甚兵衛はんに鏡を借りて、自分の下駄を…、と甚兵衛はんのエエ方の下駄を履いて帰ろうとします。昔、よ〜う風呂屋でこんなんありましたなあ。“体いっぱい餅詰まったあんねやさかいに、人力かなんかひろて、体ゆさぶって帰りや。家帰ったら、寝付いたらアカンで。”という甚兵衛はんの声を聞きながら、表へ出ます。と、言われながらも、しんどいもんでっさかいに、嫁はんに布団をひいてもらって、寝転びます。腹がいっぱいと腹をさすると、何か当たるものがある。そう、蛇含草ですな。“そうや、うわばみが人間をのんで、腹がふくれたときに、腹をすかすためになめる胃腸薬や。”と、これをなめてしまいます。が、これが運のつき。やがて、どうしているか心配になった甚兵衛はんが徳さんの家にやってくると、布団をひいて寝ているとのこと。えらいこっちゃと、寝ている部屋の戸をスーッと開けると、人間がとける蛇含草をなめたもんでっさかいに、餅が甚平を着て座っておりました。と、これがサゲになります。つまり、蛇含草は単なる胃腸薬ではなく、人間をとかす薬やったんですな。しかしまあ、大胆で奇抜なサゲですな。いかにも落語らしくて、おもろいでんなあ〜。サゲ自体は、これをこのまま言葉で言う以外に、“餅が甚平を着て…”と、演者がプーッとふくれた顔をして、その顔をもってサゲとするという型もありますな。

 上演時間はだいたい二十二・三分から三十分ぐらいかと思います。夏のことですから、そんなに長くないほうがいいのかも分かりませんな。全体に笑いも多く、現代でも十分に通じる、おもしろいネタなんですな。最初の徳さんの、自分の家の暑さを一気にしゃべるところ、つまり“タテ弁”のところや、餅を食べた後の、えづきながらのしゃべり、徳さんが家に帰ってきたときに、嫁はんが“ほれ、ここ持ち、持ち。”“もち、もち言うな。”なんか言う所、おもろいですわなあ。しかし、何といっても、このネタの一番の見どころは、餅の曲食いでしょうなあ。あの、いかにも本当に餅を食べているかのように見せる所なんか、なかなか難しいでしょう。

 とにかく、上方ネタとしては非常に有名なものなんですが、それは、それ以上に、東京の『そば清』があまりにも有名だからでありましょう。これは、大食いをするものが、上方の餅ではなく、そばになっているもので、サゲも同様に、“そばが羽織を着て座っていた”となります。これはこれで、あっさりとした風情があってよいのですが、やはり、暑い暑い夏に、しかも甚平を着て餅が座っているという、こってりとした笑いのある、蛇含草の方が私は好きなのであります。

 所有音源は、桂米朝氏、月亭八方氏、故・桂吉朝氏、笑福亭三喬氏のものがあります。米朝氏のものは、適度に笑いがあり、楽しいものですが、それよりもなによりも、曲食いの餅を食べるしぐさが非常にうまいのであります。あの、熱い熱い餅を手で二つに割って食べる所なんかが独特のしぐさで、思い出しただけでもよだれが出ますわ。八方氏は、結構得意ネタとして、よく夏には演じられているみたいですな。八方氏は、やはり、あの最初の徳さんのタテ弁のあたり、まことしやかに、まるで自分が住んでいるかのようにしゃべる、あそこのあたりが絶妙の間で、おもろいでんなあ。吉朝氏のものも、この徳さんに焦点が当たっていて、本当におもろいですな。三喬氏のものは、やはり、所々に新しいものが入っておりまして、古さを感じさせない、おもしろいものでした。拝見したことはありませんけど、故・桂枝雀氏のものは、やはり大爆笑だったそうなので、一度は見てみたかったと今さらながら思いますねえ。私が拝見した中では、米朝氏や三喬氏は言葉のサゲ、吉朝氏は顔をふくらますサゲ、八方氏は両方とも使っておられるみたいでした。

 とにかく、暑い暑い夏の昼下がり、餅が甚平を着ている姿を想像してみなはれ、転げまわって笑えまっせ…。

<13.8.1 記>
<18.3.1 最終加筆>


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