
またも、お珍しい噺です。というよりも、毎度申します通り、もう出すネタのほうが、少なくなってきておりますので、自ずと珍しいもんになるんですわなあ。『ざこ八』でございます。
「ごめんなすって」って、エライ入りですわいな。標準語・江戸っ子ですからな。枡屋新兵衛さんを訪ねてまいりましたのは…、そう、眼鏡屋の鶴さん。十年間、東京に居てたて。それで、お江戸の言葉なんですね。久しぶりというので、孫を抱きながら、新兵衛さんも、話を始めます。鶴さんは、東京の魚河岸で働いてたと。しかし、帰って来たら、この町内も、随分と様子が変わってる。糸屋さんも、随分と儲けて、大きくなったと。また、播磨屋さんは、ここは無くなったけれども、宿替えして、心斎橋に、大きな店を構えてる。「ざこ八さんは?」その、ざこ八さんの店は、潰れてしもた。あれだけ立派なお店やったのに、誰が潰したんかいなあと聞きますというと、「そら、鶴さん、お前さんじゃ。」と、他人事ならん話。
というのも、ご主人というお方は、いたって、お堅いお方。娘さん・お糸さんが一人娘さんで、これがべっぴんさん。今、話をいたしております、鶴さん、今もエエ男ですけれども、十年前は、もっと美男子。ある日、町内の寄り合いで、ミナミの料理屋で会合。帰りしな、ざこ八っつぁんと話をしていると、実は、お糸さんに養子を迎えたいが、誰ぞないかいなと。それやったら、眼鏡屋の弟・鶴さんがエエやろと言うとくと、明くる日、ざこ八のご主人が来て、娘に話をしたら、顔赤うにして、ウンという返事。早速に、親がもういないので、眼鏡屋のお兄さんに、この話を持って行くと、これがお断り。ざこ八さんみたいな立派なお店と、うちとでは、釣り合いが取れませんと。そこを何とかと言うて、話だけでも、鶴さんのほうへしてもらうように頼んで帰って来た。そしたら、『どうぞよろしゅうお頼みいたします』と、鶴さん、本人が来て承諾。これを、ざこ八っつぁんの家へも言うて、結納も済ませて、いよいよ婚礼の晩。鶴さん来やへん。なんぼ待ってもアカンので、風呂屋や床屋探しに行くが、見当たらん。そら、ざこ八っつぁん、怒らはりますわいな。ご主人怒り心頭で、娘はんのほうは、捨てられたと泣くばかり。中に立った柱で、枡屋さん、生きた心地しまへんわ。
これを苦にして、娘さんのほうは、ぶらぶら病。誰ぞ、代わりの養子を世話せんならんと、枡屋さんも、走り回る。ある日のこと、気晴らしにと、お糸さんが天王寺さんへお参り。一心寺の前で、向こうから来た、小便タンゴ担いだ若い男が、鶴さんに瓜二つ。『あっ!』と思わず、お糸さんも足を止めた。付いてた女中さんが、跡をつけて行きますと、猪飼野の立派な百姓家へ。ここの次男さんでしたんやと。早速、枡屋さんが足を運んで、『養子に来てくれ』と。承諾を得まして、首尾よう、婿養子さんにおなり遊ばした。ホッとしたのが、束の間、ある日、仲間の寄り合い、ご主人が都合悪いというので、この養子が代役に出た。滅多に行かんような所で、茶屋酒の味を覚えたんですなあ。毎晩のように、遊びに出る。お糸さんも、別嬪ではございますが、そこはまた、色街の女子とは違う。これを苦にして、ご主人が病の床に付いて、死んでしまう。連れ合い・奥さんのほうも亡くなる。
さあ、こうなりますと、養子の天下。放蕩三昧で、お金も無くなってくる。安もん買いますわなあ。ほな、病気移される。髪の毛は抜け落ち、できもんがでける。町内のもん、奉加帳廻して、お四国さん・お遍路に出す。この途中で、死んでくれたらなあと思うてたら、幸か不幸か、これが帰って来よった。帰って来たら、やっぱり夫婦ですから…、で、お糸さんにも病気が移る。移すだけ移しといて、この養子が亡くなる。かわいそうなんは、このお糸さん。同じように髪の毛は抜け、でけもんができ、仕方ないので、この枡屋さんの世話で、磯屋裏の奥の二畳半足らずの家に、欠けた雪平で、おかいさんすすって生活してるという、ありさま。エライところへ落ち着きましたでしょ。ですから、あの、ざこ八の店を潰したんは、鶴さんやと。
この話を聞きましたからには、鶴さんも一念発起。「改まって、お糸さんの養子に、世話願えまへんか?」と。枡屋さんは、ビックリいたしますが、とりあえず、哀れな姿になった、お糸さんに話を聞きに行く。「どうぞお願いいたします」ということで、改めて、養子と申しますか、一緒になることにいたします。ざこ八を再建するということですわ。鶴さんは、東京で働いて貯めた三百円を、一旦、この枡屋さんに預けておきまして、要る時に貰いに来るので、それまで預かっといて欲しいと。そして、それとは別で、裸一貫から、ざこ八の店を作り上げたいという、こういう話にまとまります。さあ、そうなりますというと、朝から晩まで働き詰め。物売りや出稼ぎなど、ありとあらゆる仕事で得たお金で、元のざこ八があった場所を買い戻す。半分は、元々の雑穀屋、もう半分を米屋にして、“ざこ八”の暖簾を上げる。奉公人も、上下合わせて二十人ほど使うようになる。
物事、好転いたしますと、次から次へというので、枡屋さんに預けておりました三百円で、堂島の米相場に手を出す。倍々ゲームというやつで、お店は益々のご繁盛。しかし、鶴さんも、手堅い方ですから、自分から店に立って、采配をいたしております。立派なお店になりますというと、出入りの商人さんも増えてまいりまして、大丸さんが注文してた羽織がでけたと持って来る。奥へと通ると、今では、すっくり病気も治り、丸髷を結いました、お糸さん・ご寮人さんが待ってなはる。出来上がりを褒められまして、今度はまた、ご寮さんの注文を取って帰る。小間物屋さんが来て、かんざしの注文を受けて帰る。
「魚喜よろ〜し」と入ってまいりましたのは、魚屋。今日は、活きのエエ明石の鯛が入りましたのでと、旦さんに見せますと、造りにしようと、三枚におろしといてくれという、ご注文。奥へ通りまして、台所を借りて、調理を始めようとしますが、ご寮さんがこれを見て、「すんまへん。今日は、精進日やの。明日にして。明日もらうさかいに。」と待ったが掛かる。それは仕方ないと、また鯛を持って、店へ戻ると、旦さんが不思議な顔。理由を聞きますと、「かめへん。食うのは、俺や。料理したらエエ。」と。奥へ通ると、ご寮さんが「精進日や」。これが何回か繰り返されますというと、中に立った柱で、そら、魚屋がツライツライ。
とうとう、奥へ入ってきた旦さんと、ご寮さんの夫婦喧嘩。「主人のわしが鯛食う言うてんのに、どういう訳で、食わさんねや?」「旦さん、ご存知やおまへんが、今日は、先の仏の精進日。生臭いもん散らばると、嫌やさかいに、持って帰ってと言うたんです。」こうなりますと、エライことですがな。先の仏に、店潰され、病気移され、それででも、義理立てすんのんかと、こないなりますわなあ。こっちはこっちで、病気は治してもろたが、頼んで来てもろた養子と違いますやて。ご寮さん殴るわけにいかず、間に入った魚喜の頭殴る。「こんな無茶なことせんでも、よろしいがな。しかし、ご寮さんも、いけまへんで。さっきから『先の仏・先の仏』て、あんまり先の仏のこと言いなはるさかいに…、今の仏の、気に障りました。」と、これがサゲになりますな。もっとも、この後は、腹を立てた夫婦が、それぞれに魚料理・精進料理を誂えて、奉公人たちに、別々に、ご馳走を食べさせる。両方で、お腹一杯になった、お店の衆が、下も向けないぐらいになって、履物を履く。足元に誰か居るので、食べ過ぎて、へたったのかと思うと、これがお乞食さん。「エエッ。お腹空いてる?うらやましいわい」と、これが元来のサゲだということです。たいがい、前半部分の『先の仏』の件りだけで、終わられますがね。
上演時間は、三十分以上掛かりますね。最後まで入れたら、四十分越えるかも分かりません。長い目の話で、ちょっと特別な会ぐらいでしか出来ないと思います。と言うのと同時に、笑いが少ないのも、その特徴ですな。人情噺のような、江戸落語のような感じでございますけれども、しかしながら、これは上方のものらしいですわ。前半は、十年ぶりに、鶴さんが、東京から大阪へ帰って来ての、ざこ八さんの話。まるで、坂道を転げ落ちるような、絵に書いたような話なんですが、ここが、この噺、案外、聞かせ所でもあるんですな。笑いも幸福も、少ないんですが、ここがしっかりとしているだけに、後の上昇部分が、盛り上がると。ただ、ここで、一点だけ、おもしろいのは、この、最初の鶴さんの言葉は、実は、関西弁ではございませんで、江戸っ子・東京の言葉で語るということになっております。これが東京のお方に取りましては、歯がゆい感じがするかも分かりません。関西人の標準語も、なかなかに、苦労するんですよ。そして、後半が、どんどんと繁盛する話へと。“良かったなあ”と思わせておいて、最後にサゲになると。ちょっと違和感があるかも分かりませんが、実は、本当は、その先にまだ噺があって、そこでサゲになるからなんですな。
所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、桂南光氏のものがあります。松鶴氏は、鶴さんの江戸っ子も、豪快に演じておられますが、その受け手の、枡屋さんの語りに、真に迫るものがあり、ここがウマイですわなあ。一番の聞き所となっておりました。そして、その後の、魚喜も、どっちに付くわけにも行かないところが、また、おもしろみで。南光氏も、十二分に、語ったはりました。細かいギャグなんか入れながら。故・二代目桂三木助という方が、うまかったらしく、これから、東京では、故・三代目桂三木助氏が得意にして、江戸落語として、やったはりましたね。
<30.6.1 記>
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