新年、あけましておめでとうございます。旧年中はいろいろとお世話になりましたが、どうぞ本年も、この上方落語のネタをよろしくお願い申し上げます。

 さて、今年、平成十四年は午年であります。そこで、新年第一回目のネタは、午にちなみましての、『馬の田楽』をお楽しみいただきたいと存じます。(と書きましたが、実は、この本文を書き終えてから、昨年の十二月の末にABCラジオの『日曜落語 なみはや亭』でも、初代・桂春團治氏の『馬の田楽』が放送されてしまいました。なんか、先を越されてしまったような、エエとこ取られてしもうたような…。)

 お所は、大阪の堺筋。御堂筋が拡張されるまでは、大阪でのメインストリートの一つやったそうですな。馬方さんが、味噌樽を二丁積んだ馬を引いてきて、山権(やまごん)という店の前で馬を止め、荷を降ろすために、中へ入っていきます。よう時代劇やなんかで見るやつですなあ。馬で荷を引くんではなく、荷物を振り分けにして、馬の背中に背負わせるというやつですわ。もちろん、店の前には馬を止めるのに、手綱を巻きつけておく、腕木みたいな棒があったんですが、そこは飼い慣らしてあって、おとなしい馬のことで、用事がすぐ済むと思っているので、しっかりと手綱を結ばないで、スルスルッと棒に巻いただけで入ってしもうた。

 ところへ、やってきたのが、近所の子供らですわ。ああやこうやいいながら、馬を遊び道具にしますわなあ。ま、この手の子供らは、『いかけや』に出てくるのんと、おんなじようなもんですわ。ろくなこと思い浮かびよらん。まずは、馬のお腹の下をくぐろうということになります。中でも、やっぱり怖いし、やめとこてなもんが一人は出てきよる。聞いてみると、前に、腹の下をくぐろうとした時に、馬の“どでん”が出てきて、頭を打って“くさ”ができたことがあるとのこと。“どでん”とは、いわゆるペニスのこと、“くさ”とは皮膚病全般のことですなあ。

 この話を聞きながら、腹の下くぐりはやめにして、今度は馬のしっぽの毛を抜こうということになります。しっぽの毛を抜いて、釣りのテグスにしようやないかということですわな。しかし、ここでもやめとこてなことをいいだすやつがおる。前に、抜こうとして、馬にしっぽを上げられて、ベタベタベタベタッと糞をかけられ、せっかく治りかけたくさが、また一段とひどくなったということ。この糞の話といい、先ほどの“どでん”の話といい、まことに上方色の強い(という言い方にも語弊があるかも分かりませんが…)ものであるのですが、これは単なる一例の型であって、馬の下をくぐるのと、しっぽの毛を抜くのには、様々な理由がつけられていますので、演者によって違うみたいでありますな。なんじゃかんじゃいうてるところへ、やってきたのが、一人の悪ガキ。“そんなもんぐらい、よう抜かんのかい”と、しっぽの毛をグッと抜いた。とたんに、馬が痛がったとみえ、手綱が結んでなかったので、飛び上がって逃げて行ってしもうた。

 さて、山権の店の中では、馬方が店のもんと応対中。しかし、店のもんの様子がおかしい。聞いてみると、この堺筋には山権は二軒あるとのこと。ここが山城屋権兵衛、もうちょっと北へ行った所にあるのが山形屋権兵衛。この名前は、演者によっては逆になることもありますし、山本屋権兵衛になってるものもあります。あんまり決まってしませんねんね…。まあ、いずれにしても、略して山権なので、この馬方はんが間違うてしもうたんですな。と、外へ出てみると、馬がいない。近くには数人の子供。子供らに馬の行方を聞くが、なかなか答えてもらえない。“ボンボン”と、なだめたりしながら聞き出しますが、子供のいうことで、なかなか前へ進みまへんわな。なかなかおもろいとこですわ。ようようのことで聞き出すと、しっぽの毛を抜いたら、馬が逃げていったとのこと。

 あわてて馬方はん、後を追いますわ。で、道々で馬の行方を聞きながら行きますな。道端で掃除をしている人に聞くと、“きょうび、エライもんで、馬方なしで馬が荷を運べるようになったんやなあ”と、感心してたとのこと。そんなアホな。おまけに、空き地で草を食べてたんで、使いに遅れるでと、ほうきで馬の尻と叩いといた。て、せっしょうな話や。年寄りのおばあさんに馬のことを聞いたら、耳が遠いのんか、“馬”を“乳母”と間違えて、何のこっちゃさっぱり分からん。この、掃除をしている人と、耳の遠いおばあさん、順序が逆の型もあります。最後に、酔っぱらいに聞きますわ。“大将”と聞くと、“わしは軍人やない。”といわれ、“親方”と聞くと、“お前みたいな子分、持ったことないわい。”と、なかなか相手にしてもらえん。“馬知りまへんか”と聞くと、“お前、馬知らんの。こう、たてがみがあって…”という調子。“いいえいな、味噌樽二丁付けた馬、味噌付けた馬知りまへんか?”“何、味噌付けた馬?何を言うねん。わしゃ、この歳になるまでな、馬の田楽見たことないわ。”と、これがサゲになります。“馬の田楽食うたことないわ。”としているものもありますね。最近では、あんまり田楽も食べる機会が少なくなってきたようでありますが、串に刺した、豆腐やらこんにゃくやらを焼いたりして、味噌付けて食べるもんですな。関西では、一昔前までは、これを“おでん”というてましたわな。今の煮込みのおでんは、関東煮(かんとだき)でしたわ。つまり、この田楽をふまえてサゲにしているのでありますな。そら、馬の肉て、馬肉・桜肉てなこというて、味噌鍋で炊くことはありますが、田楽にはねえ…。

 上演時間は、十五分から二十分前後の、どちらかというと短い部類に入るネタであります。子供の登場から、最後の酔っぱらいまで、全編通して笑いも多く、寄席で演じるにはやりやすいものかと思われます。子供のやりとりは、いつの時代になっても、結構おもしろく聞ける所ですね。後半の道々で馬の行方を聞いていく所は、『日和違い』と同じような趣向のものですが、設定が全く違いますわな。ここの所も、それぞれにおもしろみがありますわ。演者によっては、工夫ができるところでもあるかと思います。たとえば、風呂帰りのおっさんを出すとか、急病人を医者へ運ぶ人らを出すとかねえ…。しかし、この部分、絶対におもしろくなくてはいけないはずです。でないと、話の筋が通らなくなり、サゲが生きてこないからです。ここらは、演者の腕の見せ所、盛り上げ所なのでありましょうねえ。また、この『馬の田楽』という演題も、最初に見て知らされていると、酔っぱらいのやりとりでの、サゲの前のところで、サゲが分かってしまいますので、このやりとりでの間はなかなか難しいものでありましょう。また、このネタ、元々は上方ネタですが、東京にも移されて、結構よく演じられてきたみたいであります。中には、最初の馬方が馬を引いてくる部分で、馬子唄を入れたりするものもあるみたいですな。まあ、時間的にいっても、寄席では演じやすいし、あっさりと演じることもできますので、東京では定着したのでありましょう。

 所有音源としては、故・初代桂春團治氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、桂米朝氏、故・笑福亭松葉氏(七代目笑福亭松鶴)、笑福亭小松氏のものがあります。もちろん、松葉氏のものは、松鶴氏からの流れのものだとは思いますが、お二方と、初代春團治氏のものには、マクラでは、『三十石』の、船が出る前に、言葉の違いから船頭にどやされる部分での、馬方さんの小噺を使っておられました。春團治氏のものは、『いかけや』と同様に、子供の描写がうまく、また、案外とお年寄りの描き方が大変にイイものであります。もちろん、あんまり状態がイイとはいえないレコードのものでしか聞いたことがありませんので、時間も短くしておられますが、当時の春團治氏の雰囲気がとてもよく出ていて、おもしろいものでありました。松鶴氏のものは、馬の手綱をくくっておくのが、腕木ではなくて表の格子で、子供が実際にお腹の下をくぐって、“どでん”で頭を打ったり、また、馬のしっぽの毛は、釣りのテグスに使うのではなくて、トンボ釣りのスガ糸に使うとなっています。私が知っているトンボとりとは、糸の両端に、おもりとして、銀紙を丸めたものやなんかをつけて、トンボをめがけて、空に放り投げてとるか、または、竹の先にトリモチをつけて、止まっているトンボをとるものですが、これはいずれも“トンボとり”であって、“トンボ釣り”ではないようであります。また、スガ糸という呼び名も使いませんでした。ものの本によると、トンボ釣りとは、竹の先に糸を付けて、その糸におとりのトンボを付けて、それでトンボをとるものだそうで、松鶴氏のトンボ釣りとは、どうやら、この形態のことを指しているようであります。詳しいことをお知りの方は、ぜひともご一報を…。それはさておき、最初の馬方さんの威勢のイイ声、『初天神』と同様に、あの風貌からは考えにくいほどの、子供の描写のうまさ、そして、最後の酔っぱらいは十八番中の十八番で、やはり、おもしろいものでありました。米朝氏のものは、他のお三方とは、ちょっと違う型で、子供が登場する場面では、芋を食べている子供がいたり、“どでん”で頭を打ったのではなく、馬に頭をかまれたということになっているものもあります。この型のものは、現代では演じやすい、非常にあっさりとした流れになっているようでありますね。松葉氏のものも、馬方さんの威勢がよく、子供の描写が大変にかわいらしく、後半部分に盛り上げ場も作られていて、この方にはピッタリのネタのように思えました。確か、私が見たのは、松葉氏が亡くなられてからの、テレビの追悼番組の中でのものだったと記憶しています。なんじゃかんじゃあった後で、七代目襲名が決まってからの、中座での独演会かなんかの模様だったと思いますが、出囃子は松鶴氏の『舟行き』で、立派な高座だったと覚えています。しかし、惜しい人を亡くしましたなあ。襲名後の松葉さんをぜひとも見てみたかった。もっといろんなネタを見てみたかった。関西テレビの『痛快!エブリデイ』の活躍ぶりも見てみたかった。また、小松氏も、病気をされてからの高座でしたので、冒頭部分をカットされ、エエとこ取りの感じを受けましたが、内容自体は、十分、我々に伝わっておりました。これからも、まだまだ、頑張っとくれやっしゃ。

 まあ、ちょっとしんみりしてしまいましたが、とにかく、今年は、この馬が飛び上がって走るように、景気よく一年が進んで欲しいものでありますな。

<14.1.1 記>
<以降加筆修正>


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