去る四月十四日、桂喜丸氏が亡くなられました。そら、ビックリしましたわ。四十七歳という若さでね。どっか悪いちゅう話聞いてませんでしたんで、余計にね。脳内出血かなんかの、ホンマの急逝やったらしいですね。テレビやラジオなんかでも、ちょこちょこと、何かの折に出てはりましたな。有名やった『らくごのご』のスペシャルの時とか、下座で鉦鳴らしたはるとこなんか映ってましたわ。他にも、正月恒例の『米朝一門顔見世大興行』なんかでも、出てはったし。落語も、ちょこちょこ放送にかかってましたよ。大学時代に、落研の大会かなんかで、日本一になったはったんですよね。たしか、師匠の桂ざこば氏が、何かの時に言うたはりましたわ。ちょっとふっくらした体型で、愛くるしい感じでしたわな。“キマやん”言われてはってね。て、別に、私と、個人的に付き合いはありませんけどね…。そんな喜丸氏のネタ、『二人ぐせ』やとか『骨つり』なんかも聞いたことあるんですけど、私は、『大安売り』を。たしか、米朝一門会の時にやったはったんを聞いたん違うたかな。ということで、今月は、哀悼の意を込めまして、その『大安売り』をお届けいたしましょう。

 町内の若いもん二人、道でしゃべっておりますところへ、向こうからやってきた人がいる。その片方の人が言うには、知ってる人。からはちっちゃいけど、相撲取りやと。『あら丁稚やがな。あんなんが相撲取りになるさかいに、丁稚が不自由になんね。』て、エライ言われよう。顔見知りの男のほうは、もう一人に黙ってるようにさして、くだんの相撲取りとしゃべり出す。しばらく顔見なんだと思うたら、東京の本場所へ行ってたとのこと。勝敗のほどを聞くと、『土俵の砂だけをつかんできて、勝ったり負けたり。』やて。さて、もっと詳しく聞いてみると…。初日は、緊張して、震えて、相撲も何もあったもんやない。で、負けたと。二日目は、張り手をかましたが、後ろへ回られて、土俵の外へ。三日目は、土俵際まで四つで寄って行ったが、くるっと回られて、うっちゃり。四日目は、立ち上がるなり足を取ったが、上から乗られて、手をついたと。五日目は向こう勝って、六日目はこっち負けて…。って、全敗やがな。“土つかんだ”て、負けて、手ついてまんねや。“勝ったり負けたり”ちゅうのは、向こうが勝ったり、こっちが負けたり。んな、アホな。

 東京終わって、次は名古屋。七日の大相撲。これは土つかずやて。勝ち続けの全勝かいなあと思うと、これが、風邪引いて、部屋で寝てたて。そら、負けんわ。次は京都で、十日の大相撲。実は、これも土つかず。しかし、こら寝てたん違うて、土俵の外へ出てばっかり。手ついて負けてへんさかいに、全敗しても、土つかず。って、そらそやわ。『勝った話してくれるか。』『そら、向こうでしてまっしゃろ。』て、これも道理。『ところで、四股名、名前、何やったかいな?』『向こうで名が変わって、大安売りとなりました。』『大安売り?何で、そんな名前になったんや?』『誰にでも負けてやるのじゃわい。』と、これがサゲになります。『何、大安売り?道理で、負けてばっかりやがな。』というのもありますね。お分かりでしょうけど、全敗の負けると、品物の負けるで、大安売りとなってまんねんな。『今度から、名前変えなはれ。』『何ちゅう名前がよろしい?』『大安売りがよかろう。』なんかとされている方もありましたね。

 上演時間は、十分から十五分前後。短いネタですな。寄席向きですわ。前座ネタともいわれますし、上演頻度も高いです。相撲のマクラをたくさん引っ付けて、二十分以上にされることもありますけど、あんまり長くならないほうがよろしいな。せめて、十五分ぐらいですか。そんなに大笑いもできませんけど、小品なおかしみはありますわな。相撲取りの声色の練習としても使われていたんでしょうね。ま、あんまり大きい相撲取りと違いますけどな。それに、相撲取りの出てくるネタて、そんなにたくさんもありませんけどね。『鍬潟』とか『花筏』(これも直接は…)、『月並丁稚』とかですか。このネタでは、負けても悪びれない、この大安売りを、かわいがってくださいな。

 娯楽の数が少なかった昔、お相撲というものは、大変に人気がありました。近年までそうでした。しかし、今は、ちょっとねえ。若・貴人気が去ってからというもの、外国の方が多くなったせいもあると、思うんですけどね。あんまり、いらんこと言えまへんねんけど…。現在のように、一場所十五日、年六場所の本場所があって、その他は巡業と稽古という体制ではなかった大昔においては、年十日だけちゅうのんやったんですな。屋根がおまへんさかいに、“晴天十日”やとか、“一年を 十日で暮らす 良い男”てな川柳があった時代。それから、いっぺんに倍の二十日になった時代もあったんやそうですなあ。それに、もちろん、今みたいに興行が一本化されていたわけではなく、江戸(東京)に大阪、京都なんか、それぞれに力士がいて、それぞれに本場所を行ってもいたんですね。ま、それでも、本場というか、一番上位にされていたのは、江戸(東京)相撲やったそうですが。

 以上の記述は、故・橘ノ圓都氏のものを参考にさせていただきましたので、笑いの幅は、そんなに大きいものとは思われません。これは、これで、話術として、すばらしいものであると、私は思っております。しかし、現在、数多く演じられておりますのは、骨格は変わっていませんが、もうちょっとお笑い本位ですね。『親方衆やご贔屓衆に…』を繰り返す所や、ちゃんこ番なんかが出てくるのも、特徴といえば特徴なんでしょう。多分、この手の型にまとめ直されたのは、桂三枝氏ではなかったでしょうか?今は、創作落語ですけど、その昔は、古典やってはって、『七度狐』なんかも得意にしてはりましたよね。その時分に、笑いがたくさん入る、現在の型にしはったん違いますかなあ。手軽なネタですし、花月に出てはった吉本の方は、割り方、よくやったはりましたよね。

 東京では、このネタ、あんまり聞きません。『大丸相撲』とか申しまして、飛び入りの商人が、村相撲で勝ってゆくので、よく聞いてみると、これが、大丸の手代さんであって、“道理で負けん”というネタも、あるには、あるらしいんですけれども、これと『大安売り』を同一視するのは、ちょっと違う気がしますな。また、ある人が相撲に出ては、いっつも負けるので、聞いてみると、これが、安売りをしている店の商人。という、これも、似て非なるものと言いたいとこですよね。やっぱり、負けるのは、商売重視の上方ですかな。

 所有音源は、さきほどの圓都氏と、桂文福氏、他にも、桂小枝氏や、最初に述べました、喜丸氏なんかのものを聞いたことがあります。圓都氏のものは、やはり古風なのですが、じっくりとした語り口で、何ともいえんおかしみがありますな。三里の小噺なんかも、引っ付けてはって、楽しいものでした。文福氏も、相撲好きでっさかいに、負けず劣らず、相撲の話を相当マクラに引っ付けて、笑いを取ったはりました。相撲甚句も唄うてはったし。まさに、この方のなせる技ですわな。小枝氏も、手軽ですし、このネタ、ようやったはります。これと、『動物園』ね。上下(かみしも)の声のトーンが、異常に違いまして、若いもんと相撲取りが、しゃべってるだけで、何やしらん、笑えるん。喜丸氏も、あの体格でっさかいに、相撲取りがホンマもんみたい見えて、テンポがあって、良かった。さいぜんも言うた通り、一門会か何かやったと思いますんで、これぐらいのネタにしときはったほうが、無難ですしね。そういやあ、『大安売り』というて、忘れてならんのが、この方、笑福亭鶴瓶氏。一時、これと、『いらちの愛宕詣り』ぐらいで、落語会のゲストに、ちょこちょこ出てはりましたな。今は、そんなこと言うてたら、怒られるわ…。

 とりあえず、このネタについては、色々と逸話があって、圓都氏・鶴瓶氏・小枝氏なんか、いろんな顔も浮かぶんですが、喜丸氏、良かったですよ。

<16.6.1 記>
<以降加筆修正>


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