暑うなりましたなあ。そらもう七月ですもんなあ。そこで、夏のお噂を一席。『次の御用日』いきまひょか。

 お所は船場の商家。堅木屋佐兵衛さんというお家。旦さんが丁稚の常吉を探していると、常吉は昼御飯を食べている最中。佐賀屋はんへお使いに行っていたので、店のもんの中で一番最後に御飯を食べ始めたということ。用事があるので、“早う食べ”とせかす旦さん。しかし、そこはまだ子供の丁稚さん、ブツブツぼやきながら御飯を食べますな。“御当家は、丁稚使いの荒い、金使いの細かい”とか、“よそでは夏のお昼にはおやつが出んのに、うちは出えへん”とか…。聞いていると、その用事とは、いとはんの縫物屋行きのお供をするというもの。どうしても他の丁稚では用が済まんので、御飯を十三杯食べてから出発します。て、化けもんやがな。しかし、今でもか知れませんけど、昔は、ようありました、お供はどの人でないとアカンというもんねえ。虫が好くというか、ウマが合うというか…。しかし、この常吉がお店を出て行くところ、店の人に“気ィつけて行こぞ”と言われて、“気ィつけるために一緒に行きまんねん”というようなやりとり、この常吉の性格をよく表しているとは思いません?賢いところもありながら、ちょっとませた感じや、皮肉なところ、昔の丁稚さんをうまく表現してありますよねえ。

 常吉はゴジャゴジャ言いながら、いとはんのお供をして縫物屋へ。この堅木屋佐兵衛さんというお家には、娘さんが一人しかおりませんので、近所では、お年頃になって、どなたか御養子さんをもらいはんねんなと噂が立っていると、そんな話ですな。ここで言うときますけど、ここでは一人娘さんなんで、“いとはん”と“とうはん”は同じことですよ。まあ、そんなこんなで、住友さんの浜へとかかってまいります。どうもこの辺は、夏の昼下がりでも随分と寂しいところやったそうです。実は、この辺は演者の方が細々と説明してくださるんですが、私は京都の人間なんで、イマイチその地理的関係がちょっと分かりまへんねん。スミマセン。

 ここで、東横堀のあたりの夏の昼下がりの物憂い感じを出すために、様々な売り声が登場します。だいたい夏の売り声は陰気なものが多く、よしやすだれ、寝ござにところてん、金魚屋などなど。しかし、例外もある。御陽気なのが、かち割りの氷屋はん。もし、金魚屋はんと氷屋はんの売り声を代えてみると…。金魚は鼻打ってしまうし、氷はとけてしまうという具合。この件り、二代目桂春團治氏の『春團治十三夜』の中の有名な『豆屋』のマクラで、鰯屋はんと金魚屋はんで同じようなのがありますな。この売り声の部分は、会話の部分ではなくて、演者の地の語りの部分で進められていきます。

 話は元に戻りまして、そんな寂しいところを二人で歩いていると、向うからやってまいりましたのが、この堅木屋さんの借家人で、天王寺屋藤吉という男。夏の日盛りのなかでっさかいに、下はふんどし一丁、上ははっぴを一枚、頭の上へかざして、日よけにして歩いてくる。この姿が、背の高〜い人に見えたのか、化けもんに見えたんか、とうはんが怖がって、家へ帰ると言い出した。しかし、帰られては常吉はお供の仕様が悪いといって怒られると、子供ながらに考えて、その辺にたくさんあるぼろ屋はん、屑屋はんの用水桶の陰にとうはんをしゃがませて、その上から常吉がおおいかぶさって、隠れてやり過ごそうとした。ところが、事情を察知した天王寺屋藤吉、家主の娘を脅かしたれと、洒落のつもりで、その用水桶に隠れているとうはんの頭の上で、はっぴをかざして、『アッ』という声を出した。

 怖い怖いと思うてたとうはん、頭の上で『アッ』と声を出されて、その場にウーンと気絶してしもた。常吉は急いでお店へ帰って、店で事情を話すと、店のもんは、慌ててとうはんを迎えに行く。お医者はんに見せて、息は吹き返したが、健忘症・記憶喪失になってしもうた。かわいい一人娘をこんな目に合わされたのが悔しいと、旦さんは願書をしたためまして、おおそれながらと西の御番所へ訴えて出る。

 原告・被告双方に指紙というものが届きまして、お白洲が開かれます。正面の稲妻型の襖がスッと開きますと、お奉行さんが出てまいります。ま、この辺の描写は『鹿政談』『佐々木裁き』なんかでもおなじみですわな。お奉行さんが書類を読むときは、目で読まん口で読まん、目と眉毛の間で読むという、道頓堀のくいだおれ人形みたいに演者が眉毛を動かす所、おもろいでんなあ。とりあえず、裁判が始まる。事情を一番よく知っているのは丁稚の常吉なので、一同が常吉の話を聞くことになりますが、これがなかなか話が進まん。このネタの最初の昼御飯のところから話し始めて、天王寺屋藤吉が『アッ』と言ったことで、とうはんが健忘症になったと説明し終わります。

 お奉行さん、今度は天王寺屋藤吉に事情を聞きます。お奉行さんの立場上、『アッ』というアホ声をお白洲では言いにくいので、ちょっとためらいましたが、どうしてもしょうがないので、“『アッ』と申したであろう”と言うと、天王寺屋藤吉は“『アッ』とは申してはおりませぬ”とのこと。『アッ』と言ったからこそ、健忘症になったのは明白というお奉行さんと、『アッ』とは言っていないとする天王寺屋藤吉。言い合っているうちに、お奉行さん、『アッ』の声が出にくくなったとみえ、“一同のもの、次の御用日を待て。”とこれがサゲになります。つまり、声が出えへんようになったんで、裁判は次の御用日、次の公判にするということなんですな。実際に『アッ』の声を聞いていると、おもしろいサゲなのですが、ちょっとこれだけでは分かりにくいとも思われますので、“次の御用日を待て。この裁判、喉が痛うなったわい。”という一言を付け足しておられる型のサゲもあります。どちらかというと、私はこの付け足してもらったサゲの方が分かりやすくてイイと思います。

 上演時間は二十分から二十五分ぐらいかと存じます。そんなにも時間に伸縮ができないかもしれませんね。普通に考えると、夏の売り声の件りは、話の流れにはあんまり関係ないようにも思われますので、省けないこともないかも分かりませんが、ぜひとも残しておいてほしい所ですね。しかし、このネタが出来た時には、入っていなかったんでしょうねえ。多分。それが、演者の手を経ていくうちに、このように練り上げられていったんだと思います。暑い夏の昼下がりの風情がよろしいなあ。笑い所としては、最初からちょこちょことあるのですが、やはり、最後のお奉行さんが『アッ』を言う所でしょうなあ。しかも、一番最初の、周りを見て、一瞬ためらってから言う『アッ』ですよねえ。大笑いできる爆笑ネタではないのですが、風情のある、所々におかしみが多いネタですな。

 一応、常吉どんが話の筋を運んでいきますので、常吉どんの描き方もおかしみを誘うものとして、難しいのでしょうなあ。まして、子供のことですし。それにつけても、私が不憫に思うのは、このとうはんのことですわ。落語には、どないなんのんかいなあと思って、最後に物事の決着がつかないことも多いのですが、それにしてもかわいそうやと思いませんか?あんなことで記憶喪失になって、一生を棒に振ってしまうとは。東京でも『しゃっくり政談』という同じ内容のネタがあるんですが、こちらの方も、とうはんは記憶喪失のまま。こんなことを考えると、夜も寝られない、寝られない。どうにかしてあげとくれやす。

 所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・桂文枝氏、笑福亭仁鶴氏、桂塩鯛氏のものがあります。松鶴氏のものは、やはりうまいものですな。子供・丁稚さんの描き方は、いつものように絶品で、お奉行さんの眉毛と目の間で読むとか、交通巡査の押し言葉のまねなんかでよく笑いを取っておられました。私は音でしか聞いたことがないのですが、ぜひとも振りも付けて見てみたかったと思います。また、『アッ』の声が普段の松鶴氏の声では想像のつかない奇声で、ビックリした記憶もあります。文枝氏は、お若い頃のものだと思いますけれども、『アッ』の声がテンポ良く、何回も出てくる、おもしろさがありましたね。裁判の件りに、盛り上がりがありまして、非常に、最後のサゲが生きてくる演出のようでした。仁鶴氏のものは、お歳を召してからのものしか、聞いたことがございませんので、ゆっくりとしたテンポのものでしたが、おもろいもんでんなあ。あの、『アッ』の声が、松鶴氏とは、似ても似つかん声で、これがまた大爆笑。塩鯛氏のものも、よかったですなあ。長屋の話がお得意なのかなあと思っていたそれまでの私の先入観が覆されました。商家やお奉行所という品格のある場所でも、その品格がそれぞれに出ていて、立派なものでした。ちなみに、天王寺屋藤吉の職業ですが、塩鯛氏は様々な速記に書かれているとおりに、消防方・まとい持ちとされていますが、松鶴氏はとび職とされていました。

 とにかく、とうはん、この後どないならはったんやろか?

<14.7.1 記>
<20.2.1 最終加筆>


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