今年も、もう押し迫ってまいりました。年末恒例のものとなりますと、数々ありますが、年末ジャンボ宝くじも、その一つでしょう。発売日には、テレビのニュース番組かなんかで、東京・銀座の売場で、行列作ったはる映像が必ずといっていいほど映し出されますよねえ。今年も十一月二十六日の発売日には、そうでしたな。一等が二億円、前後賞を合わせると、三億円にもなりますねんなあ。一昔前に、前後賞合わせて一億円になったというて、大騒ぎしてましたのにねえ。夏のサマージャンボと並んで、賞金額が高いんで有名なんですが、やっぱり、この年末・年始て、何かと物入りですし、当たったらよろしいねんけど。そういやあ、ちょっと前まで、買うのに補助券みたいな、予約券みたいなん要りましたな。あらかじめ、宝くじ売場であれをもろといて、ほんで発売日以降に買いに行ってましたわ。また、抽選日が慌しい大晦日の昼間で、夕方のニュースかなんかで当たり番号がテロップで出まんねんけど、スッとしか映らへんし、番号がよう分かりまへんねんな。そやさかいに、元日の分厚い朝刊広げて、当たってるかどうか確かめますけど、これがなかなか当たらへんがな。私ら、よう神棚に、三宝はんの上に、買うてきた宝くじ乗せて置いてましたけど、それでも当たらんわあ。そういやあ、昔、日本テレビの『DAISUKI!』で、宝くじグループ買いしたはりましたなあ。ま、前置きは、この辺でエエとしまして、その年末ジャンボ宝くじにちなみまして、今月は上方落語の代表作でもあります、『高津の富』をお届けいたしましょう。

 主人公というのは、田舎風のおやっさん。大阪の北は大川町に、たくさんの宿屋さんが軒を並べていた時分のことで、その中の一軒の宿屋さんに入ってまいります。“一人じゃが、泊めてもらえますかえ?この大阪に金の取り引きのことで出てきましたんじゃが、五日が十日、十日が半月になるやもしれんが、やっぱり宿賃は、先になんぼか払うとかないかんかいなあ?”と、宿屋の亭主とのやりとり。“宿賃は、お立ちの節で結構でございます。”という亭主の言葉を聞きながら、この宿屋へ泊まることにします。“旦さんに、おすすぎを。”と亭主が言うのを制して、“足は雪駄(せった)を履いてるで、汚れてやない。”と二階の部屋へ。亭主がそこへお茶を持ってきたので、このお茶を飲みながら、自分のことをボチボチとしゃべり出します。このおやっさん、因州は鳥取の在のお方で、地元では金持ちとか物持ちとかいわれていて、この大阪に二万両の金の取り引きでやってきたとのこと。この前、その自分の家の前に泥棒がやってきたと店のもんが言っているので、金が欲しいて来たんやろう、手向かいしてケガでもしたらかなんと、戸を開けて中に入ってもらえと奉公人に言ったが、怖がって、なかなかよう開けへん。しょうがないと、おやっさんが戸を開けるてやると、入ってきたんが十八人の盗賊。金蔵へ案内してやったら、千両箱を運びよった。夜が明けると、物音がせんようになったんで、金蔵の中を見に行ったが、アカンもんや、千両箱がたった七十五しか減ってない。盗人も、割に欲がないもんやなあ。って、エライ話や。しかし、どないして賊が表に来てるて分かったんやろ?だいたい、誰も分からんように盗みに入んのと違うねやろか?

 もう一つ。おやっさんのお店のおなごしさんが、漬けもんの重しにする石が丸くて持ちにくいので、何かイイものがないかと言うので、持ちやすい角の千両箱を五つほど放り出しといたら、どういうわけか、一つずつ減っていく。おかしいなあと見ていると、減るはずで、出入りのもんが一つずつかたげて帰る。とかく貧乏人は、あさましいもんじゃないかいなあ。って、これもビックリする話や。しかし、昔の金の小判が詰まってる千両箱て、どエライ重たいもんでっせ。重しがききすぎまっせ。また、おやっさんの家て、どのくらいあんねやろと思いますやろ。番頭さんから、裏の離れが新築できたと聞かされたので、番頭の案内で屋敷の中をどんどん歩いて行くが、日が暮れても離れに着かん。一日で行けへんので、途中で帰ってきた。て、えげつない広い屋敷やがな。松方弘樹や杉良太郎の豪邸でも追いつかへんわ。

 と、自分が金持ちやと自慢していると、そこにつけこんだ亭主。宿屋商売だけでは、生活が苦しいので、いろいろとお世話をしたり、周旋をしたりしている人で、明日、久しぶりに高津神社で富が開かれるので、その富札をおやっさんに買って欲しいということ。この札が一枚だけ売れ残ってて、番号が子の千三百六十五番。当たりの一番が千両、二番が五百両、三番が三百両。“これぐらいのはした金が増えても、邪魔になるだけや。”とおやっさんは言いますが、おもしろ半分に、この富札を一分で買い受けます。しかし、別に当たっても、どういうこともないので、“もし、何か当たったら、当たった賞金の半額は、この亭主にあげる。”と言い、それから食事の支度を頼みます。

 っと、ここままでは良かったんですが…。実は、このおやっさんというのが、お金持ってまへんねや。ほんで、さいぜんまで大事に残してた最後の一分を富札に買ったので、今は、正真正銘の一文無し。からっけつですわ。最初から、金持ってるふりしといたら、何日か泊まっても、宿賃の催促には来やへんやろうという算段。エエ加減飲み食いして、逃げてもうたろということですわ。ちょっとおもろいですけど、亭主の側にするとエライ災難でっせ〜。こんなからっけつのおやっさん泊めて。しかし、身なりや言葉使いで分からんかったんやろか?『竹の水仙』やら『抜け雀』やったら、何日かしてから亭主が払いを取りに行きますけど…。ま、いつも述べておりますが、このおやっさん、鳥取の出と言っていますが、別に落語の中で鳥取の言葉を使わんならんことはないんですよねえ。江戸時代の将軍さんや、水戸黄門さんが関西弁使ってもおかしくないんです。上方で演じられているんですから。しかし、このおやっさんの場合は、どうなんでしょう。本当は、鳥取の言葉でしゃべったんでしょうか?それとも、ベタベタの関西弁?話の中では関西弁でイイんですが、本当に関西弁でしゃべってたんなら、亭主は気づくはず。ここら、ちょっと一考の余地がありますな。別に、演出を変えろという意味ではございませんよ。

 その後、一杯飲みながら、ご飯食べて、ゴロッと寝てしまいます。明くる朝、早う起きましたが、別にすることもない。かというて、亭主に言うたことの手前もあるので、“二万両の取り引きがある。部屋にはちょいちょいと気を付けてくれるように。”と、宿屋のもんに言い残して、外へ出ます。が、お金もないので、行く所とて、別にございません。大阪市内をウロウロといたします。

 一方、高津さんでは、いっぱいの人。物売り店なんかも出てますわ。正面の拝殿には、白木の箱が三宝の上に乗せてあって、中に番号の書いた木の札が入れたある。十歳ぐらいの男の子が熨斗(のし)目の金襴を着まして、手には錐(きり)の柄の長いのを持って立ってます。これで、中の札を突くんですな。世話方もぎょうさんウロウロしてる。集まった群集はといいますと、好き勝手なことを言うてます。と、この辺から、ちょっと話が、からっけつのおやっさんの所から離れまっせ〜。

 中の一人、辰の八百五十七番の札を持ってる男、この人は、二番が自分に当たる夢を見たので、五百両もらえると言い出します。この五百両を、この人が何に使うか、聞きたいでっしゃろ?へえ、聞きとないてか?聞きとのうても、言いまっせ。まず、心斎橋の大丸で浜縮緬(ちりめん)を一反買い、これを京へ紺に染めにやる。出来上がったんを、真ん中からプツプツッと切って、両方を縫うと、細長い財布ができるので、これに、小判やのうて、細かい銭に替えた五百両を入れ、丸めて懐へ入れると、布袋はんみたいな腹になります。この人のなじみのエエのんが、新町にいて、歳がテンナラ(二十二)。いつもはスッと上がりますけど、五・六軒手前から鼻歌を歌いながら歩いて、素通りしかけると、お茶屋の中では、この女が気をじらして、おちょぼに行かせようとしますが、いねむって、なかなか起きひん。しょうがなしに、自分で外へ出て行って、金が無いというのを無理矢理に、お茶屋の二階へ。そこで女がかんざしを抜いて、おちょぼにお金に変えにやって、一両という金ができる。このうち一朱をおちょぼに祝儀として、男から渡したということにして、残りをここの払いにする。お金が無いのを分かっているだけに、男に“はよ寝え。”と言いますが、この人、“酒五十本、茶碗蒸し百ほどいうて来い。”と言い出します。“そんな手荒いことを…。”と女が言うてるところへ、さいぜんの金をドーンと前に放り出す。女は、“住友はんに入った賊の片割れか。”とか言いますが、“高津の富が当たったんや。”と、ここで正直にこの人が言う。ほんで、この女を一文も値切らずに身請けして、小粋な家を一軒買うて、二人で暮らす。朝起きたら、風呂屋へ風呂入りに行く。帰ってきたら、お膳ごしらえができてあって、二人で飲んで、寝る。で、起きたら風呂屋、帰ってきたら飲んで寝る…。て、これ、富が当たったらの話でっせ〜。当たらなんだら、うどん食うて寝るやて。しかし、エライ長い計画立てたはんねんなあ。

 ごじゃごじゃいいながら、時刻がやってきたもんとみえまして、さっきの男の子に目隠しをして、箱をガラガラと揺らして、男の子に錐の柄の長いやつで札を突かせる。まず一番が、子の千三百六十五番。“すれた、すれた。”とうなる人がいる。聞いてみると、たった六百。って、エライすれやがな。二番はというと、辰の八百五十一番。さっきの男の持ってた札が、辰の八百五十七番。一と七で、読んでみると、ちょっとの違い。このはずれる所、おもろいでんなあ。三番も突き切りまして、当たりの番号は紙に書いて貼り出され、群集はザワザワと帰りかけます。ところへ、さっきのからっけつのおやっさんが、高津さんへとやってまいります。当たり番号の書かれた紙を見て、自分の買った富札と見比べますが、なかなか当たってない。口に出して何べんか読んでいると、ちょっと似た番号が…。そうそう、一番富の子の千三百六十五番。一番が当たりましたんやわ。ここもおもろいですなあ。こらエライこっちゃ。顔色が変わって体を震わしながら、ようようと宿屋へと帰ってきます。ホラを吹いてる手前、千両が当たったといわれへんので、二万両の取り引きがこじれたと理由をつけながら、二階の自分の部屋に床を取ってもらって、頭から布団かぶって寝てしまいます。

 そんなこととは知らん宿屋の亭主も、自分で売った手前があるので、一足遅れて高津さんへ。おやっさんに売った札の番号を控えていたので、これを見比べると、一番が当たってる。何が当たっても半分ずつしようと言われていた手前、五百両もらえるとなると、亭主も震えながら家へ戻ってきます。顔色が悪いので、おかみさんが聞くと、高津の富が当たって、五百両もらえるということ。祝いに風呂に酒入れて、酒風呂にしようとしますが、肝心のおやっさんの様子を聞くと、二階で気分が悪いというて寝てるとのこと。そんなじゃらじゃらしたことがあるかいなあと、急いでおやっさんの部屋へ。亭主は枕元で、高津の富が当たったと大騒ぎしますが、おやっさんは布団から首出して亭主を見ると、下駄を履いたまま、座敷へ上がり込んでいる。あまりのうれしさに、下駄脱ぐの忘れてましたんやな。それよりも、起きて祝い酒を飲んでもらおうと、布団をめくりますと、おやっさんは雪駄履いて寝ておりました。これが、サゲになります。つまり、宿屋の亭主も下駄脱ぐのを忘れてたんですが、おやっさんも、うれしさのあまりに雪駄脱ぐのを忘れて、布団へ入ってたんですわ。想像してみると、なかなか滑稽で、おもしろいですよねえ。

 上演時間は、三十分から四十分前後、割りに長い目の話ではありますが、上演頻度は結構多いです。場面がゴロゴロと変わりますし、内容もおもしろく、筋立てがしっかりしていますので、退屈しませんな。前半の聞きどころは、おやっさんの自慢話でしょう。盗賊の話、千両箱の話、そして離れの話のところは、省かれることも多いようですな。二つぐらいで十分ですもんね。入れても、入れいでもエエといったところでしょうか。でも、この自慢話の箇所は、随分と難しいようにも思えます。本当は、からっけつなのに、金持ちのふりをして話すんですが、この内容自体がとてつもなく大きな自慢ですので、我々観客にイヤミに思えてもいけませんし。ですので、この部分、笑いが多いように見えて、字で読んでいると、いかにもおもしろいんですが、実際に演じられると、そんなに爆笑は起きません。それが、見ている側、我々庶民というものなのかもしれません。

 中盤の聞きどころは、やはり高津さんでのろけを言う男の部分ですな。この箇所、実は『三人兄弟』の中で、二階に閉じ込められている末の弟・吉松っつぁんが、夜中に新町での遊びを空想している部分と同じなんですな。ま、多少の趣旨も違いますし、大きい財布の件りや身請けの部分も違いますので、全く同じとはいえませんが。といっても、このネタからこの部分を取り除くこともできないと思います。ちょっと、あっさりしすぎますもんねえ。この話の一番の笑わし所でもありますしねえ。

 そして、後半は、おやっさんが富に当たった様子、亭主が五百両もらえると分かった様子、それぞれに描いて、両者がうれしさにうちひしがれながらサゲになりますな。先におやっさんが、自分の札と紙に書いてある当たり番号を見比べるところ、なかなかスッと当たっているように見せませんが、これも見ていておもしろいですよねえ。ま、あまりしつこくなりすぎない程度に。で、後から亭主が見比べるところは、これもスッと当たりだとは分からないのですが、先のよりも短くしてある。ここらが技ですな。同じセリフを二・三回言う場合は、一回目はゆっくりで、二回目以降がだんだんはやくなるというね。

 しかし、このネタ、非常に良くできていると感じさせられる点が数多くあります。まず、主人公が宿屋へ上がる時に、すすぎを断るのは、草鞋(わらじ)ではなく、足は雪駄を履いているということで、これがサゲになりますね。そして、宿賃の応対を先にしておいて、出立の折でイイということを確認しておき、さらに自分の自慢話をしておいて、エエとこで逃げようと算段しておく。それに、最初は、一分しか持っていないおやっさんに、一分の富くじを買わせて、一文無しにする。また、買うた札の番号を、それとなく会話の中で一回だけ言う。観客が、そんなどうでもエエようなと思うてると、これが一番の当たり番号になる。にくい演出ですわ。先に、一回聞いてるだけに、耳になじみがあるような感じがしますもんね。おやっさんが、夕飯の時に、お酒を頼むのも、最後の酒風呂のギャグにつながってくる。そして、おやっさんが朝早く宿屋を出るときには、すでに亭主は用足しに出ているということにする。それで、亭主の用が済んでの帰り道、おやっさんが訪れた後に、高津さんへとやってきて、当たりが分かってから、始めて家へ帰る。そこで、おかみさんからおやっさんのことを聞き、また富の当たったことを亭主が知らせる。とりあえず、話全体が、無理なく、筋が通っていて、非常に分かりやすくて、聞きやすい。こんな所にも、妙に理屈を通すという上方的な部分があるのだと思います。

 東京では、『宿屋の富』として演じられております。話の筋立てに、そうそう違いはありませんが、やはり、あっさりとした演出にされていますね。先頃亡くなられた五代目柳家小さん氏なんかも、よくやったはりました。また、松竹新喜劇でも、『大当たり高津の富』として、故・藤山寛美氏が演じておられましたが、こちらの方は、名前が一緒だけで、筋は違いますな。

 所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、笑福亭松之助氏、故・桂文枝氏、月亭八方氏、笑福亭松喬氏、故・桂吉朝氏・桂小米朝氏などがあります。松鶴氏は、このネタに関しては、どちらかというと人物の描写におもしろさがあったように思います。おやっさんが亭主に向かって笑う所や、のろけの想像話をする男なんか、思い出しただけでも笑えてきますな。お父さんの故・五代目笑福亭松鶴氏同様、得意ネタにしておられました。雪駄は、古風に“せきだ”と発音されておりました。松之助氏は、のろけの想像話の所なんか、ものすごいうれしそうにやったはりましたな。文枝氏も、最初のおやっさんの笑う所、想像の部分におもしろさがありましたが、やはり、何といっても、声がよろしいなあ。独特ですもんねえ。富くじを読み上げる時の声が、たまりませんなあ。この声を聞きたいがために、このネタを聞きに行かれてもイイぐらいでっせ。別に、私、声フェチやおまへんけど…。八方氏も、やはり想像の部分で大爆笑を取ったはりました。やはり、当たるか当たらんか分からんのに、これだけの大きな話を膨らましてやるには、ピッタリですわ。エエ大の男が何人か集まってしゃべってる風景なんか、目に浮かぶようですな。松喬氏は、どちらかというと、話の筋立てが本位のような感じで、その中にも、想像部分の笑いをうまく取り入れたはります。吉朝氏のものも、筋立て本位の感じで、最後の亭主が慌てるふりなんか、本当のごとくで、山場はラストに作ったはるように思います。小米朝氏のものは、話の筋を楽しむといったものでございましたな。

 また、桂米朝氏の初舞台は、このネタだったそうです。故・四代目桂米團治氏に弟子入りした時、このネタを見てもらったという話でございます。ちなみに、富くじが突かれる順番、このネタでは一・二・三番の順ですが、本当は三・二・一の順ではないかということも、語っておられたように思います。とにかく、このネタ、内容が良く、全編通して笑いも多く、サゲも分かりやすいので、不景気のこの時代、話の中だけでも、一発千両当たった気分になろうじゃあ〜りませんか?(って、いつの間にチャーリー浜になってんねん…。)

<14.12.1 記>
<17.12.1 最終加筆>


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