あけまして、おめでとうございます。さて、新年第1回目のネタは、正月にふさわしいネタを選びました。この初天神というネタは、正月の初席によくかけられる話で、いかにも大阪らしい風情が漂っております。

 さて、題名からいきますと、初天神とは、一月二十五日のことでありますが、大阪では毎月二十五日の天神さんの市というものは、もうほとんどなくなってしまったといってもよいのですが、京都の北野天満宮では、まだまだ盛んであります。京都では、毎月二十五日に正面の石鳥居から本殿に続く石畳の両側、また、周辺の道路にも露店がたくさん出ています。特に、一月の初天神、十二月の終い天神は、いつもよりたくさんの人出でにぎわっています。さすれば、この初天神という話ができた時代では、大阪でもおそらくいっぱいの人出だったのでしょう。

 内容は、父と子の親子二人が初天神の一月二十五日に天満の天神さんへ参詣するという話であります。この話の入り(はいり)の「かか、羽織り出せ」というのが、他の話のように、「こんにちは」「こっちはいり」という単純なものでなく、なぜかものすごく新鮮に思えます。その後に、子供が学校から帰ってきて、夫婦の話の中に入り、向かいのおっさんに夫婦の内緒事をしゃべるあたりなどは、分かっていないようで、実は何でも分かっているという子供の実情に思えて仕方ありません。「五銭やるさかい続き言い」「寅公、銭もろて言わんと帰って来い」という掛け合いなど、実に面白いところです。

 そんなこんなで、親子二人が天神橋を渡ってから覗く店は、果物屋・飴屋・みたらし屋・おもちゃ屋(いか屋・凧屋)というのが普通の型でありますが、みたらし屋が省かれたり、みたらし屋まででサゲを付けずに降りる場合もあります。それぞれの店でそれぞれの見せ場があり、なかなか面白いのですが、特に私が好きなのは、飴屋の前で父親が飴屋に向かって、「飴屋、こんなとこに店出すな」というところ、また、その後に、「ここにある一つ一銭の飴、一つなんぼや」という“ウロ”がくるところで、子供に物をせがまれている父親というものがよく分かります。

 おもちゃ屋というのは、凧屋で、昔の型では凧あげではなく、いかあげでありました。昔、関西では、現在の凧を“いか”と言っていたようであります。『辻占茶屋』というネタの中の下座に、“財布はカンカンいかのぼり”というのがあります。その凧を裏手の馬場(ばんば)であげるのですが、この馬場は、昔、大阪では凧あげにうってつけの場所であったようです。この凧あげに夢中になった父親に、「こんなんやったら、連れてくんのやなかったわ」と子供が言うのがサゲになっています。何とも面白い風景であります。

 このネタ、時間の方は、短くて十五分前後から、長くて三十分前後と、幅が広いのでありますが、それは、冒頭の父・母・子の長屋でのしゃべりと、天神さんの境内での物売り店の場面を削ると、相当時間が短縮されるからであり、笑福亭松鶴氏は短くやっておられました。先述のように、初席は出演者が多いため、自然と一人当たりの持ち時間が少なく、そのため、短縮されたバージョンがよく高座にかけられるのであります。私の所有音源としては、故・初代桂春團治氏、故・四代目桂文團治氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・露の五郎兵衛氏、笑福亭仁鶴氏、笑福亭福笑氏、桂南光氏、笑福亭松喬氏、桂雀三郎氏、露の都氏のものなどがあります。

 春團治氏のものは、もちろんSPレコードのものなんですが、あの凧のうなりの部分なんか、何ともいえん、おかしみがありますよねえ。あんなとこなんか、おそらく高座で凧のマネしてはったんでしょうなあ。また、文團治氏の最初の長屋でのしゃべりや、凧のうなり、本筋の話の中ではないのですが、松鶴氏のマクラでの集金の小噺、飴を食べながら歌を歌う子供のふりや、凧あげのふり、五郎兵衛氏や仁鶴氏では、みたらしを食べながら父親と同じセリフを言う子供のふりなどが、非常に面白いものであります。福笑氏のものも、向かいのおっさんが妙に落ち着いていて、ちょっとおもろいん。都氏も、女の方であるからこそ、おかみさんの気持ちが出てて、よろしいわなあ。上演頻度は高いので、結構いろいろと聞かして頂いております。

 最初から最後まで、とにかく笑いの絶えない面白い話ですので、聞いたことがないという方は、是非一度お聞き下さい。生で聞くと、より一層大笑いできます。

<12.1.1 記>
<21.6.1 最終加筆>


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