今年は、暑い夏でしたなあ〜。38度を越えるような日もありましたな。しかし、これだけ暑うて、雨が降らなんだら、水不足になるのは当たり前。日本各地で取水制限・給水制限が実施されたというニュースがよくテレビで流れてましたな。まあ、台風11号で解除はされましたけれど…。ということで、今月は水にまつわるネタで、『壺算』をお届けしたいと思います。
まずは主人公が徳さんの家に入ってくるところから話が始まります。徳さんの近所に主人公が宿替えをしてきたということだったので、聞いてみると、やはりその通り。このやりとりの中で“ひっそく”という言葉が出てきますが、漢字にすると“逼塞”。表通りから裏長屋へ、なんていうような落ちぶれた宿替えの意味で使われてますな。最近はめったに使わん言葉ですよねえ。で、主人公が言うには、天窓(てんまど)の上にいた猫がネズミを見つけて、捕ろうとした拍子に三宝(さんぽう)はんの棚の布袋(ほてい)はんを順々に倒して、これが落ちて、水壺が割れたとのこと。この会話の中で、“エエこと言うわ。うちのカカ、もと女郎(おやま)してただけあって。”というのが出てきますが、これは歌舞伎の女形の“おやま”ではなくて、“お女郎さん”のことでっせ。
天窓ちゅうのも、今の家ではあんまり見ませんけど、台所の明り取りですわな。走り元の三宝はんの棚て、台所の三宝荒大神、つまり、おくどさん・かまどの神さん、荒神(こうじん)さんを祀(まつ)ったある棚で、置いたある布袋はん、これも縁起もんで、毎年一回りずつ大きいのんを受けてきて置いたあるもんですな。たいがい、こんなんしたはんのんはお年寄りで、何回か受けてもろてるうちに病気したり、死んでしもうたりして、そのままで残ってしまいますねん。まあ、ここら昔の家の台所の様子を知らんかったら、なんのこっちゃさっぱり分からんでしょうなあ。うちの家も、いまだにこんなんですけど…。
で、割れたんが水壺。たいがいは飲み水を入れて使うてたんですな。元は低湿地でっさかいに、大阪では、井戸を掘っても、飲める水て、そうそう出なかったんですわ。そやから、井戸の水はだいたい洗いもんとか洗濯もんに使うたりして、飲み水は、飲める井戸の水や川の水なんかを買うてたんですな。大阪は水の都、八百八橋てなことを言いまっさかいに、水屋なんてのが川の水を船で回って売ったりしてたんですわ。今と違うて、川の水もきれいで、大川・淀川の水なんかは値が高かったんやそうですな。水道が出来たときに、水屋の組合と市の水道局が大もめにもめたなんかいう話も残ってますわ。井戸水研究家の私としましては、もっと言いたいことはありますねんけど、まあ、これぐらいで…。
それで、この水売りは、一荷い(ひとにない)、一荷(いっか)いくらで水を売ってたんですが、この割れた壺が一荷入りの壺で、ちょっとこれまで不自由をしてたんで、二荷入りの壺を今度は買うてきてほしいと主人公は嫁はんに言われたんですな。そこで、主人公は買いもんが下手なんで、徳さんについて行ってもらえということで、やってきたということ。ここまでくるのに、一苦労しますな。しかし、おもろい話で。
二人は朸(おうこ)・天秤棒を担いで、瀬戸もん町まで行きますが、この行く道中の話がまたおもしろい。買いもんの例え話。古手屋・古着屋へ紋付の羽織を買いに行く話ですな。内容は違いますけど、この辺、ど〜も『古手買い』が私の頭には、想像されてなりませんねんわ。と、瀬戸もん町へやってきた二人。今でも残ってますけど、瀬戸もん屋はんばっかりが並んでるとこですわ。瀬戸もんて、関西では一般的に何でも陶磁器全般に使う言葉ですな。そやけど、日常品は瀬戸もん言いますけど、エエもんは焼きもんとか陶器とかいいますな。この瀬戸もん町にかかってくる件り、“きょうび、なんでも瀬戸もんでできんねん。”というところ、『三十石』の伏見人形を買う所と同趣向ですな。
一軒の瀬戸もん屋の中へ入った二人、“口がのうて、底に穴開いてる。”やとか、“縞柄がぼやけてて、裏がもうひとつや。紋が違う。”なんか最前の古手屋での例え話を持ち出して、いらんことを言いながらも、徳さんと番頭はんの応対で、一荷入りが三円五十銭のところ、三円ということで話が決まり、荷造りして三円払うて、朸を担いで帰ろうとしますが、よくよく考えてみると元来は二荷入りを買うつもり。そこは策があるとみえる徳さん。辻を回って、また元の瀬戸もん屋へ。“こいつのカカに、二荷入りを言われてたんや。すまんけど、二荷入りに換えてんか。”と、元々は二荷入りが一荷入りの倍で七円のところを、六円に値切ります。さすがに買いもん上手。
しかし、ここからが徳さんの腕の見せどころ。“先に銭で三円払たあるやろ。それに、この一荷入りの壺を三円で引き取ってもろうて、三円と三円で六円でエエな。”と二荷入りの壺を二人で持って帰ろうとします。しかし、ど〜も勘定は合うが、銭が足らんのは番頭はん。算盤(そろばん)を持ちますが、ど〜もこの勘定の決着がつきまへん。“大きい算盤と換えてくれ。”やとか、“店で一番算盤のうまい忠助はん呼んできて。”“親旦さん呼んできて。”、“田舎の親に電報打ってくれ。”やとか、あせりながら考えますが、ど〜しても銭が合わん。とうとう根負けした番頭はん、“この壺持って、帰っとくれやす。”“それがこっちの、思うつぼや。”とこれがサゲになります。しかし、元来のサゲは、“この勘定、ややこしな。”“これがほんまの壺算用や。”となっています。これは、昔、勘定が合うが銭が足らんとか、エエかげんな計算、チョンボの勘定なんかの意味で、“壺算用(壺算)やがな”という言葉が使われていたことによるサゲでありますが、現代では上方でもまったくの死語になっています。
上演時間はだいたい二十五分前後かと思います。三十分、それ以上できないでもありませんが、短縮して二十分ぐらいとかではなかなかやりにくいと思います。この話も全編通して笑いが多く、そこへ持ってきて、勘定の所に落語には珍しく、聞き手である我々が頭を使うおもしろい計算が出てきますので、また一風変わった心理を探るネタとして、おもしろいと思います。ヤマ場は、やはり、番頭はんが三円と一荷入りの壺を見て、思案する所ですわな。あんまりしつこくやりすぎると、かえってえずくるしくて、おもしろくなくなってしまいますし、あっさりとやってしまうと、我々聞き手の考えている余地がない。程々がいいのですが、このやりとりがダレない一つのポイントは、カンテキ・七輪を買いにやってきたお客さんと番頭はんのやりとりではないでしょうか。値段を聞くところと、もうちょっと負けて欲しいというところ、二回入りますが、この件りが非常に重要な役割を果たしているように思えて仕方がありません。ほんの数秒の時間の経過や、番頭はんのうろたえぶりがよく出ていて、ここの所は、はずして欲しくない場所であります。東京でも、同じ題で演じられてはおりますが、この商売のかけひきのおもしろさは、やはり、上方に軍配が上がるのではないでしょうか。
所有音源は、故・二代目桂春團治氏、桂米朝氏、故・桂枝雀氏、笑福亭仁鶴氏、笑福亭松喬氏、桂塩鯛氏、桂梅團治氏のものがあります。春團治氏のものは、おなじみの『春團治十三夜』の中からのものですが、やはり、最初の台所の描写がいかにもほのぼのとしていて楽しく、最後の番頭はんのうろたえぶりが目に浮かぶようにおもしろく思えます。壺の値段は三円ではなくて、五十銭でやったはりますし、サゲも、“壺算やがな”でありました。米朝氏のものは、瀬戸もん屋で三円を払う件り、突き銭という、十銭玉をスッと出すのが変わっていて、昔の風俗の参考になりますな。しかし、ここの件りは省いておられるものもあります。枝雀氏のものは、最初の主人公と徳さんの水壺を買いに行くことになる経緯を話すやりとりが全くないという型で、最後は、番頭はんが半泣きになって、大爆笑をとっておられました。仁鶴氏も、夏の得意ネタにしておられるらしく、主人公のアホぶりがとってもおかしいですねえ。松喬氏も、主人公のアホさ加減、番頭はんのうろたえぶりが、いかにもおもろいですな。塩鯛氏のものも、算盤を持ちながらあせる番頭はんの、汗をかきながらの描写がいかにもおもろいでんなあ。梅團治氏のものも、古風な中に、笑いが多く、テンポがあって、よろしいなあ。
しかし、皆さん、こんな手口でサギしたらあきまへんで〜。
<13.9.1 記>
<18.1.1 最終加筆>
![]() |
![]() |
![]() |