
先般、一月二日に桂歌之助氏が亡くなられました。新年早々の訃報に、本当にビックリしてしまいました。まだ五十代でしたもんねえ。そこで、今月は歌之助氏を偲びまして、得意ネタでありました『茶の湯』を取り上げてみたいと思います。
このネタ、実は正真正銘の東京ネタだと思うのですが、上方に移されたのは、この歌之助氏が最初であったと推測されます。よって、本当の上方ネタとはいえないかも分かりませんが、この歌之助氏の功績によって、上方ネタになったといってもイイと思います。
主人公は、ある船場の御隠居はん。倅の息子さんに身代を譲ってしまった後は、楽隠居。郊外にお茶室付きの一軒の家を買い受けまして、そこに付いておりました三軒の長屋の家賃で生活をしております。ま、一人だけでは何もできませんので、丁稚の定吉を付けてもらっての隠居暮らし。別にこれといって用事もないので、一日を退屈そうに暮らしています。ある日のこと、旦さんが定吉を呼ぶと、今、近所をぶらぶらと散歩していたとのこと。船場と違って、閑静でさびし〜い近所を歩いていると、ある家からはお琴を弾いている音がする。隣の家では、生け花。その隣は、盆画・盆石。こんな風流な話をしていると、やはり退屈なので、趣味に何ぞしようということになります。そこで、せっかくお茶室があり、お茶の道具が揃っているので、茶の湯をしようということ。定吉に聞かれると、御隠居はんも、“お茶は知らん”とも言えないので、“お点前がどうの、お流儀がどうのと難しい”とか、“大昔にやっただけなので、所々忘れている”などと言って、お茶だけにお茶を濁す…。て、こんなギャグ、どうどす?
“忘れている箇所は?”と定吉にしつこく聞かれて、“お湯に解く青い粉が何やったか?”と御隠居はん。昔は緑という色、青というてましたな。これの名残りが、信号の緑色。青ていいますもんね。青海苔もそうですな。色は緑ですな。しかし、お茶を飲むというてんのんに、肝心の青い粉が何やったか忘れたて、無茶苦茶な話でんなあ。定吉はこれを聞いて、乾物屋さんで青ぎな粉を買うてきます。あの緑色の、うぐいす餅にかかってるようなやつですな。ま、抹茶とやったら、色はよ〜う似てますわ。そこで、いよいよお茶を点て始め。炉(ろ)には山盛りの炭、その上にからけし(消し炭)をくべ、釜を置いてお湯を沸かします。茶碗には青ぎな粉を、そこへ湯を入れて、ぐるぐるとかき混ぜます。しかし、何か話に聞いているお茶と違う。泡がないんですな。これを言うと、また定吉が荒物屋はんでむくの皮を買うてきます。昔の石鹸みたいなもんですな。洗濯なんかによう使うてたらしいでんな。これを湯に入れてかき混ぜると、エライ泡。そらそうですわな。泡が鼻についてなかなか飲めへんのんで、泡を吹いて、茶碗の向こう側にやっている隙に、ガブッと。これまた、エライ味や。
二人で毎日毎日、こんなことやっているので、しまいに毎日腹が下ってしまう始末。そこで定吉は誰ぞに来てもらって、飲んでもらってはと言い出します。“船場の旦さんに…”と言い出しますが、そんなもん、御隠居はんが呼べるはずがない。そらそうですわ、本当のお茶を知ったはるんですもんな。そこで、借家のお三方に来てもらおうということになり、早速定吉が使いに参ります。さあ、そこで困ったのは借家の住人。豆腐屋さんに大工の棟梁、手習いの師匠。お流儀のお点前のといわれても、元より何にも分からん豆腐屋はん。宿替えでもしようかというてるところで、棟梁の所に相談に行くと、ここではすでに宿替えしようとする所。棟梁も同じことで、それではもう一方にもお誘いがきているはずと、二人で師匠の所へ。しかし、ここでも宿替えしようとしてまんねんな。“元は立派なお侍やったさかいに、茶の湯ぐらい知ったはりますやろ”と二人に言われ、“知らん”とも言えんようになった師匠、“飲み方ぐらいは知ってる”と、三人揃って御隠居はんの所へ。
御菓子が出ましたが、御菓子を先に食べてエエもんやら、お茶を先に飲むもんやら、さっぱり分からん師匠。やがて、師匠の前にお茶碗が運ばれます。とりあえず、三度回すということだけは、どこかで聞いた記憶があると、茶碗を持った手ごと円を描くように三度回して飲む。笑いますなあ。茶碗を手で回すんですがな。しかし、何にも分からん他の二人も、これに続いて飲んでしまいます。さあ、これに自信を持ったためか、御隠居はん、親類・近所のもん、とにかく誰でも招き入れてお茶を振る舞う。そうなると、お茶は飲めたもんやないんで、飲むふりをして、御菓子だけはちゃんとしたもんなので、御菓子だけを持って帰るやつが出てくる。
やがて月末になり、菓子屋からの請求書を見た御隠居はんはビックリ。そらそうですわな。いくら船場の大家の御隠居はんとはいえ、そこは長年の始末ぐせがついてはいるし、また、それほどのお金を蓄えているわけでもない。こらかなわんと、今度は御菓子も自分で作るようになりますわ。サツマイモを一俵買うてきて、蒸し、すり鉢ですり、糖蜜を入れ、隠し味に塩も入れて練りますわ。これを盃に押し入れて、型抜きしようとしますが、引っ付いて抜けない。そこで、行灯(あんどん)なんかの明かりに使う、灯し(ともし)油を盃に先に塗っておいて、サツマイモを押し入れ、型抜きする。光沢があって、上から白ゴマなんかを振ると、なかなかエエ御菓子に見えますわ。そやけど、油でっせ。しかも、灯し油。
これを御菓子に出して、青ぎな粉をお湯で溶いて飲むんでっせ〜。エライもんできますわ。と、そうこうしていると、お茶を始めたと噂を聞いた御隠居はんの知り合いが、御隠居はんを訪ねてやってきます。この方は、本当の茶の湯を知ったはるんですな。お茶を一口飲むと、これがエライ味や。口直しにと、御菓子を食べると、これもエライ味。とても食べられたもんやないんで、懐紙(かいし)に包んで懐へ。そうしているうちに、御菓子の油が着物の袖に染み出してきた。こらかなわんと、とりあえずお手水(お手洗い)へ。袂(たもと)の御菓子はどうもこうもしょうがないので、捨てる所を探して、ようようと隣の畑へ放り投げます。と、これが、野良仕事をしていたお百姓のほっぺたにベチャ。何かいなあと見たお百姓が、“ああ、また茶の湯か”と、これがサゲになります。御隠居の家の隣の畑なので、しょっちゅうお茶を飲みにきた人が、窓からこの御菓子を放り投げてたんですな。それで、“また茶の湯か”ということになったわけです。
上演時間は約三十分ぐらいかと思われます。そんなに大爆笑を取れるという類のネタではないので、私もそれほど好きなネタではないのですが、何ともいえんおかしみがありますわなあ。人間、知ったかぶりをすると、エライ目にあいますなあ。御隠居はんといい、手習いの師匠といい…。それがこのネタの一番の教訓ではないでしょうか。そして、その点が次々と出てくる笑いのツボとなっているのでありましょう。とりあえず、落語特有の会話の部分で話が進んでいくのではなく、地の、語りの、つまり台本でいうト書きの部分をもって、次々と話が進行していきますので、やはり上方ネタとしては合い入れないところもあるかとも思います。それがこのネタの最大の難点で、話の運びが難しいゆえんだと思います。ストーリーとしては、おもろいんですがなあ…。
所有音源は、故・桂歌之助氏、他に桂こごろう氏のものも聞いたことがあります。歌之助氏のものは、やはり話の運びがテンポよく、大爆笑とはいえませんが、所々で笑いを取っておられるという、楽しいものでありました。こごろう氏のものも、結構とテンポが早く、なかなかのものでしたが、もう少し笑いを取って欲しいところでしたな。東京のものでは、故・三代目三遊亭金馬氏なんか、得意ネタでよく演じてはったみたいで、特に、いつもの子供、丁稚さんの描き方が独特のものであって、話の運びが非常にスムーズな、おもしろいものでありました。やはり、この方のなんかを聞いていると、これは東京落語に合うネタなのかなあと思いますよねえ。ちなみに、同じ『茶の湯』という演題の落語は、他にもありまして、風呂屋でお茶のしぐさをするというバレ(ちょっとエロチック)話なんかもあるみたいですなあ。ちょっと詳しくは知りませんので、また何かの機会に…。
しかしながら、これを上方に移したと思われる歌之助氏も立派なものでございます。私は生で高座を拝見したことはなかったのでありますが、子供の頃からよく、京都の新京極に近い“かねよ”という鰻屋さんでの“かねよ寄席”のポスターに、名前が書かれているのを拝見していました。扇朝から、歌之助を襲名しはって、出囃子は“たぬき”でしたな。一昔前では、故・三代目林家染丸氏、故・四代目林家小染氏、そして、現・林家小染氏も“たぬき”ですが。とにかく、なんともいえん、大爆笑型の噺家さんではありませんでしたが、どこかちょっちょっとした皮肉な所に笑いのあるような、どちらかというと、大阪的というよりも、京都的・東京的な笑いのある方だった歌之助氏、非常に残念であります。亡くならはって。歌之助氏自身、なかなか風流な方だったと聞いていますので、この『茶の湯』というネタ、きっとご自身が好きだったネタだったんでしょうねえ。
<14.2.1 記>
<22.5.1 最終加筆>
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