一年のうちで一ヶ月三十一日間ないのは、二・四・六・九・十一月。俗に、“にしむくさむらい”てなこというて、ウマイこというたありますなあ。そう、十一は、漢数字で、十と一を上下に置いて、“士”と書いて、“さむらい”と読ますという、何とも粋な言い方しますわな。ということで、十二月に見てもらいます、十一月に書き下ろしましたネタは、お侍さんの出てくる話で、『佐々木裁き』をお届けいたしましょう。ま、以前にも述べてはありますが、東京に比べると、上方では、お侍さんの出てくる話は少ない方で、また、これはお奉行さんの出てくるお話で。
頃は幕末・嘉永年間(1848〜53)、大阪(この頃では、本当は、“坂”ですが、全て“阪”で統一しておりますので)の西町奉行に赴任されましたのが、佐々木信濃守様。江戸では、北町・南町ですが、大阪では西町・東町という管轄やったんですな。ということになっておりますが、実際にこの方は、東町奉行に赴任されたそうでございます。何で落語では、西町奉行になってまんねやろ?どっかから間違いが起こってしもたんでしょうなあ。案外、間違いの少ない落語の世界やのに。時勢は、幕末の動乱期、賄賂やまいないが横行しておりました時代。袖の下は、今の世の中でも変わりませんが、昔から、これは江戸より上方の方が本場、ひどかったようで。今日も今日とて、供の侍を連れまして、お忍びで市中徘徊。安綿橋の南詰、住友の浜という、『次の御用日』にも出てきますあたりで、エライもん見てしもた。
子供の遊び。二人が縄でくくられて、竹の棒で尻叩きながら、追い立ててるもんもいる。材木置き場の材木の上に、一人の子供が上がって、むしろの上にその二人の子供を座らせる。つまり、お白州のマネごと・お奉行ごとですな。奉行とおぼしき子供が、『世は佐々木信濃守じゃ。』やて。お侍の本人さんがじっくり見ようと、傍へ寄ると、棒持った子供が、『そこの侍、吟味の邪魔や。』って、エライこと言いよるなあ。見ていると、むしろの上の子供二人が、道端でケンカしたとのこと。それも、一人の子供が物知りやと評判なので、もう一人の子供が、『一から十まで“つ”の字は、揃てるか?』と言うと、『知らん。』と返事をするので、『それやったら、物知りやいうて、賢いまねすな。』とケンカになったということ。しかし、判決は、『上多用のみぎり、手数をかくる段、不届きの至り。重き罪科に処すべきところ、格別の憐憫をもって、さし許す。以後はならんぞ。』判決は下ったが、まだ一つ謎が残る。さっきの“つ”の質問。これを、お奉行さんに聞くと、『一から十まで“つ”は揃うている。確かに“十つ”とは言わんが、本来、この十に付くべき“つ”を取っておる者がいる。“いつつ”と、ここに“つ”が二つある。この“つ”を取って、十に付ければ、一から十まで“つ”は揃うておる。』こら、なかなか頭のエエ子。というので、本物のお奉行さん、供の侍に子供の後をつけさして、親・町役もろ共に、西の御番所へ出でまするように申し付けます。
あちこち寄り道しながら、帰ってまいりましたのが松屋町。お父っつぁんが桶屋はんと見えまして、仕事してなはるところへ帰宅。お奉行ごとして遊んでたことを言うと、お父っつぁんも、今度のお奉行さんは怖いと聞いてもいるんで、ちょっと怒りますなあ。と言うてる所へ、先のお侍。親子の名前、高田屋綱五郎・四郎吉という名前を聞きまして、即刻、町役付き添いの上、西の御番所へ出でまするようとの旨を告げて、帰ってしもた。さあ、エライこっちゃ。四郎吉が何ぞやったに違いないん。近所のもん集まっての噂話。この前やみな、痔には、お尻に飴の粉塗ったらすぐ治るちゅうさかいに、やってみたらエライ目に会うた。飴降って痔固まるやて。んな、アホな。よう聞いてみると、吟味中に二人の侍を棒で追うたやて。しかも、これが四ツ目の紋。佐々木さんや。こらひょっとして、打ち首になるや知れんで。ああ、こわ〜。
ドキドキ、ドキドキしながら、西の御番所へ。本町橋の東詰、浜側のたまりで控えておりますが、いっこうにお呼び込みがない。後から来たもん、みな先へ先へ。暗うなりまして、灯が入りますが、この日に限って、役宅へ帰る与力・同心衆が一人もおらん。そうこうしている所へ、お呼び込みの声がかかり、町役連中が、目安方の方へ行きかけますが、お裁きは、なんとお白州。たいがいの事件は目安方で、吟味与力が調べるんですが、今回はお奉行さんじきじきという、重大事件。しかも、ごまめむしろの上に座りますが、両側には与力・同心衆が居流れて、総出。こら、誰でもビックリしますわ。
お奉行さんが出てまいりまして、いよいよお裁き。面を上げると、やっぱり、さっきのお侍。その時のことを尋ねると、寺子屋でもそんなこと習わんし、“つ”の難題も即答とのこと。『みな、前でおじぎばっかりしてるさかいに、威張るばっかりのお奉行さんやったら、大阪は暗闇や。』やて。エライこと言うわ。お奉行さんの尋ねることは、答えてみせるということですけど、上下の位があっては、答えにくいさかいにと、お奉行さんの横へと座らしてもらいます。『夜になると、星が出るのう。』『昼かて出てはんねけど、お天道(てんとう)さんのお照らしがきついさかいに見えんだけのこってんねん。』と、初めから一本やられたわ。『星の数を存じておるか?』『お白州の砂利の数、知ってはりまっか。』『白州の砂利の数の分かろうはずがない。』『手に取って、触れるもんでも、分からんのに、あんな高いとこのもん、よう知らん。』『しからば、余が砂利の数を読むほどに、そのほう、天へ昇って星の数を数えてまいれ。』『そやけど、天まで行たことないので、道案内をお頼み申します。』って、こらなかなかの子供や。今度は、三方に山盛りの饅頭を四郎吉に。『お父っつぁんの買うてくれる饅頭より、うんと上等や。』てなこと言いながら、二つに割って食べてると、『母親は何を買うてくれるな?』と、お奉行さん。『小言ばっかりくれますわ。』『小言をくれる母親と、饅頭をくれる父親、どちらが好きじゃ?』『この二つに割ったおまん、どっちがおいしいと思いなはる?』『味の変わろうはずはない。』『お母んかて、わてのため思て、小言をくれまんねん。』つまり、少々見た目に変わりはあるけれども、その味のほど、中身は父親も母親も、どちらも変わりはないと。『三十石』の伏見人形の件りでも出てきますね。いつでしたか、NHK朝の連続ドラマでも、この饅頭喰いの伏見人形、シンボル的に映ってましたな。
お奉行さんに茶を汲ました後、今度は、『四方あるのに三方とは?』『一人で与力と。』『なるほど。その方、与力の身分を存じておるか?』袂から起き上がりこぼしのおもちゃを出して、『身分は軽いけど、お上のご威光という重りが付いて、そっくり返ってる。そのくせ、ちょっと踏んだらすぐにつぶれる、腰のない奴ばっかりや。』こらまた手厳しい。『しからば、与力の心意気は?』『天保銭一枚拝借。』『当百をとらせよ。』つまり、一枚で百文やったさかいに、当百というたんですな。懐から出した紙でコヨリを作り、天保銭の穴へ通して、さいぜんの起き上がりこぼしの腹へ結んだ。つまり、金のある方へ傾くと。これはまた、ほんまエライこと言うてもた。居並んでいる与力・同心衆、下向く人もいるかと思うと、もろてる人を見る人もいる。これをお奉行さんにジロッと睨まれた時には、一同身がすくむようであったそうですなあ。続いて、『あの衝立の中の仙人は、何をしゃべっておるのか聞いてまいれ。』『聞いてまいりました。佐々木信濃守はアホや。』『だまれ。バカで奉行が勤まるか。』『そやかて、絵に描いたもん、物言うはずないのに、それを聞いて来いやて。』そらそやな。『綱五郎、そちゃエライ倅を持ったな。かかる小児、導きようでは世の役に立つ者になるが、一つ間違えば、恐るべき人間になるやもしれん。十五になるまで、その方の手元に預け置き、十五になれば、身共が引き取って養育をいたそう。』ということで、後に立派な天満与力となるという、これは生い立ちのお話で。と、サゲは無しで、終わりとなりますな。尤も、元来にサゲはありまして、『これで名大将の名前がでけました。』『名前とは?』『佐々木さんと、お父っつぁんの綱五郎、わいの四郎吉で、佐々木四郎高綱と。』『なに、それは身共が先祖の名前じゃが、そちも源家か?』『いや平気でございます。』という、平気と平家をかけたサゲなんですな。ま、あんまりエエサゲでもなく、ちょっと分かりにくいですので、サゲなしで演じられることが多いみたいです。また、“後に天満与力となりまして、水も漏らさぬ働きをいたします。水も漏らさぬはず、桶屋の倅でございます。”という、地の、語りの部分で、サゲをつけられている方もありますね。これもなかなか悪くはないですよね。
上演時間は、二十五分から三十分前後。会話ではない語りの、地の部分も多い、いわゆる講釈種といわれるものが原点ですので、そんなに大爆笑できるネタではありませんし、笑いも少ない方であるかと思いますね。しかし、普通の講釈種と異なるものは、やはり子供の出てくるところでしょう。子供と大人の対比、それも、ちょっとこましゃくれた感じの子供の出現が、笑いとなっているんですな。住友の浜でのお奉行ごと、裁きの様子は子供ばっかりなんですが、かわいらしい中にも、いかにも本物らしい裁判に見せるのは肝心ですな。家に帰ってからのお侍とお父っつぁんのやりとりや、その後の町役を巻き込んでの騒ぎ、その時分の市井の、町奉行所というものに対する感じがよく出ていますね。ちょっとおかしみもあるんですが。そこで、ヤマ場は、お白州に入ってから。次々の難題を四郎吉が解いていくのは、やはり胸がスッーとするというか、なんじゃ子供に、そのものズバリを言われて、考えさせられるというか。この話の最大の眼目は、起き上がりこぼしで、役人の賄賂を悟らせるところでしょうなあ。これは、ホンマ、現代でもようある話で、これが子供に言われるだけ、余計に恥ずかしく思うんですな。ま、主人公はこの四郎吉ですが、この子供の描き方に、難しさがあるんでしょう。あまりにも、ませたこましゃくれた、嫌な感じが出すぎてはいかず、かといって、アホでもでけん。子供らしさを残しつつ描くわけですな。特に饅頭を、おいしそうにほうばるあたりなんかね。落語には、たいがい、この手の子供はよく登場しますがな。
ところで、この“つ”の話や、お白州での難題、やはりどこぞで聞いているようで、聞いていないようで。衝立の仙人のところや、星の数の案内のところなんかは、一休さんのアニメの、あの虎の絵の衝立の話によく似ています。と思っていると、このネタ、三代目笑福亭松鶴、後に竹山人という講釈師になられた方の作で、『一休頓智問答』を元にされていると聞きました。ま、この手のとんち話は、古来からよく使い回しされて、どの人がどんなことをやったか、ごっちゃになってまんのんで、ホンマに一休さんの話なんかどうかも分かりませんが、名奉行やとか、名探偵なんか、名前の方が先に先行すると、後から何でも、これらの人のしたことだとして、ひっつけられてしまうんでね。ですから、この話、東京に移されると、大岡越前配下の与力・池田大助という方の生い立ちの話となってもいますし、テレビでおなじみであった『大岡越前』でも、原田大二郎さんが、池田大助役なんかで出てはりましたよねえ。
所有音源は、桂米輔氏、笑福亭松喬氏、笑福亭三喬氏、他に、桂米朝氏のものも聞いたことがあります。見た目からして、マンガのコボちゃんみたいな米輔氏なんですが、お囃子の中では、笛のお師匠はんでもあるんですよ。子供のあのあどけない、舌のちょっともつれるしゃべりなんか、うまいですな。割り合いテンポも早く、トントンと運ばれているような感じでした。それに比べると、松喬氏は、割り方、じっくりと聞かせる運びのようですなあ。子達もかわいらしく、お父っつぁんの描き方に、何か共感できるものがありますなあ。三喬氏も、こましゃくれた子供、うまいですな。なんじゃ、ほんまにその辺にいてそうな子供ですもんねえ。米朝氏のものは、子供もかわいらしいんですが、やはり、お奉行さんの描き方が超一流ですよね。身振り、物の言い方、いかにも立派なお奉行さんに見えるんやから、すごいわね。米輔氏・三喬氏は、“水も漏らさぬ”のサゲ、松喬氏・米朝氏は、サゲなしでありましたな。
この話、公務員の皆さんの前で、誰か演じて欲しいわ。勇気いるけどねえ…。
<15.12.1 記>
<以降加筆修正>
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