
今月、七月十日の土曜日に、うちの三番目の姉が結婚することと相成りました。これもひとえに、皆様方のお力と…。って、そんなこと、知りまへんわなあ。ま、そんなつれないことをおっしゃらずに、今月はそれを記念いたしまして、『延陽伯』をお送りいたしましょう。言うても、うちの姉、こんなエエとこの娘はんとは違いますけども…。
毎度おなじみ、ある男の家へ、甚兵衛はんがやって来る所から話は始まります。この男、やもめの一人暮らしでっさかいに、ぜひとも嫁はんを世話しようということ。そのお相手というのが、この前、一緒に連れてた人で、年は二十二、人一倍のべっぴんさん。あの人なら、もろ手をあげてもらいまひょやが、後のケンカは先にせえ、このお嬢さんに一つだけキズがある。そらそやわ。そんなキレイな人が、こんな長屋へ嫁入りしてくるのん自体がおかしいもん。『そら、お茶飲んだら、ヘソから漏りまんねやろ。』て、そんな人、どこにいてんねん。そのキズちゅうのんは、言葉が丁寧すぎるということ。京都のお公家さんへ奉公してはったらしいのんでね。この前も、『わらわ、今朝、高津が社へ参詣なし、前なる白酒売茶店に休らう。遥か西方を眺むれば、六つの甲の頂きより、土風激しうして、小砂眼入す。』と。これ、今、字で書いてまっさかいに分かりますけど、言うだけやったら、何の意味か分からん。しかし、甚兵衛はんも、エライもん。『すたん、ぶびょうの儀でござい。』と、返事しといたて。つまり、何のこっちゃ分からんので、とりあえず、箪笥と屏風ひっくり返しといたて。んな、アホな。主人公なら、『かんや、だんぶつの儀なり。』と返しとくと。やかんと仏壇ひっくり返したて、これも、あんまり変わらんわ。
言葉が丁寧いうても、長屋のもんと付き合いしてたら、じきにぞんざいにもなるし、同じ日本語で分からんちゅうこともないさかいにと、この男、このキズを承知で、話を進めて欲しいと。進めるどころやない、今晩にも来て欲しいて。猫の子もらうねやないにゃし。しかし、日もエエし、この男の親類も、近くにいてへんので、早い方がエエと、早速、今晩に婚礼と。ここら、落語にようある手法で。しかし、そうなると、今晩、この男が花婿さん、酒の一合と、尾頭付きを用意しときなはれと言われもって、甚兵衛はんは帰ってしまいます。それから、この男、風呂へ行って、部屋の掃除をします。この辺は後述しますが、おもろい部分ではあるんですが、どうも元来の上方式のものでは、入っていない箇所のような気もしないではないので、今のところは抜いといて、後で詳しく…。
なんじゃかんじゃしているうちに、甚兵衛はん、お嫁さんを連れて、この男の家へやってきます。そこで、祝言のマネごとなとして、仲人は宵の口と、甚兵衛はんが帰ってしまう。と、この男と、お嬢さんの二人連れ。言葉が丁寧すぎると聞いているので、何言うてエエか分からん。しかし、とりあえず、名前なと聞いとかな、具合悪い。そこで、名前を聞くと、『何、わらわの姓名なるや?』『あんた、わら屋の清兵衛さんちゅうの。』って、なんで、そんな名前が女の人につけられんねんな。『わらわ、元、京都の産にして、姓は安藤、名は圭三、字を五光と申せしが、我が母、三十三歳の折、ある夜、丹頂を夢見、わらわを腹めしが故に、たらちねの胎内を出でし頃は、鶴女、鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後、これを改め、延陽伯と申すなり。』これは困った。何でやて、この男、“何、わらわの…”から最後までが、この人の名前やと思うたから。そんな長い名前、『寿限無』やないにゃし。親類や友達の名前預かって、引っ付けてるわけではないみたいですので、これを一通り、紙に仮名で書いてもらいます。読み出すと、『きゃうと』やて。そら、旧仮名遣いですもんな。しまいまで読むと、おかしな節が付いてしまう。お経やがな。しかし、こら具合悪いでっせ。風呂行くのにも、『何、わらわの…。手拭い出してくれ。』て、んな、アホな。火事やったら、大変。名前呼んでるうちに、焼け死んでしまいまんがな。てなこと言いながら、手持ち無沙汰に、布団敷いて、寝てしまいます。
『一旦、偕老同穴(かいろうどうけつ)の契りを結びし上からは、千代八千代に…』ちぇなことも済ませまして、明くる朝、夫に寝顔を見せるのは妻の恥と、早うから起き出しました嫁さん、朝御飯の用意をいたします。ご飯炊くのに、お米がどこにあんのか分からん。寝ている夫の枕元に手を付きまして、『あ〜ら我が君。しらげのありかは、いづくに?』『わたい、シラミは、わかしてしまへんで。』『しらげというは、米(よね)のこと。』『あんた、米やん知ってんの?』て、お米のことやがな。すると今度は、味噌汁の実が無い。そこへ、ネギを売る、振り売りの商人さんが表を通りかかる。『ただいま門前に市をなす賤の男(しづのおのこ)。男や男。そもじの所持なす白根草、一束、値、いくばくなりや?』て、そんなん急に言われても、商人さんもビックリするわ。しかし、運が良かったのか、この方、心得があったとみえて、この言葉が分かり、『へえ、五厘です。』と、大したもんや。『我が君の御意に叶うか、伺うてくる間、暫時、控えておれ。』やて。再び枕元へ手を付きますと、『あ〜ら我が君…。』て。朝御飯の支度が出来ますと、『日も東天に昇りし上からは、うがい手水に身を清め…。』て、こら、肩凝るわ。あきれて、主人公も、『ようも、そう朝早うから、難しいこと言えますなあ。』と言うと、『朝飯前なりや。』と、これがサゲになりますな。つまり、朝御飯食べる前なのと、難しい言葉言うのは、“朝飯前”というのが、かけてあります。元来は、『御飯も早く召し上がってしかるべき。恐惶謹言。』『飯が恐惶謹言なら、酒は依って件の如し。』と、依ってと酔うてをかけてあるものだったみたいですね。昔の手紙の文言みたいですな。また、サゲなしで、火事のところで切られる方もおられますね。どちらかというと、私も、朝飯前や、依ってのサゲ、あんまりイイものとは思わないでもありませんし、サゲなしでも、楽しめるとおもいます。となると、翌朝のやりとりがなくなるので、これもちょっと惜しいですかな…。
上演時間は、短くて十分ぐらいから、たっぷりやって、三十分にもなりますが、普通は、二十分ぐらいですか。笑いも多いですし、割り合い、寄席でもよく演じられますよね。途中で切っても、おかしくないんで。笑い所として、まずは、冒頭の主人公と甚兵衛はんとのやりとり。お嬢さんの身の上話をおもしろおかしく語る所、“どんな女の人が来はんねやろ?”と、我々も想像を掻き立てられますよね。祝言終わってからは、そのお嬢さん、言葉が丁寧すぎるが故の、一般人とは違うおかしみ。嫌味が無いので、よろしいわな。全体的には、割り合い、あっさりしてますね。
それもそのはず、上方より東京での上演回数のほうが、もっと多いです。演題は、『たらちね』ですな。おそらく、『延陽伯』よりも、『たらちね』言うたほうが、一般の人、知ったはるでしょう。内容は同じようなもんですが、やはり、上方同様、演者によっても、かなりの違いがございます。特に、風呂に掃除、嫁はんが来てからの、のろけね。風呂には石鹸、しゃぼんが無いので、座布団の綿抜いて、糠入れて、糠袋作って、風呂屋へ。風呂屋では、婚礼のうれしさを表現したり、糠袋を薬袋と間違われたり。そして、掃除して、って、風呂入る前に掃除したらエエのにね。お茶沸かすのに、火いこしながら、嫁はんが来てからの、おのろけ。主人公は、丼鉢みたいなんで、ガサガサとご飯食べる。嫁はんは、清水焼かなんかの薄手の茶碗でチンチロリン。沢庵を、ボリボリと、ポリポリ。言うてると、近所から子供が寝かかってるというので、宗助はんが文句を言いに来る。次は、子供が生まれてから。手を引いて、ヨイヨイヨイとチャッチャッチャ。また、うるさいと宗助はん。この部分、非常におもしろく出来ていて、爆笑の取れる部分ではあるんですが。残念ながら、上方よりも東京で入れられている型のほうが多いように思いますな。
ところで、演題なんですが、『たらちね』は、あの長い名前の中に出てくる、枕詞(まくらことば)のたらちねから取ってありまして、演題自体としては、そんなにイイ付け方ではありませんな。『干物箱』と同様で。そら、お名前の『延陽伯』のほうがイイですね。しかし、東京では、この人の名前は、延陽伯ではなくて、清女なんですわ。ですから、演題が、『清女』ちゅうのも、ちょっとおかしいんで、『たらちね』なんでしょうねえ。ま、『たらちね』を、ちょっといやらしく思うのも、私ぐらいしかいませんやろうけども…。となると、今度は、清女は女の人の名前としては別に違和感ないんですが、延陽伯は?縁、良う、掃くの縁起のイイ言葉からきているらしいんですけれども、人の名前で、延陽伯?苗字が延さんで、名前が陽伯とかなんかで、どっかで切んねやろか?それとも、延陽伯自体が名で、苗字は安藤?それとも、○○伯という言い方がありますんで、安藤延陽?ちょっと疑問に感じますね。ご存じの方は、また御一報を。
所有音源は、故・桂枝雀氏、桂む雀氏、笑福亭三喬氏、他に、桂米輔氏のものを聞いたことがあります。何といっても、枝雀氏のものは、やはりおもしろかった。そんなに、取り立てて大爆笑できるネタでもないだけに、そのすごさを感じますね。主人公はもちろん、少ししか出てきませんが、嫁さんが、非常に内気で、かわいらしく、品がありましたな。風呂と掃除、のろけの部分がふんだんに入っていて、火事の所で切っておられました。のろけの所で、主人公がうれしがる表現が何ともいえん、楽しそうでしたなあ。風呂屋で、『どこまで洗うてエエのや分からん。』ちぇなこと言いながら、額(ひたい)と頭の境を手拭いで拭いてはった。ツルツルでしたしねえ。む雀氏も、師の枝雀氏同様の演出で、笑いを取ったはりました。おろのけも楽しそうでね。三喬氏は、その部分なしで、翌朝の所、サゲまでやってはりますな。お嫁さんも、もちろんなんですが、主人公の描き方におもしろさがあって、ツッコミの味が楽しめますよ。米輔氏のものも、サゲまでありましたが、こちらは、全体としての流れがあって、東京式のあっさりした型であるような感じでした。
元来は上方ネタらしいと聞きもするんですが、なにせ、東京ネタとしての色合いが強いように思えますので、上方で演じるのにおもしろみが欠けるようにも思うんですが、そこは演者の皆様方、うまくやっておられますよね。さいぜん言いましたが、『寿限無』と『たらちね』の清女さんが結婚する、てな話も、東京にはあるとか、無いとか…。
<16.7.1 記>
<以降加筆修正>
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