最近ねえ、うちの家の屋根の上に、ようカラスが止まってまんねん。街中に住んでるさかいにか知りまへんけど、ちょっと頻繁なんで、困ってまんねんわ。そこで、今月は、このカラスにちなみまして、『三枚起請』をお送りいたしましょう。ま、カラスと起請の関係は、後ほど…。
源兵衛はんの家に、喜六が上がり込んでくるというところから、話は始まります。前の座布団触ってみると、ぬくいん。喜ィやんのおかはんが来て、喜ィやんが夜泊り日泊りして家に帰って来うへんので、困ってると、源兵衛はんに言うて帰って行ったということ。ちょうど幸いに本人さんが来たんで、聞いてみると、バクチやのうて、おなご。それも素人やのうて、出て姫の玄人で、おやまはん。つまり、芸妓はんの方やのうて、お女郎さんの方ですわ。昔のお茶屋遊びといいますと、この今でもあります、舞妓はん・芸妓はんを呼んでお座敷で遊ぶ方と、売春防止法なんてものでなくなった(と、一応言われております)、いわゆる女郎買い、姫買いの方とがございます。上方では、おやまはんの方でも、送りと照らしがありまして、芸妓はんのように、どこそこの置屋はんから、上がったお茶屋へ呼んでもらうというのと、時代劇のテレビなんかでよう見るように、格子の中で表へ座ったはる中から、誰々と指名して、そこのお茶屋へ上がるという形式のものがあります。もっとも、東京では、この照らしの方ばっかりで、おやまはんの送りというのは、なかったそうですなあ。
話戻りまして、喜ィやんは、このおやまはんの方へ入りびたり。しかし、おやまはんてなもん、だましまっせと看板上げて商売してるようなもんやさかいに、エエ加減なもん。でも、喜ィさんは、起請誓紙を、その相手の小輝はんからもろてると、源やんに見せる。起請誓紙とは、神仏に対して、嘘偽りはございませんと、誓いを書いた紙のことで、約束を破ったら、血吐いて死ぬんやそうですわ。これは、熊野の午王(ごおう)の紙に書くものとされ、熊野午王宝印というカラスを点で綴った印が押してある紙を使うらしいのです。もっとも、他から出てる起請もあったんやそうですが。熊野権現は、自分の言った言葉を忘れた折に、その罪をただしてくださると信じられており、また、熊野権現のお使いがカラスであるために、そのようなものが信じられていたのでありましょう。今でいう、裁判の宣誓書みたいなもんでしょうか。しかし、もっと庶民に浸透していたんでしょう。紙屋治兵衛の芝居でも、この起請は出てきますし、また、『一枚起請(写真の仇討ち)』なんかでも出てきますね。
つまり、この難波新地の小輝の年季が明けたら、喜ィやんは夫婦になる約束をしてるんですな。しかし、この起請を読んだ源やん、ちょっとおかしな具合。何やら出してきたもんがある。よう見てみると、これが起請。最後の名前、小輝も一緒。ということは、二人共が、まんまとだまされてまんねやな。と言うてるところへ、清八がやって来た。『しゃべりの清八が来た。』てなやりとりがあってから、この人も話の輪の中へ。喜ィやんが起請をもろたと、清やんが、この起請を読んでるうちに、またまたおかしな具合。もう一枚、小輝の起請が出てきた。しかし、この清やんだけは、ちょっとかわいそうな話。仕事で堺へ行った時、堺の新地で、小輝とエエ仲になった。大阪へ帰ってから、少し間が空いたと思うてると、ある日、仕事から帰ってきたら、路地口に小輝が立ってる。大阪へ仕替えをとってきたんで、来てしもたけど、ちょっと話があるんで、今晩、こうこうしたところへ来てほしいということ。それで、約束どおりに行くと、二十円の金の無心。貸してくれる人はぎょうさんいてはるけども、年季が明けてから、夫婦になったときの足手まといになったらかなわんので、清やんに貸して欲しいということ。引き受けはしたもんの金が無い。上町に奉公してる妹に、“母親が病気で、高麗人参が要るさかいに。”と頼みに行くと、大きな風呂敷包みで着物を渡してくれた。質屋へ行ったが、かさは高いが、木綿もんばっかりで、たいした金にならん。もう一度と、妹のところへ行くと、それを見とめた番頭、“そうそう男の来るんでは。”と足が上がりかけたんを、母親の病気の一件を伝えて、給金の前借りをしてもろた。ようようのことで二十円持って、小輝のところへ行き、約束にともろうたんが、この起請。ほんに、かわいそうな話でんなあ。そうまでしてもろた起請やのに、喜ィやんや源やんも持ってるて。
バカにしとおるわいと、三人揃うて、小輝の前へ出て、目にもの見せてやろやないかと。もう一度、夕方になってから集まることにします。羽織の一枚も引っ掛けますと、三人揃うて、南へ南、戎橋をヨイと渡りますと、難波新地。色街は、いつに変わらぬ、陽気なこと。と、下座から、“茶屋入り”のお囃子が入ります。またこの文句がシャレたある。『嘘も真も〜』やて。源やんのなじみの店へ到着。まず源やんが、ここの女将に、今回の一件を全て話します。で、目にもの見せる計略を話して、“源やんが来てるさかいに。”と、ここから女将さんじきじきに、小輝さんを呼びにやってもらいます。話をつけたところで、他の二人も、このお茶屋へ。二階の座敷を用意してもろてる間、下で三人は、またいらんことを。今の女将が市会議員に出てたやとか、ここに養子に来るやとか、三人いるのを勘づかれたらいかんと、履きもんを下駄箱と間違うて、水屋へ入れてしもうて、出すときに筑前炊き見つけて、つまみ食い。『そんなことしたりないな。ここら小さいお茶屋やないかい。』という源やんの一連の言葉、よう見たはるわ。色街のこと。宵にお客があって、かしわ食べに行こう言うて、先に行ってもろて、後で自分は行かへん。しまいになって、来てくれへんかったさかいにちゅうて、土産でかしわをもらう。これをこんにゃくやらなんやらと炊き直して、自分とこの店で付き出しに出して、五十銭の銭でも取ろかちゅうことですわ。この辺の計算というか、やりくりというか、何とも色街らしいですなあ。今でも、こんなん、ちょいちょいありますねんで…。
二階へ上がると、座布団は一つだけ。ここに源やんが座って、喜ィやんは押し入れ、清やんは屏風の後ろへ隠れる。つまり、源やん一人が来ているように見せて、後で二人を見せ、ギャフンと言わせてやろうという心づもり。しかし、なかなか来うへん。息苦しいのんと、退屈なんで、喜ィやんと清やんがちょこちょこ顔を出す。そうこうしているうちに、玄関では、男衆さんの声で、『小輝さん、送ります。』という声。中へ入ってきて、小輝さんと女将のやりとり。昨日は、頭が痛いので、店休んで、帳場に座ってた。すると、神棚のお燈明に丁子が乗ったん。つまり、燃え残りの芯が丸くなっったんで、ゲンがエエちゅうことですわ。茶柱が立った、なんかいうのと、おんなじですかな。この声聞いて、喜ィやんが、『やっぱり三つ乗ったんやろか。』やて。
二階へ上がると、なじみの仲でっさかいに、あいさつもせんと、ひざで源やんの背中をドン。何や源やんの機嫌が悪いのを見て、タバコをと、源やんのキセルを取って吸いますが、中が詰まって吸えへん。『通すもんがありますわいな。』と、源やんが紙を出した。見ると手紙みたいなんで、広げると起請。キセルて、ヤニがたまりまっさかいに、時々、中を掃除しなあきまへん。これが羅宇仕替屋(らおしかえや)の仕事でもあったんですな。ほんで、白紙の懐紙で通してたんでは、紙代が高いさかいに、書きつぶしの反故(ほうぐ)を出したという訳で、これが、小輝が源やんに書いた起請であるということです。
大事な起請をキセルの穴通しに使われてはかなんので、勘のエエ小輝はん、“こら、起請がいらんようになった。他にエエ人ができたんやな。”と推測します。『別れて欲しいんやったら、男らしい、言いなはれ。こんなことせえでもよろしいやろ。わてが悪いか、源やんが悪いか、下のおかあちゃんに聞いてもらう。』と泣きながら、下へ降りようとする小輝を抑える源やん。ここで、下座から、『男心は…』という三味線の入る型もありますし、入らない型もありますな。私は、場面引き締めのためにも、入れて欲しいなあ〜。ここからが源やんの逆襲。命がけの起請なら、一枚しか書かんもん。それにもこたえんと、小輝はんも、『一枚しか書いてない。』と言い張ります。そこで、喜六を登場させ、次に清八。ここで、『一緒に、一杯飲んだやろ。』とか言う型もありますし、言わない型もありますな。先に一緒に飲んだことがあるのであれば、喜ィやんや清やんが、源やんの友達であることを、小輝さんが知ってたことになりますし、一緒に飲んだことがないのであれば、小輝さんは、三人をそれぞれに知っていたのではありますが、源やんの友達であるかどうかは、知らなかったことになりますよねえ。もし、前者であれば、相当の悪でっせ〜。さあ、ここからが修羅場。三人揃って、小輝はんを問い詰めると、開き直り。『おやまいうたら、だましますと看板上げて商売してまんねん。殴るなと、蹴るなと、何なとしはったらよろしい。わての体は、頭のてっぺんから、足の爪先まで、証文に入ってまんねん。殴るんやったら、お金積んで、身請けしてから殴んなはれ。そんなこと、ようでけまへんやろ。』やて。憎たらしい言いぐさやおまへんか。それに、『近頃は、起請でも書いて渡さんと、お客さん来てくれはらへん。活版刷りにしておまんの。』『おい、あだに起請を書くときは、熊野でカラスが三羽死ぬちゅうぞ。お前みたいに書いてたら、熊野じゅうのカラスが死んでしまうぞ。』『熊野じゅうどころか、世界じゅうのカラスを殺すつもりえ。』『何ぞ、カラスに恨みでもあんのんか。』『カラスに恨みはないけども、わても勤めの身。三千世界のカラス殺して、ゆっくり朝寝がしてみたい。』と、これがサゲになります。幕末の志士・高杉晋作の都々逸(どどいつ)、“三千世界のカラスを殺し 主と朝寝がしてみたい”というのが、どうやらこのサゲの原点のようですね。それより古くは、『私はカラスと仲が悪い。』とかいうようなサゲもあったらしいんですが。意味は分かって頂けますよねえ。ま、演者によっては、マクラで説明される方もおられますが、別に説明なしでも、分かると思います。ちょっと粋なサゲですわな。
上演時間は、三十分前後でしょうか。笑い所としては、前半では、次々と起請の出てくるところ、後半では、つまみ食いやらのところ、つまり、ちょっとした会話の部分だけでして、そんなに大きな笑いがあるとは思えません。何せ、最大の眼目は、三人が小輝さんをどういう目に遭わすか、また、そうなった折に、小輝さんがどういう態度に出るのかというところでしょうか。だから、事が露見する場面の足がかり、緊張感として、“ここから、どないなんねや。”という意味もあって、『小輝、待て。』のところで、三味線を入れて欲しいんですよ。場が急に真剣になるでしょう。しかし、この起請やら、女郎買い、キセルに熊野とカラスの関係なんか、説明しないと本当に分からないことが多いネタではあるんですが、これが、意外と、現代にも残ってる。それは、いつの時代にでも、おんなじようなことがあるからなんでしょう。どこそこのホステスさんとエエ仲になって、結婚しよう思てたら、他にも男がいたなんて、ようある話ですよ。今は、我々一般人の方が、多いかもしれませんが。特に、今の若い女の子なんか、多いですよ。『ロンドンハーツ』なんか見てたら…。あれと、おんなじことだっせ。システムは違いますけど。そして、小輝さんの立場になっても、来てくれるや来てくれへんや分からんお客、自分も商売でっさかいに、そうまでしてでも生きて行かなければならん、つらさもあるんですけどねえ。三人のしゃべりは、三人共の性格がよく出ていて、これも興味を引きますな。演者としても、描き分けのいる所でしょうか。特に、清やんの場合だけは、悲しい物語があるだけにねえ。しかし、昔のおやまはんの方のお茶屋遊びの雰囲気、よく出ていますね。私ら、全く知らんというてもエエかも分かりませんので…。
所有音源は、桂米朝氏、笑福亭松之助氏、故・桂文枝氏、故・桂春蝶氏のものがあります。米朝氏のものは、清やんの悲哀がにじみ出ていますし、また、小輝さんがちょっとかわいらしく表現されているようにも思えますね。松之助氏のものは、やはりちょっと変わってまして、マクラで、下座から三味線を弾いてもらっての例の都々逸を唄われたり、清やんの物語でも最後に三味線の音が入ったりと。三人三様のお茶屋遊びの雰囲気、そして、小輝さんの開き直り、なかなか真に迫ってますなあ。文枝氏も、三人の遊びと、お茶屋はんの女将さんの描き方、小輝さんのいじらしさ、やはり一級品ですな。雰囲気が、ものすごうよう出てるんですよ。春蝶氏も、その辺、よう分かります。小輝さんも、ちょっとかわいらしくて、なぜか吾妻ひな子さんを思い出してしまいました。(怒られるわ…。)
とにかく、こういう話は、女郎買いを知ってる人と、知らない人で大きな差が出るんでしょうなあ。ま、聞く方の我々も同様に…。
<15.6.1 記>
<17.4.1 最終加筆>
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