“昔から、暑さ・さぶさも彼岸までてなことをいいますが…。”というマクラを聞きますると、もう、このネタしかございません。今月は、春のお彼岸にちなみまして、『天王寺詣り』をお届けいたしましょう。

 毎度おなじみ、おもろい主人公が、これもおなじみの、物知りの人の家へやってくるというところから話は始まります。“あんた、珍しいもん見せたげまひょか。彼岸。うちの裏に穴が開いてまして、出たり入ったりしてまんねん。丈が七・八寸でねえ、キチキチッちゅうて鳴いてまんねん。”“そら、イタチと違うか。”“そうでんねん。下駄で蹴ったろうと思うたら、藤助はんが入ってきて、これ彼岸やがな。”“そらイタチやがな。”“イタチが出たら、彼岸。ほんなら、ネズミが出たら、中日。ネコが出たら、けちにゃん(結願)で。”って、この一連のやりとり、おもろいでんなあ。これから『天王寺詣り』が始まると思うと、ワクワク聞いてしまいますな。ところで、最近、イタチて見まへんな。昔は、よういてました。ネズミもネコも。

 大阪では、お彼岸になりますと、どういうご宗旨の方でも、四天王寺・天王寺さんへお参りする風習がありまして、経木という、塔婆に戒名書いて、水をかけたり、引導鐘をついたりするらしいです。というのも、私は京都の人間で、あんまりようは知りませんねんけど、京都では、お盆の精霊迎え(おしょらいさん)の準備に、六波羅の六道珍皇寺(六道さん)にお参りし、迎え鐘ついて、おなじようなことしまんねんけどねえ。とりあえず、彼岸とは、川の向こう岸のこと、つまり、煩悩を脱して、悟りの境地に至ることで、毎年、春分・秋分の日を挟んで、前後三日ずつ、計七日間催される彼岸会の供養のことですわな。お彼岸には、必ずおはぎを食べますが、春は牡丹の花に似せてぼた餅、秋は萩の花に似せておはぎといわれますなあ。ま、我々、お墓参りには必ず行きますけど。

 話戻りまして、つまり、彼岸中やさかいに、殺生はしたらいかんということやったんですな。“彼岸て、何だんねん?”“天王寺さんで、無縁の仏の供養をしなはんねん。引導鐘をつくと、十万億土へ聞こえるというなあ。”“天王寺のやまこ坊主が。うちと、天王寺さんと、ほん近くでっせ。そやのに、ついぞ聞こえたことがない。それが、十万億土てな遠いとこに聞こえる訳がない。”って、そらそやわ。十万億土いうたら、この世から極楽に至るまでの世界のことですもんな。この、“やまこ坊主”ちゅうのは、“やまこはる”の“やまこ”、つまり、はったりとか、見得とかいう意味ですなあ。“ご出家は、十万億土の道を教えなはんね。”“わたい、この前、心斎橋筋歩いてたんだ。すると、向こうから来たぼんさんが、もうし、八幡筋へはどない行たらよろしい。八幡筋の分からん坊主が、十万億土の分かりそうなはずがない。”って、これも尤もや。

 てなこと言いながら、この主人公も、引導鐘をついてやりたい仁が一人いるとのこと。主人公の家に長いこといてた男で、かわいがってもろとたけど、買いたての鰯取って、憎たらしなった…。って、犬やがな。表へ出なよと言うてても、畜生のこと、表へ出た拍子に、歩いてきたおっさんが、棒で犬の頭をどついた。バァンと殴ったら、犬もクワ〜ンと言うて、死んでしもた。これがこの世の別れ。無下性、無礙性・無碍性(むげっしょう)には、どつけんもんですわなあ。つまり、無下に、むやみやたらにという意味と、無礙・無碍に、気持ちのおもむくまま、手加減しないで、思い切りという意味、どちらもあるんですけど、殴ってはいけないということですわなあ。しかし、最近のペット事情を考えると、こんなことされたら、裁判起こりまっせ。主人公も、思い出したのか、涙ぐみながらも、“あれ、犬導鐘いうて、ありがたいん。”というシャレ。でも、功徳になんねやさかいにと、ついてやろうということになり、二十銭でも紙に包んで持って行たらエエ。“ちょっと取り替えてやりなはったら、どんなもんでおます。”って、どっちが貸すねや分からんがな。主人公も、直接に“貸して”とは言いにくいさかいにねえ。“お前には、ちょこちょこと貸しがあるで。”“そんなもん、どっちでもよろしい。”と、『池田の猪買い』なんかにも出てくる、ようあるやりとり。

 “しかし、これは白紙では持って行けん。戒名を書かないかん。”“ちょっと書いとおくなはれ。犬のことで、ワンワン信士と。”“そんなアホな。”“俗名クロと。死んだ日は、七月の二十四日。”“他には?”“何ぼ書いても同じ値ですか。ほんならついでに、うちのおとっつぁんのも。戒名が、れいがんきてい信士(霊巖貴鄭信士、おそらくこの字やと)。死んだ日忘れた。”“あら、たしか、節句やったか、月見やったか。”“団子食うた日。”しかし、同じ値やったら、何ぼでも書いてもらおうというのが、いかにも関西人らしいですなあ。それで、団子いうのは、月見団子のこと。旧暦でっさかいに、八月十五日やね。ま、ここらの日付は、演者によっても違いますけど。“もう一つ、ついでに、○○○○と。噺家だ。わたい、ひいきにしてまっさかいに、ちょっとついといてやろうと思うて。日いっかにしときまひょ?”つまり、この○○○○に、演者自身の自分の名前を入れまんねん。そやさかいに、大爆笑の起きるとこですわ。

 主人公は、これを持って参ろうとしますが、一人では頼んない。明日の中日に参ると言うてる、ここの人と一緒に行ってもらいたい。“明日参るやなんて、今晩のうちにゴロッと行ってしまうかも知れまへんで。人間の命は、風前の灯、明日をも知れぬ見の終わりかな。明日をもどころやない、今をも知れぬ見の終わりかな。明日あると 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは、ただ南無阿弥陀仏…。”って、法談やがな。“牛に引かれて、善光寺詣り。”“犬に引かれて、天王寺詣り。”ホンマやわ。“おさよ、羽織を出してんか。”“わたいのも、ついでに。ちょっとあんたのん、借って行こ思て。”“大きい方の銭入れをな。”“金ぎょう〜さん入れてな。帰りは、精進あげ、おおけに、ごっつぉはんで。”て、あつかましいな。ところで、主人公は、ここで始めて中日のことを知った様子なのに、最初の会話の、ネズミで中日ちゅうギャグ、何で先に思いついてんねやろ?

 二人で外へ出ますると、くもり空。歩いているうちに、下寺町へ。“忙しい 下寺町の 坊主持ち、ちゅうのは、ここやなあ。”“あら、上坊主でんなあ。やっぱし、あれは二十坊主。”て、花札やがな。このギャグも、分からんようになりましたなあ。次は、大阪合邦ヶ辻。『摂州合邦辻』の歌舞伎芝居で有名ですね。西が新世界に通天閣、正面が動物園で、向こうが一心寺、向かいが安井の天神さん。『天神山』の舞台でもありますね。と言いながら、やってまいりましたのが、天王寺は石の鳥居。“うわぁ、まあ。”という主人公の大きな声、びっくりしまんな。大和・吉野の唐金(からかね)の鳥居、芸州・安芸の宮島の楠(くす)の鳥居と合わせて、日本三鳥居の一つ。“高いとこへ、ちりとり上げよった。”“あら額や。”“百日患うたら死ぬ。”“そら、核や。”“四字ずつ四つ、四四の十六書いておまんな。”“何と書いたあるか、分かったあるかちゅうね?”“そら、分かったないわちゅうね。”て、おもろいわ。“釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心じゃ。”“何にも分からんネコの糞じゃ”て、どっから、そんなこと思いつくねん。“弘法のささえ書きというなあ。”“どじょう汁に入れたら、うまいやっちゃ。”“そら、ごんぼのささがきや。”“真は、小野道風の自筆ともいうなあ。額という以上、箕(農器具の、あのザルみたいなやつですわ)の形にしてある。柱の根元を見てみなはれ。カエルが三匹彫ったあったが、時代がついて、なれて丸うになったある。上が箕で、下がカエル、上から下へ、みかえるちゅうねん。”“私がここで、ひっくり返る。”と言いながら、でんぐり返り。その拍子に、ポンポン石で頭打った主人公。石の真ん中に穴が開いているので、ここへ他の石でもって叩くと、ポンポンと音がする。そこへ耳を寄せると、あの世で身寄りのもんが言うてることが聞こえるという。主人公もやってみますと、聞こえるわ、聞こえるわ。おばはんちゅう人が、口のうまい人で、あの世で閻魔はん取り込んで、資本金出させて、手広う商売したはる。“どうぞ景色(けいしょく)のエエところが空いております。おでんのアツアツ、休んでお帰り。”って、そら向こうの茶店やがな。

 それから、納骨堂に西門。敷居が高いのは、境内が天竺をかたどってあるため。柱には、小さな車がついたある。“いっぺん、回したろ。さあ、やってごらんなはい、回してごらんなはい。大当たりはカステラが三本。”て、夜店の当てもんやがな。“こら、輪ぼう(転法輪でっしゃろ)。”“小便の出にくい病気。”“そら、淋病。境内は、手洗い水がないので、水という字を崩して、車にしたある。これを三べん回したら、手を洗うたも同然や。”“わたい、さっきおいど(お尻)かいたんだ。何べん回しても、風がえたら(においだら)くさい。”て、そらそやわ。

 それから、義経鎧掛け松、文殊堂、金堂に経堂。金堂の中には、淡太郎(淡路屋太郎兵衛)の木像。“へえ、こいつやなあ。よっさんとこの子取りよったん。ガタロの極道。”違うがな。しかし、最近、あんまり子取りて、言えしまへんなあ。次が五重塔。またもや、“うわぁ、まあ。”というアホ声。しかし、屋根が四つしかない。ようよう見ると、一番上に一回り小さいの。“ああ、あの蓋ともで。”て、重箱や。『鷺とり』のラストにも出てくる場所ですな。回廊に南門、西に見えるが、虎の門、太子堂、引導鐘。猫の門に、瓢箪の池。東に見えるが東門で、釘無堂に本坊に釈迦堂。そして、大釣鐘に足形の石に鏡の池に、伶人(れんじ)の舞の台。“この上では、もう前のように、舞い舞えまへんか?”て、いらんこと言わいでもエエねん。

 “天王寺の 蓮池で 亀が甲干す はぜ食べる 引導鐘ゴンとつきゃ ホホラのホイ ちゅうのは、どこです?”て、この人、子供やがな。大阪に古うからある童謡らしいですな。で、二人は亀の池へ。“手叩いたら、こっちへ来よるわ。”“ほんに。手叩いたら、こっち来るとは、よう仕込んだある。ここの亀は元仲居しとった。”て、そんなアホな。“何ぞ餌がもらえると思うとんねんなあ。”“そんなんやったら、ソラマメの炒ったん買うてきたらよかった。”“ソラマメみたいな硬いもん、噛むかいな。”“噛まんもんに、なんで亀ちゅうねん。”その通りやわ。ところで、この境内の説明のところ、今現在には、すでになくなってしまっているものや、移転している建物もあって、必ずしも、今の段階のものとは一致しているわけではなく、昔の天王寺さんの様子を表現されているようですね。と言いつつも、わたい、いっぺんもまだ行ったことおまへんねん…。

 こない言うてますと、天王寺さんには二人しか歩いていんようですが、なかなかそやないん。彼岸中は、ぶっちゃけ商人が店を出してますやら、寄進坊主が出てるやら。参詣人は、押し合い、へし合い。“お焼香〜”というキッカケで、下座からは『禅の勤め(ぜんづと、ぜん)』の囃子が入ります。お寺の境内では、よく使われておりますな。ここで、二人とは少し離れまして、演者は境内の様子を見せますな。見台(けんだい)の上で、小拍子(こびょうし)を使っての、亀山のちょんべはん。竹でできた子供のおもちゃですな。また、小拍子を独楽(こま)の芯に見立てた、竹独楽屋。お寿司屋はんでは、押し・巻き・握り寿司。それぞれに細かい描写があって、くしゃみをしながらの握り。『不如帰(ほととぎす)』の覗きからくりや、サーカスの呼び込み。巡礼のお乞食さんが子供を置いて、ノミをつぶしながら、御詠歌上げる様子や、小さい木魚持った、阿呆陀羅ぼんさんの阿呆陀羅経(あほだらきょう)。一昔前の寄席でも、阿呆陀羅経やったはった人、いはりましたよ。ま、この辺は演者によって、入れはるもんが違いますなあ。古くは、蛸蛸なんかが入ってるもんもありますわ。“五厘の泣き別れ”ちゅうやつ。『長たん息子』の天王寺さんの様子にも、こんなんありますけど、この『天王寺詣り』の方は、話の内容からいっても、ご陽気なんで、大笑いしてもよろしおすなあ。

 さいぜんの二人、ようようのことで、引導鐘をつくことに。外には、ぎょうさん市松(いちま、市松人形)や、着物が吊ったある。“あそこに、クロのすり鉢吊る。”て、そんなん見かけたら、ビックリするわ。中へ入っても、“おい、ぼんさん。”ちぇなこと言いながら、紙に包んである二十銭をさし出して、頼みます。つく前には、死なはった人の名前と、命日を読み上げる。“クロ”に“○○○○”という自分の名前、“まだ達者で働いてます。”と、ここも大爆笑でんなあ。と、そのうちに、まず一つ目をぼんさんがつく。鐘の音の最後のところ、“ウ〜”ちゅうのが、クロの鳴き声に似ていると言われて、ぼんさんがつく二回目をよく聞いていると、ほんにクロの鳴き声。“来てんねやったら、言わんかいな。たとえ、鰻のしゃっぽんでも、買うてきてやんのに。”しゃっぽんて、頭、はんすけのことですわ。三回目は、自分でつくと、踊りながら焼香もして、阿呆陀羅経みたいなもん唱えながら、“クロ、一つエエ声で頼むで〜。”“クワ〜ン”“あ〜あ、無下性にはどつけんもんや。”と、これがサゲになりますわ。ご承知の通り、無下性にどつかれて、この鳴き声でクロが死んだんですからな。ま、ちょっと“無下性”という言葉、現代では死語に近いんで、なじみが薄く思われるかも分かりませんが、先に同じ言葉が出てきてるんで、サゲとして全く分からないというものではないでしょう。別に、この“無下性”という言葉を変えて、“下手に”とか“思いっきり”とかでも、先に出てくる時と同じ言葉を使うようにしておけば、良いのではないかという気もしますね。

 上演時間は、二十分から三十分前後、境内の説明や物売りの様子で、随分と時間が変わってきますね。詳しくやれば、やはり三十分かかるでしょう。しかし、ある程度、飽きのこない程度にしておく方が良いとも思います。そんなに筋がどうというものではなく、二人の男が天王寺さんへご参詣するというものですからな。全編通して、笑いも多く、会話だけではない、手ぶり・身ぶりも多いネタでして、大阪の方にはなじみの深い天王寺さんが舞台。昔の寄席では、よくウケたものでありましょう。話自体は、天王寺さんへ行く前と、後の境内の様子で、前半と後半に分かれますね。前半は、上方でのいわゆる“根問物”といわれるもののような、彼岸と天王寺さんの引導鐘についてのやりとり。二人の会話が中心ですな。掛け合いの妙、間の妙で、笑わしどころもたくさんあります。後半は、家を出てから、天王寺さんの境内を見て回る。ここでも、会話の妙におもしろみが出ますが、それにも増して、演者のふりも重要になってきますね。我々観客が、実際に、この二人と一緒に天王寺さんを歩いているように思えたら、最高ですよ。そして、実際に、天王寺さんをよくご存知の方なら、なおさら、ふんふんとうなづきながら聞いていけると思います。ここで、この二人と我々が違った立場になり、単に、“ああ、二人で歩き回ってんねんなあ。”と離れていってしまうと、ちょっと聞いているもんとしては、おもしろくなくなる。演者の腕が要りますな。単純な筋だけに。そして、物売りの場面は、その中でも一つのヤマ場ではないでしょうか。我々がお客で、演者がお店の人とか、おぼんさんとか、お乞食さんになって、本当に物売り店の前に立っているようになったら、よろしいなあ。とりあえず、前半は天王寺さんへ参詣する序章になっておりまして、ここで、理由付けをしっかりとしてから、後半の境内の説明・様子をメインに持ってくる。いわば、演者がバスガイドさんのような案内役になり、我々が団体客のようになれば、完全に楽しめるネタでありますな。

 このネタ、ご存知の通り、笑福亭代々のお家芸のように伝わっておりまして、一昔前では、四代目や五代目の松鶴氏以外は、あんまり演じてはいけないというような、タブーというか、不文律というか、そういう雰囲気があったことは確かだそうです。つまり、ちょっと特別なネタだったんでしょう。ですから、他の噺家さんは、地方興行(いわゆる“どさ回り”ですな)の時なんかに、たまに演じたはったぐらいみたいですなあ。現に、故・三遊亭百生氏も、東京へ行ってから得意ネタとして演じたはったみたいです。故・六代目笑福亭松鶴氏も、五代目さんが息を引き取る間際に、枕元でこのネタを語られているのを聞かれたらしく、やはり別格のネタという感じがぬぐいされません。初演は、故・桂文枝氏の方が早かったらしいんですが、やはり六代目にとっては、五代目の遺言、覚えてほしい、演じてほしいネタとして、特別な意味があったものと思われます。六代目亡き今日、様々な噺家さんが演じられており、これは良い傾向でもあると、私は思います。今の世の中ですからな。そうこだわらんと。

 所有音源は、その百生氏に、六代目松鶴氏、文枝氏、笑福亭松喬氏、桂雀々氏、桂坊枝氏のものがあり、他に桂雀三郎氏のものも聞いたことがあります。百生氏のものは、さいぜんも言いましたが、大阪でやりにくい事情もあっての、東京で得意ネタにしたはったもので、うまいですなあ。あのダミ声とアホさ加減、たまりまへんなあ。おそらく、若い時分から好きで、演じたかったネタだったんではないでしょうか。筋立ては、ちょっと変わっていまして、物売りの様子をメインにするためでしょうか、先に引導鐘を普通についておいて、出てきてから、物売りの場面に入り、盛り上がったところで、サゲをつけずに終わったはります。やはり、物売りをメインにしたはるだけあって、お寿司屋はん、竹独楽屋はん、覗きからくり、巡礼、そして阿呆陀羅ぼんさんと、どれを取ってもうまい。ご自身がいろんな商売したはったらしく、よ〜う観察したはるわ。あの、覗きからくりの間に入る、竹棹を真似た音の拍子の取り方や、阿呆陀羅経の小さい木魚の音を、自分のほっぺたで表現しはるとこなんか、笑い死にしそうっでっせ。テレビてな娯楽がなかった時代、夜店の物売りなんかが、ごく身近にあった観客にとって、本当によくウケたことでしょう。松鶴氏のものは、やはり最上。笑福亭松鶴といえば『天王寺詣り』、『天王寺詣り』といえば笑福亭松鶴。どれを取っても、申し分のないおもしろさなんですが、やはり言葉の掛け合いの妙、間のうまさは、絶妙ですね。物売りは、そんなにメインにして演じたはるわけでなく、どちらかというと、話の筋本位のものですな。音源は、た〜くさん残っておりまして、私もいくつか持っておりますが、時と場合によって、微妙な違いもあるみたいです。棒持ったおっさんではなく、野球帰りの子供がバットで犬を殴るとか、“ブローカー入れた”、閻魔はんを“閻ちゃん”などという音源もありますわ。文枝氏も、五代目松鶴氏についたはったことがあるらしく、その流れから演じられるようになったみたいですが、よろしいなあ〜。いまだに、私の頭の中では、『天王寺詣り』といえば、松鶴氏か文枝氏というものしかないぐらいなんですよ。こちらも、筋立ての通ったものですが、松鶴氏よりも、物売りの所で笑いを取ったはります。お寿司屋さんに竹独楽屋、洋行帰りのサーカスに、覗きからくり、御詠歌をあげるお乞食さん。あの独特の声で、サーカスの呼び込みや、バイオリンの音、ぼんさんのお経あげられたら、たまりまへんで。しかし、お乞食さんの、ノミが体に這いつくばる様子、うまいなあ。って、ここあんまり感心したらいかんねやけど。“観音さん”ちゅうのは、ノミのことですわ。『紺田屋』のサゲにもなってますけど。だいたい、サゲの後には、“天王寺詣りというお話でございます。”と、一言つけられて、ちょっと分かりづらいように思えるサゲも、分かりやすいようにされているのもにくいですな。松喬氏のものも、筋の通った、よろしいもんでんなあ。あのとぼけた味が、なんともおかしい。雀々氏のものは、101匹ワンちゃんが出てきたり、お寿司屋はんの声が、いかにもせわしない売り声であったり、お得意の『蟇の油』の中にも出てくる、蟇の油売りの口上があったりと。これはこれでまた、おもろいもんです。おそらく、このネタ、大変にお好きなんじゃないでしょうか。聞かして頂いていて、そう思いました。坊枝氏のものも、声が大きくて、工夫のかいもあって、おもしろいですよ。雀三郎氏、この方のものは、他の方のものとは、一線を画します。筋立てもあり、笑いもあるんですが、何よりも、犬のクロにスポットが当たっているように思います。最初に殴られて死ぬとこ、そして、最後に引導鐘をつくとこで、本当に泣けてくるんですわ。犬のかわいそさに。これが同じネタかと思えるほどに、最後の鐘つきにヤマ場があって、悲しみが込み上げてきまんねん。

 筋のしっかりしたネタではないんですが、なぜこんなにワクワクしまんにゃろ。好きやわ、『天王寺詣り』。もう、最初の、“暑さ・さぶさも…”聞いただけで、ゾクゾクッとしますねん。話自体が上方落語の代表作とはいえないんですが、演者によって、代表作になっているといえますよねえ。まさに、読んで何ぼやなくて、聞いて・見て何ぼのもんですなあ。一年に春・秋二回、聞きたいネタです。ああ、ホンマに想像するだけで、うれしいて、今晩寝られへん。

<15.3.1 記>
<17.4.1 最終加筆>


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