今月は、はてなの茶碗を取り上げてみたいと思います。というのも、今月の3日から、三十三年に一度の清水寺・御本尊の御開帳が行われるためであります。このネタ、発端は清水寺の音羽の滝の横手にある茶店から話が始まるので、今月のネタに選ばして頂きました。しかし、残念ながら、昨年、梅雨末期の集中豪雨で、この茶店が土砂崩れに遭い、倒壊してしまいました。経営者の野添さん夫婦が生き埋めになり、数時間してから救助されるという大惨事であり、現在は、まだ再建されていません。話によると、以前にもこの茶店、土砂崩れに遭い、生き埋めになって、救助されたとのことでありました。一日も早い再建を望むところであります。
さて、話は、この茶店で一服していた、かつぎの油屋さんが主人公となります。隣に座ってお茶を飲み、“はてな”と首をかしげて茶碗を置いて帰ったのが、茶道具屋の金兵衛さん、京では有名な目利き、一名“茶金”さんであります。この省略の仕方、昔からあったのですね。茶道具屋の金兵衛さんで茶金、嵐寛寿郎で嵐寛、木村拓哉でキムタクと…。
なけなしの大金をはたいて、この茶碗を茶店の主人から奪うようにして買った油屋、箱・包み・自分の身なりを変えて茶金さんのもとへ。番頭さんとやりとりがあって、茶金さんに見てもらうと、清水焼でも一番安い茶碗、ただ、ヒビや割れがない完品なのに、どこからともなく漏れるので、“はてな”と首をかしげたという話であります。事情を聞くと、この油屋さん、大阪で親に勘当され、京で油を売り、身を立てようとする毎日とのこと。ここで、茶金さんの、「やはり、商いは大阪ですな。」という言葉、非常に興味深いところであります。初めの茶店の主人とのやりとり、すぐに茶碗を持って来るところ、いかにも大阪人らしさを感じますし、勘当されたところの、じっくりと聞かせる場面でも、暗さをあまり感じさせないところ、ますます大阪らしさを実感します。京都と大阪、昔は上方、今は関西という言葉でひとくくりにはできるものの、やはり違いは大きいのであります。この落語、全般にわたって、京と大阪の違いを演じ分けなければ、なかなか成功できませんね。
事情をさっした茶金さん、何がしかの金を与えて、油屋を帰した後、この茶碗は関白・鷹司公の前に出され、“清水の 音羽の滝の おとしてや 茶碗もひびに もりの下露(したつゆ)”という面白い歌が添えられ、果ては時の帝の前にも出されて、“はてな”という箱書きがすわって、大変評判となります。これが、大金持ち・鴻池さんに事実上千両に売れ、半分が油屋、もう半分が茶金さんのものとなり、茶金さんから大阪へ帰るように諭されながら、喜んで油屋が帰ります。後日、店の前での大騒ぎに茶金さんが出てくると、油屋さん、「茶金さん、十万八千両の金儲けでっせ。」「何、十万八千両の金儲け?」「水甕の漏るのん持って来ました。」と、これがサゲになります。なかなか奇抜で、粋なサゲではありませんか。
桂米朝氏によると、古い型では、何回も“はてな”と首をかしげるものや、茶碗への歌がいくつも出てくるものなどがあったようです。また、最後の油屋の格好、向こう鉢巻に扇子・揃いの浴衣、というところから、季節は初夏ぐらいではないかとのことです。
この落語、上方落語でも屈指の名作だといわれます。私も、どこに出しても恥ずかしくないネタだと思います。話全体が面白く、土台がしっかりしていますので、少々のギャグや笑いが取れなかっても、気にせずに、三十分ぐらいで、全体に流れがある方が良い落語だと思います。場面転換が多く、人物も多く出てきますので、描写が難しく、なかなか演じきるのは難しいかも分かりませんね。
所有音源としては、米朝氏、笑福亭松枝氏、桂文珍氏、桂南光氏、笑福亭松喬氏、故・桂吉朝氏、桂九雀氏、桂文華氏のものがあります。このネタ、米朝氏の十八番と言われるだけあって、米朝氏の右に出るものはいないと私自身も思うほど、すばらしいものであります。本当に国宝級です。京・大阪の言葉の違い、鷹司公・帝のちょっとおどけた言い回し、油屋が扇子を広げて音頭を取るしぐさ、どれをとっても身震いがするほど、ピッタリハマッたネタであります。マクラでの潮岬の道具屋、どこから“潮岬”なんて所を思い浮かばれたのか、ものすごく笑ってしまうところです。松枝氏のものは、語りの、“地”の説明がしっかりしておられまして、ストーリーを楽しめるものでございました。文珍氏のものでは、結構笑いを多く取っておられて、南光氏のものでは、油屋の描き方が本当に大阪人らしく、これも好きであります。松喬氏のものも、油屋さんに焦点があっていて、おもろいもんでんなあ。吉朝氏のものも、落ちついていて、なかなか良いですね。九雀氏のものには、当の茶碗の気持ちの描写が入っていて、これもよろしいなあ。文華氏のものも、茶金さんに貫禄がございまして、おもしろみもあり、楽しめるネタでございます。しかし、このネタは、やはり米朝氏の仁に合った、米朝氏のためのネタだと私は思います。
<12.3.1 記>
<20.7.1 最終加筆>
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