
あけまして、おめでとうございます。旧年中は色々とお世話になりましたが、どうぞ本年も、この上方落語のネタをよろしくお願い申し上げる次第でございます。
もう、正月といいますというと、切っても切れんもんが、お酒でございます。なにせ、朝から飲んでても、別に他の人から何にも言われへんのですもんな。しかし、反対によう飲まん方というのは、昔も今もいらしたようで。今月は、正月にふさわしく、『酒の粕』の一席をお届けしたいと存じます。
ここにございましたのは、まるっきり酒の飲めん男。下戸ですわな。よそから酒の粕をもらいまして、大きいのを二枚ほど食べたところが、もう真っ赤な顔になってしもて、えらいエエごきげん。冬ともなりまして、新酒が出来上がりますというと、自然と顔を出してくるのが、酒の粕。日本酒の絞りかすですわな。昔から、これをダシ汁にといて、大根やら人参やら、お揚げさんやら入れて、かす汁を作ったり、また、黒砂糖乗せて焼いたりして食べたもんです。酒どころの近辺では、もう一般的なものなんですが、案外、造り酒屋さんの少ない東京あたりでは、現代的な人なんかやと、酒の粕自体、知らん人も中にはいてはります。京都に住んでおります私、冬になると、かす汁なんて、一週間に一回ぐらいは食卓に上りますわ。もっとも、最近は、パックに入って、スーパーなんかで売ってはるもんですけど、昔から、酒の粕てなもん、知り合いの酒屋はんから、もらうもんでしたで。造り酒屋さんから直接もろたり、配達の酒屋はんからもろたり。今でも、我が家では、もろてばっかりで、ほんで、よう食べてまんねやが…。それでも、かす汁は、よう飲みますが、最近は、焼くのはあんまりしませんな。前方は、からけしやとか、練炭やとかで、焼いて食べてましたけどねえ。ちょっと、おやつ程度のもんですわ。それでも、子供時分に食べると、ちょっとお酒飲んだような、大人になった気分してねえ。
話戻りまして、この男、自分が酔うてるちゅうのを人に見せたいがために、近所の友達の所へ。赤い顔してるので、じんましんかいなあと尋ねられると、『酒飲んだんや。』と。『ほう、お前も、酒飲めるようになったんかいな。ちょっとたんねるが、どれぐらい飲んだんや。』『こんな大きなやつ二枚や。』て、これですぐ、酒の粕やちゅうのがバレてしもた。『それも言うなら、“こんな武蔵野で、グッーと二杯”と、こない言わんかい。』と教えてもらいます。武蔵野て、関東の武蔵野は広いもんやちゅうので、この名が付いたといわれるぐらいですが、おそらく、大相撲の優勝力士が酒を飲む、あの賜杯ぐらいはないまでも、同じような形の朱塗りかなんかの酒盃だと思うんですがねえ。私も実際には、どんなものか、見たことないので、えらそうに言えませんが。
教えてもろたんで、次の所へ。また尋ねられて、『酒飲んだんや。こんな大きな武蔵野で、グッーと二杯。』『はあ、それぐらい飲んだんやったら、あては何や。』『黒砂糖や。』て、これで、またいっぺんにバレてしもた。今度は、『“鯛のぶつ切り、ワサビのぼっかけ”と言わんかい。』と教えてもらいます。ま、厚切りの鯛のお造り程度でご想像ください。それやったら、わたいでも飲めるわ…。
そのうちに、酒の粕だけに、早いこと酔いがさめてくる。これでは、どんならんと、次の友達の所へ。今度は正真正銘に、『武蔵野で二杯。鯛のぶつ切り、ワサビのぼっかけ。』と言いますが、『それやったら、たんねるが、酒は燗してか?それとも、ひやでか?』『いいや、よ〜う焼いてやね。』と、これがサゲになります。『焼いて飲んだんや。』ちゅうのもありますね。つまり、一回目は、大きなん二枚で失敗し、二回目は、黒砂糖で失敗し、教えられているにもかかわらず、最後は“焼いて”で失敗するということですわ。なかなか、小粋な、シャレたサゲでっしゃろ。多分、『三年酒』にも出てくる、“酒飲みは、焼かな治らん。”の諺も、一枚かんでるんでしょうが。ですから、三つのうち、どれを最後に持ってきてサゲにしてもいいんですが、こういう関係で“焼いて”が、サゲになるほうが、分かりやすいんでしょう。
上演時間は、十分前後ですかな。土台、小噺程度のような話ですが、マクラで、お酒の話をつなげれば、十五分程度にはなりますね。ですから、寄席にはちょうどうってつけですし、特に、出演者が多く、公演回数が多くなる正月の初席にはピッタリなんですわ。一人の持ち時間が少ないですから。それに、季節的にちょうど良いネタなんで。そんなに大笑いはできませんけど、ちょっとおかしみがありますわな。二枚、黒砂糖、焼いての三段落ちの所は、なかなか笑えますよ。しかし、一つだけ、このネタで気になるのは、主人公の描き方なんです。普通の酔っぱらいのように、そうそう酔ったふりをしたのでは、やはり、あまりにも無理がありすぎるように思えます。土台が酒の粕食べてるんですから。だから、酔いの程度は、ほどほどに、それに、一人目・二人目・三人目と、友達を回る間に、段々と酔いがさめてきた所まで表現できれば、最高ですわな。東京でも、同じ題、同じ趣向で、前座噺的によく演じられておりますね。
所有音源は、故・立花家花橘氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、笑福亭呂鶴氏、他にも、桂米朝氏のものなどを聞いたことがあります。花橘氏のものは、SPレコードですので、うまくまとめられておりました。酔い加減が、おもろいでんなあ。松鶴氏は、やはりお酒好きなせいもあってか、うまかったですな。普通の酒の時と、また微妙に違った酒の粕での酔い方、それに、きっちりとした区切りを持っての三段落ちと、さすがでしたな。私の聞いたのは、おそらく角座の初席の模様だったと思います。呂鶴氏のものも、おもしろかったですよ。お酒の小噺も、いくつか引っ付けたはりましたな。これも、たしか、KBS京都の『新春壽寄席』という、お客さんの少ない、ちょっと笑いが乏しいので、やりにくい場所でのものだったと思います。また、米朝氏は、そんなにハッキリと三段にしない、二段落ちぐらいの演じ方だったと思いますが、酒の粕での酔い方、うまいことやったはりましたで。これも、正月のテレビ収録で、寄席演芸の中でのものだったと記憶しています。
いやあ、しかし、ここ最近、ホンマ、酒の粕焼いて、黒砂糖でてなもん、食べてへんわ〜。
<16.1.1 記>
<19.7。1 最終加筆>
![]() |
![]() |
![]() |