
先月、実は、初めて東京というところに足を踏み入れたんですよ。川崎にいる姉のもとに行った折、ついでに訪れたんですけど、やっぱり東京となると、行っとかなアカン所が…。そら、定席の寄席でしょう。いくつかある中で、新宿の末廣亭へ行ってまいりました。昼席で、桟敷に広々と座りまして、エエ雰囲気でございました。関西では、ああいう感じの寄席がないんでね。出番は、芸会・落語芸術協会の方で、米丸さんもナマで始めて拝見いたしました。その中で、どなたやったんか、名前を逸してしまいましたが、演じておられました、『ちりとてちん』を今月はお楽しみください。
毎度おなじみ、おもろい男が、旦さんの家へ上がり込んでくると、話の始まり。旦さんの誕生日につけ、今日は一杯飲ましてやろうという趣向。まずは酒。京は伏見の白菊という銘酒。伏見七名水の一つとして知られる、白菊井から取られた名前ですな。今は、板橋小学校の校庭に、復活されて湧(わ)いていますね。昔から有名なお酒やったらしいですが、今でもあると思いますよ。白い濁り酒やったらしく、味も甘い。これは後ほど出ても来るんですが、ある意味、正鵠(せいこく)を得ているんですよ。伏見の水は、軟水ですから、お酒にすると、どちらかというと、少し甘口になる。伊丹や灘のお酒を飲み慣れているであろう、大阪の方にとっては、当然、甘くも感じるであろうし、そう出回っているものでもないので、珍しいん。意外と、落語て、ウソ少ないですよね。話戻りまして、その後にも続々と、ごちそう。鯛の造りや茶碗蒸しや、うなぎのまむしなど。しかし、この男も、べんちゃら上手で、『初物』『初物』と言いながら、旦さんのご機嫌を取る。しかし、ウソと分かっていても、こうおだててもらうと、ごちそうする方の旦さんもうれしいですわな。それに比べると、ここの家の裏に住んでる竹という男、何を食べても、マズイだの、珍しくもないだの、文句ばっかり言うて、そのくせ、食べたり飲んだりしに来る。こういう輩(やから)とは、大違い。
てなことを酒のあてに話しながら飲んでると、台所の方が騒がしい。何かいなあと聞いてみると、水屋の中に、腐った豆腐が入ってて、これがエライにおいしてるん。どうも、十日ほど前に水屋に入れといたんを、忘れたはったらしい。出してきて見ると、これがカビはえて、ハナさいて、えげつないにおい。目にしみる。ここで、エエことを思いついたのは、この旦さん。この腐った豆腐を、珍味やというて、竹に食わそうという算段。まず、これだけでは何か分かってはいけないので、箸でぐちゃぐちゃにつぶして、この中に、種抜いた梅干しやら、醤油やら、ワサビやら、いろんなもんを入れて、箱に詰め、上から紙をかけて。さて、この食べ物の名前は何がエエか?と、二人で思い悩んでいるところへ、奥の方から、三味線のお稽古したはる音が。そう、その音から、“ちりとてちん”という名前に決まります。おまけに、竹やんが、この前、長崎へ行ってきたとかいう話をしていたことがあったんで、これを、“長崎名物 ちりとてちん”と命名。
使いの者に呼びにやらすと、早速にやって来た、竹やん。災難ですな。相変わらず、毒づき始めます。お酒が甘いとか、鯛みたいなもん、食い飽きてるとか。そこで、旦さんの出してきたんが、ちりとてちん。長崎名物やそうなんで、竹やんに聞いてみると、なんと、『知ってる、知ってる。』て、そんなアホな。『朝昼晩食べてた。』やて。まず蓋を開けると、えげつない、におい。これが、『懐かしいにおいやなあ。』て、腐ってるぐらい分かりまへんか?そこで、一口食べてみて、これがまた、なんともいえん味。『竹さん、私ら食べたことないけど、ちりとてちんて、一体どんな味や?』『ちょうど豆腐の腐ったような味ですわ。』というのが、サゲになります。ホンマは、豆腐の腐ったもんなんですけどね。竹やんは、元が何か知らんので、知ったかぶりをしていたために、こんなことになったんですな。しかし、豆腐の腐ったもんて、ありますよねえ。代表的なものが、沖縄の豆腐よう。珍味とかいうて、箸の先にちょっとつけて、ねぶるぐらいで、泡盛飲まはりますよ。中華料理の調味料なんかにも、似たようなもんを使ったはるところもありますし。
上演時間は、十五分から二十分前後、ま、笑いも多いですし、本当に寄席向きのネタではありますな。登場人物も、主に三人だけですので、そんなに難しいネタではなく、どちらかというと前座ネタの部類にされておりますかな。前半部分の、旦さんと、ごちそうをよばれる男のやりとり、べんちゃらが笑いにつながるのではありますが、ここは、やはり、イヤミに聞こえてはいけませんね。ここら辺は、『ふぐ鍋』や、『青菜』といった話の、最初の場面と趣向が似ています。ところが、ここからが違ってきます。豆腐の腐ったもんを、知ったかぶりの竹に食わせようとする。ここに、毒消しのためか、梅干しやワサビなんかが入るところに、このネタの悪びれない所がありますね。最後に、悪いことをしても許されるという眼目で、話を終わらせたくないという思いがあるようにも思います。でも、やって来た竹さんを見てると、当たっても、おかしないわ。という風に描くのも、おもろいですね。トントンと運んだ末に、ヤマ場は、竹やんが、ちりとてちんを一口食べる所。なんともいえん、おかしな表情を見せてもらえますな。サゲも分かりやすいですので、よろしいわな。
ただし、上記に述べましたのは、一通りの上方風の『ちりとてちん』ですが、細かい部分は演者によっても違います。ごちそうの品目が違ったり、誕生日の祝いでなかったり、竹やんを呼びに行くのと違うて、向こうから勝手にやって来るとか…。ま、その辺は、ご推量くださいませ。また、東京では、趣向が全く違う型もあります。町内の若いもん連中が集まって、一杯飲もうとするが、金がない。与太郎に預けておいた豆腐を持って来さすと、腐ってエライにおい。これを通りかかった、知ったかぶりの若旦那に食べさす。『もう一口どうです?』『いやあ、酢豆腐は一口に限る。』と、これがサゲのようですね。また、『あくが抜けない』というのが口癖の若旦那に、石鹸を食べさすというのもあります。演題は、前者が『酢豆腐』、後者が『あくぬけ』などと呼ばれておりますが、話の内容は、随分違いますね。同一のものとして扱ってもよいのかどうか、その辺は私も疑問に思います。もちろん、上方式の『ちりとてちん』も、この型のままで東京で演じられてもいるんですよ。サゲは、別にどっちがどっちの場合でも使えますよね。で、思い出しましたけど、故・三遊亭百生氏は、『手水廻し』・『貝野村』、ま、同じ話ではあるんですが、サゲに、この『一杯に限る』を使っておられましたわな。
所有音源は、桂南光氏、桂小春團治氏、桂む雀氏、他に、露の新治氏など、たくさんの方のものを聞いたことがあります。南光氏は、割り方、若い時分から得意ネタで演じたはったように思います。最初のべんちゃらから、竹やんの描写、豆腐を食べた時の表情、いつも大爆笑を取ったはりますね。まさに、仁に合ったネタですな。本当に十八番中の十八番。小春團治氏のものは、あの、ねばっこ〜いしゃべりで、竹やんのいやらしさが十二分に発揮されていて、おもろいですな。『青菜』の中のワサビを食べる所も、入れてはります。ま、どちらが元ネタかとは、言い切れませんが。む雀氏のものは、いかにも、べんちゃらがうまいですなあ。よっ、さすが。って、私がべんちゃらして、どないすんねん。また、新治氏の、竹やんが豆腐に接した時の、あの表情、忘れられませんね。
この話ができた時代に、腐った豆腐を食べるということが、どれほどの笑いにつながったのかは分かりませんが、飽食の時代といわれる現代では、笑ってもいられないかもしれませんね。いや、ホントに。
<15.8.1 記>
<以降加筆修正>
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