先月、うちの親族が病院に入院いたしまして、手術することとなりました。ということで、今月は、お医者はんの出てくるネタで、代表的なものを一席。『代脈』さして頂きまひょ。ホンマは、これに出てくるようなお医者はんでは、エライことなりまんねんけど…。
主人公は、見習いのお医者はん、周達さん(多分、この字やと思いますねけど)というお方。今でいう研修医なんかいうようなところですかな。師匠の大先生に呼ばれるところから話が始まります。頼りない周達さんだけに、大先生からのお小言、説教を受けますな。玄関先で取り次ぎのために座っているが、いつも居眠ってばっかし。また、近所の床屋や風呂屋では、“大先生は、飴をなめながら診療にお出かけになる。”と言いふらすもんやさかいに、噂が広まって、エライこと。しかし、飴は先生が食べてるわけやなく、診療先で子供のいるときに、子供をあやすために、懐紙に包んで懐へ入れているんですな。ま、こんなことを一通り諭しておいて、いよいよ本題。今日は一つ、大先生の代わりに、伊勢屋さんに代診、代脈に行ってもらいたいということ。べっぴんな娘さんの調子が悪いんですな。
初めてのことなので、一通りのことを大先生は周達さんに教えます。まず、店先へ着いても、迎えの人へは、『ハイ、ハイ』と言うだけでよい。中の間へ通されると、座布団に座って、煙草盆が出るので、二服ほど吸うてると、お茶とお茶菓子の羊羹が、五切れほど出てくる。しかし、羊羹は普段食べ慣れてるというような顔をして、手をつけない。すると、先方さんが、お箸につまんで一つ取って、『お一つどうぞ』とすすめられたら、食べても良い。残った羊羹は、『どうぞお供の方へ』と紙に包まれると、もらっても良い。中の間から、病人のいる奥の間へは、にじって行って、お脈を診て、お目を診て、お胸を診て、お腹を診る。
下腹に、ちょっとした“しこり”があるが、これは触ってはいけない。触ると放屁が出る。つまり、おならですな。年頃のお嬢さんが病人さんなんで、他人におならを聞かれては、恥ずかしくてたまらんであろうと、このしこりは触ってはいけないと、大先生は諭します。しかし、大先生も、この前にうっかりと触ってしまった時には、おならが聞こえてなかったようなふりをして、慌てずに、床の間の掛軸を見たということ。そして、その娘さんのお母さんが手桶に水を汲んで持って来られ、『どうぞ、これでお手をお洗いを。』と言われたが、聞こえないようなふりをして、『近頃は、のぼせの加減で、耳が遠くなっておりますので、何かおっしゃっておられるようですが、もうちょっと大きめの声でおっしゃってください。』と言ったとのこと。つまり、耳が遠いので、さっきのおならも聞こえませんでしたよということを、暗に言っているということなんですわ。おならの話題は、『転失気』にも出てきますな。
これを教えてもらって、大先生の着物も借りまして、いよいよ駕籠に乗って出発。『ちしゃ医者』なんかにも出てきますが、昔のそこそこのお医者はんともなれば、往診は駕籠に乗って行ったようですなあ。駕籠かきも、周達・玄関番では頼んないん。何やいつもより重たい感じがしながらも出発。往来でも、いつもの掛け声、“ホーイ、ホーイ”は言わない。しょうがないので、中で周達さんが『ホーイ、ホーイ』って、どこぞの世界に、中から掛け声かけて乗る駕籠がありまんねん。そのうちに、揺れるもんでっさかいに、中ではいつもの居眠り。
先方へ着いても、なかなか起きん。『玄関番!』『ハーイ』言うて、思わず中で立ち上がろうとして頭打ちますわ。店の方に案内されて、中の間へ。座布団に座ると、『煙草は出ませんかな?』て、催促してんねやがな。また、『お茶に羊羹は出ませんかな?』やて。粗茶をほめてから、一通りは食べつけているような顔をして羊羹をにらみますが、一向に先方さんは何にも言うてくれへん。『箸でつまんで、お一つどうぞと、すすめなはれ。』て、始めからスッと食べたらエエがな。『残った羊羹は、お供の方へと、紙に包みなはれ。』ちぇなこと言いながら、自分から懐紙出して包んでくれと。あつかましいな。『ほんなら、これで。さいなら。』て、何しに来たんや。羊羹食べに来はったんかいな。
ようようのことで、お見舞いの品が高く積まれている奥の間へ。病人さんの脈を診ようと、手をつかむと、エライ細い。って、ネコやがな。今度はホンマに娘さんのお脈を診て、お目を診て、お胸を診て、下腹へ。と、ここで発見しました、例のしこり。これやなあと、力入れて押したら、大きなおならがブッー。周達さんは、押すつもりで押したんやさかいに、大先生よりも一回りも二回りも大きな音やがな。押した自分もビックリしてしもて、オロオロ、オロオロ。お母さんが例によりまして、『どうぞ、お手をお洗いを。』『二・三日前からのぼせの加減で耳の方が遠くなりまして。』『大先生もそのようなことをおっしゃってましたが、若先生もですか?』『そうですねん。そやさかいに、今のおならも聞こえませんでした。』と、これがサゲになりますね。つまり、ここで、娘さんを照れささんために、耳が遠いので、おならなどは聞こえなかったということにしなければいけないのに、正直に、『おならも聞こえませんでした。』と言うてしもたんですな。こんなこと言うたら、聞こえたん分かるがな。なかなかおもろいサゲですね。
上演時間は、約二十分ぐらいですかな。東西共にあるネタで、内容もほとんど変わらず、お医者はんが出てくる話では、一番よく演じられるネタではないでしょうかね。笑いも多く、寄席向きのネタでもあります。全編通して笑いがありまして、難しく考える必要もなく、いかにも落語らしい物の考え方から発生してますな。最初の大先生と周達さんとのやりとりや、周達さんと駕籠かきのやりとり、そして、先方さんの家へ着いてからの周達さんの様子、やはりどれを取っても、笑いが満ちあふれておりますな。そんなに大爆笑でもないかもしれませんが、笑いは続きます。ところで、このネタ、先生が駕籠に乗っているのですから、やはり江戸時代か、おそらく明治初年ごろの時代設定なんでしょうが、古さは全くといっていいほど感じられません。なぜなのか、はっきりとした理由は私には分かりませんが、おそらく、こんな頼んないお医者はんのたまごが、現代でもいはるからなんでしょうなあ。生命に危険が伴うので、あんまりいらんことは言えませんけど…。
所有音源は、笑福亭仁鶴氏、笑福亭呂鶴氏、桂福楽氏のものがあります。仁鶴氏は、結構昔からよく演じたはったみたいで、得意ネタにしたはりますな。寄席でも、割り方やったはりましたな。ちょっと前までは、私の頭の中では、『代脈』いうたら、仁鶴さんしかなかったですもん。やっぱり、おっちょこちょいの周達さんが、仁鶴氏とだぶって、ホンマにおもろいですわな。最初の小言の場面も、ともすると嫌味に聞こえる場合があるんですが、そんなことはつゆとも思わない話ぶりにも、並々ならぬものを感じますな。ま、それは別にしましても、笑いの質の点からいっても、仁鶴氏にピッタリとハマッたネタですな。呂鶴氏のものも、爆笑編でして、おもしろいもんです。あの舌出して、鼻の頭をなめるなんて、どっから思いつかはったんでっしゃろ。サゲ前の、周達さんがおならの音にビックリして、オロオロするあたりなんかも、いかにも真実味があって、よろしいなあ。小福改め、福楽氏、この方のも、おもろいもんですな。周達さんが全面に出てくる演出でありまして、なかなかに立派なものです。
こんなお医者はんに手術されんように、祈っときますわ。
<15.4.1 記>
<以降加筆修正>
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